国王にお仕えする出稼ぎ魔導士なのに初日から非常に疲れることに……
人にとって何より切ないのは片想いかもしれない。
その恋がかないそうもないから別の誰か……何か……人に似た人でないものにも想いを募らせる。
もっと哀しい自分自身の虚像と向き合うことになるのに。
レイモンが人形つかいの男と出逢ったのは、王宮と下宿のはざまである城塞に囲まれた街の裏通りだった。
その夜、彼は疲れていた。
レイモンは魔導士を養成する学院を卒業したばかりの二十二歳。
出仕の決まった大国の出先機関の離宮で小役人から役人へ取り継がれ、推薦状確認のためかなり待たされ、やっと会えた大臣にいろいろあれこれ質問され自分について長々と説明させられた。
宮廷に入って謁見を許された王様――玉座におわす"中つ国"第四十代目の国王陛下に、王宮庁の担当大臣から自己申告した三倍くらい長ったらしく紹介された。
「前略〜長すぎるのでさらに中略〜国境も国境まことに辺鄙な魔法つかい学校からようやく仕上がって参りました、陛下の王冠ならびに王家の宝物を保全する重いお役目をうけたまわる魔導士にございます」
その説明でだいたい合っている。
魔導士レイモンの職能は大雑把にいえばそのようなものだ。
魔導士学院では権力者におもねる数多の魔法を教え込まれ、修了までそれは厳しい修行に明け暮れる。レイモンの職能もそのひとつだが、事情があって学院は長らく中つ国との関係が断絶していた。そこから八十年ぶりに卒業士が招聘された。国王から礼を尽くし呼ばれた、かと言うと微妙だが俸給は飛び抜けていた。とある因縁というか事故によって国から信頼を根こそぎ失い、いっさいの援助を打ち切られひさしく長く貧窮していた魔導士学院である。ひきとって独り立ちさせた孤児レイモンの俸給の半分が学院に入ってくる。働き次第でもっと収入になり、人的資源や食料、各種教材、薬草類の配給も期待できるだろう……。
二十三歳にもならない若造だが、学院で衣食住を保証されるまで苦労を味わった孤児である。せちがらい事情を飲み込んでいたし学院に残るかわいい後輩のためにも、金満の王様から己の才覚のゆるす限り財貨を稼いでやろう、その決心は吝かでない。
彼は王を前にして少し固い、神経質そうな表情でうやうやしく礼をして言った。
「ご尊顔を拝し奉り恐悦至極にございます、ミッドランド国王陛下。レイモンド・ソーントンと申します。本日より誠心誠意を尽くし、尊い王家の宝物を磨きあげ、本来の美しい輝きを取り戻させてご覧に入れましょう」
「ソーントン卿よ、力強い言葉うれしく思うぞ。若さに似合わぬ高い技術を持つと学院長からの推薦状にあった。わが曽祖父の代に魔法使いどもとその学校は、かけちがいから疎遠となったが、魔導士不在の八十年間に魔法の磨き布は古ぼけて破れ、細かい装飾品はどう磨けばよいのかわからず困っておった。まずは小手しらべというわけでもないが、わしの王冠から頼む」と、いかめしいサーベル髭を蓄えた王は自らの額を指した。
レイモンは若く端正な顔に満面の笑みを浮かべ、「はい陛下、喜んで!」
そこまではよかった。疲れはしたが予測内の足労だし手間だし、直接仕える国王との大事な面接と初仕事である。うわべだけ神経質そうに見せたが、割り切った性格だしやり甲斐よりまず報酬、宗主国に役職を得るメリットを最優先、国境上といえ新興国エンドランド側に建つ学院なのに寄らば大国とミッドランドを選んだレイモンだ。
しかし――
王宮の新参者である。王宮庁の人事を握る副大臣から、宮廷の諸般しきたりの指導鞭撻の係というか、やはり「魔法使い」とはうさんくさい存在なので監視する役人をつけられてしまった。
何事にも要領のよいレイモンは、王宮の地図も宮廷の上下関係、主なしきたりタブーさえも事前に調べ上げ覚えこんでいた。が、最後の「信頼」だけは一朝一夕には築けない。監視役を遠ざけたりしたら逆効果だ。
宮廷の役人で位階は中の下という、宮廷官試験に四浪して受かったそうだがぱっと見特徴にとぼしい。来年三十歳という尚書官と行動するハメになった。
「おぉーん」
王宮組織ではレイモンの先輩になる、尚書官は飲み干したジョッキをテーブルに叩きつけ泣きだした。
雑味のある強いビールを出す、その場末の酒場でもう三軒目だった。仕事の早いレイモンは小一時間で王冠を磨きあげ、国宝のイエローダイヤには《権威》を強化する宝飾魔導をほどこし、それ以前の少なくとも十代くらい前の王より見栄えする冠に仕上げて内廷大臣に渡してあった。
ミッドナイトブルーのベルベットの台に載った、宝冠と呼べるおごそかな光輝を放つ冠に大臣は今にもひれ伏しそうだった、王の首もないのに。
――初仕事はこんなものかな?
レイモンは冷静にその大臣の顔色を読んで判断した。
だが仕事が早く優秀を証明しても、宮廷というところは即解放してくれない。
尚書官の上役が「写本業務は早終いでいい、新入りの魔法使いに庭園や宮殿近くの美味い店でも案内してやれ」命じたため、先輩の尚書官にはりつかれてしまう。王宮の庭はそれはそれで見事なので美術や美学……本業の糧になるか? と自分を慰めたレイモンだが、凡庸なる先輩ダン・ハローは躊躇なく繁華街に突入したのだ。
「水妖の泉亭の給仕係に入った若い子が僕に気があるんだ。今日こそ名前と住まいを訊こうと思う」
しかし料理屋にその娘はいなかった。
森と大きな湖のミッドランドには珍しく、新鮮な海産物にダン先輩の奢りで舌鼓を打ったところまでは良かった。帰り際に先輩は店の者におずおずと「遅番なのかい? え、あのー栗毛で色の白いそばかすのあの子?」もう黄昏が濃くなる刻限だったが。
店の女将らしい勘定場のふくよかな年増は怒って答えた。
「今時の子はまったくアテになりませんわ。品出しもお客の応対もだいぶさまになってきたと思った矢先に、海辺の国の漁師なんですって⁉︎ 真珠の首飾りをもらったって、ねえ二度逢っただけで付いていくってあります? いきなり店を辞めてしまったんですよ」
――失恋とはつらいものなのだな。たとえ片想いでも。
二軒目の立ち飲み屋台まではレイモンもダン・ハローに同情していた。片想いの経験なら自分にもある。色恋にうつつを抜かすと魔導士は弱くなる、と徹底的に忌避した魔導士の教師もいたことはいたが。レイモンの考えは違う、世界を変えてしまえる大魔導師でない限り色恋で目減りする能力でもないだろう? とはいえ実践経験もないのだが。
しかし同情できたのはそこまで。繁華街の入り組んだ狭い道に沿った、昔の城塞の名残らしい矢傷や崩れた箇所もある石壁のせいでいっそう翳の濃い区画、初見でもいかがわしく感じる酒場「鴉家」で飲みなおすと言い出されうんざりした。
レイモンは酒が嫌いだった。酒飲みが。飲みすぎて人が変わってしまう人間の弱さが。父親は酒の上のけんかで命を落とした。しらふなら腕のいい細工師だったのに。最後に残った家族だったのに……。
「ダン先輩もう出ましょう!」
「レイくん君は飲んでるのか? さっきから全然減ってないぞ」
「飲んでますよもう三杯も。ここのビール混ざりものが多すぎですよ? 強いし、匂いも変だし悪酔いしそうです」
「そうか? 美味いけど。山羊のチーズもなかなかオツ……さっきお酌に来た赤いスカートの年増もすごく腰つきがいい」
――失恋したばかりなのに懲りてないな。失恋したばかりだからかな?
わざとらしく腰を振ってつぼの酒を注いで回る女は、水ばかりお代わりするレイモンにまで意味ありげな目を注いでいった。別れた母親くらいの年かもしれない。そう年増も苦手だった。……女を苦にする魔導士だった。
年端もいかないころ何度か父親を酒場に探しに行った。。魔導学院で純粋培養される魔導士見習いより免疫はあるがやはり居心地は良くない。
酒場の空気が合わない。酒で憂さ晴らしをする人たちの目も気になる。ダン・ハローは尚書官だからまだ巷の人に溶けこむ服装だが、国王陛下にアピールするため目立つ派手な寛衣を着てきている。ミッドランドの王都に入り下宿探しをしたとき、ちょうど月一のマーケットが立っていて、星空を切り取ったようなミッドナイトブルーの寛衣を購めた。学院長のロランティス先生からもらった餞別を半分つかって。爪に火をともす暮らしなのに……心づかいがありがたかったし、レイモンは服装に気をつかうたちだ。この感性が発達しているから魔導士として珍しい宝飾魔導の特性に恵まれるのだろう。今はそれが逆に仇になり、場末の鴉酒場で悪目立ちしているのがヒシヒシわかるが。
――ほら、来た。
研いだ刀身みたいに痩せ細った男と、正反対のでぶっちょがやってきた。二人とも柄が悪く友好的な感じは微塵もなかった。
「兄さんらは初めてか? この店」痩せ男に訊かれた。
「そうです……だと思います」
レイモンは上の空で答えた。目が泳いているのが自分でもわかる。
「思う?」
言葉尻をとらえギラつく眼光、絡んでこられたのは明白。鴉の羽根は黒いと言っても、因縁つけてきたに違いない。
「連れは以前来たのかな? と今思ったので……」
さりげなく振ってみたものの、ダン先輩はすくみ上がって一言も出せないようだ。
「面白いお兄さんだな、ずいぶん変わった格好だ。見せもの小屋の道化師なのか?」
不幸中のなんとやらで正体はわからないようだ。ミッドランドの魔導士は珍しい。少なくともレイモンのような学院出の、正統な魔導士はこの八十年王都に足を踏み入れていないはず。入国禁止だったし。
――それとも国王に仕える身分だと、正直に伝えた方が難を逃れられそうか?
だが宝飾魔導士と知れたら、こんな悪そうな無頼漢どんな難癖つけてくるかわからない。かといって戦術系の魔導で追い払うのも無理そう……魔法使いのフリをしている道化師と思われていた方がまだマシか、身の安全が計れる?
ぐるぐるするうち、グツッ! ひと突きで困惑を醒まされた、切れ味の良さそうな薄刃のナイフで。痩せた男は手品のような手捌きで、皿代わりのボードに乗っていた山羊のチーズのまん中に刃を突き刺したのだ。
ヒェッ……
喉の奥で詰まったような悲鳴はダム・ハローのもの。
今までちびちび削って味わっていたチーズを荒くれた作法で突き刺し、大きく切りとった塊にかぶりつく無頼漢。テーブルの間を酌してまわる色っぽい年増に手招きして、料理にビールまで追加して運ばせる。
痩せた男も、太っちょも無遠慮この上ない。
すれっからしの酒場女は別の客のテーブルなのに、串に刺して炙った肉を山ほど、大きな木のジョッキに黒ビールをなみなみ注いだのを運んできた。飲み代をこっちに付けようとしているか? ダンは酔いも醒めた白茶けた顔でいるし、レイモンも業腹だが飲み代で済むなら安いものと思った。ここは代金は先輩につけてほしい、ロランティス院長の選別の残り半フロリンは下宿の家具代の支払いに必要だ。
成り行きに平和を願うレイモンだが無駄なようだ。
「さっきからビェーンビェンうるせーんだアンタ、頭を冷やしな」
太っちょがレイモンの前から水差しを奪ってジョボジョボ、ダン・ハローの若い割に毛の薄い頭に注いだ。二人して下品に笑い合う。笑いのめされたダン先輩は哀れっぽく薄毛を撫でさするだけ。
今度は痩せ男が先輩の手首をとって、あらかたチーズを食べてしまったボードの上に手のひらを広げさせ、ダーツのように薄刃のナイフの差し抜きを始めた。五本の指を広げさせたまま目にも止まらぬ速度で。しかし手の持ち主にはたまったもんじゃない。手首をガッチリ押さえられ、ヒッヒッと悲鳴を押し殺すダン・ハローは涙目だった。
「もうやめて下さい! 子供じみた嫌がらせは」レイモンは強く言った。
自分を正義漢だと思ったことはない。
学院の年長クラスに進むとき学院長からこう訊かれた。
「もしも世界に危機が見舞ったら、君は〈はじまりの大導師〉のごとく持てる総ての力を尽くして戦うか?」
四百年も平和が続いたので、それは上級クラスに進むさいの形式的な誓いの言葉になっていたが、レイモンは具体的な人物をイメージし、しっかりと頷いたのだ。
「誓います、たとえ魔王じゃなくても理不尽だったり、力のない子どもを虐め泣かせるヤツラを僕は許さない。そうじゃない世界のためならいくらでも戦います!」
ロランティス院長先生は一瞬はっとしたような表情を浮かべ、そして深く頷くと、今やロランティス先生くらいしか手にしない、とねりこ製の戦術魔導士の杖でまだ少年だったその肩を叩いたのだ。
「その言葉を忘れてはいけない。君がどんな魔導士になろうともその才と未来を私は祝福する、レイモン……いやレイモンド・ソーントン」
「少しは骨があるのか、怖いもの知らずのガキなのか? 痛い目にあったこともない目立ちたいだけの若造が……」
塩辛い声音だ。痩せた長身の男はもう笑っておらず、非常に険悪な目をレイモンに注いでいた。
――怖い! よりも非常に疲れる展開になりそうだ、という予感が新卒の宝飾魔導士の胸に見舞った。
* * * * *
ここまで読んでいただき誠にありがとうございます。お疲れさまでした。
「このキャラが好き!」「彼の行動のここが記憶に残る」「次はこんな展開にしたらどう?」
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また一層の文章修行に精進して参ります。二話以降も何卒よろしくお願いいたします。 宝井




