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白春秋  作者: 浅海知貴
3/4

この世界

屋敷の清掃を終え、外に出たシロは空を仰いだ。

雲の遮りがない空は、その中央にお天道様をいただいている。木々に縁取られたその眩しい光にシロは眩しそうに目を細めた。

外へ出たことで屋敷の全容が大体に掴めた。正寝である母屋を中心とした四棟平屋館。塀の外は鬱蒼とした森で覆われている。

今シロとカックがいる正寝の玄関口と屋敷の門を繋ぐ白い石畳の道を正面として、正寝、シロの部屋を含む西のやや小さい離れ、立ち入ることを禁止されている北の奥と壁のない東の建物。

シロにとって見慣れない建築様式をした屋敷は、石造りで遠目から見れば、地味見えるが、全面に幾何学的な模様や難解な文字が刻まれていた。

「カック様」

「なんでえ、寝殿の素晴らしさにビビりやがったかシロ」

「ここは何処、ですか」

見慣れない建物にこれまた見慣れない木々。着ている衣も故郷とは違っていた。

カックは炎の中の、濃い色をした目の部分を細めた。顔が強張ったシロと目が合う。

「てめえが今理解できる言葉で言やぁ、彼の世、だ」

シロは思わぬ言葉に、瞠目した。

「正確にいやあ、彼の世の御偉い方々の宮殿がいっぺえある都みてえなとこだ。ここは、その真ん中にある」

「そん、な」

自分は、死んでしまったのだろうか。

そう考えたシロに対し、考えを見透かしたようにカックはハッと笑った。

「てめえはまだ死んでねえから落ち着け」

不安げに眉を寄せたシロを落ち着かせるため、カックはなだめるような優しい声音で説明した。

「まあ、普通に暮らしている分にゃ、もといた現世ともさほどかわんねえよ。ひとつ違うのは、時の流れが無え」

「時の流れ?」

「現世みてえに時間が前に進み続けねえんだ。時間が止まっちまったり、巻き戻っちまったりとかな。けっこうある」

よく理解できないが、そういうところなのだとカックは言う。

「まあ、何日かすりゃ慣れっだろ。うし、外にいくぞ。シロっ子これ持っとけ」

カックはシロに角灯の中から金色の鍵を取り出した。持ち手は鈴になっており通された首かけ紐はきれいな赤色だ。渡された時、シャラリと鈴がすすしげな音をたてた。シロはその鍵を首にかけた。

そうして門を潜ったシロ達は道なりに森を進んだ。風もなく、生命の気配もしない。話が途切れれば、耳が痛くなるほどの静けさである。自分の足音だけがひどく響いた。


「カック様?」

ふと、シロは静寂に耐えかねてカックに問うた。

「あんだ」

「御前やアニージャ様の他にどんな方がいるんですか?」


少し間があった後、カックは口を開いた。


「ああ、有名どころでいや豊穣神様だな。女神の一柱でいらっしゃってな。まあ、名の通り草木を司るお方だ」

シロは、元居た村にあった小さな祠を思い浮かべた。牛を使いとした優しげな女性の像が納められていたはずである。飢饉の時、骨と皮ばかりの手を組んで老人達が熱心に祈っていた姿が、眼裏に浮かんだ。

「願い捧げられた供物はあの方がすべて管理されてんだ。まあ、あの方は親方様程じゃないが、慈悲深くいらっしゃるいいお方だ」

シロは少なからず驚きそして複雑な気持ちになった。自分達が捧げた貴重な食糧の供物は、豊穣神様が確と受け取っていた。しかし、僅かばかりも、土地が肥える気配はついぞなかった。シロは豊穣神に会う時、自分がどんな顔になるか心配になった。

会話が途切れ、また静寂が訪れるかと思われたが、森の出口が見えた。

開けた湖に出たシロは湖に浮かぶ小島を遠目に見える。白い石造りの東屋が建てられている。こちらから見ると、三方の壁はなく奥の壁に扉のような壁画がうっすらと見えた。

こちらの岸からそこに向かって桟橋がずっと向かっている。カックのあとにつき桟橋を進んだ。周りの湖は恐ろしく澄んでおり、しかし底が見えないほど深かった。どうやって桟橋の足を置いたのかとシロは疑問に思った。桟橋を渡り、その先の建物の奥の壁画の前に立った。

文字と草木が複雑に絡み合った絵柄は、左右対称で取っ手のない扉を美しく飾っていた。

「シロっ子、鍵」

言われたとおり、シロは鍵を差し出した。カックは目で扉の鍵穴を示した。

恐る恐る鈴を鳴らしながら鍵を差し込む。

吸い込まれるようにして収まった鍵は、ひときわ高い鈴音を響かせた。

耳に心地よい、何度も聞きたくなるような涼しげな音が、耳の奥に木霊する。

差し込まれた鍵の色が染みだして扉の模様に広がっていった。水を得たように、草花の紋様が色づいていく。

扉すべてに色がつくと、ゆっくりと扉が開いていった。





扉をくぐってでた先、最初に目にはいったのは3つのこちらに背を向けた椅子だった。

人が抱えることなど無いような、重厚な椅子は王様が座るように金や銀や青く透き通った石がこれでもかとつけられていた。

そのやたら豪華な椅子の先、数段下に設けられただだっ広い空間には、誰もいなかった。


「変わってねえな」

隣にいるカックはじっと飾り立てられた椅子を見つめて、静かに呟いた。

そこに誰が座っていたのか、知っている。直感的にシロは思った。

「ここは神界王宮の中の御内宮だ。たぶんこれから騒ぎになると思うが、お前その格好じゃいろいろとさわりがあるからとりあえず着替えるぞ」


カックは広間におりず、左わきの広間に対し垂れ幕で隠された扉に進んでいく。出た先相も変わらず人っ子一人おらず不気味に静寂を保っている。奥へと進んだ先、箪笥がずらりとならんだ部屋に着いた。

「まあ、とりあえず黒ければいいな。お前奥の棚から開けてって黒い深衣とってこい。おめえに合うのはその辺だろ。オレは他のもん見繕ってくるわ」

「深衣って何ですか?」

「ああー。なんつーか袷が広くて裾がなげえやつ。俺様もいっしょにいくわ」

カックにあれこれ言われながら、慣れない高価な衣服を着付けていく。

装飾は少なく、まるで喪服のように真っ黒の服装である。

備え付けの姿見を覗くと、発育の悪そうな儒子が赤い瞳で見つめ返してきた。

丈は問題なく合っている。



「シロ、こっちこい!」

振り替えって呼ばれた方をみると、知らない青年が立っていた。


シロが身に付けている深衣よりも質素な黒衣装に濃淡入り交じった青い髪。

鏡台の前で手招きしている。シロは困惑しながら、近づいた。

「ここに座れ。髪結ってやるよ。なに、燃やしやしねえから安心しな」


カカッと笑いながら、青年はシロを椅子に座らせ髪をすいていく。

「カック様?」

「おう。なんだあシロ?」


カックだった。

青い髪はカックの炎の色そのままである。角灯の時より声は低く落ち着いている。


「人になれたんですか?」

「ああ?てめえ、カック様なめてんじゃねえよ。あのままじゃ髪結べねえだろうが」


カックは思いの外、髪結いになれていた。髪をよくとかれ、良い香りのする(びん)付け油をすき込まれ頭の上に一纏めにされる。

小さい黒の冠で纏めた髪を隠しを(かんざし)で固定し完成だそうだ。

ピッチリと後れ毛もない出来上がりである。


「おっし、ちったあそれらしくみれるな。いくぞ」

「どこにいくんですか?」

「ああ~、ちょっと待て」


カックは懐から紙と携帯筆を取り出すとさらさらとなにか書き出した。


大きな丸のなかにいくつかの四角と文字が書き込まれている。見たことのない字だ。

「いま俺様たちがいるのは御内宮の御座所後官庁。御内宮は城、御座所は皇の間。つまり神界王宮のなかでも中心にある」

描かれた丸のなかでも真中にある四角をカックは指した。

「ここが神界の主達がいる場所に繋がる唯一の御座所だ。御前がいらっしゃった場所は寝殿、私的な空間だ。この場所と寝殿を繋いでいるこの御座所の扉が神界王宮の中心点」


先ほど指した四角の中心に筆先で小さな点がおかれる。


「後官庁って言うのは、ここでの仕事をするための控え室みてえなとこだ。身なりとか、個人的なことを整えるにゃここを使う。てめえの感覚でいや、神界は神様の国、神界王宮は都、御内宮は城。後官庁は王様の家みてえなもんか」






「これからいくのは御内宮の大戸だ。大戸っつーのは、城の門とでも考えろ。この御座所を始め御内宮は今、先の神王が御隠れになられてから開かれていない。理由はおいおい話すがまあ、開けねえ。そこで出てくんのが、シロ。てめえだ」


先ほどからの話で頭のなかが未整理のままのシロは己の名を呼ばれ、前にいる人型カックの青い眼を見た。


「こっから先は御前が直々に話される。御前がいらっしゃる。いくぞ」

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