第5話:月給の衝撃――29歳の私が泣き崩れた夜
修行生活にも慣れ始めた頃、私は初めての「お給金」を手にしました。
会社員時代とのあまりのギャップに、二十九歳の私が真っ暗なトイレで泣き崩れた、人生で一番情けない夜の記録です。
今回は、私の人生で最も「己の無力さ」を痛感した夜のお話です。
二十九歳の春。私は今の自坊――"自分のお寺"へ婿として入り、出家得度をいたしました。
それからわずか数日の後。右も左も分からないまま、それまでの「普通」が一切通じない永平寺の門を叩いたのです。もちろん、薦められたとはいえ自分で選んだ覚悟の道。そこに迷いはありませんでした。
しかし、それまで俗世の荒波に揉まれて生きてきた私にとって、外界の音も情報も完全に遮断された生活は、想像以上に心を削っていきました。
張り詰めていた糸が、音を立てて切れたのは、上山して一ヶ月が過ぎた頃のことです。
修行生活の中で、初めての「お給金」をいただきました。
茶封筒を渡され、期待とも不安ともつかない気持ちで中身を確認した瞬間、私は言葉を失いました。
「三千円」
それが、私の一ヶ月の対価でした。
それまで会社員として、それなりの収入を得ていた私にとって――三千円は、あまりにも遠い世界の数字でした。それが、二十四時間すべてを捧げ、心身を極限まで追い込んで得た報酬が、たったの三枚の千円札だったのです。
その数字を見た瞬間、足元から何かが崩れ落ちていく感覚に襲われました。
自分がこれまで必死に積み上げてきたキャリアやプライドが、この「お山」では一円の価値も持たない。自分は今、一体何者なのだろうか。こんな不甲斐ない自分に、家族を幸せにすることができるのだろうか。
その夜、私は真夜中のトイレの個室で、一人で声を殺してすすり泣きました。
二十九歳にもなった大人が、情けないほどに、ボロボロと涙をこぼしたのです。
あの夜の三千円は、私のプライドを静かに壊しました。
そして、その破片の上から、私の修行は本当の意味で始まったのだと思います。
合掌
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
あの時、冷たいトイレの床で感じた「無力感」は、今でも昨日のことのように思い出せます。しかし、どん底まで落ちたからこそ、ようやく「一から修行する」という本当の意味が見えてきた気がします。
次回は、あの禁断の果実を見つけてしまったお話し。私にとっては大事件の始まりです。




