表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ルナ・ベータ  作者: オッコー勝森
第九話 春物 月下に渇く

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

41/45

41


「待たせたな。軛の星よ。太陽暦なら12000年ぶりか?」


 月の紛い物のミニチュアを中心に形成された、中性的な容姿の子供が、恐らく独白だろう言葉を呟きます。流暢な日本語で。これもまた、少年と少女の境目にある声音でした。彼または彼女──ミニチュアを媒介に蘇った「月の使者」は、喉元に手をやり、指と首の皮膚を擦り合わせ、嬉しげに目を細めます。拳をギュッと握りしめ、足の裏をタップしました。じわりと眼球を湿らせて、一筋の涙をこぼします。


「おお、おお。仮宿だからか、感覚は少し鈍いが。これぞ肉」


 腹の奥底から滲み出たような声には、無限の感動が篭っておりました。


「これぞ(せい)よ」


 余韻を噛み締めていたのでしょう、それからしばし沈黙していた「月の使者」はやがて、ゆっくりと周囲を睥睨しました。ミニチュアを作成した老人、石黒黒乃に眼球の向きを定め、裸足でひたひた近づいていきます。黒大理石の岩盤には、皮膚を突き刺す無遠慮な不純物は落ちておらず、裸足で歩いたら快適だろうなと、益体もないことを考えます。足の不自由な私には不可能な芸当ですが。

 老人は壁から背中を剥がし、片膝を突きました。下げられた頭に、「月の使者」は労いの言葉を掛けます。


「大義であった。石黒黒乃」

「ありがとうございます。しかし、あなたが少女の命と引き換え(・・・・・・・・・)に地上に顕現すると知っていれば、私は協力しなかった」


 黒乃さんの声音は、怒りと無力感に震えておりました。商店街広場の破壊現象をチョチョイといなし、(あまつさ)え目の前で車椅子を歩行補助ロボットにトランスフォームさせた得体の知れない存在について、守るべき少女にカテゴライズしていたことには好感を覚えます。まあ、私が持つ天性の可愛さを踏まえると当然の話なのですが。

 マリオネットの遺憾の意を、「月の使者」は柳に風と受け流します。


「案ずるに及ばず。月に選ばれたモノは、心の臓を壊された程度では死なぬ。されど、ここまで疾く治るとは思わなんだ」


 彼または彼女はこちらに首だけ振り返り、やはり、男とも女ともつかぬ微笑みを浮かべました。薄い唇が描く弧は、早朝の東に残る左側に寄った月。サイコパスみが強く、野生の爬虫類的ですらあります。

 脊髄から機械の足に意思の信号を送りつつ、腹筋をふんじばって立ち上がりました。撃ち抜かれた部分には痛みと痒みが同居していて、完全回復したとは到底言えません。血塗れになった服が重いです。イライラします。しかし。致命傷を負った人体の自然的反応なのか、思考経路は快楽物質でずぶ濡れになっていて、リアル方面の感覚が、すりガラス越しみたくぼやけている。七年前に一度経験していなければ、頭がおかしくなってたでしょう。

 皮肉めいたクレームを付けます。


「乙女の晴れ着、しかもデリケートな所に穴を開けて……。私がナイスバディなら、とんでもないことになってましたよ」

「しかし、そなたは慎ましい」


 間髪入れずに。こいつ、もしかするとレスバが強いのかもしれません。体型の凹凸なんざ普段はこれっぽっちも気にしていませんが、他人からストレートに指摘されるとかなりムカつきます。奇声をあげて叫び回りたい。しかし私は、自分の感情を制御出来ないほど子供ではないつもりなので、グツグツと煮え滾ったマグマは喉元で抑えて、理性的な対話を試みます。


「どうして私に不意打ちを? 常人なら死に至る殺傷性の高い攻撃を布告もなしに仕掛けるとは野蛮の極み。そうは思いませんか? 『月の使者』」

「月の使者、か。現代語に訳せばそうなるか」


 独り言を呟いてから、彼または彼女は続けます。


「いきなり依代を破壊しようとしたのはそなたの方であろう? 信じられん暴挙であった。先人への敬意はないのか? 血は欲しかった。我の復活に、現世を生きる月の使者の生体情報が必要だったのは否定せぬ。が、もっと穏便に済ませるはずだったのだぞ」


 非難されました。さも、自分に正義があるかのような口振りで。何を言ってるんでしょう? 苛立ちゲージがマックスに近づきます。


「勝手に私を後輩認定しないでもらえますか? 不愉快です」

「ふむ。己の境遇を悲観しておるのか? 腰より下の面妖なさまを見るに、力の恩恵は享受しているようだが……、そうか、足が不如意なのだな? さしもの我らとて、幼き頃はか弱いものよ。醜悪な大人の手でおかしな実験でも施されたのだろう? だから、目をつけられた要因の、自らの特性を呪っておる」

「てんで的外れですね」


 吐き捨てます。おかしな実験に巻き込まれたのは確かです。しかし、不自由な足は実験それ自体が原因ではなく、想定外の事故から仲間たちを守ろうとした私の選択の結果です。あと、クソジジイとその取り巻きは、違法に掻き集めた子供を実験対象にした時点でクソではありますが、醜悪とまで思ったことはありません。彼らは私たちに希望を見ていて、清潔な住環境と温かい食事を与えるなど、扱いは厚遇でした。無論、体を弄り回されたりはしてませんし。醜悪さの尺度では、私の生物的な母親の方がよほど上でしょう。

 私が「月の使者(おまえたち)」を嫌うのは、偏にお前たちが、横並びの人間たちが健気に紡ぐ世界のバランスをぶち壊す危険因子だから、それ以外にはありません。(つちくれ)から貰った、人の身には過ぎた力を振り回し、現生人類の上に立つため行動する。貴様らはそうする。思想の原理が12000年前から変わるとは考えにくいですからね。混沌の震源地です。

 中指を突き立てました。


「生まれを恥じるのは、月のような乾いた土くれが、偉大なる生命の星・地球に楯突くなど無礼千万だからです。さっさと土に還れ、老害」

「異なことを。楯突くだと? 無礼千万?」


 細い眉が剣呑に顰められました。私の選んだ言葉がお気に召さなかったようです。怒りっぽいですね。懐中電灯の光がもたらす陰影のせいで余計に物騒に見えます。彼我の間に成り立っていた、暗黙の協定のような何かが破られたのです。洞窟の空気が軋み始めました。私の言葉選びに腹を据えかねたようです。御影さんが「ひっ」と怯懦に喘ぎ、頭を抱えて蹲りました。


「強者が弱者を蹂躙する、あるべき秩序に戻すだけぞ?」


 傷がほぼほぼ塞がり、快楽物質の波が引いていって、自我に肉体の主導権が戻ってきました。座り続きで凝っていた筋肉に高周波の震動を与え、柔らかく解します。血行も良くなりました。

 顔のみこちらに向けていた「月の使者」が、爪先まで転置します。


「そなたと交渉し、化身の器を間借りして平和に終わるつもりだったが。使者らしさのない卑屈な性根。ちと矯正が要るようだ」

「卑屈ではなく博愛です。化身の器とは?」

「我が仮宿とした石像の、本物よ。そなた、喚べるであろう?」


 七年前、「ルナ・チルドレン」の九人共同で月の紛い物(・・・・・)を生成した時の手順を想起します。右胸に仕舞われた「発受信体(ラジオ)」のコピーに五感を付与して外に出す。一人でも問題なく熟せるでしょう。むしろあの時は、一人でやらなかったからこそ紛い物への指揮系統が無茶苦茶になり、その結果として暴走させてしまったのです。初めから一人一個でやるべきだった。

 まあ、制御出来たとして、あんなキモいのを出す気にはならないのですが。


「防人都。過ちを認め、使者の自覚を持て。まだ引き返せるぞ。このまま成り行きで懲罰を与えるというのは、我としても忍びぬのでな。月が三十八と少し巡る前、そなたがこの地に現れてから、我の目はそなたに釘付けであった」

「急なストーカーの告白。いくら私が可愛いからと言って、監視は感心しませんね。今のは言葉遊びではないですからね? それと、月準拠の暦を使うのですか? 先ほどは太陽暦を用いたのに」

「長い年月の管理は太陽の周期を使った方が楽なのでな」


 会話に興じる間、黒乃さんと御影さんを脇に回収し、採掘場出入り口に繋がる梯子まで移動させます。さっさと上がれとジェスチャーしました。「月の使者」からの妨害はありません。石黒家の二人を積極的にどうこうしようという意思はなさそうです。


「あな懐かしや。月の使者とて一枚岩ではなし。時に争うこともあり。相手の陣地を土足で穢して挑んだのだ。後悔せよ」


 彼または彼女は、両の親指を合わせながら他の指を重ねることで、胸の前に歪な半球を象りました。


「【月ヶ邑】」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ