学校に行くまで
電線に集まっている集団のハトのところに漆黒のカラスが一羽入った。ハトはカラスから逃げるように、最初に五羽ほど向かいの建物に飛び移った。電線に残った数羽のハトは、他のハトと合図するように一羽一羽、慎重に向かいの建物に飛び移っていった。
僕はいつか、一羽のハトが六羽ほどのカラスの集団に無残な姿にされていたのを見たことがある。
カラスは器用にハトの身体を突付いて、内臓を出していった。仲間で一羽のハトに群がり、食していた。僕が近づくと、カラス達はピョンと跳ねて後退りした。僕は皮をえぐられて、肉と内臓と骨が丸見えになっているハトを見下ろした。カラス達はじっとこちらを見つめて、静止していた。周りに散らかっている羽が生々しかった。僕はただ、誰が処理するんだろうな。と思ってその場から離れた。
首が痛くなったので首を戻す。右側のおしゃれな店は僕が通っていた美容院だった。けど、場所を移転して今は絵を飾っているところになっていた。移転先はここから2分ほどの場所だ。特に不便なことはなかった。ただ、いつも学校の帰りに見ていた美容院の中を見れなくなったことだ。僕は、店員さんが髪を切っている姿を見るのが好きだった。
髪切りたいなぁと安易に考えながら、僕は足を進める。
先ほどの電線にはもう、ハトはいなかった。
少し進んだところに工事中の空き地があった。完成予定日は来年の三月四日。マンションができるらしいが僕には関係ないことだ。ここには前、ぼろいアパートが立っていた。なくなったときには向こうの道が見渡せていい気分になったのを覚えている。しかし、それもあと少しでなくなる。いや、もうないかもしれない。今ももう、建設途中のため土地の周りがプラスチックの板で囲まれていた。僕はこの前を通るたび、息苦しく思う。工事中の空き地の前は十階建てほどのマンションだ。だから、この間の道は日がなかなか当たらなくて、冷たかった。
そこを過ぎる。日が当たってきて、小さなスーパーがある。大して安くもない。店の名前も大手百円ショップのような名前をしていて、近所ではパクリとか噂されてる。僕はこのスーパーは飲み物が冷えていないので好きじゃなかった。
しばらく歩いていくと小学校がある。僕よりも二十㎝ぐらい小さい低学年の子もいれば、大して身長の変わらない高学年の子もいる。けど、みんな私服で僕は制服だ。それだけで、少し優越感を覚える。身長なんて関係ないのさ。
学校の前にいる交通安全指導員のおばさんが挨拶をしてきた。朝から元気で少し、イラつくがてきとうに挨拶を返しとく。朝からうるさいのは苦手だ。特におばさんなんて、声が高いから嫌いだった。避けて通りたいが、朝からずっといるおばさんは朝早く登校してもいるのだった。
そして、おばさんは他にまだいて八百屋の手前にいる。このおばさんは小学校の前のおばさんより元気なので苦手だった。頭に響くような高い声が大嫌いだった。
小学校のおばさんのときよりもてきとうに挨拶を返して、八百屋にいる二匹の白い猫を見る。
ちょうど日が当たっていて、一匹は道路のアスファルトに身体をこすり付けていた。もう一匹は隅で日向ぼっこをしている。赤い首輪とそこについている小さな鈴が、メジャーで好きだった。二匹の猫を五分ほどじっくりと見て、先ほどのおばさん等から受けた悪い気持ちを流した。
その先は下り坂がある。帰ってくるときには上り坂になる。当たり前だ。隣の建物は新しい中学校で、来年に完成予定で使用するようだ。僕等は今年卒業するから関係なかった。学校があるため木が茂っている。葉のおかげで日が遮られたり、遮られなかったりして日向と日陰ができていた。
坂を下り終えるとずっと日向が続く。ここは僕は一番苦手なところで暑くてしょうがない。あと五分ほどで学校に着くというのにここで汗だくになる。
目の前に毎朝会う、同じクラスの女子がいた。歩くのがいつも遅くて、僕はいつも抜かしていた。たまに一言喋ったり、帰り、一緒に帰ったりする。
僕はいつものように彼女を抜かして、角を曲がった。踏み切りがあって、運が悪ければ電車六本ほど待つことになる。
今日は運がよかったのだろうか。一本だけだった。
真っ直ぐ行くと学校の裏門である。正門に行くために僕は右折する。同じ制服を着た生徒がたくさんいる。同学年はあまりいない。僕はいつもみんなが来る三分前ぐらいに学校に着く。同学年といえば、先ほど会った彼女ぐらいだ。
正門を通り抜けると、下駄箱に生徒がたくさん群がっている。僕は一番端の三年の下駄箱へ向かう。靴を脱いで、上履きに履き替える。白がベースの上に青のラインがあるのが三年生という目印だ。なるべく、知り合いに会わないようにして階段を目指す。後輩に会って、挨拶を言うのもめんどくさいし、同級生にあって喋って教室へ向かうのもめんどくさいのだ。
廊下を歩いて、三つ目の教室が自分のクラス。ドアを開けると、中央の一番前の席の女子だけが来ていた。僕が席に荷物を置いたら、さっき抜かした彼女が入ってきた。
「おはよー」来ていた女子が話し始める。彼女はめんどくさそうに同じ返事を返した。
「うわ。一時間目、公民か。めんどくさい」荷物を置いた彼女が放った言葉。それに乗るようにあの女子がめんどくさいよねぇ。と返した。
彼女の発言は毎日、同じ。一時間目が英語なら英語、めんどくさい。国語なら、国語、めんどくさい。けど、彼女は数学だけはめんどくさいと言わなかった。
毎朝、毎朝。この女子の会話から僕の一日が始まる気がした。
毎朝僕に抜かされる彼女が発することに、朝早くきている女子が同感か意見を述べる。
ただそれだけのことが案外、僕は好きだった。
「ねぇ。どうおもう?」彼女の目が僕と合った。
「確かに、めんどくさい」