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間章 兵器開発者のメモ3

呼び出されたのは、開発者としてではなく、その物体に名前が記されていたためだった。

調査船は完全に密閉され、通常の手段では外を見ることが出来ない。

心動船がそうであるように、見通す能力を持つものの手助けが必要だ。


我々の調査船に乗る観者は、亀だった。

齢幾年を重ねたか、もはや判別すらできぬ妖物の、その目を通して我々は外部を捉える。


とはいえ、この高密度心圧下だ。映像ではなく、写真のような画像を数秒間に一度出力した。

装置を通して映し出された映像内のタンスには、名前があった。

 

私の名字だった。

下の名前は――

ひどい目眩が起きた。助けようとする手を振り払い、再び観察する。

 

なぜ忘れていたのか、わからない。

いや、あるいは認めたくなかったのかもしれない。

この場に、この存在があることを受け入れたくなかったのだ。

 

私は、兵器開発者だ。誇れるものも、失敗作も、専用の武器も、役立つものも役立たぬものも作った。

だがこれは、家族のための、我が子のためのものだった。


いまは亡き妻との間にできた子供は、混者だった。

赤子の時点でそれが発覚しなかったのは、果たして幸運だったのかどうか、いまでもわからない。

その概念は、本人は『分身』であると把握していたようだが正確には違う。その概念を、私は仮に『鏡合』と名付けた。あるいはより直接的に『ミラーツインズの概念』と呼んだ方が近いか。


鏡像個体が増えることは、この概念の本質ではない。

別世界への接続が、この概念の持つ本当だ。


鏡合わせは、古来より魔を引き寄せると言われる。彼らはそうした接続を気軽に行うことができた。

私がこの『箱』を制作したのは、それが理由だ。彼らの開ける先を限定させた。

 

この『箱』は、もともとは『界』の残留物を利用して作成したものだ。内部では別種のルールが適応される。

緊急時の避難場所となること期待して作成したものだが、中に入れる人数が一人だけであること。内側からの開閉ができぬことを理由に、失敗作であるとされた。

だが、それでも、我が子にはこれが必要だった。二人である彼らが一人であると、しばらくの間は誤魔化すことができた。


彼らを結びつけるため、私はこの二人と一つに同じ名をつけた。

音はすべて同じものだが、それぞれに別の漢字を当てはめた。

万が一を考え、ここに書くことはしないが、彼らの間で縁が結ばれたようだ。どれほど離れていようとも引かれ合う。


箱の持つ防御性能は折り紙付きであり、彼らを助けるはずだった――


 

それが、ここにある。

『彼ら』の生存が絶望的であることを意味した。

些細なきっかけで混者であることが発覚し、施設へ引き取られてから後、会うことすらできなかったが――


いや、あるいは、まだ生きて中にいるのではないか。

だとすれば、助けなければ。

切にそう願う。


だが、どのような手段でそれを行えばいいのか。

これほどの高心圧環境下にあって『箱』がまだ形を保っているのは奇跡に近い。上へ運べば間違いなく損壊する。

高圧下を自由に動ける聖者は、そもそも船内にいない。

混者は一瞬で潰される。むろん、人が行くわけにもいかない――


 

悩みの答えは、存外簡単なものだった。

心動船とは血によるコマンドを描くことで壁面をある程度人為的に操作することができる。

外部の物品を取り込みながらも圧に対する耐性を変えないこともまた可能だ。


船で近づき、回収する。

シンプルな答えこそがもっとも正しい。

だがこれは、絶対の安全を保証するものではない、これほどまでの高圧下でコマンドを実行した例はいままでにない。調査船が行うには危険すぎた。


幸いにも、と言っていいのか、この船には切り離し可能箇所がある。

魔女と混者のいる、あの三角錐だ。


そして、現地点は限界深度に近い。

調査船を浮上させ、適切な位置から切り離すことにより、あの『箱』と接触、内部へ引き込む。そのような作業ができるのではないか?


 

私の提案は当初、膨大な反発を受けた。

あれほど調査船内が騒がしかったことは一度もなかったはずだ。


だが、次第に反発は低下した。

成果なしに上へ戻る拒否感がそれを導いた。

ほぼ確実に浮上途中であの『箱』は壊れると説明し、他の学者もこれを保証した。

最後の一押しは、実行する側の意見。混者の賛成だろう。


――この力で誰かを救えるのなら。

 

そう言い、うつむいた。

あるいは、わずかの間であれ、能力を使用しない時間を作りたかったのかもしれない。

無いと断言していいものだが、切り離した後、『再現』より解放された魔女が本来の意識を取り戻す可能性が指摘されていた。切り離したバラストが浮かび上がるかもしれない。

その希望に賭けたいのだろう――




 + + +



 

――以上の文章はすべて一般船員に対しての説明・説得のためのものであり、以下は破棄されることを望む。

このメモは研究部へ送付した。検閲をかけてくれるとは思うが、問題があると判断したのならすべて消去してもらって構わない。事実、よく読めば矛盾のある内容だ。


 

私は、あの『箱』の内部に人間が乗っているとは微塵も考えていない。

この場は『再現』の混者と魔女とを組み合わせ、ようやく到達できる地点だ。

ただの人が沈み込める深さではない。


まず間違いなく、あの『箱』の内部にいるのは意物だ。

私の作成したあれに意物が入り込んだ場合、どのようになるか観測したことはない。

一度は見捨てた私の発明は、意物捕獲の兵器として活用できるかもしれぬのだ。



そう、子供たちに与えたあの『箱』は、片方を救うものであると同時に、片方を確実に殺すための手段でもあった。

意海にあの『箱』を設置したのはそれが理由だ。

我が子を、自らの手で殺害するのは忍びなかった。


 

混者とは、聖者以上に危険な存在だ。特にその子供時代は不安定極まりない。

そんな者たちが集う場所で事故が起きたとしても問題などありはしない。


救うべきは『人類』であり、その内に混者が入ることはない。


あるいは、人命を助けることすら無意味だ。

優先されるべきはそれらではない。

 

知識だ。

無知を照らす光だ。

この地獄を打ち壊す情報だ。

そのためならば、犠牲がどれほど出たところで構わない。


 

明日、私は彼らと共に乗り込み、あの『箱』を回収するだろう。

私が乗り込む必要はなかったが、説得の可能性を高めるためだ、仕方ない。

あの亀を通して、様子は粒さに観察されるはずだ。


生存の可能性は皆無だが、有益な情報は得られるだろう。

高心圧下でのコマンドの有用性。人工『界』の耐久レベルの把握。そして、『箱』内部にいる意物の変化。

魔女と混者と純人の反応比較も行える。


そう、兵器開発者に無知は許されない。

無知の知とは最大の侮辱となる。

そして、侮辱の撤回を望まぬ者などいないのだ。




 + + +




報告。

該当物内対象は意物と測定。

単眼鬼型意物は回収任務に赴いた離船を内部より破壊。

行先は不明。

該当物の浮上を確認したが回収は不可能。

該当乗務員の殺害順序は不明――

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