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ルナ・ベータ  作者: オッコー勝森
第七話 宵の月 螺旋を巻き

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「言ってみるものですねえ」


 デルタ含む、四十二人の新規入部が決まりました。元々の部員数と合わせて、文芸部はほぼ六十人の大所帯となります。前にも言いましたが、特別教室102は二十人以下での使用しか想定されていない手狭な部屋です。すし詰めにしたとしても、「部活動が出来る範囲で」という条件の下では、せいぜい三十人ちょっとが収容の限界でしょう。特に、車椅子のせいで当たり判定が大きい私にとっては死活問題です。多少轢いても許されるなら話は別ですが。石黒家が商店街の南口に並べている高そうな石細工の林に凸するより抵抗感は薄いかもしれません。

 冗談はさておき、部室の管理をされている指導教諭の先生に直談判してみたところ、向かいにある特別教室104の併用があっさり認可されました。活動拠点の分割は意思疎通の不活性化を招きかねない危険もありますが、人口過密のストレスがもたらす弊害には及びません。部屋ごとの顔ぶれが固まった結果、たとえ部内で派閥が出来たとしても、少なくとも私がいる間はなんとかなりますので。

 不安要素への心配を、増員の喜びが吹き飛ばします。

 らんららんららん♪ 対価ほぼなし、後輩(ガキ)労働(つかい)


「サッキー、『悪』が滲み出てるよ」「ベータは元々こんなもん」

「風評を害するのはやめてもらっても? 私こんなに可愛いんですけれど」

「あ、防人。巻筒さんから伝言。104の方見てほしいって」


 先にいらっしゃっていた高二の堀蔵先輩(さん)に指示されて、いつもとは反対側の部屋に入ります。野々島さんとデルタもこちらについてきました。女体化ニュートンを描いた横坂さんと、六人の一年生から視線を向けられます。石黒御影さんの姿もありました。


「奥行きがある分、104の方が広いですよね。五対七から二対三の割合で、より多く面倒を見るべきなのでしょうね。野々島さん、そうなるよう廊下に立って誘導していただけませんか?」

「りょー」


 備品を確認します。元々ある四つの長机と二十個の学習椅子。プラスして、指導教諭の先生に用意してもらった、間に合わせの古いパイプ椅子が二十個。標準形では、二つ一組・二行の長机が黒板と平行に並んでいます。そこから、黒板と直交するよう四列に一つずつ机を並べて、各々の机に椅子を十個ずつ配置するよう並べ替えるのが良さげです。説明しながらチョークで新しい陣形を簡易的に表すと、新入生の手ですぐに実行されました。おお、素直というか、意味もなく反抗してこないので大変扱いやすいです。

 開始時間までの暇つぶしに、購買パンのオススメ商品「ハニーマーガリンあんこトースト」の美味しさについて中一たちに教えます。すでに食べてみたという子も多く、私のレビューにうんうん頷いておりました。15時半が近づくにつれ、人がどんどん押し寄せてきます。圧を感じますし、緊張も覚えますが、それは彼らも同じでしょう。新入部員は言わずもがな、少数精鋭状態に慣れた既存の部員たちにとっても、まったく未知の環境なのですから。前に居座る私が呑まれてはいけません。ざわめく言葉の乱流は一見すると激しいですが、目を凝らして上から覗くと、底は浅く、足を突っ込めば堰き止められると分かります。


「よっしゃあ、始めていきますよ」


 緩く宣言してから、数ある部活の中から文芸部を選んでいただいたことへの感謝を連ねます。感謝だけは忘れてはいけません。必ずしも行動を伴うべきとは言いませんが、献身を賜った相手に畏まる心が希薄化し、恩を仇で返す行為が横行するようになると、新陳代謝のない金魚鉢の水のように、場が腐り果ててしまいます。

 関係の荒廃を避けるため、頭の中にある辞書の表紙に刻みつけておくべき概念は、感謝だけではありません。文芸部には特別なルールはないのですが、文芸を名乗る集団の一員として、守るべき最低限の原則は存在します。一つ、趣味を馬鹿にしない。二つ、秘密を馬鹿にしない。三つ、主義を馬鹿にしない。四つ、馬鹿を馬鹿にしない。たとえ友情が形骸化してしまったとしても、亀裂さえ入らなければ、再び我々の間を取り持ってくれるものが、カルチャーとアートだからです。ちなみに、この四箇条には続きがあります。以上を破り合えるは心のオタク仲間(とも)である。クサいですねえ。

 話しながら考えます。松柄さんが生きていらっしゃったら、どちらかの特別教室で、今の私と同じような挨拶をなさったでしょう。しかし、話し方や与える印象はだいぶ違ったと思います。例えば五箇条の原則について、私は信念として語るのに対し、彼女は宝物として語ります。守られているだけで尊いと。ああ、青くて甘っちょろい、良い部活になるはずだったのに。

 前置きが終わりました。いつもの年なら、アイスブレイキングと称して、皆で共有し合える名作のアレコレを議論するのですが、今年は人数が多すぎてさすがに難しい。代わりに何をするのか。すでに巻筒さんと決めてあります。


「さて。例年ならもうちょい情報公開を引き伸ばすのですが、バレているそうなので暴露します。我々文芸部は、毎年の文化祭で、この文化棟一階特別教室区画全体を使ってオカルトと関連する出し物を四つ行うことが恒例になっています。具体的には、怪異研究の資料展示、お化け屋敷の運営、妖怪ファンタジー系同人誌の販売、ホラー系喫茶の経営です。結果、部活単位では、年間を通じてオカルト関連の調べ物と準備で手一杯になってしまっております。故に実質オカ研なのです」


 いきなりぶっ込んでいきました。内心恐々としながら、オーディエンスの反応を伺います。正直言ってびっくりしました。石黒さんと彼女の取り巻きを除くほとんどの新入部員たちが、なんと、話題をスイッチさせた途端に目をギラつかせ始めたからです。

 世間一般の文芸部に対するイメージは、本でごちゃごちゃした部屋に陰の者が集まり、各人思い思いに小説・イラスト・漫画を仕上げ、作品をまとめて部誌を発行する、それ以外は趣味について駄弁る緩い連帯という感じで、決して、イカれた伝統に則って文化祭とオカルトに青春をベットする気狂い集団ではないでしょう。なので、「朧煙」校文芸部の正体を初めて聞かされた時、普通はギョッとします。当時の野々島さんなんか、唇を引き上げながら仰け反っていて、猫のフレーメン反応みたいでした。

 元々実態を知っていたとしても、いざ重労働が課せられると聞けば、よほどのワーカホリックでなければ多少はゲンナリすると思います。まあ人数が増えた分、一人一人の負担は減るでしょうが。暗い空気の蔓延をも覚悟していたにもかかわらず、蓋を開けてみればこの歓迎ムード。拍子抜けです。


「準備はなるべく早く始めた方が良いのは確か。小道具や衣装を借りる先については、すでに手配は済ませてあります。しかし、企画案──四つの出し物で具体的に何をするのかについては、新しく入ってくださった皆さんと一緒に考えることになります。四つの出し物について、コンセプトはバラけても構いませんが、根本的なテーマについては統一させることが慣例となっております。まずはそこから話し合っていきましょう! あまり焦る必要はありませんが……」

「はい。統一テーマは、月のオカルトにして欲しいです!」


 右手側、最も近い椅子に座る女の子が挙手をして、そう発言しました。すると、我が意を得たりとばかりに、周囲の中学一年生も一斉に頷き、熱い期待が篭った視線をこちらに向けてきたのです。

 この時ばかりは、覇権アニメの戦闘描写が如くヌルヌル動くことで定評がある私の表情筋も、ピシリと固まらざるを得ませんでした。何故かというと、私は、月が戯れに見せたバラ色の虚妄によって大変な迷惑を被った憐れな少女ベータだからです。金星を巡る月の王エンデュミオンと太陽王パエトンの戦いでは、真っ先に太陽側につき、敵の本拠地まで乗り込んで撃滅せしめる戦士になります。

 筋金入りの月嫌いを知っている人たち、野々島さんや横坂さんなど既存メンバーの様子が落ち着かなくなります。息を潜めてハラハラと、まるで怒りを爆発させる寸前の上司でも眺めているかのよう。奴らはともかく、私のパーソナリティを把握していない子供たちにいきなりキレて説教するのは、理不尽にも程があるでしょう。

 やんわりと反論します。


「し、しかし、定番中の定番ですからねえ。八年前にもやったとか」

「八年? 高三の人たちもまだ入学してないじゃないですか!」


 それはそう。弱い主張であることは理解しておりました。やいのやいのとガキどもが騒ぎ出します。有名インフルエンサーが次来るって言ってた、各漫画雑誌で月のオカルトをテーマにした大型新連載が一斉に決まった、デイヴィッド・アイクの「月=宇宙船」説を裏付ける証拠が発見された、アルテミスやセレーネをイメージしたコスプレがバズってる、人類はやがて月の奴隷となる、NASAが57年ぶりに月人と接触した、月と地球の間にエレベータを通し月面都市を作る計画が進行中、月光に浴し月の神に慈悲を請うことがブーム、ショート動画発信用SNSでみんなムーンウォークを踊ってるなどなど、うるさくて耳が腐りそうです。くそう、こうなるともう、疲れて黙るのを待つしかありません。腹立たしいですが。

 石黒さんの方をチラリと見ます。熱狂には加担せず、楚々と座って微笑みを浮かべていました。

 ハッと思い出します。そう言えば土曜日、石黒家に招かれた際、彼女から教えていただいたではありませんか。オカルト言説、特に月の与太話が、唐突にも市井で流行し始めたと。月の人気が癪に障りすぎて記憶を封印してました。

 うがぁあ。対策しとくべきだった。

 意見を求められていると勘違いのでしょう、石黒さんが口を開きます。


「良いではありませんか、月。勢いだけで行事計画の柱部分を決めることに危険はないと言うと嘘になりますが、所詮は中高生のお祭りですし。モチベーションの高い後輩の方が、先輩としても管理しやすいでしょう」


 一年生の稚拙な意見だからと無視されて、拗ねてしまった多数派の下っ端たち(・・・・・・・・・)を統率出来るとでも? 暗にそう問われていました。

 廊下で巻筒さんとやり取りを交わします。102でも同様に、一年生から月がゴリ押しされたそうです。先ほど私が言った通り、オカルト界隈で月は定番ネタです。手頃なのです。失敗する要素がない。しかもトレンドになっている。常識と照らし合わせて拒否する理由はなく、観念するほかありませんでした。


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