01 精霊の住む山
窓にうつるのは、黒いまつげにふちどられた翡翠色の瞳。肩まで伸びた黒髪は、さらりと肩にたれさがる。
けれどもわたしは、そのずっと向こう、窓の奥に広がる山々を見ていた。学舎のすぐ横には、木々が生いしげっている。
それもそのはず、ここルウェルトン第一学舎は山のなかにある。国で一番の標高をほこるルウェルトン山は、別名、聖なる山と呼ばれてるの。
どうしてかって? それはね……。
(ここは、精霊の住む山。ここより上、禁域の奥には、今でも精霊が住んでいる——。ほんとうにいるなら、会いたいよ)
はあっと大きくため息をついたとき、バシンッ! とそれはもう大きな音が、耳の近くでなった。
「なにため息をついとるんだ! 人の話をちゃんと聞かんか!」
丸めた紙の束を持った指導官様に、わたしは急いで姿勢を正す。
「ひゃいっ。すみませんでした!」
「いい度胸をしとるな、ミス・タリストア。そんなに窓の向こうに、いいものでもあるのか。まあ、しゃべらず姿勢の良い、お前さんよりはるかに立派な木々はあるな」
どっと笑いが起こる。わたしは首をすくめた。
「うぅ、すみません……」
「以後、気を付けるように」
指導官様が戻っていくのを見て、わたしはよろよろと椅子に座り直した。
(指導官様たち、とっても礼儀に厳しいんだから……)
横からツンツンと、指でこずかれる。
「……ま~た、禁域の方を見てたの? こりないわねぇ」
同じ長机に座る友達のチェヨは、あきれた調子で言った。
「だってぇ。気になるんだもん」
「まあ、いいけど、ほどほどにしなさいよ。次、教科書の三十八ページ」
素早く言うと、指導官様に見つかる前に、黒板に向き直る。
わたしは仕方なく教科書に向き直ったけど、やっぱり、やる気はわいてこない。
(勉強なんてしても、わたしには意味ないのに)
だって、わたしはみんなとは、違うんだもの……。
ルウェルトン第一学舎——。ここは、さっきも言ったみたいに、山のなかにあるの。
色とりどりの花がさく野に、雪解け水でできた小川、生いしげる木々——それはもう、絵にかいたように美しい風景が広がってるんだから!
あらためまして、わたし、イェナ・タリストア! ここ、ルウェルトン第一学舎で学ぶ、学生よ。
ここは、国のなかでは珍しく、身分問わず、平民でも広く受け入れているの。だから、国中からいろ~んな子が集まって来てるのよ。
とはいえ、周りには最先端の建物や、オシャレなお店が……というわけでもなくて、山を下りるのには、丸一日かかってしまうような、かくぜつされた場所なの。
だからみんな、親元を離れて学びに来てるのよ。ここで学問をおさめた後は、胸を張って故郷に帰るというわけなの。
***
わたしは食堂の席で、パンにがぶりとかじりついた。こんがりやけたパンは、両手を使わないと引きはがせないぐらい、すっごく硬い。
「むぐ~~~っ」
悪戦苦闘するわたしに、チェヨは笑った。
「もう、そんなことしてたら、また指導官様たちに怒られるよ」
パンで口のなかをいっぱいにしながら、わたしは答える。
「だいじょぶ、だいじょぶ。だっへ、ここにはいらいもお」
「はいはい。分かったから、食べてからしゃべりなって」
チェヨは、行儀よくスプーンでスープを口に運んでから、とうとつに言った。
「ねぇ、それより、ウワサは聞いた?」
「ウワサっへ?」
「今日、二等生の先輩が言ってたんだけどね、チューレイ草の葉が、かれていたらしいの」
わたしは、口に流しこんでいたスープを、あやうくこぼしそうになった。
あわててのみくだして、いきおいよくたずねる。
「チュ、チューレイ草!? それって、白い花? ナーチェとの約束の」
「そう、恵みの精霊ナーチャが、約束の印に渡したと言われてる花よ」
わたしはぽっかりと口をあけた。
だって、チューレイ草は、この国の人なら知らない人はいないくらい、大切にされてる花なの。
——はるか昔、荒れはてた土地に恵みを求めた王子様が、山に住むといわれる、恵みの精霊に会いに行ったとき、
精霊ナーチャが、加護を与える印として渡してくれた花——。
だからチューレイ草は、この国の恵みを象徴してると言われてるの。
(そのとき、王子様の登った山が、ここ、聖なる山……。そんな大事な花がかれたなんて)
「……それって、大丈夫なの?」
「大丈夫なわけないじゃない。かなり深刻な話よ、きっと。放ってはおけないでしょうね」
「……放っておけないって、だれが?」
「それは、指導官様たちとか、国とか」
わたしはびっくりして目を見開いた。
「そんなに、一大事なの?」
「だって、一応、国を護る花だと言われてるもの。まあ、いくら騒ぎになったとしても、わたしたちには関係ないだろうけどね」
そのとき、カランカランと鐘のなる音がした。見ると、食堂の入り口で、指導官様が小ぶりな鐘をならしている。
「みなさん、今すぐホールに集まるように。まだ食べ終えていない者は急ぎなさい。指導官長様から大事な話があります」
とたんに、わたしとチェヨは顔を見合わせた。
(これって、もしかして、白い花についての話!?)




