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ルナ・ベータ  作者: オッコー勝森
第七話 宵の月 螺旋を巻き

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前に書いた通り、「出来たものをその都度更新」スタイルに切り替えます。


「来週の土日ならどちらでも、事件のあった丘を案内出来ると、防人氏に伝えておいてくれ。にしてもまさか、本当にその場で自由に動く足を用意出来るとは」


 石黒家の現当主にして、御影の祖父であるオールバックの老人は、髭の生えた顎をさすりながら、面白がるように言った。ミネラルウォーターのボトルを取り、半分を一気に呷る。火照りを冷やし、落ち着きを取り戻すための彼の癖だが、石細工作りの現場以外で披露するのを見たのは、御影にとってはこれが初めてだった。腿の上に両手を置き、溌剌と背筋を伸ばす祖父は、父の書斎に飾られた昔の姿よりさらに若々しく見えた。

 祖父はいつも、工場か資料館にいる。屋敷にはほとんど帰ってこない。電話で言えば屋敷に戻ってくると父は言うが、御影は自分から会いに行く。家でぼんやりしている祖父より、仕事中の覇気ある祖父の方が好きだったからだ。


「防人様の超能力の元になっているのは震動だそうです。揺れを大小問わず自由に操って、望む現象を引き出すのだとか」

「発想は、複雑な周期を三角関数の線形和で表すフーリエ近似と同じなのだろうか。いや、私も、数学はあまりやれていないからただの当てずっぽうだが。そもそも、彼女が超能力を有するに至った経緯は?」

「何も。先天性か後天性かという質問にすら、ノーコメントと」

「まだ日も浅い。信頼されてないのも当然だ。あるいは、背景に恐ろしく大きな問題が潜んでいて、私たちを巻き込みたくないのかもしれない。そうだったら優しい。しかし、彼女が特別だと明らかになったのはいいが、石との関連は読めないな。ご帰宅の前、我が家の石細工をお見せしたのだろう? 特異な反応を示されたりしたか?」

「いいえ。まあ、壊さぬようにと慎重になっておられましたが、食い入るようにじっくりとご覧になってましたよ。ご自分で絵を描かれる方のようですから、芸術の表現や技法に関心がおありなのでしょうね。問題は、防人様の保護者で、しかも朧煙校の社会科教師の荒屋盈先生です。どの作品のことも、金の生る石程度にしか見てらっしゃいませんでした……」


 御影は悲しそうに言う。当主もしょんぼりと肩を落とした。石の導きと自らの魂との合作たる芸術が、単なる希少な商品として消費されることは、石黒家の職人にとって耐え難く感じられるらしかった。


「なんと……、貧すれば鈍するとはこのことか。ちゃんと先生に、石の魅力を骨の髄まで伝えてあげるように。御影」

「もちろんです、お祖父様」


◇◇◇


 誰の視線もない小道に入り、足に変形させていた車椅子を元に戻します。夏になれば室外機の大合唱が始まりそうなそこを抜けて、商店街のメインストリートに出ました。八日前、地面の津波によって破壊された広場では、修復の仕事を受けた建設業者さん方があくせくと働いておりますが、封鎖はすでに解かれたようです。いつもの日曜日よりは明らかに少数でありながらも、ちゃんと人が行き交っていました。

 車輪を押して、商店街北口近くのカラオケに向かいます。自動扉を潜り、ガンマに到着の連絡をしようとしたところ、成長した姿の彼が、待合のソファに座っていました。かなりの速度で走ってきたつもりだったので、先を越されていたのは驚きです。こちらに気づいた彼が、「やっ」と手を振りながら、ゆったりと歩いてきました。

 話しかけます。


「大きくなりましたね。175くらいあります?」

「ちょうどそのくらいだよ。ベータも、目線が低いからちょっと分かりにくいけど、女の子の中ではだいぶ高い方じゃない?」

「陸揚げされた大型の魚みたいに、寝っ転がった状態になって巻尺で測定されましたが、170弱あったそうです。あ、部屋の時間どうします?」

「長いかもだけど、三時間とかでいいんじゃない? 空いたら歌えるし」


 注文を済ませます。アプリの電子会員証を提示すると一割引になりました。お小遣いでやりくり可能な支払いだったのですが、ガンマに奢っていただきました。「梨」の字を見て「利」の生る「木」を連想する貧乏人なので (まだ根に持っています)、ありがたくご相伴に(あずか)ります。ヴァラエティ豊かなドリンクバーでは、ガンマはコーラとレモンスカッシュのミックスを、私はメロンソーダとピーチソーダのミックスにコーヒー用コンデンスミルクを掛けました。「ベータ、君は天才なのか」と慄かれたので、ドヤ顔で返します。

 迷うことなく、エレベータで三階へ。ルーム番号302の取手をガンマが回すと、光と配置の妙で小洒落た風を演出する、馴染み深い光景が目に飛び込んできました。初見時にはセンスの良さに脱帽したものですが、クラスメートや文芸部の友人たちとたくさん通ったせいで、すっかり見慣れたものになってしまいました。もちろん、松柄さんとも一緒に来たことがあります。

 あの人、歌は下手っぴでした。

 車椅子から備え付けのソファに、腕力だけで移動します。


「丈夫な車椅子だね」「能力で改造してますからね」

「それって多分、『月喪神(つくもがみ)』化してるんじゃないかな」

「付喪神? 百年の長さに亘って人に使われてきた物がなるという、あの?」


 少しでもオカルトに関わる者にとっては基礎中の基礎知識です。

 ガンマは答えました。


「もじってるんだ。『(つける)』を『月』にね。シータが名付け親。能力での同調を重ねた道具が行き着く最終到達点。持ち主である『月の使者』の意思を道具が汲み取るようになる。ほら、朔一郎様の杖がそうだったじゃない」

「ああ。クソジジイの。孫悟空が持つ如意棒みたいでしたね」


 クソジジイをクソジジイと呼んだ途端、ガンマの眉根が露骨に曇りました。けっ、良い子くんめ。まあ確かに? 子供を売り飛ばすような親から私たちを保護して育ててくれた恩人という見方も、出来ないわけではないことは認めましょう。そうであっても、彼が子供を使って非合法な実験を繰り返していた事実、何より盈さんに仕出かした罪業が消えるわけではありません。

 クソジジイはクソジジイなのです。

 あとですが、良質なオカルティックコンテンツの一つである付喪神に、地球にとっての金魚のフンに過ぎない月を絡めるなんて、不愉快な話です。シータのセンスには閉口しますね。非生物眷属(ものしもべ)とかで良くないですか?


「……世間的に見て、彼が誉められた人じゃなかったのは理解しているよ。ベータの呼び方を咎める資格は僕にはないと思う。でも、彼を否定してしまったら、僕らの関係は──いや、なんでもない」


 ガンマは口を噤みます。ちっともなんでもなくない感じでした。しかし、ガンマは他者への価値観の押し付けに慎重な性質(たち)で、自身の主張を封じる傾向があります。フォローをしておきましょうか。尤も、七年ぶりの再会ですから、彼の心情を正確に汲み取れる自信はありませんが。


「クソを外す気は欠片もないですよ。しかし、ジジイを否定する気もない。彼は私たち『ルナ・チルドレン(きょうだい)』の、クソ曽祖父(ジジイ)です」


 俯き、目頭を抑えるガンマ。感激しているようにも、懊悩しているようにも見えます。喩えるならば、深い霧の中、正解の道を探し回って疲れ果て、最後に己の勘を頼ろうとする旅人のようでした。

 訝しみます。彼は今、どこの何を目指して精神の旅路に出ているのか。私だって、きょうだいが独りで苦しむ姿に沈痛さを覚える心はあります。頑張れって直接応援してあげたい。そのためには位置座標の情報が必要です。にもかかわらず、訊ねたところで、話してくれる未来が見えません。


「ベータが朔一郎様を完全に拒絶していないと知れて、幾分か楽になったよ」


 (おもて)を上げたガンマは、薄く笑って、マイクを差し出してきました。


「歌わない?」


 二人で三曲ずつ熱唱します。平均点勝負では、僅差で私が勝ちました。アニソンガチ勢が多い文芸部では滅多に味わえない勝利。その余韻に浸ります。野々島さんがよくやる、「対戦ありがざっした〜笑」の煽りをやってみたくなりましたが、ガンマが歌って発散したがったストレスの再燃可能性を考え、我慢します。

 心中で喜びを噛み締める私の横から、問いが投げかけられました。


「教えて欲しいんだ。離れ離れになった後、ベータがどうやって外の(・・)世界で生きてきたのか」


ベータとガンマを含む「ルナ・チルドレン」は、ファミレス来訪時の粗相を保護者に叱られた経験がないため、ドリンクバーでの飲み物ブレンドを恥ずかしいと考える規範意識はまったくありません。

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