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ルナ・ベータ  作者: オッコー勝森
第一話 月隠す無情の雲
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4


「ほ、ほんとに、階段、前向きに降ろしていいの……?」

「ええ。構いません。ベルトがしっかりしてますから」

「ダウト。サッキーの上半身が最強だから、多少の重力くらい余裕のよっちゃんで耐えられるだけ。腕だけで全身支えられるし、多分、指を引っ掛ける場所さえあれば垂直の壁も登れる。匍匐前進勝負なら自衛隊員も置き去りにするんじゃないかな。他の車椅子ユーザーを介助する時はもっと慎重に、繊細にね」

「私のことも繊細に扱ってください。汚ねえ口を閉じろという意味です」

魂風(タマ)、サッキーの腕触ってみな」

「硬っ! ミチミチッ! ベータ、オスだった?」

「いいえ。メスです。どのような鑑定を行ったとしても、防人(さきもり)(みやこ)が純度100%の女の子だという結果を覆すことは不可能でしょう」


 授業時間が終わり、本日の詰め込み型教育から解放された私と野々島さんは、転校生にして私の旧友、魂風美澄(デルタ)を伴って、文化棟一階の特別教室102に向かいます。特別教室の本分的役割は、選択科目が多いせいでクラス教室から一時的に弾き出された高三生たちの受け皿なのですが、放課後になると、文化系クラブの活動場所として使われるようになります。そのうちの一つ、「文芸部」の拠点が特別教室102であり、そして、私と野々島さんの所属先でもあります。

 トラバーチン模様の天井、塗装のないアルミサッシの窓枠、影がかった白色の塩ビ床。文化棟一階の、色を感じさせない通路には、来るたびに若干の寒々しさを覚えます──と言っても、私たちを四年にも亘って閉じ込めたクソジジイの牙城と比べると、あちこちに人の痕跡が垣間見える分、ずっとマシなのですが。

 進み心地だけは良い、滑らかな廊下を行きながら、デルタに言います。


「文芸部と名乗ってはおりますが、実質的にはオカルト研究会なんですよね。文学チックなことはあまり期待しないでください」

「オカルト。スピリチュアル。神秘。……おじいちゃん?」

「ははは! そうですそうです。まあ、アレとは違って内実は伴っておりませんから、安心してくださいな」


 特別教室102には、電気が点いておりました。一番乗りなら、鍵を取らせに、野々島さんを職員室まで走らせるのですが、その必要はなさそうです。新年度初回の集合日、張り切って早く来すぎた仲間がいるのでしょう。松柄先輩(さん)かな。ああそう言えば、今日は新入生勧誘の作戦会議があるのでした。デルタと話す時間は取れないかもしれません。

 扉を開けます。


「あれ? 巻筒先輩(さん)?」


 どんよりとした様子で、窓側最後列にある三人用長机の奥に座っていたのは、意外な人物でした。巻筒さんは、最年長の高三生女子。先ほど名前を挙げた部長の松柄さんと共に、文芸部の副部長として、私たち未熟な後輩を先導して下さるはずの方……なのですが、いつも、部活動が始まる15時30分から少し遅刻して出現するイメージがあり、現在15時20分の時点で既にお見えになられていると、槍でも降るのかと身構えてしまいそうになります。

 初回SSR確定ってヤツでしょうか。


「サッキー、ノノ」

「マッキーさん、早めに来たなら、机くらい引っ付けといてくださいよぉ」

「あ、悪いノノ。気が利かなくて」


 ぬらりと立ち上がる巻筒さん。彼女の膝に押されたパイプ椅子が、ガチャガチャ鳴って退がります。普段より立ち方が雑。元々ダウナー系の方なのですが、いつにも増してお疲れのようです。夜遅くまで新入生勧誘の作戦を練っておられたのでしょうかね。立場は人を変えるのかしら。

 机運びの作業中、私は待機させられます。手伝おうと思えば問題なく出来るのですが、車椅子の可憐な少女が重そうな物を運ぶ姿は精神的に良くないらしく、厚意の(いとま)をいただいております。

 ぼんやりしながら、文芸部の私的領域と化した、教室後方のホワイトボードとその周辺を眺めます。乱雑に積まれたノートやポスター資料、クリーナーから剥がれ落ちたインクのゴミ欠片、ボードに書き込まれた企画候補。まあ、バッチいです。これでも二ヶ月に一回は掃除してるんですけれど──ああ、「企画」というのは、文化祭での出し物企画のことです。

 我が校の文芸部は、活動実績として、毎年十月に開催される、文化祭への協力が求められます。その「協力」は非常に大変な仕事で、文化棟一階の全教室を使い、怪異研究の資料展示、お化け屋敷の運営、妖怪ファンタジー系同人誌の販売、ホラー系喫茶の経営を行うことが通例化しているのです。どれか一つとかではなく、全部やるんです。所属生徒二十名弱の中堅部活がですよ? もちろん、年間を通して文化祭準備に追われ、オカルト系統以外の情報は、ほぼ扱えなくなっています。

 アホの極みです。しかし毎年、奇跡的に破綻せず持ち堪えています。もう三年やってますが、当日には有志の応援もあるとはいえ、ギリギリでもなぜやり切れてしまうのか、さっぱり理解出来ません。


「あれ?」


 小さく声を漏らします。

 ホワイトボードの左、丸型マグネットで貼り付けられた、二枚の紙。一枚は、グチャグチャとした線の集合としか形容出来ない落書き。もう一枚には、ひらがな、カタカナ、アルファベット、そしてギリシャ文字が、細かく重なり合うように書き込まれています。文芸部唯一のまとまった休止期間である春休みの前に、あのようなモノが貼り出されていた記憶はありません。

 イタズラでしょうか。


「すみません、デルタ。あそこの二枚の紙、取ってきてもらえませんか? ……デルタ?」


 後ろに控えているはずの彼女から、応答がありません。無視されたのかと不安になります。聞こえていなかったのかもしれません。

 振り向きざま、視界に入ったデルタの顔が、ほんの一瞬だけですけれども、ひどく強張っていたかのように見えました。

 背筋が凍り付きます。現実世界から二人だけ切り離されて、時間が巻き戻り、実験施設の無機質な部屋に再び囚われる感覚。


「えっと、なに、ベータ?」


 気づいた時には、元の腑抜けた表情に戻っておりました。少しだけ困惑してから、すぐに再起動します。きっと、見間違えだったのでしょう。デルタには似つかわしくない、あの険しい面差しは、悪いアングルと光の加減が起こした、偶然だったのです。


「あの紙、持ってきてくださいな。変なモノじゃないか確認したいので」

「わかった」

「うあ、それ……」「どうされました、巻筒さん」

「ううん。後で話す。みんな揃ってから話すよ」

「はあ」

「というか、その子だれだ?」


 机を並べ終えた巻筒さんに、デルタの紹介をします。小さい頃に仲良くさせていただいた友人で、本日我がクラスに転校してきて、晴天の霹靂としか表現しようがない再会を果たしたと。「良かったな」と言われました。あんまり興味なさそう。

 部活の開始時刻が近づき、部員がドッと集まります。大抵のメンバーはいつも通りの調子でした。しかし、高二の福本先輩(さん)と堀蔵先輩(さん)、加えて、私と同級生ですがクラスの違う櫛長さんだけ、暗鬱とした顔立ち・足取りでした。巻筒さんと同じく。お労しく感じます。

 隣に腰掛けた野々島さんが、はあと大きな溜息を()きました。こいつはこいつで悩みを抱えているようです。


「サッキー、勧誘ポスター用のフレーズ決まった? あたし全然思いつかなくて」

「『クク……貴様も脳内で文字をシャウトさせてみないか?』とかどうでしょう」

「なかなかロックで(・・・・)あり(・・)だねぇ。サッキーはロクでなし(・・・・・)だけど」

「しょうもない言葉遊びに(かこつ)けて私の人格を貶めるのやめてもらえません?」


「全員、揃ったな」


 巻筒副部長はそう言いました。

 眉を寄せます。抱いて当然の疑問が、心をくすぐったからです。他の幾人かの部員も同じようで、積極的な発言と可愛い容姿に定評のある私に視線が集まりました。

 代表して尋ねます。


「松柄部長が来てませんが」

「松柄は死んだ」

「……はい?」

「昨日、死体で発見された。いや、見つけたというべきか」


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