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転生したらヤンデレ担当指導官になっていました(2)

 レイモンドは育った境遇も手伝って、それほど苦労せずヤンデレのなんたるかを理解してくれた。

 というか――生来の気質として心得ていたという方が正しいかも知れない。目の前にある『当たり前』が簡単に崩れてしまうことを知っている彼は、欲望が希薄な反面、一度手に入れたものには激しい執着を見せたのだ。


 だから指導する際にも、それほど苦労はしなかった。ある意味、手の掛からない生徒だったと言えるかも知れない。


 レイモンドは決して明るい性格ではなかったけれど、よく接してみれば、素直で人好きのする青年だった。試験対策の補習につきあったり、よく二人で昼食を食べたりもした。


 ついこの間まで一緒に毎日を過ごしてきた懐かしい顔がこちらへ向き、反射的に挨拶を返しそうになった私の掌を、エリオット先生がすかさず手で押し下げる。


「――駄目ですよ、星崎先生」


 条件反射とはいえ、自分の愚かな行為にハッとする。そうしているうちに、ヒロインの手を引いたレイモンドが茂みを掻き分けて私たちの眼前に姿を現した。


「あの――」


 レイモンドは、訝しげに眉を寄せて私たちを見た。さりげなくヒロインを背に庇うレイモンドの姿に誇らしさを覚えていると、その整った唇から警戒を露わにした声が投げられた。


「――あなた方は、どなたですか? 先ほどから、私たちの様子を窺っていたようですが」


 レイモンドの背後では、ピンク色のふわふわヘアーをしたヒロインが大きな瞳を不安げに潤ませながらこちらを窺っている。

 間近で目にする乙女ゲームのヒロインの完成された愛くるしさに思わず見入っていると、すかさずレイモンドは私の不躾な視線から守るべくヒロインを背に隠した。


「――私の姫に、何か?」


 紫の瞳にぎろりと睨まれて、ちくりと胸が痛む。

 この間まで、この瞳と向かい合い、笑い合ってさえいたのに。そんな風に寂しく思う一方で、あの心に深い闇を抱えて何にも興味を示さなかったレイモンドが、こうして守りたいと思う誰かに出会えたことが嬉しくもあり、なんとも複雑な表情で見つめ返してしまう。


 その視線に戸惑った様子で、レイモンドは探るように目を細めた。


「あなたは――」


 レイモンドが口を開いた瞬間、それを遮る勢いでエリオット先生が私の体を引き寄せた。

そのまま、私の顔面はエリオット先生の固い胸板に乱暴に押し付けられる。


「――そちらこそ、我々に何の御用でしょう? 私たちはこうして人目を忍び、二人で愛を囁きあっていたのですよ。用事でないのでしたら、早急に立ち去っていただきたい」


 堂々とそう言ってのけると、エリオット先生は胸に抱いた格好になっている私の頭にそっと手を乗せた。そうして、優しく愛でるような仕草で私の髪を撫でる。


「ああ、私の愛しい薔薇の花。あなたの美しさを、この明るい太陽の下で愛でることができたならどんなに良いか。しかし、この愛は私たちにとって許されぬ道。たとえ永遠に影のもとで暮らすことになろうとも、私はあなたへの愛を手放すことは出来ないだろう……!」


 エリオット先生の芝居がかった大声が聞こえてきたと思ったら、ふいに頭頂部に温かく柔らかなものが触れる。

 それがエリオット先生の唇だとわかった瞬間、狼狽した私は演技も忘れて上ずった声を上げた。


「――エ、エリオット先生っ!!」


 私の声が情熱的な呼びかけにでも聞こえたのだろうか。レイモンドは何かを察した風に緊張を解くと、和らいだ声を出した。


「……なるほど。二人の密やかな逢瀬を邪魔してしまったのは私の方だった様だ。申し訳ないことをした。邪魔者はすぐに立ち去るとしよう。――行こう、リリア」


 背中越しに二人が立ち去っていく足音を聞きながら、私は今自分の置かれている状況を理解しようと必死になっていた。


 鼻腔をくすぐる、ベルガモットに似た爽やかな香り。頬に当たる固い胸板の温かな熱と、その向こうから聞こえてくる穏やかな鼓動。

そんなエリオット先生の全てが、私の思考を撹乱させる。


「――まったく。いつまで経っても、あなたのうかつさは直らないようですね。あれほど指導対象に接触してはならないと言ったでしょうに」


 頭上からあきれ返ったため息が降ってきて、はたと我に返る。


「す、すみませんでしたっ!!」


 慌てて体を離すと、目の前には静かな冷笑を湛えた端正な顔があった。これは――予想以上に怒っている。


エリオット先生は美しい笑顔を張り付かせたまま静かに息を吸い込むと、早口にまくし立てた。


「もう何度も言いましたが、あえてもう一度言わせていただきます。あなたの手を離れ、この世界ゲームに降り立った時点で、彼の中から私たちに関する記憶は消えているのですよ。乙女ゲームの攻略対象が自分の属性が訓練によるものだったなどということを思い出したら、物語の進行に支障をきたします。それどころか、最悪ヒロインに攻略されない非攻略キャラに身を堕とす場合だってあり得ます。彼らが自分に振り分けられた属性を全うし、シナリオ通りにハッピーエンドを迎えられるように教育するのが我々指導官の仕事なのです」


 研修中から散々聞かされた言葉が、改めて同じ声で繰り返される。


「申し訳、ありませんでした……」


 乙女ゲーム世界に戻った生徒に接触してはいけないなんてことは、指導官としては常識中の常識だ。わかっていたつもりなのに、こうしてできていない自分の未熟さが情けなくて泣きたくなる。新人でもないのにいつまでもこんな凡ミスをしているようでは、エリオット先生に呆れられて当然だ。


 すっかり自信を無くしてうなだれる私に、エリオット先生も呆れを通り越したのか、ふっと和らいだ声を落とした。


「――まあ、反省しているようですし、次回は気をつけるのですよ」


 思いがけず次の機会が与えられたことが嬉しくて、反射的に顔を上げると、私を見下ろしている銀色の瞳と目が合った。


 エリオット先生は、温和な外見とは対照的に仕事にはとても厳しい人だ。研修中も、こうして実際に指導官となった今でも、的確にこちらの誤りを突いてくる指導は時に辛辣にさえ思える。


 それでも、時折見せる出来の悪い子供を見守る母を思わせる慈しみ深いこのまなざしが、私はとても好きだ。

 どんなに厳しくされようとも、自分はまだ期待されているのだと信じたくなる。それは、頑張ろうという活力になる。


「――はいっ!!」


 姿勢を正して返事を返すと、エリオット先生はにっこりと微笑んだ。その顔に、『よくできました』と書かれている気がして一層嬉しくなる。


「――そういえば、あなたに次の指導の依頼が来ていましたよ。どうします、引き受けますか?」


「――!! はい! 頑張りますっ!!」


 威勢よく答えると、もう一度エリオット先生のにこやかな笑顔が向けられて胸の中がほんわりと温かくなる。


 乙女ゲームのヒロインにはなれなかった私だけれど。


私は今、こうして乙女ゲーム攻略対象指導官ヤンデレ担当としての仕事に、やりがいと喜びを見出し始めていた。


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