わりと休日
ポーラさんがしんどいらしい。
連日のアリシアの魔術特訓。こないだはアリシアが体調を崩したが、今度はポーラさんがダウンしてしまった。
「せっかくの機会ですので……、アリシアさんもお休みになさって……じゅるるるっ!」
鼻水をすすり上げながら、どてら姿で自室に引き上げるポーラさんを俺達は見送った。 季節外れの風邪ってやつかな。
「そういうことなら、たまには二人で出かけないか?」
俺は誘った。
「そうね。たまにはいいかもね」
アリシアも快く応じてくれた。
「あっそうだ。折角だから、夕食も外で食べてきちゃいましょうか?
ポーラにも何か買って帰ってくれば。
コルツもたまにはゆっくりしたいでしょうし」
コルツさんというのは、このマーフィルにあるクラサスティス家(別邸)をひとりで切り盛りする使用人のおばさんだ。
使用人と言うよりかは近所のおばさんという雰囲気でわりと親しみやすい。
その分、遠慮なくいろいろ言ってくるけど。
例えば、服を洗濯に出すときに裏返しだと怒られる。
靴下も。
食事の後の食器は自分で下げる。来客が来ていない場合は。
靴はきちんとそろえて置いておく。
部屋の掃除は自分ですること。
ごみの分別はしっかりと。
エトセトラ……エトセトラ……。
まあ、コルツさんのお小言の対象になっているのは言うまでもなく、俺でもアリシアでもなくポーラさんだったりする。
そんなコルツさんは休日も平日も関係なく、毎日俺達の面倒を見てくれる。
共有部分の掃除、洗濯、毎朝毎晩の食事作り。
仕事だからといえばそれまでだけど、主婦のエキスパート。まるでお母さんのようだ。
休みなく毎日働いているんだから、たまには楽をさせてあげたい。
俺達二人が外食して、ポーラさんにも夕飯を買って帰ってくれば、コルツさんもゆっくりできるだろう。
というわけで、俺とアリシアはコルツさんにその旨を伝えて街へ繰り出した。
考えてみると、こうやって二人で街を歩くのは久しぶり。
マーフィルに来る途中で、ポーラさんが史跡やなんかに夢中になっているときは、ポーラさんを一人でほっておいて俺達二人で土産物屋をまわったりはしたけれど。
マーフィルの街、通学路以外を二人で歩くのは、あの入学試験の時以来だ。
あの時の朝は全力疾走してたし、すぐにベルさんが合流してきたけど。
お互い、友人もでき、それぞれに交友範囲を広げている。
マーフィルで暮らし始めてもう数か月。
剣術や魔術のお勉強がメインの学生でも息抜きは必要なのだ。
「せっかくだから、洋服でも見にいきましょうか?」
アリシアの提案を俺は快諾。お互い成長期の13歳。
着ている服はどんどん縮み――いや、自分たちが大きくなっているのだが――、新しい洋服の需要は高まる一方。
そういえば、夏物もそんなに揃っていない。どうせ去年着ていた服はサイズが合わなくなるからとグヌーヴァに置いてきた。
買い物も終わりひと段落。
手近なカフェに俺はアリシアを連れて行った。
たまにプラシと来る店だ。ちょっとした手違いからシノブと来てしまったこともあるがアリシアには内緒だ。
店員だってまだ俺の顔を覚えていないだろうし、ねえ、いろんな女の子と清く正しくお茶するぐらいなら大目に見て貰ってもいいよね?
「そういえば、ルートとデートって久しぶりね」
ハーブティーなんかをすすりながらアリシアが言う。
ここのところ急激に女子力を伸ばしている。
普段接しているのは男女のシノブと、プラシの相方となりつつあるミッツィぐらいなもんだから、ちょっとやられそうだ。
アリシア……、可愛いじゃないか! その、カップの中身を冷ますためにふぅっって息を吐く奴。
どストライクだ。
俺には心に決めた相手――芙亜――が居るから、それぐらいの攻撃じゃあ陥落しないが、アリシアに対する好感度はぐいぐいあがってしまっていることを自覚する。
なんでこの季節にわざわざホットのハーブティー頼むかなあ?
それより、さらっと言いましたけど?
『デート?』
いや、デートじゃないよ。単に買い物に付き合って、お茶して、この後ご飯食べて帰るだけだから!
照れやらなにやら、いろいろひっくるめて俺の口から出た言葉は、
「で、デートって……そんな大層なもんじゃねえよ……」
出だしで噛みそうになっているのはそっとしておいてください。
「大層もなにも、デートはデートでしょ?」
「……」
「あっ、ルート……ひょっとして好きな子できた?」
直球で聞いてくる。
これは……、どっちだ?
アリシアは全然俺に気が無いから、ごく普通に興味を持って聞いてきたのか、それとも……。このさりげなさは演技なのか?
若干……、アリシアは焼餅的なものをやいているのか。それでも自分を律してさも何事も無いように、俺のプライベートを暴こうとしているのか?
恋愛経験とか全然足りてない13歳の俺には判断がつかない。
「そんなの……いないけど」
俺は、精一杯努力して、自然で素直に、さりげなく返した。
頭の中にはシノブの顔が浮かんだり、想い出補正がかかり、滅茶苦茶可愛くなってしまっている芙亜の顔が浮かんだり。
そして目の前には、可愛らしく、そしていじわるっぽい笑顔を浮かべるアリシアがいる。
「じゃあ、そういうことにしておいてあげるけど?」
「そういうことも、なにもほんとにそうなんだって!
今は、剣術とかのことで頭が一杯で……」
「そうよねえ、ルートって鈍感っぽいもんねえ。
ルートのこと好きになった子が居ても気づかないかもねえ」
それは……、あれかな。学校で見られてる?
シノブに絡まれているところ?
それとも……、マリシアのことか?
マリシアと俺との文通のことはアリシアも知っているが、その手紙の内容まで……?
いや、まさか……、あのマリシアのことだ。
アリシアに手紙なんて送っていないか、送っていたとしても短い事務的な内容だろう。
妄想を膨らます俺にアリシアは微笑みかける。
「でもね、ルート。ひとつ約束しなさい。
もし本当に好きな子が出来たら、その気持ちは正直に。
ルートから伝えるべきなんだからね!
それが男の子の役目だから!」
「お、おう……」
受け身にならない男。それがアリシアの好みなのかな?
俺っていうのはどういうふうに映ってるんだろう?
アリシアのことを好きだけど、言いだせない軟弱野郎?
それって買いかぶりすぎ?
「さあ、そろそろ行きましょうか?」
「そうだな」
「あとねえ、帽子とかも見たいの。
日差しがきつくなってくるからね。
ここは、グヌーヴァよりもずっと暑いらしいし」
「そうだな。俺も帽子買っとこうかな」
「おんなじのはダメよ!」
「買わねーよ!」
帽子も選び終えて食事の相談。
「安くて量があるところがいいんだけど?」
「アリシアはそういうところはあっさりしてるな。色気がないというか、貴族の娘らしくないというか」
「ルートだって、定食屋さんとか好きでしょ?」
「まあ、そうなんだが」
「友達から聞いたんだ。美味しい店があるって。
冒険者もよく来てるからお客さん同士の会話とか聞いてても勉強になるらしいし」
「じゃあ、そこにしようか?」
「うん、行こう! こっちだから!」
二人並んで食堂を目指す。
恋人でもない、家族でもない。しいていうならお友達。
それと、将来は冒険者へという同じ志を持った同士。同じ学校に通う同級生で同じ屋根の下で暮らす同居人。
貴族と平民――(元は王子だけど)。
身分の差なんて俺達には関係ない。
異性として意識したり、しなかったり。ほんとに微妙なお年頃。
そんな二人のなんでもない一日だった。
あ……、ポーラさんの夕飯買って帰るのすっかり忘れてた……。




