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響拓斗くん(3)

 私が勤める指導所は、造りとしては学校のような施設になっている。


 西洋風四階建てのわりと豪奢な建物には、たくさんの教室や食堂、音楽室や実習室など、学校と呼んでも差し支えないほどの設備が整っており、広大な敷地の中には、生徒や職員用の寮のほか、繁華街や遊興施設、乗馬場のある山からイルカと泳げる海まで揃っている。

 それも全て、乙女ゲームの中に出てくる各種シチュエーションに対応する術を身につける訓練のためにあるというのだから驚きだ。


 私と響くんは夕方の庭園を散策しながら、寮まで遠回りして帰ることにした。


 手入れの行き届いた指導所の庭園は、さながら絵本に出てくるお城の薔薇園のようだ。季節を問わず色とりどりの花が咲き誇る景色は不思議だが、間違いなく美しかった。

 庭園でお茶が出来るようにテーブルセットもいくつか置かれているが、今は誰の姿も見えなかった。


 指導所には他の生徒ももちろんいるが、基本的にあまり互いに交流はしない。交流があったとしても、ここでの出来事は自分の世界ゲームに帰ればすべて忘れてしまう。そのことを誰もが心得ているので、敢えて指導官以外と交流を持とうという者はいないのだ。


 生徒の指導も、大人数のクラス単位のものではなく、指導者一人に対して生徒も一人という個別指導形式なので、ここにいる間に関わる人間は本当に限られている。


 それをなんだか寂しいなどと考えたのは、最初の頃だけだった。


 せっかく他の生徒がいるのだから仲良くなればいいのに――なんて考えは、ここに来て一人目の生徒を送り出したときに改めてしまった。


 ここで過ごす日々は、いわば仮初の生活だ。ここでどれだけ親密な関係を築こうとも、本当の自分の世界ゲームに帰ったときには、すべてを忘れてしまう。――いや、もしかしたらわけのわからない喪失感くらいは残ってくれているのかもしれない。

 それでも、ここで出会った人物との別れは絶対だ。それならばいっそ、親しくなる人間は少なくて良い――否、少ない方が良い。


 だって、ここでの別れは、文字通り永遠の別れを意味するのだから――。


 生徒は忘れてしまうけれど、指導した私たちの方の記憶は消えることがない。だから最初の頃は気持ちを切り替えるのにずいぶん苦労した。

 先日のレイモンドのことだって、今でも思い出すとすごく寂しい。でも、彼がああやって無事に幸せを掴んでくれた姿を見ると、自分の教えたことも少しは彼の幸せの役に立ってくれたのかななんて考えて、嬉しいような、でもやっぱり寂しいような、なんとも複雑な気持ちになる。


 なんて、一人で物思いにふけっていたら、隣からじっと視線を注がれていることに気が付いてはたと我に返った。


 響くんはさすが乙女ゲームの攻略対象だけあってかなりの高身長だ。確か設定資料には178センチと書かれていた気がする。私は155センチしかないので、当然ながら見下ろされている形になる。


 乙女ゲームの攻略対象にリアルで至近距離から見下ろされるとか、本当にこの仕事は色々な意味で心臓に悪い。一人で勝手に緊張していると、頭の上から心配そうな声が降ってきた。


「――さくら先生、大丈夫?」


 緊張が顔に出ていたのだろうかと、気まずさに思わず上ずった声が出る。


「えっ、な、何が?」


「何がって……さっきの、かえる」


 ――ああ。そっちのことね。


 生徒相手に妙な意識をしていることを感づかれていなくてとりあえず胸を撫で下ろす。


「本当に、もう大丈夫だから」


 というか、蛙のことなどすっかり忘れていた。

 さっきは確かに驚いて軽く泣きそうになったけれど、響くんは本当にただ私をびっくりさせようくらいにしか思っていなかったのだろうし、彼の悪戯に悪意がなかったことなど明白だ。彼なりにわたしを親しく思ってくれているゆえの行動だと思うし、それを責めるようなことはしたくなかった。


 私が笑顔で答えると、響くんはわかりやすく安心した様子で硬くなっていた表情を解した。


「――良かった。でも、もし何か変な風になってきたら言ってね。俺が病院に連れて行くから」


 そこまで責任を感じることないのに。響くんは本当に素直な良い子だなあと感心する。

 響くんの心配してくれる気持ちが嬉しくて、私もつい親しみを込めた笑顔で言葉を返す。


「そんなことにはならないし、万が一なったとしても、病院くらい一人で行けるから大丈夫」


「そうなんだけど……」


 そこで一旦言葉を切ると、響くんは苦しそうに眉を寄せ、ぎゅっと唇を噛んでから、勢いよく言った。


「俺が、一緒に行きたいんだ……!」


 至近距離で大きな声を出されて、思わず瞠目してしまう。

 目をぱちくりしている私を見つめる響くんの頬がわずかに赤い気がするのは、夕日のせいだろうか。


「あ……その……」


 気まずそうに身をよじると、響くんははにかんだように笑った。


「俺、病院が好きだからさ……!」


 そうなんだ。病院が嫌いという人は多くいるけれど、そんなマイナスイメージの多い場所まで好きと言い切れるなんて、響くんはさすがに前向きな男の子だなあと感心する。


「病院が好きなんて、響くんて面白いね」


 思わず吹き出してそう感想を述べると、響くんはなぜか複雑そうに顔を歪めた。


「好きなのは、病院じゃなくて……」


「ん……?」


 もごもごと何か言っているので、小首を傾げて言葉を促すと、響くんはびくりと肩を上下させた。


「な、なんでもないよ……っ」


「そう……?」


 まあ、思春期の男の子の心の中を詮索するのもあまりよくないだろうと、私は話題を切り替えることにした。


 それから寮までの道のりは、他愛もない話をしながら帰った。その間響くんは心なしか元気がなかった。

 多分、結局ツチノコを見つけることが出来なかったからだと思う。


 そのことを翌日エリオット先生に報告したら、なぜかおかしそうに笑われてしまった。

 よくわからないけれど、エリオット先生の笑顔が見られたのでちょっぴり得した気分だ。


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