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城塞都市の闇路で人形つかいのあやしい男と遭遇するまで

「僕の服装が最悪と思われるなら……それも貴方のお考え、趣味の違いにすぎないと思いますけど、謝れと言われたら謝りますよ?」

 いちおう下手に出ておくことにした。つい余分なことを言い足してしまうのは性格である。

「……お前が入ってきた時から、その奇天烈な格好が気にさわったんだよ。今時の若いやつは目立てばどんなスケベな格好でもする。節操というものがない」

 すぐに刃物を出してくる単純な無頼漢かと思っていたら、ネチネチ精神的な嫌がらせも得意なタイプのようだ。

 ――最悪ではないがその三歩前といったとこかな? それにしたってスケベな格好とは? 魔導士の衣に興奮する変態かよコイツ。

 レイモンの出身の下町は王都と比べものにならないが、適当に煩雑で住民数も多く、それなりいろんな大人を見て育った。適切な言葉をつかえない取り柄は腕力だけ、弱い者いじめが大好物というヤカラと遭遇してびっくり! なんて初心(ウブ)じゃない。ウブじゃないから、怒りと反抗心もないわけじゃない。戦術魔導は今どきはやらないし、儲かりそうもないから極めようと思わなかったが、専門の魔法を応用して痛い目に合わせてやろうと思えばできなくもない。ただし魔導学院の戒律に違反してしまうのが考えどころ……。

 ダン先輩をチラ見する。薄い前髪からぽとんぽとん落ちる水滴が、見せもの小屋の道化が頬に描いた涙のようだ。純粋にかわいそうだな、と思う。成人男性として、ひとりの人間として情けないがレイモンは知っている、人には戦う者と戦わない者、戦うという選択をしない者がいて。その全員が尊重されるべきなんだ。

 それは四百年前、魔王に唆され諸侯どうしの戦乱が収拾つかなくなった時代、蹂躙され放題の城下町や農村や漁村の民も、魔王によって岩塔の頂きに閉じ込められた宗主国の姫君も分け隔てなく全員救うと宣言し、討伐軍を立ち上げた〈大いなる愛の勇者〉の基本の考えだ。その意気に感じ入り、孤高で静謐――研究ざんまいの暮らしを〈はじまりの大導師〉は捨てた。命ともっと大事な魔導学の大系も捨てることになるかもしれないのに。それくらい大事な人の生命を守る尊い精神だ。

 〈はじまりの大導師〉にならなくてもいい、柄じゃないし、だがレイモンは目の前で悲しそうにしている少年をそのままにしておきたくはない。昔から、今も――


 店に入ってきた最初から若い後輩に色目を使っていた、年増のお酌女が頬を濃くあからめ期待で目を輝かせだす。

「……だから、お兄さんがそのスケベな衣装を脱いでくれたら許すと俺は言ってるんだ」

 痩せた男は、ミッドナイトブルーの星空を切り取ったような衣装をさして言った。レイモンはネチネチした因縁づけを聞き流した。

 ――変態の因縁だ。脱いでもいいけど、僕の肉体美を店中に曝すことになる。裸体の美しさは減るもんじゃないが大損もいいところ。

 特殊な損得の観念をもつのが魔導士である。しかも宝飾魔導士の感性は極めて難しく、学院の教師にも正しく理解されたことがない。だいたい〈はじまりの大導師〉からして、魔王の弱点を突く大魔法を手に入れるためなら、魔王の后である魔女王と寝てもいいと素で考えたと伝えられる。

「許しが必要なほどの罪を、僕も連れも犯してなどいない」

 レイモンはつぶやいて、長く器用で細かい作業のため伸ばしている爪先でボード上のチーズを少し削りとった。

 ふっと息を吐く気やすさで念をこめる。

《真鍮でいいだろう、片目をつぶす仕事くらいする》

 刹那に黄色っぽい卑金属の長針がレイモンの指先で精製される。

 燭台のろうそく立ての針くらい存在感があった、それをいきなり片目に差し込まれた相手には。

「ぎゃおおーんっ!」 

 ダン先輩の泣き声の倍の倍くらいの叫び声を上げ、痩せ男は片目を押さえ激痛に身悶えする。

「俺の目、俺の目があぁ」

「何をした? ならず者めぇ」

 泣きわめく相方に泡を食って、太い男はどの口が…というセリフを吐く。

「早く洗ってあげな。目を洗ってやれば、ぽとりとトゲが抜け落ちるかも」

 レイモンは答え、テーブルから引き剥がしたダン先輩にささやきかけた。

「半フロリン! 財布から出して、それでもう今日はお開きだ」

「あぁそうか半フロリン……」ちょっと高くないか? という顔をしたがダン・ハローは銀貨をつまみ出した。それをお酌女に押し付けレイモンは片目をつむった。

「新しい水差しも頼む。それであの人の目を洗ってやれば、チーズのカスはとれる」


「魔法を使ったのか、レイくんお得意の魔法を?」

 さっさか酒場を出ていけば何の問題もないのに、凡庸なる職場の先輩が余計なことを言ったから……。

「ま、魔導士なのかてめえ?」

 幻の眼痛は続いているはずなのに、片目を抑えたまま痩せ男が獰猛なうなり声を発した。

「そんなわけないでしょ? 何十年も前に国外追放になって出禁ですよ出禁、魔導士だなんて……」

 ダン先輩の腕をひっ掴みじりじり後退しながら、ダッシュで逃げ出す間合いをはかる。

 ――逃げるが勝ち、最高に効率のいい防御魔法だ。魔導士でなくてもつかえるが。

「真鍮の針じゃないから、それチーズのカスだから。ちょっとした余興ですって! 僕は見せ物小屋の道化師なんです……」

 話しながらも後退につぐ後退――それっいまだ走れ! 

 と思ったが、ここまで失恋のやけ酒を飲みまくったダン先輩が足を縺れさせた。それを強引に引っ張って走り出そうとしたら「逃がすか、魔導士ども!」

 痩せ男は片目を押さえながらボードから抜いたナイフを手に、太った相方もえっちらおっちら追いかけてくる。酒場の通路を二人と二人は全速力とは到底いえない速度で出口に向かった。

 いちばん走れなかったのはダン先輩だ。

「ううっ…」

 吐きそうになってよろめく。

「もっと急いで、先輩!」

 もうちょっとで出口というところで、

「殺してやる」

 ナイフを手に逆上した男が迫ってくる……。

 ――父さんが死んだのも、こんな莫迦げた成り行きだったのか?

 急に自分が莫迦で愚か、かわいそうな少年だったことを思い出した。

 そして――

 ヴァージル。魔導士学院に残してきた魔導士見習いの顔を思い出した。薄青いダイヤみたいなこの世で一番美しいと信じている宝石の眸。。

 

 そのとき――

 レイモンに飛びかかり、振り上げたナイフを振り下ろそうとした男の動きが止まった。

 実に不自然な静止のしかた。

 ほんの一瞬だが、空中で動きが完全に止まったのだ。

 ――時間を静止させる魔導?

 そんなわけあるか! 時間魔導を使ったのは五百年の魔導体系で〈はじまりの大導師〉ただひとり。学院の誰もかなわない戦術魔導の師範、ロランティス院長が「私ごとき赤子の手のようにひねられるよ」と例えに出す不世出の魔導士の大魔法だ――ちがう。


 ――手? 人でない何ものかの手が止めた?


 魔導士の特別な目だから視えた。ナイフを持った手の手首と、飛びつこうとした瞬間の足首を小さな手が掴んでねじ曲げる、絶妙な一瞬を捉えた。

 一瞬の静止の後、どさっと男の体は床の上に崩れた。

 ぐはっ……。

 レイモンの変成魔導にチーズを長針と思い込まされたより、低いが深刻なうめき声を発して。

「どうしたアニぃ? あっ……」

 倒れた男を揺さぶる太っちょが蒼白になった。

 その手と服と、石の敷かれた床まで血によごされる。倒れた拍子に手にしたナイフが首か胸か、致命的な箇所を傷つけたのだ。

 ――不自然すぎる。

 疑ってしまうレイモンだが、男は勝手に追いかけ勝手に躓いた、周りにはそう見えたはず。事故にしか。いやその通りだし……。それまで面白がって傍観していた他の客、悪どい店の経営者が騒ぎだす前に、ダン先輩を引きずるようにして闇鴉(カラス)酒場を出た。


 辻馬車を拾える通りに出さえすれば! 焦りまくるレイモンは、あとから店を出て同じ方向に歩いてくる者に全く気づかなかった。



 繁華街を抜けだすとすぐ辻馬車の待合所が見つかった。王侯貴族にも利用される白馬車だ。

「下級官吏の独身寮まで。かなり酔ってるから気をつけて走って、チップを弾んでくれるから」

 酔っ払いの送迎には慣れっこの年嵩の御者は「任せてくだせえ」と快諾し、馬を走らせていった。

 王宮から遠く離れてない本来なら治安の悪くない区画なのだ。鑑札をえて営業している飲食店が圧倒的に多いはず。闇鴉の酒場こそどうかしている。優良店なら城兵の経験者が用心棒してたり、騎士が行きつけにしている店も珍しくない、とミッドランドの案内書きにはあったのに……。

 下宿に足を向けるレイモンは自然と項垂れてしまう。城塞都市の石の壁にはさまれた小径である。月も星も光をさえぎられるため爪先に燐光を灯す。下宿まで曲がりくねった迷路になっていて、そうやって青い小さな光を頼りにひとり道を往く。

 無頼漢といえ、重症を負ったに違いない痩せ男のことも気にかかる……、それに。

 ――手……。たしかに視えた。一瞬だが、空間をつき抜けたあれは、大の男の動きを止めバランスを崩させた。陥穽の魔導にありそうな? 学院の教えない、理論上可能だが、巷の人間には決してかけてはならない魔導の術だ。それにそれにあの手! 幻影ではなかった。たしかにあの一瞬そこにあった、小さな手が。おそらく別々の体から伸びていた……。

 じりりッ、考えこみすぎてうっかり燐の炎で爪先を焦がしそうになった。チーズの真鍮針は相手を惑わすまやかしだが、空気中の物質を変化させて得る火や風は本物だ。レイモンは苦笑いし、いったん燐光を消した。


「もったいない。きれいな炎でしたのに。お若い方に珍しくずいぶん丁寧な魔法をお使いになる」


 その声はさっきまで誰もいなかった闇の壁際から、聞こえた。


 レイモンはどきりとする。小さな炎の出し入れだったが巷の人に魔法を見られてしまった。まずいのでは?

 ミッドランドで魔導士は胡散くさがられ、それどころか排斥される。ついさっきも占星術を意匠した寛衣(ローブ)に悪意を向けられ、魔導士の名を聞き魔法を目にしたとたん殺意に高まった……

 全身に警戒心を漲らせたレイモンは、言葉の響いたほうに意識を集中させた。霊能力はさほど強くない、霊視もだ。その代わりレイモンには宝飾魔導士を宝飾魔導士たらしめる()()()()がある。

 闇の中で精神を集中させる、とそれを確かに感じた。しかしなんて黒い……闇そのものと区別しにくい、それくらい黒い石の存在だった。そしてそれは一つでない。

 ――三人いる? 隠れているのか?


 戸惑いながら当然疑ったのは同類――同じ学院の出かわからないが、魔導士ではないか? 魔法の炎の色合いや揺らぎまで捉えられるならそうとしか思われない。それに漆黒の出生石。黒曜石や、ホークアイ、隕鉄石(ギベオン)……黒っぽい石を生まれながら持つ者もいる。

 だが、そういう健常の人の石とは思えなかった。もっと深遠でもっとあやしげな魂の組成を宝飾魔導士レイモンド・ソーントンに感じさせた。


 闇の中で、相手の深淵にある()()()のことを考え、レイモンはしばし立ちすくんだ。


「優れた宝飾魔導士とお見受けします。さようかの〈はじまりの大導師〉の興せし由緒ある学院の輩出した中興の魔導士レイモンド・アレクサンドライトに比肩しうる、優れてうるわしき稀才と拝察いたします」


 ――レイモンド・アレクサンドライト! 二百年前の魔導学院卒業生なら知らぬ者などない大魔導士にして、最高の宝飾魔導士のひとり、しかしその偉大な才能が仇となって、ミッドランド王家と魔導学院の間に八十年もの亀裂を入れてしまった……。


 その偉大な才にあやかって魔導士名をつけられたレイモンである。彼は意を決し身裡(みぬち)の慄えをおさえこみ闇の壁に向かって問いかけた。「貴方は、貴方も魔導士なのでしょう? さぞかし名のある……」


 闇の中の声は殷々と響いた。


「いいえ、とんでもないことだ。私めは人形をあやつるだけ、ただの()()使()()でございますよ」





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