心の例えかた
心とはどのような物に例える事が出来るのか
僕は疑問に思っています
小説家になろう並びに小説を読もうユーザーの皆様、こんにちは
今僕は、「心の例えかた」に悩んでいます
心理描写にて心を表現する時
心とは、何に例えれるのか
裏と表のあるカードのような物
という、表現がありますね
表面上の絵柄や数字は目に見えるけど、裏側に存在するものは見えない
人間の裏の顔と表の顔みたいなそれですね
ただ、僕はどうにもカードと言うものは心に相応しく無いと思うのです
個人の形の違いが少ない気がしますから
パッと見た外見で、数字や絵柄を見なくてもわかるような雰囲気の様な物が、個人の心の違いで存在すると思います
心って言うのは……裏表で絵柄の違いがあり、形の違いも存在するコインの様な物?
なんだかそれも違う気がしますね
ほら、なんて言うんでしょう
今考えてみたら心って裏と表の二択じゃない気がしません?
そんな単純じゃないですよね
そう……心には中途半端な段階の物がありますよね
相手の本心が見えそうで見えないような、届きそうで届かないような
遠く離れたところにある星々
輝きの違い、周りにある星々との調和、闇に飲まれて消えそうで消えない
しかし手を伸ばしても届かず、明るい星に届きたいと思う
それぞれの光や重力に影響されて輝きを増したり光の当たらない暗闇へ向かったりする。
心に似ているような気がしないでも無いですね
一瞬。あれ、これ心じゃね?と思いました
でも、何か引っかかりました
心を星々、想いを星明かりと例えるなら
恒星以外の人間は想いを伝える事は出来ないのか
想いを見せない人間は、誰かの光を受けないと見てもらえないのか
きっと違うはず
人間の心は裏表では無く、「奥深さ」
心の奥があれば、心の浅い所にある想いもある
よって、裏や表で表現できない中途半端な思いを表現できる
誰しもが心を持ち、それらの大小は異なり、どんな人を相手にしてもその存在は見受けられる
想いとは水のような液体と考えれる
注がれる想いは、時に濁流のように激しく、清流のように穏やかなときもある
水と油のように混ざり合わない場合もあれば、逆に上手く混ざり、新たな色を見せる物もある
例え混ざり合う事が無くても、その残滓はいつまでも相手に残り続ける
心とは、自分の想いである液体を注いでいる「器」
器の大きさは人それぞれで違い、形もまたそれぞれだ
心の表面に浮かぶ想いが濃ければ、その下にある心の奥は他人には見えない
ただ一つ、純粋な想いを持つ人間の器の中は美しく清らかで透き通っているのだろう
想いが混ざれば硫酸と水のように引火する可能性もある
だが、新しい色がうまれた時、人は喜び、心の器から溢れ出た嬉しさは液体の形をとどめ、涙となる
いやにしっくりきました
まさか心とは何かを考えていたら、一周まわって身近な表現である「器」だとかその辺に行き着くとは
もしかしたら、過去の人々も同じ事を考えていたのかもしれませんね
そして辿り着いたのが、この考えだったのかもしれません
心は器と想いである水を併せて呼ぶ物なのかもしれませんが、正しくはわかりません
もしかしたらもっと相応しい表現があるのかもしれませんが、今はまだわかりません
いつか知りたい
この想いが色褪せないうちに
皆さんの考えの手助けになったなら幸いです
そして、皆さんの考えを聞けたなら幸いです