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響くんとの出会い(3)


 そうして私は響くんを生徒が使う寮まで送り届けた。


 響くんは寮の門の前までで良いと言ったけれど、私は部屋に入るのを見届けるまでは帰れないと言って譲らなかったので、結局は響くんが折れてくれて事なきを得た。


 それにしても、今日は長い一日だった。


 一日中気持ちを張り詰めていたので、やっと人心地つける。あちこち探し回ったせいで、靴に擦れた足が痛い。

 部屋に戻った途端泥のように眠れる気がする。


(ああ、でもたくさん汗掻いたからシャワーは浴びたいかな……)


 なんてことを考えながら寮を出た途端、待っていたみたいなタイミングで長身の人影が私の前に立ち塞がった。


 薄黄色の月の光を浴びて、銀色の髪が神々しく輝く。夜風になびくその髪が儚げに揺れて、幻のように美しかった。


(かぐや姫が男の人だったら、きっとこんな感じなんだろうな……)


 疲れた思考でぼんやりとそんなことを考えていると、目の前の人はつかつかとこちらに歩いてきた。


 月の光を背にした逆光でもわかる。

 エリオット先生が迎えにきてくれたのだ。


「エリオット先生……!」


 まさか先生がここに居るなんて。思いがけず出会えた喜びに足が弾む。駆け寄ろうとした私を迎えたのは、エリオット先生の厳しい声だった。


「星崎先生――」


 その声の鋭利な響きに、思わず足がすくむ。

 顔を見なくてもわかる。エリオット先生は、ものすごく怒っている。


 縮こまって固まってしまった私に、エリオット先生は呆れたような、ほっとしたような声を向けた。


「――心配、したのですよ」


 向けられた言葉に滲む切なげな響きに気が付いて、ハッとする。視線を向ければ、月明かりに照らされたエリオット先生は、困ったように眉を寄せて微笑んでいた。


 わずかに首を傾げたエリオット先生が、なんだかものすごく疲弊して見えて、私の胸は切なさに締め上げられる。


 そういえば、私はエリオット先生に嘘をついてしまったのだった。この様子だと、先生はきっと私の嘘に気づいていて、それでも私の気の済むようにさせてくれていたのかもしれない。


「エリオット先生――」


「……なんですか」


 私は訓練兵のようにぴしっと姿勢を正すと、そのまま勢いよく垂直に腰を折った。


「ご心配をお掛けして、申し訳ありませんでした――!」


 自分でも知らない間に気を張っていたのか、顔を下向けた途端に大粒の涙が地面に零れ落ちる。


 エリオット先生はいつも優しい。先生が言葉にしなくても、何がいけなかったのかちゃんと自分で気付けるように、私を導いてくれるのだ。


 そんな人を、こんな風に心配させてしまうだなんて。

 先生の顔を見れば、私のことをどれだけ気にかけてくれていたのかが伝わってくる。

 申し訳なくて、それなのにどうしようもなく嬉しくて、私は夜中だということも忘れて子供のようにわんわん泣きじゃくってしまった。


 見かねたエリオット先生の方から私に歩み寄って来てくれて、そっと背中をさすってくれた。


「――良かったですね、響くんが見つかって」


 その優しい声を聞いたら、もう我慢できなかった。響くんを見つけられて張り詰めていた気持ちがぶつんと切れたように、抑えていた感情が堰を切ったように溢れ出す。


 すごく疲れたし、不安でたまらなかった。

 どんな理由があれ、私の担当の生徒が行方不明になったのは私の責任だ。

 もし見つけてあげられなかったらどうしようかと怖くて仕方なかった。


 エリオット先生は私が泣いている間、黙って優しく背中をさすってくれていた。


ふいに柔らかなため息の気配がして、もしかして呆れられてしまったのだろうかと不安になる。

 その直後、背中にあったエリオット先生の手が優しく私の後頭部に添えられて、私の顔は先生の胸にそっと押し付けられる。


「……!」


 慌てて体を離そうとしたら、後頭部に添えられた手がやんわりとした力強さでそれを阻んだ。


「私としたことが、ハンカチを忘れてしまったのです。今はこれで、我慢してくださいね」


 顔は見えないけれど、蕩けるように優しい声が降ってきて、まるで甘やかされているみたいな錯覚を覚える。


「だ、だけど、先生の服が汚れちゃいます……!」


 先生にとってはただのハンカチ代わりかもしれないけれど、私にとってはこれほど心臓に悪いハンカチもない。

 恥ずかしすぎて涙も引っ込んでしまった。エリオット先生の胸の中で息をするのも躊躇われて固まっていると、先生は添えていた手を私の頭に乗せ、撫でるような手つきでそっと顔を上向かせた。


 突然視界に飛び込んでくる、銀色の瞳。

 夜空に浮かぶ月よりも綺麗で、優しい光に揺れている。


「汚しても構いませんよ。その代わり――良い指導官に、なってくださいね」


 落とされた笑顔が、あまりにも優しくて、また涙が溢れてくる。

 みっともない顔を至近距離で見られていることに耐えられず、今度は自分から先生の胸に顔をうずめた。


 涙でぐちゃぐちゃに濡れてしまったエリオット先生の服からは、秋の野に美しく儚く咲き誇る、白い花の香りがした。


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