わりと拳術
勢い重視で軽い気持ちで書いてますんで、本編と齟齬とかあっても、推敲不足が散見されても、ご勘弁ください。
誤字脱字とかは指摘あればもちろん修正しますけど。
時系列でいくと本編の『第九話 発表会前』の中ですっとばした期間の話です。
今日の剣術の授業も通常進行。
担当のミシャリー先生は何も教えない。何も話さない。じっと生徒の練習を見つめて伸び代の無い脱落候補者がいないかをチェックしているだけだ。
いつも俺はプラシを相手にジャルツザッハの基礎を練習している。
プラシは、まっとうなマーソンフィール正式剣術の使い手なので、基礎練習の相手にはちょうどいい。
プラシも俺との稽古、その後のアドバイスなどで、順調に伸びを感じているようだからウィンウィンの関係だ。と俺は思っていた。
だけど何を思ったか、プラシが漏らした。
「たまにはさ、違う相手と練習してみない?」
え? と思う。なぜならプラシの視線の先にはシノブの姿があった。
拳士という特性上、基礎レベルの剣術練習の相手には全く向いていない。
独特のキャラクターというか性格の問題もあって、シノブはいつも練習相手を見つけられず、ひとりで黙々と練習していた。
でもって、俺はプラシの真意にも気づいてしまった。
俺をシノブに押し付けるということはプラシがフリーになる。
フリーになったプラシが何を目論んでいるかと言うと、ミッツィの練習相手だ。
ミッツィはミッツィで不器用なのか、臆病なのか、剣術の基礎はできているのだが、対人練習をやりたがらない。一人で素振りをしていることが多い。
まあ、素振りも悪くは無いんだけど――経験者は語る――、あまりにもそればっかりやっていると、どんどん落ちこぼれてしまって、ミシャリー先生の肩たたきの対象になりかねない。
プラシはおそらくそんなことを懸念しているのだろう。
「おう。そんなら、ちょっといってくるわ」
俺は気楽さを装って請け負うと、シノブの元へと向かった。
プラシは、やはりというかあからさまと言うか、ミッツィに声を掛けにいった。
剣術も恋愛も、そこはかとなく地道に突き進むのがプラシのスタイルのようだった。
「シノブ! 一人でやってても詰まらんだろ?
相手してやるよ!」
「余計なお世話」
『お・せ・わ』というイントネーションでシノブは言う。
「いやいや、俺も練習相手に振られて困ってるんだよ」
「そうなの?」
俺は視線をプラシとミッツィに向けた。
なるほどと言ったにやけ顔をする、シノブ。
こいつはこいつで人の色恋沙汰には興味津々。
「そこまで言うなら、引き受けてやろう。
だけど、それはあたしから一本取れたらの話だ」
なんで、俺が挑戦者にされてるのかよくわからんが、とにかく俺とシノブの練習が始まった。
剣術対拳術。
本来ならかみ合わない。多少の実力差であれば、得物を持った剣術が圧倒する。
拳士であるシノブに勝ち目があるとすれば圧倒的な体術、身体能力を見せなければならない。速度、速度、速度、そして身のこなし。
「普通の木刀だが、構わんよな?」
やはりそこそこ値が張るらしく、安心安全設計の相手に当たったら砕けて怪我をしにくい仕様の木刀は日々の練習では与えて貰えない。
クッション代わりに布を巻きつけているが、本気で当てるともちろん怪我をする。
もちろんそれを考慮に入れた練習をしてるのだ。みんな。
シノブは傍らに置いてあった愛用の籠手――これが拳士の生命線――を装着しながら、
「構わんよ」
とぶっきらぼうに返してきた。
一丁お手合わせを願う。
残念なことに、現時点での実力はシノブのほうが上だった。
俺は、一向にシノブの体に剣を当てることができない。
籠手で防がれることもほとんどない。
躱される。腕を叩き落とされる、手首を蹴られる。
俺の技量の問題というよりも相性や経験の差の問題だろう。剣士というのはそこらへんにごろごろ転がっている。
だからシノブは剣士相手の経験は十分に積んでいる。
一方俺は、拳士なんてのと戦うのは初めてだ。魔物もどきとは元の世界でやり合ったが、あいつらは本能で向かってくるような奴らがほとんど。
シノブのように、理屈で攻め立てられた経験はない。
剣士相手の剣術修行が、トリッキーで長年修行を積み実戦経験豊富な相手に即通用するほど世間は甘くない。
ということを思い知らされた。
「なんだ。口だけだな」
俺の剣を躱しながらもシノブが言う。
手加減はしてくれているのだろうが、隙を見ては俺の腹に軽いボディブローや蹴りなんぞを叩き込んでくれるから、マゾでもなんでもない俺は、くじけそうだった。
だけどくじけない。
「いや、まだまだ!」
俺は、久しぶりに味わう敗北感を心地よく感じていた。
なぜなら、この向こう側には、俺の成長が待っているんだから。
超近距離での間合いを得意とするシノブと渡り合えるようになれば、対魔物戦とかでも戸惑うことが少なくなるはずだ。
俺はボォンラビットと剣を交えていたムルさんの太刀筋や足運びを思い出していた。
ヒットアンドアウェイが基本。リーチの差を活かす。
だけど、それだけじゃ足りない。
相手の間合いで受けきる能力。
剣を手の延長と考える。
刀身の先から根本まで、全てを有効に使う。
「はあ、はあ……」
さすがにシノブも息を切らしていた。
俺はそれ以上に疲れていたけど。
「この辺で勘弁してやるよ」
と俺は言う。
「それはこっちの台詞だろ!」
とシノブが言い返す。
なんだかんだで、翌日からは俺の剣術の練習相手はシノブに変わった。
プラシはミッツィとよろしくやっている。
数日経ったある日のこと。
相変わらずシノブが優位だが俺もだいぶと変則的な闘法に対応できるようになっていた。
現生で身に付けていた体術と剣術の融合。反応速度の向上、その他もろもろ。
シノブの拳を寸前のところで躱した……、後ろに下がってほんのわずかだがシノブの攻撃範囲の外へ逃れることが出来た……と思ったはずなのに。
腹部に鈍い衝撃が走る。
「うぐぇ……。ちょっと待て! 今の、当ったか?」
「いや躱してただろ?
まあ、本気で行くならもう一歩踏み込めたけど」
鬼畜だ。俺の体には青痣が絶えない。それでもシノブは手加減してくれているというのだろうが。
「腹に衝撃を感じたんだけど? シノブのパンチは当たってない?」
「…………」
しばし考え込むシノブ。やがて口を開く。
「それって……もしかしたら拳気かもしれない」
「拳気?」
「ああ、剣士が放つ剣気ってあるだろ? あれと似たようなもんだって話なのよ」
剣気とはその名の通り、剣に込められた気。
原理とかそんなのは解明されていないし俺もまだ身に付けていないからわからないが、オーラ的なものを剣に纏わせて、攻撃力を高めることができるのだという。
それが、熟練の剣士が細い剣で岩をも砕ける理由。固い甲羅のモンスターを相手に出来る理由。
剣気は、何匹もあるいは何人も、魔物や人体を切り刻んでいくと突然身に付くものだという。
そうなった剣士は、自然体でも剣気を放ち、自分より弱い魔物をあまり寄せ付けない。自然と魔物を遠ざける。そういう話だ。
目に見えないけど実在は保障されている力。オーラ。
「剣士の剣気と違って、殴ってるだけでも身に付くらしいからね。拳気は」
「それって、俺のおかげじゃない?」
「そうとも言う」
「それでその拳気ってやつがあったら間合いの外の相手にも攻撃できるってことなのか?」
「そうみたいね。今のは偶然出ちゃったみたいだから、実感ないけど」
新しい力を手に入れたのにシノブはやけにさばさばしている。
理由を聞くと、
「あたしは魔法拳士だからね。いずれは拳気だって覚えるだろうとは思ってたけど、実戦ではやっぱりほとんど通用しないから」
魔法拳士とは、魔力を拳、あるいは足に込めて攻撃力を増すという技術らしい。
素手で属性攻撃が可能となる。さらには威力も倍増。
拳気による遠隔攻撃ではその魔力を乗せることが叶わないために、実戦向きではない。せいぜい攪乱やフェイントにしか使えない業。
「魔力を乗せた拳による攻撃力の強化と、流態による身体能力の向上。
それが魔法拳士のモットーだから」
「いや、でも今のかなり痛かったぜ? 魔物はともかく対人戦では有効なんじゃないか?
鎧の上からとかでも……」
と言いかけて、シノブの発した単語に意識が集中する。
「え? 今、流態って……」
「知ってんの?」
知ってるも何も……前世というかあっちの世界で散々お世話になった能力だ。
転生してからどうにも発動できないなと思っていたが、ひょっとして異世界由来の能力だったのか?
とりあえず、聞かれたことに答えなければ。言葉を濁す。
「いや、なんか聞いたことがあったような……」
「そう。まあ隠しちゃいないんだけどね。使用人口が少なくて。有名じゃない。
あたしもまだうまくは使えない」
「それってどういう技術なの?」
「うん? 魔力の流れを操作するんだ。さっきも言った通り、身体能力の向上。
火属性を高めれば攻撃力、風属性なら素早さって感じで。
極めれば、戦闘力は格段に飛躍するっておばあちゃんが言ってた。
もっとも、流態をそこそこ使えないと拳士なんかで魔物相手にすることは敵わんよっておじいちゃんが言ってた」
「それって、例えば俺とかが教えて貰ったりできるのかな?」
「一子相伝! ってわけじゃないけど、小さい頃の修行が物をいうらしいから無理かもね。拳士特有の業だって言ってる人もいるし……」
どうだろう。微妙。俺が元の世界で使っていた流態と、シノブの言う流態が同じだとは限らない。
だけど、聞けば聞くほど原理は似ている。
違うのは、オーラでもない魔力でもないなにがしかの力を操作するのが俺の知る流態であって、魔力を操作するのがシノブの流態だという点。
転生してからこっち、一向にオーラでもなく魔力でもないなにがしかの力を感じることができずに流態の使用は諦めていたけど……、魔力の操作で同じことができるのなら……。
試してみるのもいいかもしれない。
「本気で身に付けるなら、うちの実家に来る?
婿養子でよかったらだけど。家族になったら教えて貰えるよ」
どこまでが冗談でどこまでが本気かわからなかったから俺は保留。
とにかくまた一つ、強くなるきっかけをつかんだかも知れない。
それよりまずは、シノブにひとあわ吹かせることを考えないとな。
殴られっぱなしじゃ男がすたる。
かくして、俺とシノブの拳と剣での語らいはそれ以降も続くのだった。
いちゃいちゃ――本人たちからすれば真面目にやってるつもり――しながら練習に励むプラシとミッツィについては誰も触れない。冷やかさない。
純愛を超えた何かがそこに見え隠れしていたから……。
……俺とシノブも……そういう風にみられてたら嫌だなあ……。