いつまでも君を愛してる
ただ最後まで読んでほしい。
伝えたい物をここに書き込んで、短編ですが出来た小説です。
お願いします。
『ねぇ、今度はいつ来るの?』
『さぁ』
『たまにはまともに話してよ』
『ああ』
結斗は曖昧な返事をすると、家の扉を開き私の部屋から出ていった。
扉が閉まると、本当の笑顔の私はもう居ない。
そして、始まるんだ。
同じ毎日に結斗の居ない日々、寂しさも温もりも無いけど、生活の為にやるしかないんだ。
私は気持ちを切り替えて仕事に向かった。
毎日通勤だけで1時間かけて職場に向かう。
まだ車で行けるだけ増かもしれない。
車の運転は好きで、1時間の道のりはストレス発散になっている。
だけど、仕事が始まると私の顔は全て作り笑に変わってしまう。
職種は看護婦で、私は毎日上司に気を使い笑顔でペコペコ頭を下げる。
その方が楽だと分かってからは、作り笑顔など平気になっていた。
だけど、ストレスも多い仕事だけに、余裕が無くなると笑顔など作れない。
そんなときに限って上司に注意を受ける。
我慢するけど、限界が来て涙も流す日は少なくなかった。
そんな日々の中、結斗は私に頑張れる力をくれていた。
会える日も、次の約束すら出来ないけれど、また会えると信じて待ってる私は、それだけで頑張れる。
だけど1ヶ月過ぎても結斗は家に来なくて、私は孤独に負けていた。
夜の21時にテレビを見てると、浮気や裏切り複雑な人間関係のドラマを見て私はテレビを消した。
結斗に会ってないからかドラマを見てると急な寂しさに襲われ、私はテレビを消した。
すると1LDKの部屋は無音になる。
その静かな空間が私の寂しさを広げてネガティブな気持ちにしていく。
もし結斗が浮気してたら…。
考えれば考えるほど不安に襲われて、気持ちを変えたくてテレビのリモコンに手を伸ばすと、扉の叩く音がした。
ドンドン、ドンドン
私は恐る恐る扉に近づいて覗き穴から扉の外を見ると、結斗が立っている。
私は不安も寂しさも嬉しさで消えて、急いで鍵を開け扉を開いた。
すると結斗は鼻に手を当てて居る。
不思議に思った私は言った。
『どうしたの?』
『鼻血』
結斗が話した瞬間、手から鼻血が流れ落ちた。
私は慌てて洗面所に結斗を連れていき、鼻血を流す。
結構な鼻血が出ていて、心配になった私は言った。
『大丈夫?』
『ああ』
『なら良いけど…』
結斗は近くにあるティッシュを鼻に詰め込み、ベッドの上に行き座り込む。
私は追い掛けるように歩いていき言った。
『ゆっくりしてて結斗、ご飯食べた?』
結斗の顔を見て、私は笑いを堪えていた。
『柚穂顔が笑ってないか?』
堪えきれず笑う私に苛ついたのか、結斗は顰めっ面をして私から目を背ける。
私は料理をしながら結斗に話し掛けるけど、結斗は無視をする。
段々苛立ち私は言った。
『無視とか酷くない?』
『笑うとか酷くない?』
言い方が物凄く嫌味に思えて、私は返事をせずに料理を始めた。
物や食べ物に八つ当たりするかのように、料理をしてると結斗は言った。
『柚穂は子供か?』
その言葉で怒りが爆発した私はキレた。
『結斗が子供なんでしょ!料理なんてやめた!やめた!』
その時、包丁を勢いでまな板に投げると、跳ね返り私の手を掠めて少し手の甲が切れる。
『いた!』
すると結斗は直ぐに立ち上がり、私の手を見て水道水で流しながら言った。
『気を付けろよ絆創膏は?』
『ベッドの横の引き出しの中』
すると結斗は私の手を心臓より高い位置に上げて近くに置いてあるタオルで傷口を『押さえてろ』と、言って絆創膏を探して持ってきてくれた。
優しく包み込むように絆創膏を貼る結斗に、私はドキドキし過ぎて言葉が出ない。
久しぶりに会って触れられてるからか、私は顔も体も火照っていた。
すると結斗は言う。
『これで大丈夫だろ』
『うん』
『顔が赤すぎないか、熱?』
『・・・違うよ』
『柚穂頭も打ったのか?』
その言葉で、私の恋心は何処かに消え去った。
料理を作り終わって、机の上に荒く食器を置いていくと結斗は言った。
『キレたの?』
『別に』
『怒るなよ』
『そうね』
すると結斗は私の腕を掴み、優しく引き寄せてキスをする。
一瞬何が起きたか分からなくなって、私は流れに身を任せ目を閉じる。
キスが終わると、結斗は優しく耳元で言った。
『怒ると、柚穂の可愛い顔台無し』
『ごめんなさい』
『直ぐにキレるなよ』
『結斗が女心分からないからじゃない』
『分かったよ気を付ける』
『うん』
魔法のような温もりと言葉に落ちついて私は言った。
『ご飯食べよ』
『ああ』
二人で食事をしてるのに会話もあまり無い。本当は沢山話したいけど、あまり話さない結斗は無言で、私が永遠に話し続けて居るだけ。
それでも私は満足していたのに、結斗は口に食べ物をいれる度に顔を顰める。
私は、その姿にショックを受けて落ち込んでいた。
そんなに私の料理不味い?そんな顔で食べるなら食べなくてもいいよ…
心で思っても言えなくて、私の顔から笑顔が消えていった。
すると私の顔を見た結斗は言った。
『ご飯うまいよ』
顔と言葉が合ってない結斗に私は落ち込みながら言った。
『・・・無理しなくていいよ』
『ああ』
すると結斗は箸を置いて言う。
『柚穂?』
私は無視をして食事を片付けだした。
半分以上残った食事を生ゴミに勢いよく捨てる。
今にも泣きそうな自分が居るし、気持ちに余裕が無くなってる私は、その場に座り込んで俯いた。
すると足音も立てずに結斗は屈み私と同じ目線で、口を開く。
私は結斗に言った。
『喧嘩うってるの?』
『ハァ〜』
結斗から出た溜め息は深い溜め息で、私の目から涙が零れた。
『今日はどうしたんだよ?』
『・・・』
『口の中痛い』
私は結斗の言葉に反応して、涙を拭き結斗の口の中を見た。
すると口の中は口内炎が4つ出来ていて、かなりの大きさにビックリした私は結斗に謝った。
結斗は何も言わないけど、顔は優しい表情をしていた。ゆっくり立ち上がり、元の位置に戻る結斗に、私は自分の行動が恥ずかしくなって素直に言った。
『今度から気を付けるから…』
『ああ』
優しさもあるけど、私はいつも思っている事がある。
言葉でもっと言ってくれたら、こんな喧嘩もしなくて済むのに、私は結斗に望むことを言えないでいた。
いつか去っていきそうで怖いのと、結斗に嫌われたくないという思いからだった。
結斗の居ない生活など、生きてる意味が無いと思えるほど、私は結斗に惚れていた。
2章
『お疲れ様です』
結斗は笑顔で挨拶をして頭を下げていた。
『お疲れ最近何かあったのか?』
結斗の上司は、結斗の顔を見ながら言う。
『いえ、特に無いです』
『なら良いけどな、今日夜空いてるか?』
『はい!』
『なら待ってろ』
『分かりました』
結斗は笑顔で話していたけど、体に異変を感じてる事を隠していた。
最近階段を上がり下がりするだけで息切れしたり、目覚めると中々起き上がれないほどのだるさ、歯磨きをすると出血して、体に異変を感じても夢に向かい一途に走っていた。
気持ちに迷いもなければ、苦しみもない。
明るい未来に向かい1日1日を生きている結斗にとって、柚穂は大切な女だった。
柚穂は看護婦になり、前を向き社会に認められて歩いている。
なのに俺はメインアシスタントで、金もなければ未熟者、古いアパートが帰る場所で、柚穂を呼ぶことも出来ない。
いつか夢を叶えて独立する。
そして柚穂を幸せにしようと思っていた俺は、毎日仕事ばかりしていた。
体の異変は疲れから来てるんだろうと思い込み、ごまかして前だけを見て歩いていたけど、俺は、自分の体に起きてる本当の悪夢と恐ろしさを分かってなかった。
それは些細な動きで起きたんだ。
結斗は、客の頭を洗いながら、優しい手付きでマッサージをするようにシャンプーをして話していた。
『どこか痒い場所ありますか?』
『大丈夫よ、本当に上手いわね頭を洗うの』
『いえいえ、皆から比べたら未熟者です』
『貴方がスタイリストになったら来るわよ』
『ありがとうございます』
『本当に初々しいわね』
『今だけですよ』
シャンプーをしながら結斗は客を和ましていた。
日常色々な客と接客する結斗は、笑顔、気が利く行動が身体に染み付いている。
視野も広い結斗は、人より動き回り上司に気に入られていた。
やる気に、持ち前の笑顔と強い気持ちの結斗は、夢に近付いていた。
だけど、この日から少し壊れだす。
いつもと同じように、カットが終わった席の髪を集めて、捨てようとした結斗に立ち眩みが起きた。急に目の前が暗くなり、立って居られなくなった結斗は足の力が抜けて、椅子に後頭部をぶつけて意識を失った。
客がざわめく中、営業は一時中断されスタッフが結斗を休憩室に運び救急車が呼ばれた。
客のざわめきも、スタッフの協力があり、無事におさまったけど、結斗の上司の顔から笑顔は消えていた。
目覚めると、知らないベッドで寝ていた結斗は、起き上がった。
『結斗!!』
ゆっくり振り向くと柚穂が俺に抱き付いた。
『ここどこ?俺…、仕事は?』
この時結斗の腕に点滴が繋がれていた。
『結斗落ちついて、ここ病院だよ』
『えっ?』
『頭を椅子でぶつけたんだってね脳震盪だよ』
『直ぐ退院出来るか?』
『・・・検査次第かな』
その時、柚穂の表情に本当の笑顔はなかった。
結斗は職場に迷惑をかけた事に焦り、考え事をして、柚穂の表情をしっかりみてなかった。
すでに、柚穂は結斗の危険を知り、正常な精神状態では無かった。
だけど、柚穂も看護婦をして身に付いた笑顔で、結斗を見守っている。
だけど、心は修正出来ないほどぐちゃぐちゃだった。
この日結斗は検査をして、大きい病院で精密検査をしなくてはならなかった。
だけど、柚穂が居なくなった隙に、結斗は病院を抜け出した。
結斗は、自分の働いてる店に走って向かうけど、体はいうことを聞かない。
走れば息切れして呼吸すら出来ない為に、結斗は立ち止まり少し休んだ。
急な吐き気を堪えながら、ゆっくり空を見上げ、星も見えない夜空に向かって結斗は小声で言った。
『・・・柚穂、俺は負けない』
結斗の気持ちに火がついたのか、また走り出した。
職場に着いた結斗は、上司との約束を守るために休憩室に向い、そっと扉を開いた。
すると結斗を待ってたのか上司は椅子に座りタバコを吸っていた。
『今日はすいませんでした』
少し大きめな声で言った結斗、その姿を見た上司は低い声で言う。
『大丈夫なのか?』
『はい、軽い脳震盪です』
タバコの火を灰皿で消しながら上司は言った。
『次は無い』
『分かってます』
少し沈黙が続き、重苦しい空気に結斗の緊張感がピークになった。
静かな個室に響く自分の鼓動、ドクン、ドクン、ドクン、堪えきれずに息を飲み込んだ。
すると上司は口を開いた。
『次の候補にお前を推薦した』
緊張の糸が切れたかのように嬉しさが込み上げて、自然と笑顔になった結斗は言った。
『ありがとうございます』
『頑張れよ』
『はい』
上司はゆっくり腰をあげて立ち上がると、結斗の肩を強く押し、部屋から出る前に言った。
『体は自分以外守れないからな、自分で管理するしかない!気を付けろよ』
『はい、ありがとうございます』
厳しさと優しさを持ち合わせている、カリスマスタイリストの下で、メインアシスタントをしてるのが結斗だった。
長い間のメインアシスタントは、結斗にとって努力と自信の結晶のようなもので、カットも今の上司に全てを叩き込まれていた。
尊敬出来るスタイリストに初めて認めてもらい、テストを受ける資格得た結斗は嬉しさが込み上げた。
だけど、これからが大変なのも知っていた。
テストは緊張感で潰される。
テストを何度か見てきたけど、不合格で泣く者すら居るほど試されるのだ。
自分自身の才能とセンス、カット技術に知識、全て理解してないとカットすら出来ずに落ちる。
今日から寝れないと結斗は思っていた。
結斗が抜け出した病院では、看護婦が慌てて、緊急連絡先に連絡したり、病院の中を看護婦が探し回っている。
そんな中、柚穂も責められていた。
結斗の行きそうな場所を考え、柚穂は迷わず職場に向かって居た。だけど、柚穂は複雑な気持ちだった。
結斗は柚穂に言っていたのだ。
『なぁ〜柚穂?』
真剣な表情で結斗は言った。
『なに?』
いつもと変わらない声で柚穂は返事をする。ゆっくり結斗の表情を見ると、真剣な表情をしてる結斗が居て、普通に返事をしたことに後悔した柚穂は、真剣な眼差しで結斗を見た。
すると優しい口調で言ったんだ。
『職場には来るなよ』
『えっ!・・・なぜ、なぜよ?』
結斗の言葉の意味が分からなくて、柚穂の声も表情も寂しさに変わる。
『恥ずかしいから』
『恥ずかしいって酷くない?』
恥ずかしい、私の全てを言われてる気がして苛立ちに変わり、柚穂の怒りが言葉に変わった。
すると、結斗は私の目を見て言った。
『スタイリストになるまで待って欲しい駄目か?』
結斗の言葉に納得出来ない柚穂は言った。
『理由をしっかり話してよ!アシスタントの結斗を見たら駄目なの?』
『・・・』
無言の空間が二人の気持ちを重くさせていく。
『柚穂は待てるよな』
その場の雰囲気を修正しようと、結斗は優しい目をして柚穂に言い聞かせた。
『久しぶりに自分から話すと思ったら、自分の我を通すし・・・、分かったよ・・・』
諦めた柚穂は、結斗の言うことを守って職場に行くことは無かった。
今まで守ってきたのに、今の柚穂はそんな約束よりも、結斗が心配で仕方なかった。
タクシーの中で結斗だけを考えて、心配な気持ちが不安に変わり押し潰されていく。柚穂は涙を堪えていた。
結斗の職場に着いて柚穂は立ち止まった。
店は閉まっていて人気がない、入る場所も分からなくて、柚穂は周りを見て歩いていると、店から人が出てきて迷わず声をかけた。
『結斗…、あっ山岸結斗は居ますか?』
私が聞くと同僚の人は優しく言った。
『山岸なら店の中に居るよ』
『あの…入ったら駄目ですよね?』
困った表情で私が言うと、同僚の人は少し考えて言った。
『・・・無理だよな、ちょっと待ってて呼んでくるから』
店に戻り結斗を呼びに言ってくれた。
数分すると、結斗は店から出てきたけど、険しい顔で私を見ていた。
『山岸、可愛い彼女だな』
同僚は結斗をからかうように言うと、結斗は日頃見せない顔で同僚に向かって言った。
『帰れ!!』
『せっかく教えたのに冷たいやつだな』
同僚は眉間にシワを寄せながら舌打ちをして、その場を去った。すると結斗は私を見ながら言った。
『なぜ来た?』
結斗の日頃見ない姿と表情に怯える私は、言葉が出なかった。
『・・・』
『忙しいんだ帰ってくれ』
困った表情に変わった結斗を、これ以上困らせたくなかったけど、私も結斗を思い言った。
『結斗病院戻ろ』
結斗は、私から目をそらした。
すると一言『ごめん』と、言って、結斗は私に背を向けて店に入っていく、私は結斗の手を掴み言った。
『結斗、自分の身体に異変感じないの?結斗、私は病院に連れていくから』
私は強気に出た。
すると結斗は立ち止まって言った。
『・・・柚穂、俺はヤバイのか?』
結斗の後ろ姿が、物凄く寂しげに見えて胸が締め付けられた私は、結斗の言葉に返事が出来なかった。
いくら強気で居ても、結斗の強い思いも夢も知っている。今はそれよりも心配な事が頭に渦巻いて私は話せなかった。
『柚穂、俺今が大切なんだ、後少しで・・・』
私は結斗の言葉を遮って言った。
『検査しないと分からないけど、結斗今のままだと・・・』
これ以上言葉が出ない私は、一気に弱気になった。
『・・・ごめん、無理だよ私・・・』
結斗の背中に抱き付いて私は涙を流した。
結斗は、柚穂の行動で自分の身体に危険が迫ってることを知った。
夢か病気と戦うか結斗の試練が訪れた。
今入院すれば今までの努力の積み重ねが遠ざかる。
スタイリストの試験だけでも結斗は受けたかった。
早く一人前になりたかったのだ。
柚穂の為に…、だけど入院すれば信頼も、今までの積み重ねも消えていくかもしれない。
結斗は柚穂に言った。
『死なないだろ、だから今は病院に行かない、・・・柚穂落ち着いたら行くからさ』
柚穂は涙声で言った。
『・・・駄目』
『今だけは無理だ』
『・・・』
何を言っていいか分からなくて柚穂は力強く抱き締めた。
伝えたい、助けたい、思いを込めて結斗をもう一度強く抱き締める。
すると結斗は観念したのか『・・・柚穂分かったよ明日行く』と、結斗は優しい声で言った。
だけど結斗はこの時、嘘を付いていた。
この日結斗は病院に戻らずに、明日戻ると言って店に逃げるかのように去った。
柚穂は結斗の言葉を信じて、病院に戻り看護婦とドクターに謝罪して回った。
そして近くの大きい病院への紹介状を書いてもらい、ドクターの言葉で柚穂は力なく頷いた。
ドクターは柚穂に向かって『このままだと山岸結斗さんの命の保証は出来ない、早めの検査と治療をお勧めします』と言われ、柚穂は冷静さを失ってしまった。
この日、紹介状を開けて柚穂は血液検査の結果を見ていた。
看護婦になって初めて見るほど、血液検査の結果が悪かった。
白血球数が正常値を大幅に越えていて、赤血球数、血小板数、LDH値も尿酸値も以上を示す数値で柚穂は気が付いた。
結斗の命も本当に危ないと…
明日と信じてるけど、柚穂に冷静な決断は出来なかった。
寝れぬ夜に、ネットで調べると、病名も数多く出て、危険だと分かるほど血液検査も悪い。
症状もすでに出ていたのだ。
歯磨きでの出血に、口内炎、鼻血、立ち眩み・・・
全部当てはまってしまった。
信じれない事実に柚穂は力なく涙を流した。
『結斗…』
掠れる声で何度も繰り返し言い続けた。
次の日、私は休みをもらって、結斗を迎えに行っていた。
結斗は確実に職場に行って仕事をしてると分かっていた私は、自分の迷いを消した。
夢も大事かもしれないだけど、命より大切な物は無い。今日は昨日の自分より強い気持ちで向かった。
一睡もしてなければ、食事もしてない私は、結斗の職場に向かう最中に倒れた。
この日は猛暑日で40℃を越えていた。
照り付ける太陽に、煮えるアスファルトが、柚穂の弱った体に追討ちをかけた。
熱が体にたまり熱中症を引き起こしたのだ。
意識が戻った時には、病院のベッドで横になり、点滴をしていて自分の弱さに涙を流した。
この日病院から出れなくて、もう一日待つしかなかった柚穂は、結斗を心のどこかで信じていた。
結斗は、前の日から徹夜でカットの練習をして、職場でそのまま働いていたけど、体は思うように動かない。
忙しくなれば、バタバタ歩き回り息が切れる。
屈んで立つと立ち眩みが起きる。
だけど結斗は、負けなかった。
柚穂を思う気持ちが結斗を動かしていた。
無事に一日が終わった結斗は、またカットの練習をしていると、立っていられない程の立ち眩みに襲われた。
その場に座り込むと、結斗は柚穂を思い出しながら、自分の身体にムチを入れてカットに専念した。
二時間が過ぎた頃、髪をカットしていた手を結斗は止めて座り込み呟いた。
『柚穂…』
柚穂の悲しげな涙姿を思い出して、結斗は集中力が無くなっていたのだ。
なぜなら、外で泣いた柚穂の姿を1度も見たことが無い。
柚穂は、家で俺が傷付けて泣かせてしまうけど、外で泣かないし約束は破らない。
今日も迎えに来ると確信してたけど柚穂は来ない。
少し心配しながらも、俺は職場でマネキン相手にカットの練習をしていたけど、考え込む時間の方が多かった。
睡眠を削っていた結斗の身体を、病魔がゆっくり蝕んで、次の朝ミーティング中に結斗は鼻血を流し倒れて意識を失ってしまった。
二度目の過ちに、冷たく見る者も居れば、他人のふりをするもの、色々な人達の中、結斗の上司は一番に動き行動した。
誰よりも早く迷わず動き、周りの人すらも吊られて動きだす。救急車が来たころ、上司は結斗のポケットへそっと手紙を入れた。
救急車で病院に運ばれた結斗は検査をして入院になった。
その日緊急連絡先で柚穂のケータイが鳴り、柚穂は退院と同時に結斗の元へ向かう。
その表情は不安と心配、それに加えて恐怖だった。
タクシーで向かってるけど気持ちが焦り言葉に変わる。
『すいません急いでもらえないですか?』
『分かりました』
タクシーの運転手は、急いでるようでゆっくり安全運転をする。
苛立ちが言葉に変わり強い口調で言った。
『命に関わってます急いで!』
『・・・はい』
タクシーの運転手は急いでくれたけど、今頃急ぐなら運転しだして直ぐに急いでほしかった。
この移動時間が物凄く長い、時計を何度も繰り返し見るけど、時間が止まった感じだった。
結斗に早く会って様子を見たい。
いつしかタクシーから降りてお金を投げ付けていた。お釣りなんてどうだってよかった。
無駄に話し掛けて、ゆっくり走るタクシー運転手に怒りは爆発して睨み付ける。
言葉では言わないけど行動は無茶苦茶なことをしている。
それほど私は余裕が無かったんだ。
走りながら息を切らして病院にたどり着くと、迷わず受付に向かった。
息が落ち着かなくて言葉が上手く言えず、上手く伝えれない私は、深呼吸をして息を落ち着かせてから、少し冷静になり病室を聞いた。
速足で向かったけど、病院は本当に分かりにくい。
気持ちも焦ってるからか、場所を探すのが本当に大変だった。
自分が働いてる病院は分かっても、他の病院は迷いに迷った。
何度か看護婦に聞いて、やっとの思いで探し見付けたけど結斗は居ない。
部屋は四人部屋で、老人の人が2人視界に入る。見た目は元気そうに見えるけど体は差ほど良くない。
足が不自由なのか、車椅子がある老人は窓から空を見ている。
もう一人は寝たきりなのか、胃に直接栄養が入っている。
もう一人はカーテンが閉まり見えない。
良く見る病院の光景だけど、少し見ただけで分かるものがある。
看護婦になると、見る場所が変わるのだろう。
直ぐに目から情報が入って頭で状況が分かりだす。
多分結斗はこの病室に居るのは2、3日だと言うのも分かる。
それほど結斗の病気は怖いものなのだと柚穂は思っていた。
病室に来て二時間ほど過ぎたころ結斗は帰って来た。
結斗の顔には笑顔など無かった。目は充血していて、私は優しく結斗の手を握り締めた。
すると結斗は私の手を強く握り言った。
『マジいてぇ…』
私は結斗の行動に一瞬時が止まった。
結斗を優しく包み込み元気付けて一旦側を離れた。
本当は離れたくなかった。結斗の側に居たいけど、治療も知りたいし、病名も聞かないと何も行動すら出来ない。
私は看護婦に頼み、ドクターの元へ行った。
『失礼します』
部屋に入ると、パソコンから血液検査の結果が出ている。
私は椅子に座りドクターと向かい合わせに座った。
横目でパソコンの画面を見ると山岸結斗と、名前が出ていて、私がじっと見てると、ドクターが口を開いた。
『妹さんですか?』
『いえ、彼女です』
『山岸結斗さんの、ご家族の方は?』
『他界して居ないです』
『そうですか…』
一瞬ドクターの表情が曇って考えるような姿を見せた。
私はその一瞬の仕草を見逃さなかった。
何故ならドクターも人で、治療を第1に考えている。
何がこの患者にとって良いか治療はどうするべきかを考えるからだ。
今の姿を見て分かる。
結斗は本当に危険だと…。
私は無理だと知りながら言った。
『先生、結斗が一緒じゃないと病気や治療法聞けないですか?』
『本人の許可無しでは無理です。』
『なら結斗は病名を知ってますか?』
『いえ、まだ説明してないので本人と直接話すつもりです』
『そうですか…私も立ち寄って良いですか?』
『本人の許可次第ですね』
『分かりました…』
私は会話を済ませて、結斗の病室へゆっくり歩いていた。
結斗の為にも一緒に聞きたい。
だけど、結斗は私に心配させないようにする。
私には治療法も病名も隠すだろう。
私はどうすればいいの…。
俯きながら歩く道は長く感じて、自分の無力さに情けなくなった。
病室に着いた頃には私にも笑顔がなかった。
結斗を見るとまた痛みと戦っているのか、険しい顔をしている。
私は結斗に話し掛けた。
『大丈夫?』
『ああ』
私は結斗に思いきって言った。
『結斗、病名と治療法聞くとき私が居たら駄目かな?』
すると結斗は、今出来る笑顔を作りながら優しく言った。
『・・・大丈夫俺一人で聞くよ』
『私は結斗の何かな?』
結斗に対する不安が言葉に変わっていた。
『彼女』
『彼女なら一緒に聞いてもいいよね?』
『・・・』
結斗は考えている。
少しでも良い方に考えてほしい。
私の強い気持ちで手に力が入り、返事を待ったけど結斗は何も言わなかった。
過ぎ去る面会時間が私を追い詰める。
緊迫した空気が2時間ほど流れて会話すら途切れた。堪えきれず私はこの日結斗の胸でボロボロ泣いた。
結斗は優しく包み込み私を抱き締めてくれる。
本当は私がしっかりしないと駄目なのに、結斗は私に気を使いすぎている。
素直になって欲しいけど未だに無理は言えい。これが私の弱さだった。
その出来事から1日過ぎて、結斗は一人部屋に変わった。
そう、私の予想は当たってしまったのだ。
結斗は病名も治療法も聞いているのに私には隠している。
結斗に対して不満と心配と不安が私を追い詰めていく。
だけど、私はこの頃大変な事になっていた。
結斗には、迷惑をかけないようにするために結斗の前では笑顔で居て、家では毎日泣いていのだ。
家で一人になると、結斗の事を考えて夜が寝れない。気持ちがネガティブになって、いい方向に考えれなかった私は…、結斗が死んだら…。
結斗が居ないと…私…嫌だよ…。
結斗…、私どうすれば良いの…。
私は、仕事をしていても考え事をして、職場でミスを繰り返し、いつの間にか私は職場で一人はみ出していた。
裏で、こそこそ言われ耐えるけど、耳にはいれば涙が流れそうになる。
元は私が悪いから何も言えなくて余裕が無くなり、私は笑顔すら作れなくなっていた。
そんなある日、職場で事件が起きたんだ。
余裕がなくて、笑顔も作れなくて、受け持ちの部屋で採血をしてたときに、私は注射を3度失敗して、患者を怒らせて居た。
『へたくぞが、それでも看護婦か!』
患者の顔が本当に怖くて震える私は言葉を失った。
体が震え上がり涙が出そうになったのを堪える。
だけど、怒ってる患者を落ち着かせようと、怯えながら言った。
『ご、ごめんなさい』
声は震えて小さな声しか出なかった。
『心にも無いんだろう!!お前は病気ではないからな、同じ病気になってみろ!!採血もろくに出来ない看護婦!何とか言え!!』
目から涙が零れ落ちて何も言えずに崩れるように地面に膝をつけていた。
患者は私が泣いたために静かになったけど、私はそれどころでは無かった。
結斗の出来事、職場のミスに人間関係、全てが重くのし掛かる。
私は心の中で『助けて…結斗…』と、何度も繰り返し叫んでいた。
涙も止まらなくなり仕事すら出来なくて踞っていると、婦長が来て、その場を上手く和まし、私を連れてナースステーションに行った。
『川嶋さん最近様子が変よどうしたの?』
優しく婦長が言った。
『・・・』
私の体は震えが止まらなくて、婦長に何も言えなかった。
本当は誰かに言いたいのに、相談したいのに言葉が出ない。
何か話そうとすれば、また泣いてしまいそうで私は言葉に出来なかった。
少しの沈黙が続いて、その空気を壊すかのように婦長は言った。
『今、川嶋さんに、私は何が起きてるか分からないわ、少しでも話せないの?』
『私…ごめんなさい余裕がなくてミスをしたんです。私が全て悪いんです』
今の自分自身が訳がわからなくて、何が悪くて謝ったのか理解もせずに私は言っていた。
まるで何かから逃げるかのように…、言ったんだ。
だけど婦長は冷静に言った。
『なぜ余裕がなくなったの?』
『それは・・・』
一瞬結斗が頭に過る。
話すか話さないか考えてると、婦長は優しく言った。
『話せるだけでいいから話を聞かせて』
婦長の目は私をじっと見て優しく包み込んでくれる錯覚に落ちた。
それは不思議な感覚で、昔にもこんな気持ちになったことがある。
そぅ、おばあちゃんに似ていたんだ。
私は、涙を流しながら結斗の出来事を嗚咽まじりに話しだす。
まるでおばあちゃんに話すかのように…、私は全部話していた。
周りの看護婦も手を止めて聞いている。
私はそれでも気にせずに婦長に話した。
話終わった頃には看護婦数人が立ち止まり、私を見ている。
婦長は優しく言葉をかけてくれて、プライベートの事まで親身になって聞いてくれていた。
すると周りの看護婦まで親身になって心配してくれたんだ。
私は職場で全てを話し、少し気持ちが落ち着いて、無事に仕事に戻る事が出来た。
職場で泣いたこと、職場での自分のミス、プロ意識、婦長は優しく私に伝えてくれた。
心の悩みが取れて、笑顔が戻った私は、更衣室で着替えていると声をかけられた。
『川嶋さん少しいいかしら?』
無視していた看護婦が、私に話し掛けてきて、びっくりした私は言った。
『えっ!は、はい』
『ごめんなさい何も分からなくて、嫌われてるのかと思ったのよ』
この人を嫌ってない…、私はよく分からなくて思ったことを言った。
『えっ?嫌ってなんかないです』
『最近川嶋さん笑顔が無くて、嫌いなんだと思い込んでね私、素っ気ない態度してしまったの本当にごめんなさい。余裕が無いのに追い詰めて本当にごめんなさい』
相手の看護婦は誤解してただけで本当は優しかった。
私は迷惑をかけたことが、物凄く申し訳なくて謝った
『謝らないでください、私が勘違いされることしたから…、私もごめんなさい』
この日職場で素直に話して相談出来る人に、信じれる人が私には出来たんだ。
私の行動と態度が、周りを巻き込んで居たことを知って、これからは気を付けようと心に誓った。
だけど、女性の職場は一度壊れた関係は直せない事をまだ知らなかった。
仕事も終わり、結斗の入院してる病院に車で向かった。
結斗の入院してる病院は帰り道にある。
私は仕事が終わると、結斗のお見舞いに行ける日は行こうと決めていた。
今日は結斗の治療が始まって3日目、私は急いで結斗のお見舞いに行った。
結斗が入院してる病院に着いて、私は呼吸を整えて病室に向かって歩きながら、自分に言い聞かす。
大丈夫、大丈夫と…。
何度か言い聞かせて病室のドアにノックした。
コンコン、コンコン
相変わらず返事すらない結斗に、少し苛立ちを感じながらも私は言った。
『入るよ結斗』
扉を開いて入ると、結斗は体がダルいのか食事を食べずに寝ていた。
結斗は目を開くと、ゆっくり私を見て言った。
『柚穂お疲れ様』
結斗の言葉が本当に胸に響き、自然と笑みがこぼれた私は言った。
『うん、お待たせ』
会話をしながら、結斗を見ると、昨日より顔色は良かった。二人で少し会話をして治療の事を聞いていた。
、結斗は治療が始まって、初日からアレルギー反応が出たのか、めまいに発熱で苦しんでいた。
二日目は吐き気に苦しみ私はずっと背中を摩っていた。
そして今日、少し楽なのか結斗が返事してくれた。
多分吐き気止めを使ったのだろう。
結斗は、少しだけど笑顔が見える。
食事は食べてないけど、無理には進めない。
食べたくないときに無理に食べさすことは、相手に相当なストレスを与えてしまう。
結斗に私は無理を言わなかった。
ただ結斗が元気で治療を受けてくれれば、それで良いのだから。
私は前向きに考えて、自然に出る笑顔が気持ちまで明るくしてくれていた。
『柚穂何かあったのか?』
『えっ!?』
結斗は私を良く見てるのか変化を見逃さない、私は慌ててビックリしてしまった。
『何だか嬉しそうだな』
結斗の些細な言葉が嬉しくて自然と笑みが零れる。
『ちょっとね色々あるのよ女はね、それより結斗病院暇でしょ』
『色々か…まっ暇かな』
結斗は色々か…と、言ったとき、寂しげな表情を見せた。
すると、私から目をそらし外を見ている。
私は結斗に優しく言った。
『何か暇潰しいる?』
すると結斗は考え出した。そんな結斗をじっと見てると、横顔が物凄く寂しげに見えて、何かに引き寄せられていく私は結斗に近付いた。
すると結斗は私を抱き寄せて言った。
『何かノートと書くもの、後へッドホンと、ケータイに繋げるコード後は…』
私の唇をそっと奪い優しく言った。
『頼むな柚穂』
何故だろう、感情を余り出さない結斗が私をじっと見て優しくしてくれる。
『うん』
私は顔が赤くなり言葉すら出なかった。
そのままもう一度唇を合わせて二人の時間を過ごし、この日の面会時間は終わった。
帰る前に結斗が嘔吐したため、私は心配で残ろうとしたけど看護婦に『面会時間終わりです一般の方はお帰りください』と、言われ私は帰るしか無かった。
『大丈夫だからな』
結斗は私に気を使ったのか、優しく言ってくれた。
その言葉を信じて私は病院を後にした。
帰り道はいつも笑顔もなくて暗い表情になる。
結斗と側に居れば安心するけど、離れると寂しさに不安が込み上げるからだった。
病院からの帰り道、コンビニでサンドイッチとカフェオレを買って、家に帰るけど食欲も余り無かった。
結斗が気になってパソコンに手を伸ばし、ある病名をキーボードで打ち始める。
カタカタカタ・・・
慣れた手付きで文字が打たれた。
画面には、はっけつびょう、と打って柚穂は変換した。
白血病で検索されたサイトが画面を数秒で埋め尽くした。
柚穂はサイトを見ていくと、白血病の治療法が書いてあるサイトを見付けてクリックする。
治療法も結斗の体に起きてることも似ている。
柚穂は確信していた。
結斗に点滴していた抗がん剤の名前で分かったのだった。キロサイド(シタラビン)
この抗がん剤は忘れることも無い記憶、それに柚穂が看護婦になる切っ掛けになったのだから。遡ること5年前、柚穂がまだ高校生だった頃、祖母は病院で入院していた。
柚穂の身寄りは祖母だけで、父も母も居ない。
祖母は母親そのものだった。
病院の一人部屋で祖母はいつも、自分の過去や経験したこと、戦争の話をしてくれる。
私は話を聞くのが好きで毎日聞いていた。
いつしか看護婦の間でも人気になるほど、笑顔の素敵な祖母は、沢山の人に自分の過去を話していたのだ。
コンコン、コンコン、と叩き扉を開きながら私は言った。
『来たよ、おばあちゃん』
すると、おばあちゃんは優しく言うんだ。
『はい、いらっしゃい柚』
『お待たせ』
『毎日悪いね柚、私が元気ならもっと遊べたのに、ごめんよ』
『おばあちゃん最近癖になってるよ、その台詞聞き飽きたよ』
『そうかい?』
首を傾げながら、おばあちゃんは言った。
『そうだよ、そう言えばおばあちゃん、今日は皆とどんな話ししたの?』
私は、いつもこの時を楽しみにしていた。
『今日は後悔に付いてだよ』
『後悔?おばあちゃん後悔してるの?』
『そうだね、柚は将来の夢はあるかい?』
『夢は…色々かな』
私はおばあちゃんに素直に言えなかった。
恥ずかしかったんだ。
夢と言えば、普通なら自分の未来とか幸せが多いけど、私はおばあちゃんへの恩返しだったのだ。
私は、両親が事故で他界して、おばあちゃんに引き取られた。
小学3年の時からおばあちゃんと二人で乗り越えてきた。
どんなことが起きても、おばあちゃんが居れば大丈夫だと言い聞かせながら日々の生活を送るけど、そうもいかないのが学校生活だったのだ。
家族連れを見れば胸が締め付けられて、父と母が居ないだけでイジメも受けた。
それを全ておばあちゃんに八つ当たりして何度も苦しめた。
皆のお母さんは、お洒落をして参観日に来て皆嬉しそうにしてる。
だけどおばあちゃんはお洒落もしなければ、どちらかと言えば恥ずかしい姿で来る。
私は恥ずかしかった。
帰って、何度もおばあちゃんを傷付けて居たのを今でも覚えてる。
そんな日々の繰り返しで、知らず知らずのうちに反抗期が私に来ていたのだ。
周りの友達はケータイ電話に服やバッグ、化粧品、皆変わっていくのに私は置いていかれてる気持ちになって、イライラを全ておばあちゃんに八つ当たりして苦しめた。
家で話すことも少なくなり、私は友達も居なかった。中学生だとバイトも出来なくてお金も無い。
おばあちゃんもお金が無いのを知ってたから無理は言えなかった。
だけど、おばあちゃんは無理をしすぎていたんだ。
私を学校に行かせるために仕事をして体を壊して、初めておばあちゃんが倒れたとき、私は『一人になる…』と、思って恐怖しパニックになった。
おばあちゃんは入院になって、私は何度もおばあちゃんに謝った。
全部自分が…、と追い詰めたけど、優しく抱き締めてくれたおばあちゃんは『ごめんね』と、謝ってくれた。
全て私が悪いのに…。
その日から私は変わった。そんなおばあちゃんに、恩返しをすることが私の夢になった。
だけど、おばあちゃんを前にすると何も言えなかった。
『色々かい?聞きたいね』
『ならおばあちゃんから言ってよ』
『私かい?私はジイサンと一緒に見た場所をもう一度回りたいね〜』
『おじいちゃんと見た場所?』
『そう、日本を二人で見て歩いたんだよ一番記憶にあるのは三大稲荷に大仏様、本当に沢山のお参りをしたよ』
『なら、おばあちゃんが元気になったら、私が連れていったげるからね』
するとおばあちゃんの目から綺麗な涙が流れ落ちる。おばあちゃんは涙を拭いて優しく言った。
『私も後悔しなくて済みそうだよ、ありがとうね柚、早く元気にならないとね』
だけどおばあちゃんは良くなるどころか、体は弱り話すことすら出来なくなって行った。
食事も点滴で、治療をする毎日、抗がん剤キロサイドが点滴からおばあちゃんの体に流れたけど、効果はなかった。
最後は看護婦とドクターに囲まれて皆涙を流しおばあちゃんは息を引き取った。
最後のおばあちゃんは優しい表情だったけど、涙が流れたのを見逃さなかった。
おばあちゃんのお葬式は病院の人が数多く来てくれて、最後にある手紙を看護婦から手渡された。
そこにはおばあちゃんの気持ちが痛いほどかかれていた。
『柚穂へ、人は死ぬ前に後悔すると聞いてました。
その通りだったね。
柚を残して先に行くのが辛いよ、もっと体を大切にしていれば柚と一緒に居れたのかと思うと、病気になった私が情けないよ。
柚の成長する姿が私の生き甲斐で、いつしか母親以上に母親になった気がします。おばあちゃんなのにね…、柚に直接言いたかったよ。
柚が言ってくれた沢山の言葉が本当に嬉しかった。私は柚が居てくれて本当に幸せで楽しかった、ありがとうね。柚愛してるよ。体に気を付けるんだよ。天国で柚を見守ってるからね。おばあちゃんより』
読み終わった私は泣き叫んでいた。
『おば〜あちゃん・・・』
声を出し泣いた私に、その手紙を持ってきてくれた看護婦は抱き締めてくれて、優しく言ってくれたんだ。
『泣いていいんだよ』
まるでおばあちゃんに言われてるかのように思えて涙は止まらなかった。
おばあちゃんがこの世から去り、また大切な人を失った。
私は学校も休み、何かを失ったかのように殻に閉じ籠った。
だけど、そんな私を看護婦は助けてくれたのだ。
おばあちゃんに頼まれたと言って、時間があるときはいつも遊びに様子を見に来てくれていた。
その看護婦は、おばあちゃんに助けられたと言って私を助けてくれたのだ。
いつの間にか、私は看護婦を目指していた。
看護婦の優しいお姉さんを見て、一緒に泣いてくれた看護婦が私を前に歩かせてくれた。何よりおばあちゃんの介護をして思ったんだ。私は人を助けてみたいと…、そして看護婦になると胸に誓った。
初めて覚えた抗がん剤は、キロサイド(シタラビン)だった。
そして今心から愛する人が、また病気になってしまった。
私は正直不安に勝てる自信が無かった。
パソコンで見ても、自分の目で見ても、結斗はおばあちゃんと同じ白血病で、間違いない。
白血病でも色々あるけど、白血球数が十万以上で、病気はおばあちゃんよりも酷い。
急性骨髄性白血病だと私は見ている。
移植もあるけどHLAの一致はごくまれで、家族なら4人に1人で一般の人だと、数万人に1人だと調べて分かった。
急性骨髄性白血病は化学療法をしても再発の可能性が極めて高い。
移植しか道が無かったのだ。気が付けばパソコンを開き朝を迎えていた。
読むだけ読み不安は積もるばかり、いざ布団に入っても寝ることも出来なくて、ただ面会時間になるのを待っていた。
今日から連休で体も休めれるのに、少しも寝れない私の口から、深いため息が出てしまう。
無駄に過ぎ去る時間を見ながら、ただぼーっとして結斗の事を考える。
私は考えてなければ、脱け殻のように見えるほど動いていなかった。
時間も過ぎ去り、私は朝からお風呂に入り、化粧をして思った。
寝てなければ、化粧もうまくいかないし髪型もうまく決まらない。
全てが上手くいかなくて、少し苛立ちながら部屋を後にした。
車に乗り、いつもの道を走りだす。見慣れた景色に見慣れた車からの視界、だけど、家から職場までの道を走ると、また同じことの繰り返しだと思ってしまう。
『私何をしてるのかな…』
こぼれ落ちた言葉に気持ちがネガティブになり病院を過ぎていた。
直ぐに気が付いて戻ったけど、今日は気分が上がらなくて駐車場に車を止めて自分に言い聞かせた。
大丈夫、絶対大丈夫、結斗は大丈夫。
私は不安を消すかのように結斗の病室に向かった。
結斗の病室に着くと、人の声が聞こえて、私は看護婦だろうと思い部屋にノックして言った。
コンコン、コンコン
『結斗入るよ』
扉を開いた私は固まった。
女性の後ろ姿が目に入り、結斗が目を閉じて女性と抱き合いキスをしてるように見える。
私は、瞬きをしてもう一度見たけど、何も変わらない。
二人はキスを止めて私を見ながら言った。
『邪魔帰れよ』
結斗は覚めた口調で言う。
意味が分からない…
私彼女だよね…
何故?
急な出来事で、時が止まって私は言葉すらでない。
すると、結斗は追い討ちをかけるかのように言った。
『聞こえなかったのか?帰れ2度と来るな』
私の目から涙が流れた。
胸が締め付けられて、言葉が出ない。
何か言いたいのに、何も言えない。
やっとの思いで出た言葉が『・・・何故?』だった。
すると結斗は私を睨み付けながら言った。
『見れば分かるだろ』
『遊びだったの?』
私の震えた涙声に結斗は表情も変えずに言った。
『ああ』
私は病院から走って車に向かった。
ずっと愛してたのに嘘だったんだ…。
気持ちなんて無かったんだ…。
遊ばれてたんだ私…。
頭の中はぐちゃぐちゃで信じれない事実と結斗の言葉が胸に突き刺さっていた。呆気なく捨てられた私は車の中で泣き続けた。
その頃、結斗は柚穂を泣かし傷付けた重さに押し潰されていた。
『結斗言い過ぎじゃない?彼女好きだったんでしょ?』
心配そうに女は言った。
『これでいいんだ』
結斗は自分に言い聞かすように言っていた。
『ハァ…多分彼女本気だったんだよ、それを裏切ったんだよ、酷いことするね』
女は柚穂の姿を見て罪悪感を感じて結斗に話していた。
『そうするしか無いだろ、余計な心配させたくないんだ』
結斗は俯きながら布団を握り締めている。
『男って皆そうだよね、結斗話し合いって知ってる?』
『ああ』
『彼女の気持ちも考えてあげないと駄目よ』
『ああ』
『駄目だわ』
『分かったから姉貴帰れよ』
『心配してきた姉に対して言うことかしら?』
『ああ』
『変わらないわね結斗貸しだからね』
『ああ』
『キスの真似までさせて抱き合ったんだから高いわよ』
『別に唇に触れてないだろ』
『まっ言い合いも病人相手だと楽しくないわ、帰る』
『ありがとな』
ふと笑みを浮かべながら結斗の姉は立ち去った。
結斗の両親は他界していたけど、家族は姉が居たのだ。
日頃から余り自分の事を話さない結斗は、柚穂に言ってなかった。
結斗は聞かれなければ答えないタイプで、隠してたわけではなく、そんな話題にならなかっただけだった。
結斗は姉が帰った病室で1人俯いたまま後悔していた。
傷付けて悲しい顔をした柚穂が目に焼き付いて離れなくて胸が締め付けられられる。結斗の目が涙で充血し必死で涙を堪えていた。
まるで、何かを言い聞かせるかのように結斗は言った。
『これでいいんだ、これで柚穂を苦しめないんだ』
悲しい結斗の声は小さくて、響くこともなく消えさった。
結斗の姉が病院から出ると、柚穂が目の前に来て言った。
『結斗をお願いします』
深く頭を下げて柚穂は何度も言った。
その姿に結斗の姉は胸が締め付けられて居た。
もし自分が好きな人が居たら、こんな態度出来ないと思っていた。
本気で好きなら尚更出来ないと思った結斗の姉は言った。
『奪えば良いじゃない、悔しくないの?』
すると柚穂は結斗の姉の目を見て言った。
『奪いたい!悔しいよ、でも結斗は私なんか見てないから・・・』
柚穂はまた泣いていた。
結斗の姉は柚穂をこれ以上傷つけれないと思った。
人は人が思うほど強くない。本当は物凄く弱い。
結斗の姉は、自分がもし柚穂の立場ならと考えた。
考えた言葉が気持ちに変わる。
『・・・そう、貴女がどうしたいか自分で決めるべきよ!後悔してからだと遅いときもあるの、自分を信じて見たら?見えるものがあると思う』
『何故そんなこと言うんですか?』
涙を流し柚穂は言った。
『さあ〜、自分で考えな、二人に合って人には見えないもの、なんだ?』
結斗の姉は問題を残して、その場を立ち去った。
『・・・ちょっと、まっ…』
柚穂は何も言えず、その場に立ったまま考えた。
いつの間にか、涙すら消えた。
だけど、結斗の姉の言葉も今の柚穂には伝わらなくて、柚穂は家に帰ってしまった。
帰ってからも頭から離れない結斗の言葉が、私の心を無茶苦茶にしていく。
今まで全てが遊びだと思うと、信じれない自分が居た。
だけど結斗の行動を考えると、それなら辻褄が合う。
今まで、たまにしか来ない結斗、会いたいときに会いたくても会えないし、住んでる場所も知らなくて、今思えば何も知らなかった。
結斗の言葉が柚穂の不安を大きくさせて傷だらけにしてしまった。
柚穂は泣くことしか出来なくて、ボロボロに落ちていった。
二人が別れた日、雨が嵐のように降り続いて、柚穂の涙は雨音で消え、結斗の切ない言葉も消された。結斗は食事も食べず、全く動かない。
薬の副作用で嘔吐を繰り返すけど、食事を食べてない結斗は胃液がでていた。
どれだけ自分の体調が悪くても一番痛いのは心だった。
柚穂に迷惑をかけたくないから別れたのに、傷つけて追い詰めた自分に後悔する。
やり過ぎた気持ちが溢れて、柚穂が心配で結斗は夜も寝れずに朝を迎えていた。
ただ脱け殻のようになって、ケータイを開き何度もセンター問合せをする。
メールが来てないのが分かるのに、繰り返すセンター問い合わせ。
メールを作っては消して、作っては消した。
何度も電話をしようとしたけど、最後の通話ボタンを押すことが出来ない。
初めて知る自分に動揺を隠せなかった。
何も行動できない自分、治療してる自分が無力で情けない。
何もすることも、何かしようとも思えなくなって、無気力になり、ボーッとしてると過去を思い出していた。
俺が、まだ学生だった頃、人に誘われて合コンに行くことになった。
余り乗り気じゃなかった俺は、直ぐに帰るつもりで友達と電車で向かう。
場所は駅前のカラオケで、見るからに遊びなれた女と、男が集まってワイワイ騒いでいる。
皆の乗りに付いていけなくて、深い溜め息が出た俺は、その場の雰囲気を壊して居づらくなった。
部屋から出て帰ろうとすると、ある女性も部屋から出て俺に話し掛けてきた。
『帰るの?』
それが柚穂だった。
『ああ』
流すように返事をすると、柚穂は言った。
『なら一緒に帰りませんか?』
『大人だろ1人で帰れよ』
覚めた口調で言った。
『・・・冷たいね』
寂しげな表情をした柚穂は俺より前を歩き出した。
帰る方向が一緒なのか二人一定の距離を置きながら歩くと、柚穂は立ち止まり言った。
『詰まらないよね合コン』
『ああ』
『あんな場所で知り合っても、遊び慣れしてる人か、体目的、飽きたら直ぐに別れると思う。貴方も似た考えしてない?』
共感しそうな自分が居たけど、何故か初めて話す柚穂に素直になりたくなくて言った。
『・・・別に誰にも興味が無いだけ』
すると、柚穂は俺に向かい歩いてきて、目の前に立ち目を見ながら言った。
『何故、今日来たの?』
目をじっと見られて鼓動が早くなっていた。
『人数合わせ』
自分に起きてる事が意味がわからなくて、少し焦っていた。
なぜこんなにドキドキしてるのか分からない。
初めての出来事で戸惑いを隠せない。
『そうなんだ・・・、ねぇ少し話したいけど駄目かな?』
俺は柚穂の目を見れなくなって、目をそらして言った。
『・・・良いけど』
『なら行こ、私駅前に車止めてるから車でも良いかな?』
『ああ』
緊張がピークで聞くことしか出来ない俺に、歩きながらずっと笑顔で微笑む柚穂は、会話を途切れないように上手く話し掛けてくれていた。
俺は人と会話をするのが苦手で、変に緊張して返事しか出来ない状態、それでも柚穂は色々話してくれて、気が付けばパーキングに着いていた。柚穂に車に乗るように言われて、助手席の扉を開くと、少し甘い香りが鼻を刺激する。
心の何処かで、この女もよく遊んでるなと思いながら車に乗り込む。
車は柚穂の運転で走りだした。目的地も言わず柚穂は運転しながら俺に話し掛けてくる。
何処に行くのか分からなくて、俺は聞いた。
『何処に行くんだ?』
『私の好きな場所』
『なぁ?聞いても良いか?』
『何かな?答えれることなら答えるよ』
柚穂と話してると、男慣れしてると感じた俺は言った。
『遊び慣れてるよな』
すると柚穂は急ブレーキをかけて少し怒りを露にした。
『ちょっと酷くない?私彼氏今まで作ったことないから!友達も少ないし合コンだって今日始めてだよ!!』
何故かその言葉も信じれない俺は、『絶対嘘!!』と言うと、柚穂は俯いてしまった。
言い過ぎたと思い俺は言った。
『ごめん、言い過ぎた』
『いや、誤解されても仕方ないから…私ね貴方見て思ったの、辛い過去があるんじゃないかなって思ったんだ。ごめんね迷惑だよね…家何処かな送るから教えて』
柚穂に家の場所を説明したけど、方向音痴なのか迷子になり、俺も車を運転しないから道が分からない。
二人で居る場所も分からなくなって、運転しながら柚穂は泣き出した。
俺はどうすれば良いのか分からなくなって、柚穂に広い道に車を止めて貰って言った。
『泣くな大丈夫だから』
『・・・ご、ごめんね』
『迷子も1人だと怖いけど2人なんだから大丈夫だろ』
『・・・うん』
泣いた後で、元気がない柚穂に、何を言えば良いのか分からなくて、考えていると柚穂は言った。
『あの…』
『何?』
柚穂を見ると、少し落ち着いたのか表情が戻っていた。
『貴方の事、少し話して欲しい駄目かな?』
俺の目を見て話す柚穂に対して俺は言った。
『何故?』
『どうしたら話してくれる?』
『どうしたらと言うか…何故聞きたいんだ?』
『貴方が知りたい』
目を見て話す柚穂に、恥ずかしくなった俺は目をそらした。
話すか話さないか迷ったけど、夜空を見ながら俺は過去を思い出して、柚穂に自分の過去を話した。
二人で朝まで話して、少しだけどお互いに打ち解けていた。
それが柚穂との出会い。
今思えば、柚穂は一途で俺しか知らなければ他の男を見ていない。
そんな柚穂を、俺も一途に大切にしていた。
なのに…
『俺…最低だ…』
過去を振り返りながら、時間だけ過ぎ去り、点滴をしながら体調が悪くなった俺は、痛みから逃げるかのように眠った。
夢を見ても柚穂が現れる。情けない自分に苛立ちを感じ、浅い眠りから目覚めると、俺の手元にノートと書くもの、ヘッドホンに、ケータイコードと充電器、必要な物が全て袋に入っていた。
誰が持って来たかも直ぐに分かる。
寝てしまったことに後悔した自分が居て、これでいいんだと言う自分も居た。
複雑な思いを胸に、ゆっくり体を休めて天井を見ていた。
すると急に扉が開く。俺は柚穂かと思って、じっと見詰めていた。
『結斗しっかり泣いたの?』
姉の由梨だった。
『泣いてない』
期待した自分に落ち込み、冷たい口調で言っていた。
『そう、結斗あんた治療費どうするの?』
『貯金あるけど少ないんだよな…、払えなくなったら死ぬだけ』
冗談半分に言うと由梨は呆れた顔をしながら話し出した。
『ハァ…、一応母さんと父さんが残してくれたお金あるから困ったら言うのよ』
『治療費くらい大丈夫だろ』
『結斗何も知らないのね、貴方の治療費百万以上かかるわよ』
百万以上・・・あり得ない。
『嘘だろ?』
『当たり前よ1ヶ月でそのくらい掛かるはずよ、分かったら素直に言うこと聞きなよ』
たった1ヶ月で3年の努力が消える…。
『マジかよ…』
『貯金いくら貯めたの?』
『2百万ぐらい…』
『えっ!!良く貯めたわね、びっくりしたわ』
結婚のために貯めたと言おうとしたけど、俺は口を閉ざした。
『・・・』
返事をせずにボーッとしてると、由梨は言った。
『あっ結斗、柚穂ちゃんに会ったわよ』
『えっ!いつ?』
『素直ね』
自分の反応に少し恥ずかしさを感じるけど、由梨の顔が物凄く憎たらしく思えた。
次の瞬間、由梨は真面目な表情をして言った。
『会いたいの?』
会いたい気持ちが物凄く強い。柚穂が心配で仕方ないけど、もう1人の俺が駄目だと止める。
『・・・』
考え込んで言葉が出なかった。
『さっきは素直なのに今は素直に言えないのね』
素直に言わないと姉には伝わらないと思った俺は気持ちを言った。
『助かる保証も無ければ、柚穂を幸せに出来るか不安なんだ…、今なら傷が浅くて済むだろ、柚穂は俺じゃない方が良いんだよ』
『そう…本当は側に居て欲しいくせに、結斗は素直じゃないね』
『俺さ、柚穂が初めての女なんだよ、側に居て幸せにしたい。だけど死ぬかもしれないのに・・・、柚穂に居てくれなんて俺は言えない。大切な人を失った痛み姉貴もよく知ってるだろ?柚穂も知ってるんだよ。2度と悲しい思いさせたくないんだ』
『私なら側に居るかな、後悔したくないから』
『何故、後悔?』
『結斗は子供ね、好きなら甘えたら?今を大切に生きれば良いのに、その方が治療も上手く行くと私は思う。』
『何故?』
『それは柚穂ちゃんに聞きなよ入って良いよ』
すると扉が開く、俯いた柚穂がゆっくり入ってきた。柚穂は、一日中泣いていたのか、目は充血して瞼は腫れていた。
部屋に入っても柚穂は話さない。
気をきかせて、由梨は部屋から物音立てずに出て行く。
だけど沈黙が続き二人だけの空間は空気を重くしていた。
沈黙を破ったのは、結斗だった。
『・・・頼んでたの持ってきてくれたんだよな、ありがとうな』
柚穂は唇を噛んで、今にも泣きそうな姿を見せる。
『・・・』
柚穂は返事すら出来ない。そんな姿の柚穂に結斗は言った。
『柚穂別れよう』
結斗は柚穂の目を一瞬だけ見て目をそらす。
すると、柚穂は結斗に一歩近づいて力一杯ビンタした。
部屋中に響く音と共に、柚穂は結斗に本気で胸の思いを言った。
『結斗、何故付き合って側に居るか分からないの?軽い気持ちなの?私が誰かに奪われても平気?気持ちも本当は無かったの?私は結斗に本気だよ。・・・いつも自分勝手に決めて、私の気持ち聞かないよね…、結斗、私は側に居たいよ。別れるとか言わないで、そんな一言で終わらさないでよ・・・私、結斗が居ないと、やだよ…』
柚穂の言葉で、胸が締め付けられて涙が出そうなのを堪えながら俺は、言葉を失った。
ビンタされた頬の痛みより胸が痛い。
このまま柚穂に甘えて大丈夫なのだろうか?
もし俺に何か起きたら柚穂はどうなる?
考えれば考えるほど答えは無かった。
『・・・俺・・・俺な』
やっとの思いで出た言葉も続かなかった。
初めて柚穂の前で情けない自分が出ている。
強がって弱さなど見せたことがない。
自分が情けなく思った。
言葉すら上手く言えなくて結斗が俯くと、柚穂は悲しげに言った。
『私のおばあちゃんと同じ病気なんでしょ・・・結斗』
結斗は柚穂の顔を見た。
涙は流れ落ちていて、涙を拭くことも柚穂はしてなかった。
だけど俺は柚穂に言った。
『姉貴から聞いたのか?』
『違うよ、最初の病院の血液検査の結果と、点滴してる抗がん剤の名前で分かったの』
『そっか…知ってたんだな…』
すると柚穂は嗚咽まじりに話しだした。
『結斗、こうして言うの初めてだよね、私結斗に会ったときから気になってた。ずっと側に居たかったんだ。結斗が告白してくれて、幸せを感じた。私から言ってなかったね、私結斗が大好きだよ、私ね気持ち出会った頃より強い気持ちだよ、結斗、私は別れないから』
『・・・バカやろう』
結斗の瞳から一筋の涙が流れ落ちる。
結斗は初めて柚穂の前で泣いていた。
私は泣いてばかりで、結斗を助けれるか分からない。
だけど、別れなんか考えれない。
こんなに優しくて弱さも強さも持っていて、私を理解して愛してくれる人は何処にも居ないから。
私は、この日結斗に気持ちを伝えると、結斗は涙を隠すかのように強く抱き締めてくれた。
二人見つめ合い、仲直り出来た瞬間にゆっくりキスをしようとすると、物凄い勢いで扉が開き由梨が空気を壊す。
タイミングも良過ぎて、二人赤面して固まった。
だけど、由梨が居なければ、この関係に亀裂が入り修正出来なくなってたかも知れない。
それを考えると、感謝の気持ちが溢れる。
二人イジルだけイジられて、私も結斗も顔が上がらないのは隠せない事実だった。
3章
治療から1週間が過ぎた。結斗からやっと治療の事を聞いたけど、結斗は余り理解してなかった。
私は結斗から聞いた事をネットで調べて少し理解した。
今してる治療は、寛解導入療法と言って、強力な化学療法を行い、1週間抗がん剤が投与される。
結斗はキロサイドと、抗生物質で、ダウノマイシン(ダウノルビシン)を投与されていた。
薬の副作用で、白血球、赤血球、血小板が体から少なくなり、輸血に感染症対策をしなくてはならない。
治療効果が出てるか調べるために、血液検査や骨髄液検査をする。結果が良ければ、正常な血液細胞が増えていき悪い細胞は減る。
この状態を『完全寛解』と呼ぶらしく治療開始から三〜四週間ぼどで結果が分かるらしい。
完全寛解の状態になっても治癒はしてなくて、次の治療に進む第一歩なのだ。
結斗は抗がん剤の投与が終わり、薬の副作用が無くなっていた。
後2週間ぼどで結果が分かるけど、私は白血病治療の恐ろしさを知らなすぎた。
この頃結斗は、口内炎が出来て、お腹の調子が悪いらしく下痢で、胃に不快感があり食事を食べれなくて点滴に頼っていた。
赤血球に血小板が結斗に点滴されていたのを私は見ていた。
そんな中、私は結斗と話ながら身の回りの事を出来る限りしている。
結斗はと言うと、いつもノートに何か書いていて、私が行くと隠す。聞いても答えてくれなくて、私は不満だった。
結斗は何か隠す癖がある。私には恥ずかしいのか隠して見せない。
付き合って間もない頃だ。二人でショッピングに行くと、結斗は興味が無いのか、ボーッとしてることが多いのに、私が見たもの、欲しいと言ったものを、絶対に覚えて居て、急に手渡してくる。
だけど結斗は変わっていて、帰る前に私に渡すんだ。
去った後に何かを残すかのように、結斗は思い出を残してくれる。
嬉しいけど、女の私からしたら、甘えたい気持ちもあるし嬉しさを伝えたい気持ちもある。
帰ってからだと何も出来ないし、次に会うのに期間が開けば、お礼を言っても流される。
これが私の不満だ。
多分結斗は私に何かサプライズするためにノートに書いている。
隠すときは、いつもそうだから間違いない。
私は胸に期待を寄せながら結斗の行動を見ていた。
今は特に結斗の体に変化は無くて、私は安心していたけど、私も明日から朝と深夜の仕事がある。
看護婦とは勤務時間が複雑で、朝仕事に行き深夜に仕事に行く。
寝る時間も無ければ、体の負担も多い。
私は何より結斗との時間が減るのが嫌だった。
無理をすれば結斗に怒られるのが分かるから、私は1日会うのを我慢して、次の日長く居ようと思っていた。
結斗に伝えると、優しい顔で言うんだ。
『ああ、待ってる』
私は頷いて、結斗に抱き付いて病院を後にした。
家から帰る途中に、コンビニに寄ってサラダとおにぎりを買って家に帰った。
家に帰り、お風呂を済ませて、食事を食べながらケータイ片手にメールを打ち始めた。
相手は結斗で、私はラブメールを送る。
だけど、結斗は絵文字もなければ、ハートすら無い。
それでも満足してる私がいた。
前はメールも電話もしてくれなくてケータイを持っている意味すら分からなかった。
だけど、今の結斗は私を構ってくれる。
私は結斗の変化が本当に嬉しかった。なのに、現実は意味不明なほど残酷で、嬉しい後はやはり悪いことが起きる。
それを身に染みて分かるときが来たんだ。
次の日の朝、最近あまり寝れてなくて、久しぶりに深い眠りに落ちた私は寝坊してしまった。急いで準備を済ませ職場に向かう。
丁度中間ぐらいに結斗が入院してる病院が見えると、結斗が気になって、私は結斗で気持ちが一杯になるんだ。
今何をしてるのかなとか、結斗は窓から見てるのかなとか、体調壊してないかなとか、食事しっかり食べたかな?
些細なことだけど気になることは多くて、結斗の事ばかり考えていた私は、いつの間にか職場に着いていた。
時間はギリギリだけど、私は歩きながら結斗にメールをすると、珍しくメールが直ぐに来る。
『頑張れよ柚穂』
だだこれだけの文章だけど私は朝から笑顔になった。
結斗に元気を分けてもらいながら更衣室に向かう。
私が更衣室に入ると何人か着替えていて、私の顔を見て心配そうな顔で近付いてきた。
同僚に朝から話しかけられて、結斗の病気の事や、私の心配をしてくれていた。
朝から心配してくれる同僚と、白血病の治療や、抗がん剤の副作用の事で相談してると、物凄い音が響く。
ガタン!
ロッカーを勢いよく締める音だった。
私と同僚は一瞬言葉を失い。
音の鳴る方へ顔を向ける。
そこには、この病院で一番長いベテラン看護婦が、眉間にシワを寄せながら私を睨み付ける。
私は一瞬で震え上がり、恐怖で目を背けた。
すると、ベテラン看護婦は言った。
『仕事に情を持ち込んで同情してもらって、恥ずかしい子ね!貴女みたいな子迷惑なの分かるかしら?』
ベテラン看護婦の言葉で動揺が隠せない私は、小さな声で言った。
『これからは気を付けます…ごめんなさい…』
『チッ!』
更衣室の扉を勢いよく開けて、ベテラン看護婦は立ち去った。
近くにいた看護婦数人に、優しい言葉で慰められながら仕事に向かう。
朝のミーティングが始まると、深夜に起きたこと患者の状態など変化を話していて、深夜の看護婦が話し終わると、ベテラン看護婦が口を開く。
『最近職場で迷惑をかけた看護婦が居ます。謝りもせず、患者に迷惑をかけた川嶋さん皆の前で謝ってください。』
ベテラン看護婦は物凄いキツイ口調で言った。
急な出来事で私は固まってしまう。
だけど言わないとって思う気持ちがあるのに、声は出なくて私は震えた声で言った。
『ご、ご、ごめんなさい…』
『聞こえないんですけど!!』
ベテラン看護婦は大きな声で言う。
『本当に・・・ごめんなさい』
怯えて震える体、私は朝から涙を流してしまう。
すると、ベテラン看護婦を数人が睨み付けて言った。
『言い過ぎじゃないですか?』
更衣室で私を心配してくれた看護婦達が助けてくれて、言い合いが始まった。
朝から職場の空気は凍り付いてしまう。
全て私が原因を起こし迷惑をかけている。
私は、揉めて言い合いになったのを止めたけど遅くて、看護婦の中で真っ二つに割れてしまった。
若い看護婦と、ベテラン看護婦に亀裂が入ってしまったのだ。
看護婦の人数も少ないから、協力しないと出来ないことが増える。
私は大変な事をしてしまった。
この日、2つに割れたのに仕事は無事に終わって、一旦家に帰って寝ようとしたけど寝れない。
気が付けば深夜になって、私は仕事に向かう準備をして家を出たけど足取りは重かった。
何故なら深夜は二人体制で、この日は今日揉めたばかりのベテラン看護婦と一緒だからだ。
私は複雑な気持ちで向かっていたけど、結斗も頑張ってるんだと思うと、自然とやる気になっていた。
私は結斗が入院してる病院の駐車場に止まって目を閉じて心の中で呟いた。
『結斗私頑張るから応援してね』
暗い駐車場でゆっくり目を開くと、気持ちが明るくなり私は職場に向う。
深夜の道路は車が少なくて、少し早めに職場に着いて更衣室で着替えを済ませた私は、自分に何度も言い聞かせた。
大丈夫、何もない、何も起きない、無事に終わる。
心の中で何度も繰り返し、気持ちを切り替えてナースステーションに行くと、ベテラン看護婦が先に来ていて、すでに仕事をしていた。
私はゆっくり近付いていき言った。
『本当にごめんなさい…、今日一緒ですよね、よろしくお願いします。』
するとベテラン看護婦は、私を睨み付けて無視をする。
始まりから、気分が落ちていくけど仕事だと、自分に言い聞かせながら仕事を始めた。
だけど看護婦の仕事は協力しないと出来ないことが多い。
私がベテラン看護婦に頼むと、無視をされる。
内心怒りを押さえていた。
無理をしながら一つ一つ終わらすけど、協力しなければ倍の時間がかかるし疲労もたまる。
寝てないためにイライラしやすいし、タイミングも悪くて女の子の日も重なっていた。
子供みたいなベテラン看護婦に、怒りを我慢して、様子をうかがいながら笑顔で仕事をする私は気疲れしていた。
苛立ちが押さえれなくて、トイレに行き便座に腰を掛けて水を流しながら言った。
『本当にウザイ!!あり得ないから!クソババ!!』
気持ちは無茶苦茶だった。
長い深夜が終わろうとしている。
朝が来ると、職員、臨時職員、バイトが来て気分が楽になった。
深い溜め息が出たけれど、無事に終わった事が嬉しかった。
帰りに俯きながら歩いてたからか、同僚の看護婦、真崎遥加が、私を心配してくれた。
私に更衣室で、謝ってくれた人で、私のプリセプターだった。
プリセプターとは、新人看護師の教育と指導を行う看護師の事で、2〜4年目の看護師に任される。
一年間で細かい指導内容が決められていて、新人看護師が自立出来るように教育するのだ。
私が新人看護師で、何も分からないときに、仕事を教えてくれたのが、真崎さんで、優しさと強さを持ち合わせ、状況を冷静に見て判断して動ける人、簡単に言えば、穴がないタイプだ。
そんな真崎さんの下には看護婦が数人付いていた。
出来る女性と言う言葉が一番合ってると私は思った。
帰りにベテラン看護婦に、『邪魔』と言われ、理不尽な態度をとられた私は、深夜での出来事を真崎さんに話していた。
優しく慰めて話を聞いてもらった私は、安心して少し気持ちが楽になっていた。
柚穂が頑張ってる中で、結斗はベッドで食事するテーブルを出して、絵を書いている。
毎日朝早くから点滴で目をさまして、起きる日々に俺は溜め息ばかり付いていた。
目覚めも悪くて、朝から体の何処か痛い。
薬が終わったからか、嘔吐の症状は消えたけど、熱が出て少し頭痛に胃に不快感を感じる。
体調は良いときからすれば、今は最低だ。
自由なんてなければ、食べたいものすら食べれない。
決められた1日を過ごす。俺はストレスが溜まっていた。
例えるなら、鳥籠に入った鳥のように、食事を待ち、誰か来るのを待ち、一人孤独と戦う。
自由に羽ばたきたいのに羽ばたけなくて、逃げることも出来ない鳥と同じだと俺は思った。
だけど、俺には夢がある。この病室でも出来ることを俺はしていた。それは自分がカットする髪型を絵に書いていたのだ。
全部の顔が柚穂で出来てるために、髪型はロングヘアーの絵が多い。
柚穂はゆるめの巻き髪に、髪の長さは胸元ぐらいで、いつも同じ髪型をしている。
その理由を俺は知っていた。
初デートの時から柚穂の髪型は同じなんだ。今でもハッキリ覚えている。
『お待たせ』
柚穂は頬を赤くしながら言った。
『いや、今俺も来たから待ってないよ』
柚穂を見ると恥ずかしくて直視出来ない俺は目をそらして言っていた。
初デートだから、二人とも不器用で謝るばかりしているし、かなりぎこちなかった。
二人で行く場所は映画館だったけど、見たい映画が満席で見れなくて、恋愛物の映画を見ることになり、俺は映画を見ながら寝てしまった。
恋愛物の映画に興味が無く爆睡して、目覚めて柚穂を見ると泣いていた。
俺が寝たから、柚穂を傷つけたと思って謝ると、柚穂の表情が変わって歩くペースが早くなる。
俺は柚穂が分からなくて、後ろから一定の距離を保ちながら付いていく。
車に乗ると、柚穂は言った。
『女心分からないって言われないですか?』
低い声で柚穂は言う。
『良く言われる…』
俺は素直に答えたけど、柚穂は冷たく流すように言ったんだ。
『だと思います』
怒らせてしまったことにどうすれば良いか分からなくて、素直に謝ると柚穂は落ち込んでしまった。
初デートは、不器用な俺に、気が使えない俺は、柚穂を傷つけていた。
心の中で呟いた。
『俺と居て楽しいわけがないよな…』
側にいて嬉しいけど、柚穂が落ち込んでしまうと俺まで落ち込んでしまう。
車でドライブしても無言で会話もなくて、何か話題を探して話そうとするけど、口下手な俺は何も分からなくて、柚穂を今日始めてじっと見て言ったんだ。
『多分だけど、美容院行った?』
すると恥ずかしいのか柚穂は髪を触りながら言った。
『うん、似合ってないかな?』
『凄く似合ってるよ』
滅茶苦茶恥ずかしかった。だけど、柚穂は今日一番の笑顔を見せた。
恥ずかしかったけど、柚穂が笑顔なら恥ずかしい思いをしても良かったんだ。
会話も弾みだして、柚穂は明るく話し掛けてくれていた。
俺は柚穂の不思議な魅力にひかれ物凄く気になっていたんだ。
その時の髪型から、今まで柚穂は変えてない。
柚穂は嬉しい事があると、それを大切にするんだ。
そのロングヘアーを生かす髪型を俺が考えて変えたい。
柚穂に似合う髪型を考えていたけど、今の柚穂のイメージが強くて中々思い浮かばない。
絵に書いて何度も色々見比べるけど、今の髪型より似合う髪型が思い浮かばなかった。
過去を思い出したり、絵を描いてたりすると、気が付けば時間だけ過ぎていて柚穂が来た。
部屋にノックをして入る柚穂に返事をしないのは書いた絵を隠してるからだった。
焦りながら隠すと、柚穂が入る。
平然を装うけど、柚穂は何かを期待した目で見る。
恥ずかしくなって俺は目をそらすけど、柚穂は嬉しそうに話す。俺はいつも柚穂の話を聞いていた。
柚穂が来るとイライラが消えて不安まで消える。
柚穂は、余り嫌なことを話したりしない。
なぜだか分からないけど、いつも俺を笑顔にさせる話題ばかりなんだ。
ストレスがあるはずなのに、柚穂は愚痴をこぼす事はなかった。
それより俺は柚穂が気になっている。
女には色々あると言った柚穂が気になっていたんだ。
今まで自分の都合で、いつでも会えたから、不安はなかったけど、今は不安だらけだ。
柚穂が俺と会ってないとき、何をしてるのか気になっていた。
いつも考える時間なんて無いほど夢を追いかけて、回りが見えないほど忙しかった。
今は暇な時間が多すぎて、考えてしまう自分がいる。
メールが来たら直ぐに返し、柚穂の表情や変化を良く見て観察していた。
言葉で聞けば早いのに、恥ずかしくて聞けないし、言葉にして言えるほど器用じゃなかった。
口下手な俺の欠点だったのだ。
この日柚穂は、昼頃になると寝てしまった。
疲れていたのが良く分かる。
小さな寝息を立てながら、柚穂は俺の手を握り眠っている。
柚穂を見てると俺まで眠くなって、二人で昼寝をしていた。
夕方頃俺はトイレに行きたくて目覚めると、柚穂はまだ夢の中で、目覚めさせないようにトイレに行った。
戻ると柚穂は起きていて、優しく声をかけてくれた。
『お帰り結斗、寝ちゃったごめんね』
『気にするな』
『ありがとう結斗』
すると柚穂は立ち上がり、窓に向かい歩く、俺は点滴スタンドを持った状態で柚穂に近付いていき言った。
『綺麗だな夕日』
『うん、私幸せだよ結斗』
優しく柚穂の小さな手を握りながら言った。
『ありがとうな』
言葉なんて少ないけど、二人の気持ちは、お互いに分かってる気がした。
面会時間が本当に短くて帰りに柚穂が寂しげな表情を見せる。
胸が締め付けられるけど、何も言えなくて、何も出来ない自分が情けなく思えた。
寂しげな後ろ姿を見せる柚穂が居て、ゆっくり後ろから抱き締めて言った。
『気を付けて帰れよ』
『うん結斗無理は駄目だからね』
『ああ』
柚穂は優しい表情をして病室から出ていく。
俺はベッドに戻り、寝れぬ夜を過ごしていた。
柚穂がメールをしてきて、俺もメールを返す。
今日会ったばかりなのにメールをしている。
だけど嫌じゃなかった。
病院での夜は孤独で、部屋も暗いし寝れなければ、本当に寂しく思う。
看護婦が見回りで来るから、電気を付けて絵を描くことも出来なくて、他に何もすることがない。
今日昼寝したから夜に眠気など無かった。
ケータイにヘッドフォンを付けて音楽を聞きながらメールをする。
気が付けば朝日が窓から見えていた。
朝日が見えたのと同時にメールも止まって、二人眠りに落ちたけど、点滴で目が覚めて、朝御飯で目が覚める。
逃げ出したいけど、逃げ出せない自分が居て、深い溜め息が溢れた。
毎日点滴の雨霰で、右手か左手どちらかが使えない。
右手で点滴されると、絵も描けないし、行動に制限されている気持ちになる。
左手は、使えても右利きの俺は左手は不器用そのものだった。
息が詰まる部屋から出たくて、外の空気を久しぶり吸いたくて、思いを看護婦に言ったら、駄目だと言われ部屋に引きこもる。
無駄に過ぎ去る時間が勿体なくて仕方なかった。
何かしようと考えるけど、体調も良いとはお世辞でも言えない。
この体調不良の中、出来ることを考えていた。
ただ天井を見ながら、点滴が落ちるのを見て、ため息と、弱気な言葉が出てしまう。
今日は、体の体調が悪くて考え事すら出来ない。
考えれない日は空を見ていたんだ。
ゆっくり雲が流れて空が変わっていくし、同じ雲も無ければ色すらも変化する。
俺は空を見ながら、不思議な気持ちになっていた。
空を見てるだけで癒されてる自分が居たんだ。
柚穂が居ると、本当に癒されるし楽しいけど、空はまた違う癒しがあった。
今まで空を長い時間見たことは無いけど、見てると人には無いものがあると、俺は思った。
気持ちが楽になって体調も少しだけど楽になる。
空を見てると幸せな思いでばかり蘇る気がして前向きになれるんだ。
思い出に浸っているとドアがノックされた。
コンコン、コンコン
看護婦が、病室に入ってきて点滴を変える。
『体、変わり無いですか?』
看護婦は優しく言う。
『・・・はい』
看護婦を見ると、何故か柚穂を思い出して、元気のない返事を俺はしていた。
『何かあれば、いつでも言ってくださいね』
笑顔で看護婦は言うと、手際よく点滴を変える。
俺は色々な患者と関わってる看護婦なら、気持ちを分かってもらえるかと思って緊張しながら言った。
『あの…聞いても良いですか?』
『何ですか?』
『俺みたいな病気の人は何をしてますか?』
看護婦は悩むことも考える姿も見せずに言った。
『人それぞれですけど、絵を描く人や、本を読む人や、何かを作る人、それに貴方のように何かを探す人、色々です』
皆何かを見付けてしてるのか…、看護婦は同じ質問されてるんだろうな…。
柚穂もかな…。
柚穂大変なんだろうな…、聞いてみるか。
『ありがとう、最後に看護婦の仕事大変ですか?』
『気持ち次第ですよ、嫌なことがあれば、どんな仕事も嫌になると私は思います。大変かどうかも気持ち次第です』
『変な質問して、すいません』
『気にしないで、患者さんが気になることを聞かれるのは毎日ですから、でわ失礼します』
看護婦が扉を開くと、柚穂が立っていて看護婦に会釈をした。
すると、俺の顔を見ながら頬を膨らませて、柚穂はゆっくり部屋に入って来て扉を閉めて言った。
『結斗珍しいね、あんなに話すの』
いつもより柚穂の目が怖い。
『ああ』
自然に返事したけど、俺は柚穂の表情をずっと見ていた。
『一応言うけど、私も看護婦なんですけど!』
柚穂は眉間にシワを寄せて怒っていた。
『知ってる』
『私よりも、看護婦さん綺麗だったから気になるの?』
綺麗?そんなに綺麗だったかな…、間近で顔見てないからわからない。
『ヤキモチか?』
柚穂がヤキモチを妬いてる事は分かったから言ってみると。
『別に!!』
柚穂が本当に怒こってしまった。
俺は和ませようとして言ったんだ。
『柚穂気にしすぎだ』
『私には何も聞かないし、教えてくれないでしょ』
これ以上怒らすわけにもいかなくて、俺は素直に言った。
『俺さ、考えてたんだ…、点滴を右手でされると、右手使えないから、何も出来ないだろ?そんなときに何か出来ないかなって思ってさ…。体調もお世辞でも良いとは言えないし、だけど何かしてたいんだ。柚穂なら何をする?』
すると柚穂は考え出した。少し前は、眉間にシワを寄せて怒ってたけど今は落ち着いている。
だけど、初めて知ったんだ。柚穂は思ったよりも独占意欲が強いのか、嫉妬していた。
余り見せない姿に、焦りはあったけど、日頃見ない姿に何だか嬉しさもあった。
最近自分自身が分からないことがある。
柚穂の事を考える時間が増えて、気になって少し苦しい。
まるで出会った頃に似ている。
なぜ、急にこんな気持ちになったのか良く分からないけど、柚穂が居なくなると感じ、側に居れなくなると思って後悔した日から、俺は知ったのかもしれない。
離れた後で気が付く気持ちを・・・。
気が付けば、俺は何も見えなくなるほど柚穂しか見てなかった。
だけど、この気持ちを柚穂には言わない。
俺は恥ずかしさをまだ消せないんだ。
俺は柚穂が居るだけで、強がって素っ気ない態度をしてしまうし、柚穂がいつも悲しい顔をするまで俺は何も言えない。
駄目だと自分で分かるけど、どうすれば良いのか分からない。
頑固でワガママな俺を柚穂は見守ってくれる。
本当に感謝してるのに、言葉にするのは難しい。
皆どうやって伝えてるのだろうか…。
俺がボーッと考えてると柚穂は言った。
『結斗、ケータイで何か話でも書いてみたら?』
『ケータイで話?』
『自分の人生とか…詩とか、闘病生活の日記とかかな』
『なるほどな〜、って俺は文章作れないから』
『出来ないって思ったら何も出来ないよ!何でもチャレンジ』
『・・・確かに、何か決まったら言うよ』
『うん』
柚穂は嬉しそうに頷いた。
それから二人の時間を過ごしたけど過ぎ去る時間が速すぎて、柚穂は帰る時間になると悲しい顔をする。
俺が元気付けると笑顔に変わるけど、帰る柚穂の後ろ姿はいつも寂しそうだった。
そんな日々を過ごしてると、俺の体に異変が起きたんだ。
治療開始から14日ほど過ぎた頃、朝起きて背伸びをして少し体を動かそうとしたときだ。
枕に茶色い髪が沢山落ちている。
自分で嘘だろって思い、自分の髪に手を通した。
痛みすら感じなければ、縺れたり、引っ掛かる事も無いのに、手には大量の髪が抜けていた。
いくら治療とは言え、自分の大切な髪が抜ける事に絶望した。
気が狂ったように、何度も手で髪ばかりを触る。
触れば触るほど抜けていく、俺は言葉を失ってしまった。
看護婦が来て、優しい言葉をかけてくれたけど、俺は聞いてなかった。
治療とは言え、こんな事になってまで治療をしないとダメなのかと思って、精神的に落ちていた。
助けがほしくて柚穂を待ってたけど、柚穂は朝と深夜が仕事で今日は会えなかったんだ。
頼る人が柚穂しか居なくて、俺から笑顔は消えてしまった。
この日結斗に追い討ちをかけるかのように、骨髄液検査があった。
痛みを堪えて部屋に戻るけど、日々のストレスに抜け毛に腰の激痛で俺はキレた。
『マジいてぇ!本当に良くなるのかよ!こんなことして!』
大声で叫び、近くにあった物をドアに向かって力一杯投げ付けた。
異変に気が付いた看護婦が直ぐに部屋に入ってきて落ち着かせようとする。
何故か、その態度にも苛立ちを感じて俺は言った。
『今は話し掛けるな!!一人にしてくれよ!!』
看護婦は謝りながら部屋を去ったけど、俺の怒りは落ち着かなくて、壁を殴った。この日看護婦が点滴に来るたびに気を使っているのが分かった。
怒るだけ怒ると、少し落ち着いた俺は、深い溜め息をだしてボーッとしていた。
そんな中、看護婦が話しかけてくれるけど、俺は返事すらしなかった。
時間が物凄く長くて、時間ばかり見る。
この日は時間が物凄く長い。
治療の痛みを堪えながら無駄な時間を過ごしていた。
その頃柚穂は職場で我慢しながら働いていたのだ。
今日はベテラン看護婦が多くて、若い看護婦は少ない。
協力など無くて、頼んでも助けてもくれない。
話し掛けても無視。
怒りが込み上げる。
仕事に集中するけど、ベテラン看護婦が集まって、ずっと無駄な話していている。
忙しいのに手伝いすらしない。
気持ちが焦り走っては駄目なのに、バタバタ走り回っていた。
挙句の果てに、患者に薬を飲ませ忘れて、ベテラン看護婦に激怒され、気持ちが落ちてるときに、婦長に呼ばれて注意される。
病院を走り回っていた私の足音がうるさかったと患者からクレームが来たのだ。
この日注意されて落ち込んでいると、冷たい眼差しで睨まれる。
『仕事も出来ないのね、迷惑ばかり掛けて、仕事辞めたら?』
ベテラン看護婦が言った二度目の言葉は嫌みだった。
悔しかったけど、私は謝ってその場から逃げ出すかのように更衣室に行った。
服を着替え、車に乗り泣きながら帰っていく。
家に着いても気持ちがネガティブになり、寝れない私は、職を変えようかと悩んでいた。
ずっとやりたかった仕事なのに、仕事に行くのが辛い。
こんな辛いなら、職場を変えたかった。
この日も寝れなくて、深夜に仕事に向かう。
悩んでた為に、結斗にメールも出来なくて、私は病院の駐車場に止まって心の中で言った。
『明日は甘えるから』
笑顔を取り戻した私は車を走らせて、職場に向かう。
深夜は若い看護婦と一緒で、二人で今日の理不尽な態度をされたことを話して、少し気持ちは落ち着いたけど、悩みは二人とも同じだった。
無事に協力しながら仕事を終わらせたけど、この日体がダルくて、帰りに体温を調べると、39度の熱が出ていた。
結斗にメールで会えないことを伝えると、初めて結斗はメールで不器用な感情表現をする。
『そっか…、分かった。無理するなよ柚穂、後俺さ気持ちマイナスで元気が出ないと言うか、イライラすると言うか、自分が分からないんだ…。治療って大変だな』
結斗のメールを見ると会いたくなる。
だけど、熱があると結斗には会えない。
抗がん剤の副作用でいい細胞まで破壊される。
結斗は今抵抗力が無い。
下手すれば命に関わるし、感染したら危険な状態なのだ。
私はコンビニで少し買い物をして、家に帰って直ぐに布団に入った。
寒くて体が震える。
ケータイでメールを作るけど、体調が悪くて送信まで出来なくて気がつかないうちに寝てしまい、私は夢を見ていた。
『柚、大丈夫かい?』
目を開けると優しいおばあちゃんが、私のオデコに手を当てて自分のオデコに手を当てる。
熱が出て体が弱ってる私は甘えていた。
体調が悪いと、おばあちゃんはずうっと側に居て手を握りしめてくれる。
気が付けば安心して私は眠っていた。
目覚めてもおばあちゃんは側に居て、心配してくれる。
『・・・おばあちゃん』
私はうわ言を言って目覚めた。
夢だと気が付いて、重いからだを起こし体に吸収しやすい飲み物を飲む。
立ってもフラフラで、私は布団にくるまる。
おばあちゃんを思い出して寂しくなった私は結斗にメールを送信していた。
『結斗…寂しいよ』
私の弱った心が寂しさで埋め尽くされる。
ケータイを握り締めて返事を待つと直ぐにメールが来た。
『柚穂行くから待ってろ!!』
メールを見た私は焦った。結斗の命に関わるかもしれない。
私は直ぐに電話した。
だけど電話が繋がらない。何度も繰り返し連絡するけど、繋がらなくて私はメールをした。
『結斗大丈夫だからね…無理はしないで、病院に居て、お願い。』
私はケータイすら持てなくなり、震えていた。
どれだけ時間が過ぎたか分からないけど、ドアがノックされる。
コンコン、コンコン
結斗が来たと思って、私は重い体をゆっくり動かしながら、扉に向かう。
『結斗…結斗…』
まるで、うわ言のように何度も言っていた。
扉の鍵を外し開けると、そこには由梨が立って居て、私は全身の力が抜けて座り込む。
私は由梨に肩を借りながらベッドに戻って言った。
『迷惑かけて…ごめんなさい…』
『無理しないで、何か食べたの?』
『・・・何も』
『台所借りるね』
すると、由梨は何かを作り出す。
私は少し安心していた。
一人で暮らすと、体調壊せば不安で押し潰される。
このまま意識が無くなったら私はって思う。
結斗がいつも体調壊すと来てくれていたから、大丈夫だったけど、今は甘えれないし、頼ることも難しい。だけど、弱い私はメールしていた。
情けなくて、布団を握りしめ泣いていると、食事を作ってくれた由梨が来て優しく言った。
『大丈夫?美味しいか分からないけど食べてみて』
『あ、ありがとう』
涙を流しながら言っていた。
泣きながらお粥を食べて、由梨が持ってきた薬を飲んでベッドに体を休める。
由梨は側に居て手を握りしめてくれて、安心して私は眠った。
何時間寝たのだろう、浅い眠りに変わり手に温もりを感じる。
私は飛び起きて言った。
『おばあちゃん!!』
びっくりした由梨は笑顔で言った。
『おばあちゃんよ〜』
『あっ由梨さん…ごめんなさい』
『気にしないの、魘されてたよ大丈夫?』
『えっ、大丈夫です…少し過去の夢を見てたんです』
『聞いたらダメかな?』
由梨に私は過去の出来事を話し出した。
おばあちゃんの事に、結斗の事に、亡くなった両親の話し全部を話していた。
話してる間、由梨は手をずうっと握りしめてくれている。
そんな由梨に私は甘えていた。
全部を由梨に話終わると、涙を流し優しく抱き締めてくれた由梨は言ったんだ
『私に頼って、助けになるから甘えていいよ』
私は、その言葉が嬉しくて、笑顔で頷いた。
女同士で分かり合えて、友達になってくれた。
私は目覚めてから体も楽で熱も下がり元気になっていた。
自然と笑みがこぼれる。
気が付けば一日過ぎていて、ケータイを見ると、結斗からメールが沢山来ていて一つ一つ開く。
結斗は姉に頼んだこと、病院を抜け出そうとして看護婦に捕まって怒られて、見張られてるとメールで書いてあった。結斗からメールがこんなに来たのも始めてで、びっくりした私は直ぐにメールを返した。
するとメールして数分後、結斗はメールを返してきた。
『良かった心配した』
なんだか、本当に結斗なの?って思うほどびっくりする私が居るけど、愛する人には変わり無い。
そんな私を見て、由梨にいじられる私は顔が真っ赤になっていた。
私が元気なのを確認すると、由梨は『また来るから』と、言って私の部屋から出ていった。
体調も落ち着き、食事も軽く済ませ、昼から仕事に向かう。
体は少しダルいけど、仕事が出来ないほどではなかった。
私は職場に着いて、ナース服に着替えてナースステーションに向かってると、真崎さんと目が合って私は挨拶をした。だけど真崎さんの表情がいつもと違う。
ゆっくり私に近づいて来て真崎さんは言った。
『川嶋さん、どこか体悪いの?』
『えっ?私は元気ですよ』
『川嶋さん、ごめんなさい…、私見たの、健康診断の結果が来てたんだけど、川嶋さんだけ特別な封筒に入ってた・・・、症状とか無い?大丈夫かな?』
真崎さんは、心配してくれた。
だけど、私は不安になって、ナースステーションに速足で向かう。
その時、ベテラン看護婦とすれ違い様に言われた。
『日ごろの行いが悪いからね』
私は聞こえていたけど、無視をする。
相手にするのも嫌で、話し掛けるのも嫌になっていた。
それよりも健康診断の結果が気になって、ナースステーションに向かうと、婦長が座って居て、私の顔を見るなり言ったんだ。
『川嶋さん、少しいいかしら?』
『・・・はい』
婦長は深刻な表情をしている。私は仕事で問題を起こしたから、注意されると思い込んでいた。
健康診断の結果も気になるけど、今は婦長に何を言われるのか怖い。
婦長は立ち上がり、付いてくるように言った。
私はゆっくり後ろを付いていくけど、足は震えて、手は汗ばんで居た。
不安と恐怖が押し寄せて、何も考えれない。
一本歩くたびに思う。
仕事クビになるのかな…。私迷惑ばかりかけてるし…、ダメな看護婦だったのかな…。
俯きながら歩いていると、婦長は立ち止まり、私は顔を上げると院長室の前で立ち止まっていた。婦長は扉をノックする。
コンコン、コンコン
すると低い声で『はい』と、一言。
婦長は扉を開き入るように言う。
院長は椅子に座り、私を見ると優しい声で座るように言った。
私の心臓は緊張で速くなり、自分でも聞こえるほどだった。
緊張しながら座ると婦長が横に座る。
すると院長の表情は変わり、私に話し出した。
『君が川嶋さんだね、健康診断の結果を見させてもらった。ハッキリしたことは検査をしないと分からない。今日これから検査をするために大学病院に行ってもらう事になるけど大丈夫かい?』
予想もしてない言葉を聞いて不安が募る。
『えっ…私そんなに悪いんですか?』
『調べてみないと分からないが、レントゲンに影がある。僕の信頼できる医師に話してあるから、直ぐに行きなさい。』
影…癌なんだ。
私、もしかして…嫌だ嫌だよ…。
『院長・・・私・・・私はまだ・・・』
焦りと緊張、恐怖で声が震えて泣きそうな私は言葉が出ない。
院長の言葉で分かる事は、癌だと言うことだった。
私の手を強く握ってくれてる婦長の手は震えていた。
私の頭の中は死との恐怖、結斗との事でイッパイだった。
結斗が入院してる大学病院に検査をするために向かうけど、いつもお見舞いで来てる私が検査・・・。
気持ちなんてぐちゃぐちゃで、考えることすら出来ない私が居た。
受付で名前を言うと、直ぐに案内を受ける。
行くと直ぐにMRI検査が始まった。
他にも沢山検査をして終わったのは夕方頃だった。
結斗に会いたい気持ちが溢れる。
だけど、検査結果が出るのを待って椅子に座っていると考えだした。
私どうなるの…MRIも身体全体を調べて、CTにレントゲン、何より院長の言葉が怖い…。
体に影があると言っていたからだ。
私は癌。
このまま…まさか私が死ぬわけ無い。
体に症状も、何も問題ないから大丈夫。
絶対大丈夫よ。
自分に言い聞かせながら待ち時間を過ごすと、看護婦に呼ばれて部屋に入る。
ドクターの目の前に座ると結果を聞く恐怖で手が震えていた。
ドクターは口を開く。
『ご家族の方は居ますか?』
『他界して居ないです。先生、私は社会人でナースです。結果教えてもらえないですか?』
ドクターは私の目を見て一度瞬きをする。真剣な眼差しに変わったドクターは言った。
『貴女の体に癌が見付かりました。今の医療では手の施しようがないです。』
『先生、私は後どれくらい生きれるの…?』
『もって3〜4ヶ月ほどです』
3ヶ月〜4ヶ月で私が死ぬ…。
嘘、こんなのあり得ないよ…。
体だって元気なのに…。
症状だって出てないし…、いや、もしかして熱中症じゃなかったの、意味不明な高熱…。
ドクターは私に何か言っていたけど、耳には何も入らない。私は話の途中に立ち上がりその場を離れた。
ドクターと看護婦に止められたけど、『大丈夫です』と、言った私は何かを失ったかのように歩き出す。
誰も何も分からない…。
私、後少しで死ぬ。
何かの間違い・・・。
嘘…嘘だよ…。
気が付けば結斗の病室の前に居た。
面会謝絶になっていたけど、ノックもせずに部屋に入ると、結斗はびっくりして居る。
『柚穂!大丈・・・』
結斗の言葉を遮るように、私は結斗に抱き付いて大泣きした。
『柚穂?』
結斗は何度か優しく声をかけるけど、私は涙を流し続けた。
急な私の涙に慌てながら、結斗は優しく包み込むように抱き締めてくれた。
二人で抱き合ってると、部屋にノックして看護婦が入ってくる。
看護婦は困りながら、今の状況を説明して面会謝絶だと言うけど、私は泣いて居て返事すらしない。すると結斗は言った。
『看護婦さん、すいません、今だけ許してください。』
『だけど・・・、熱は大丈夫ですか?』
『はい』
『分かりました。』
看護婦は解熱剤を投与して立ち去る。
私は理性を失って、泣くしか出来なかった。
結斗の体の事すら、この時の私は考えれなかったんだ。
私が、この部屋に居ることも知られて、看護婦がまた来て私が呼ばれる。
『川嶋さん、話しがあります少し外へよろしいですか?』
『嫌!』
結斗に抱き付いたまま、私は離れようとしなかった。すると結斗が言った。
『柚穂どうしたんだ?』
『今だけは離れたくない。』
すると結斗は看護婦さんに言った。
『後で落ち着いてから行かせますから、今は二人にさせてもら得ませんか?』
看護婦はいい返事をせずに、渋々去っていった。
看護婦が去った後、結斗は私に何も聞かずに、優しく背中を摩ってくれていた。
だけど時間が過ぎても涙は止まらない。
後少ししか、この温もりを、この愛を、この優しさを感じることが出来ない。
何故・・・私はこんなことになってしまったの?
何故私なの?
死にたくないよ…。
結斗・・・、私どうすればいいの?
教えてよ…、
心の思いは結斗に言えない。
愛した人に死ぬなんて言えないんだ。
私は結斗を強く抱き締める。
すると結斗は『柚穂泣けよ』と、言って優しく包み込んでくれた。
涙が、何故こんなに出るのだろう…。
結斗の言葉が引き金になって、大粒の涙に変わる。
声を出して泣く私の唇を結斗は塞ぐ。
目に写る結斗はボヤけて良く見えないけど、結斗も泣いているように見えた。
面会時間がかなり過ぎていて、看護婦に引き離される。
そして私は入院になってしまったのだ。
次の日
柚穂・・・、柚穂・・・、結斗はうわ言のように何度も繰り返す。
高熱に苦しみながら布団の中で震えている結斗を由梨は部屋の外で祈りながら見守っていた。
先生の話では経過は順調で一週間後に正常な白血球が増えるのか異常な方が増えるかで、治療も変わるらしく。
移植の話しも出ているけど結斗はO型のRh-で移植の可能性は低いらしい。
話を聞けば聞くほど不安になる。
抗がん剤の副作用も軽くて順調だったけど、ここに来て急な発熱に不安が募るばかり。
結斗は、高熱をだしていたのだ。
インフルエンザで熱が出てる時のように高熱が出て、何度もうわ言のように…悲しい声を出していた。
解熱剤を使用してるけど、効果は一時的で、また高熱が出る。
ウイルス感染の恐れがあるから中心静脈カテーテルを一度抜き、採血もしていた。
先生が回診に来て話を聞くけど、白血球数が回復するまで、抗生剤を投与するしか打つ手がないと言っていた。
熱がひどくて食事も嘔吐し、昼から腹痛が酷くなり痛み止を投与してもらって落ち着いたのか結斗は眠った。
弟が苦しむ姿を見ていられなくてトイレで由梨は堪えれない涙を流す。
結斗が高熱で苦しむなか、柚穂はベッドに座り込み、俯いたまま言葉を失っていた。
余命宣告をされて、知った残り短い命、泣くだけ泣いた柚穂は、限られた時間で何が出来るのか考えていた。
全て結斗の為に…。
今なら何でも出来る。
だけど、何をしていいか分からない。
深い溜め息が出て無駄に1日が過ぎていく。
すると1通のメールが届いた。
『柚穂大丈夫か?今は落ち着いてるのか?心配なんだ…、柚穂何があったんだ?』
私は結斗のメールを見て幸せを感じるけど、1日考えてある決心をしていた。
このまま、結斗から離れると。
死ぬのに結斗の側に居れない。
だけど結斗は何があっても追いかける。
考えて出た答えをメールで文章を作り出した。
『結斗ありがとう。私ね実は職場が変わるんだ。人事異動でね県外に行くことになったの。寂しくて結斗の前で泣いたんだ…ごめんね。会えなくなるのが寂しくて悲しくて、涙が止まらなかったんだ。もぅ大丈夫だよ』
文章を作り送信するか迷う私がいた。
本当は最後の最後まで私は結斗の側に居たい。
だけど現実が残酷過ぎて答えを出せない私はケータイを握ったまま朝を迎えた。
メールを、もぅ一度読んで決意を固めて私は結斗に送信した。
勝手に流れる涙を私はどうすることも出来ない。
すると、メールが来る。
結斗からの返事は物凄く速かった。
『次はいつ会える?』
私は、結斗に嘘を重ねて4ヶ月後と言った。
結斗は、一言分かったとメールをしてくれる。
いつもの私なら返事をするけどしなかった。
結斗を、これ以上傷付けないようにと考えた結果だったのだ。
だけど私は後悔していた。結斗の口からある言葉を聞きたかったのだ。
愛してると言う言葉を結斗に私は言ってもらった事が無い。
結婚すれば式で聞けるけど、私には未来がなくなった。ただ結斗に1度だけ愛してると言ってほしかった。
終章
4ヶ月の月日が流れ、結斗の治療は終わった。
退院した結斗は柚穂を探し始める。
柚穂からメールも電話も無くなって、連絡が途絶えて2ヶ月が過ぎていた。俺は、捨てられたのだと思ったけど、2ヶ月過ぎた頃から、水曜日にメールで一度だけメッセージが届く。
だけど柚穂にメールをしても電話をしても繋がらない。
初めは忙しいのかと思っていた。
嫌いになったのかと思っていた。
毎日柚穂を考えて居たけど、捨てられたのだと思っていたんだ。
他に好きな人が出来て、病気の俺は見捨てられたのだと思っていた。
でもメールは絶対に来るんだ。
水曜日の朝9時にメールが届く。
今日も多分来ると思う。
そのメールを見て俺は動く、柚穂を探す旅に出る。
時計を見つめてると後1分でケータイが光る。俺は時間を見つめながら針が回るのを見てケータイを開いた。
『10・9・8・7・6・5・4・3・・・・』
柚穂からメールが来た。
メールをゆっくり開く。
『結斗、もぅ秋だね外は肌寒くなって季節が変わろうとしてる。私達が出会った季節まで後少し、結斗今日元気かな…、連絡すら出来なくてごめんね私は毎日忙しくて大変だけど結斗は治療順調かな?』
柚穂は決まった時間にメールを送る。
何度も連絡して、何度もメールをしても、返事は水曜日だけ。
俺は柚穂に会って話そうと決めていた。
姉に聞いても何も分からないと言うし、柚穂の家はそのままで、職場が変わったのも嘘だと分かった。
俺は柚穂の職場に向かった。
治療で体に体力はなくて、歩くだけでも疲れるし、物凄く足が重い。
歩いてると点滴スタンドが無いと違和感があった。
歩きながら点滴スタンドを探す自分に笑みが溢れる。
『俺良くなったんだな…』
自然と涙まで出そうになる自分が居た。
この気持ちを柚穂に伝えたくて歩くペースも速くなった。
大通りでタクシーを捕まえて、柚穂が働いている病院に向かってもらう。
タクシーから見る街並みは本当に懐かしくて、新たな店や建物が出来ている。
病院での生活が長すぎて、外が本当に違う世界に思えた。
自由で元気な自分がどれ程幸せか身に染みて分かった気がした。窓から、街並みを眺めてるとタクシーの運転手が話し掛けてきた。
『お客さん、この土地は初めてですか?』
『いえ』
『なら思い出の場所ですか?』
『はい』
『私も長い間タクシードライバーをしてますけど、貴方のような人は初めてですよ』
『俺がですか?』
『はい、顔に優しさが出てますよ。私も長い間タクシードライバーしてて分かるんですが、世の中も変わりましたからね。本当に女性の方が怖いですよ』
『例えば?』
『そうですね、物凄く急いでいたのでしょうね。ある女性が居たんですよ。貴方が乗った大学病院に急いでと言われました。ですが私はその日ゆっくり走ってたんです。前の日に警察に捕まりましてね。今日は気を付けないとって思い。ゆっくり走ってたんです。女性は金を投げ付けて車から立ち去りました。私はその女性を怒らせたのですよ、その女性に謝りたくて、良くこの辺りを走るんですけど、もう見ないですね』
『その女性、余程の事があったんじゃないですか?』
『命に関わると言ってましたよ、間に合ってれば良いのですがね。その女性と貴方は良く似た目をしてるんですよ』
『そうですか…』
まさか柚穂じゃないよな…まさかな
『お客さん、着きましたよ』
『あっ、はい』
タクシードライバーは優しい顔をして会釈をした。
俺は会釈を返して病院の中に向かう。
病院に入り受付で、俺は柚穂の事を聞くと3ヶ月も前に辞めていた。
誰か知ってる人が居ないか聞いだけど、分からなかった。
病院も広いし、柚穂が何処で仕事をしてるのか分からない。
俺は受付で柚穂が働いていた場所を聞いて向かった。
ナースステーションに行くと、看護婦が数人居て俺は迷わず話し掛けた。
『あの…川嶋柚穂を知ってますか?』
すると看護婦は静かになった。
見るからにベテランだと言う雰囲気を出した看護婦が口を開いた。
『病院で入院してるよ。』
柚穂が入院?
どう言うことだ訳が分からない。
『入院、柚穂はどこか悪いのか?』
『関係まで分からないけど、本人が言ってないなら言えないわ!あの子に何かしたら許さないわよ』
『・・・はい、病院だけ聞いても良いですか?』
『自分で探しなさい』
俺はその場を立ち去った。彼氏ですと言いたかったけど、あまりの迫力に負けた。
柚穂は良くしてもらっていたのだろう、少し羨ましく思えた。
俺には帰る職場など無い。
上司の手紙には、お前はクビだと書いてあったのだから…。
柚穂が入院してる病院を探そうと、近くの病院全部に電話した。
だけど、何処にも柚穂は居ない。
俺は看護婦が仕事を終わらせて帰るのを待っていた。
時間だけが無駄に過ぎていく、俺は立ち上がりまたナースステーションに向かってると、声をかけられた。
『結斗?』
俺はゆっくり振り向くと真崎遥加が声をかけていた。
『遥加か久しぶりだな』
『うん元気してた?』
『ああ、遥加、川嶋柚穂を知ってるか?』
『うん同僚だよ』
『マジかよ!今何処に居るか知ってるか?』
『えっ、うん、結斗もしかして付き合ってるの?』
『ああ、場所教えてくれないか?』
『私は言えない』
『何故だよ!教えろよ!!』
『怖いよ…』
『ごめん…、俺会いたいんだ、頼む教えてくれないか?何でもするからお願いだ』
『結斗、ここから近くに大学病院あるでしょ、そこだよ』
『えっ…嘘だろ?』
『結斗、私をよく知ってるよね?幼馴染みだから分かるでしょ、私は嘘なんか言えないよ』
『だったな…ありがとうな』
『うん…結斗私は、行かせたくない』
『何故だよ!俺は柚穂だけなんだ』
『だからだよ』
『意味が分からない』
『結斗、助けになるから頼ってね』
『気持ちだけでいい、ありがとうな』
俺は流すようにその場を立ち去った。
遥加は姉と仲良くて良く3人で遊んでいた。俺と幼馴染みで、何度か付き合おうと言われたけど断っていた。
恋愛対象に思えなくて、姉と弟のような感じだった。
親が亡くなってから会ってないから、もう10年は過ぎている。
正直ビックリしたけど、懐かしさなど、どうでも良かった。
柚穂が心配な俺はタクシーを捕まえて、大学病院に向かってもらった。
タクシーから飛び出して病院の受け付けで聞くと柚穂は確かに入院していた。
俺は病室を聞くと走って向かう。
場所も分かり、扉前に立っていた。
扉を開く手が震えていて、自分に言い聞かせた。
大丈夫だと何度も言い聞かせて、扉をノックもせずに開くと、柚穂は寝てるのか俺が部屋に入ったことすら気が付かない。
柚穂のケータイは充電器に差し込まれ、特殊な機械が柚穂を取り囲んでいた。
久しぶりに柚穂を見ると痩せて居て病的そのものだった。
俺が治療していたときより顔色が悪い。
柚穂に何が起きてるのか分からない俺は柚穂に話し掛けた。
『柚穂、俺だ結斗だ、分かるか?』
するとゆっくり目を開いた柚穂は言った。
『ゆ・・・い・・と・・・』
柚穂の声は小さくてほぼ聞こえない。
『俺だよ!柚穂意味が分からない、何故俺より柚穂が病的なんだよ…何故だよ…』
『ご・・・めん・・・ね・・泣か・・ない・・・で』
『・・・泣いてないよ』
『ゆ・・・いと…愛・・・して・・・る・・・よ』
『俺もだよずっと柚穂を思ってたよ気を使ったんだろ俺を思ってさ…寂しいことするなよ』
『う・・・ん・・・ご・・めん・・・ね』
柚穂の目から綺麗な涙が流れて、手をゆっくりと出してきた。
迷わず握り締める手は物凄く細くて、だけど温かい。
涙が柚穂の手に流れ落ちる。
柚穂は強く握りしめてるのだろう。
だけど弱々しい力だった。
この日柚穂の側から離れることは無かった。
二人だけの時間を過ごし、ゆっくりだけど、柚穂は話してくれる。
全部俺との思いでばかりで二人で泣くだけ泣いた。
感情など崩壊して涙が流れ続けていた。
だけど二人に時間は無かった。
火曜日の朝、柚穂は急変して今日が峠だと言われた。
俺は柚穂から離れることは無かったけど、柚穂は言葉すら言えない状態で、看護婦が交代で見守る状態になっていた。
手を握り締めても反応すら無くて、柚穂は動くことすら無かった。
水曜日に変わり、朝8時32分柚穂は息を引き取った。
柚穂が亡くなって泣くことしか出来ない俺の元へメールが届く。『最後のメッセージです。結斗へ、このメールを見てるときには私はこの世に居ないね。私は末期癌で余命宣告を受けました。結斗に言えなくて逃げたの…、ごめんね。言えば結斗は治療をせずに私を選ぶと思った。ずっと側に居たから、分からないことなんて無いのかな…、そうあってほしい。結斗に出会えた奇跡は、私の宝物で大事な思い出だよ。本当に結斗に出会えて幸せだった。二人の出会いと、数少ないデート、結斗が居たから毎日が楽しくて幸せ。だけど本当は寂しかった。もっと側に居て結斗を知って見ていたかった。私何故死ぬのかな?意味があるなら知りたいよ。叶わぬ願いだね…、結斗私、不満があったの知ってた?私結斗の口から聞きたいことあったんだよ。好きとか愛してるって言葉、結斗は言わなかったね。聞けなかったな、それが私の心残りです。私は結斗を愛してました。永遠があるなら良かったな・・・、さよなら結斗
川嶋柚穂』
手からすり抜けるかのようにケータイが俺の手から落ちる。
亡くなった柚穂に向かって叫び続けた。
『ずっと愛してる柚穂を愛してる・・・・愛してる…』
声が枯れるまで何度も叫び続けた。
静かな病院に悲しい涙声の愛してると言う言葉が切なく響き渡った。
1つの命に終わりが来たけど、もう1つの命は続いていた。
毎週水曜日の9時になるとケータイ開いてる結斗が居た。
柚穂は日時指定送信でメールを何通も作り毎週水曜日の9時に送っていたのだ。
だけど最後のメッセージから届くことは無かった。
柚穂が亡くなって5年の月日が流れ、結斗に再発の可能性がなくなって白血病と言う病気に負けずに歩いた結斗は、カリスマ美容師の夢は捨てて、自分の店を開いた。
美容師になって自分の店を持ち田舎だけど人気のお店になった。
雑誌や取材など無い。毎日、主婦の人や、美容院に始めてくる女の子を相手に幸せな日々を送っている。
今日もある女の子が店に来た。
少しオドオドしながら、店に入ってくる。
俺は笑顔で、椅子に座るように言った。
『今日は初めてかな?』
『う、うん』
『どんな感じにしたい?好きな芸能人とか居るかな?』
『あの…その絵の人みたいな髪にしてほしい。』
女の子が指を差して言ったのは、俺が治療中に柚穂を思いながら書いた絵を数枚飾っている内の1つを指差していた。
『分かった。』
『あの綺麗な人、お兄さんの好きな人?』
『心から愛した人』
服を汚さないように首に巻き、髪を濡らしゆっくりカットする。
『今は何をしてる人?』
『亡くなったんだ』
『ご、ごめんなさい』
カットして、カラーを考えながらずっと柚穂の事を話してた。
懐かしくて、幸せが俺の気持ちを優しくさせる。
女の子に柚穂の事を話終わった頃には、まるで小さな柚穂を見てるようで、会計中に涙が出てしまった。
『ありがとう』
『泣かないで、私また来ます。』
『お待ちしてます。泣いたのは内緒で』
『うん、似合ってるかな?』
『本当に似合ってる』
女の子は笑顔で立ち去った。
この日は店を閉めて、ある場所に向かった。
柚穂のお墓に行き俺は目を閉じて手を合し、今日の女の子の話をした。
日々の出来事を柚穂に五年間伝え続けていた。
ゆっくり目を開くと、俺はいつも言うんだ。
『柚穂愛してる』
終わり
作者です。
今回の作品は、初めの考えでは、後悔をしてからだと遅いと伝えたくて書き出しました。
だけど、それは書いてる途中に辞めました。
二人の思い合う気持ちが、時に残酷な結果を生み、言葉が無ければ伝えれない伝わらないと言う方向に変わりました。
何かを失ってからでは遅くて、伝えたい気持ちは溢れるけど、伝えれないし大切な物を失う。
時を戻すことは出来なくて過去には戻れない。
お互いに離れた空白の4ヶ月に貴方ならどうしますか?
あえてそこを描くのは辞めました。
病気で離れた二人、待ち続けた二人、離れた後で気がつく気持ちを考えて貰いたかったからです。
亡くなってからだと思い出は永遠に記憶を蘇らせます。
愛する人が亡くなってからだと遅いことを知ってほしい。
本当に好きなら尚更です。今を大切に生きてほしいです。
過去には戻れないし、その時の行動1つで、もっと分かり会える二人が居ます。
僕も大切な人を失いました。心で今も生きてます。
だから知ってほしい、失ってからだと遅いと…。
生意気な言葉で本当にごめんなさい。
文章力が無くて感情をうまく伝えれないけど、いつか伝えてみせます。
最後まで読んでくれた皆様本当にありがとうございます
大切な時間を削り読んでくれたことを心から感謝してます。