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ルナ・ベータ  作者: オッコー勝森
第六話 昼の月 己を探して

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 燃え盛る闘志によってあまり寝付けず、日曜日だというのに、朝の早い時間に目覚めてしまいました。昨日、この土地一番の家柄である石黒と手を組んだ。私は松柄さんの死の真相を探るため、彼らは朧煙の地下に眠る死神の正体を明かすため──その死神は、「月の使者」と関係するかもしれない。ギブアンドテイクに基づいた同盟関係、大好物です。すぐにでも動き始めたいところですが、石黒側にも準備がありますし、催促しすぎるのは今日(こんにち)のコンプラ的に問題なので、我慢します。

 盈さんを起こさぬよう、静かに車椅子へと移動し、諸々の支度をします。湧き立つ心を鎮めるために、高校一年生になって配られた新しい数学の問題集を広げ、先取り学習を行います。進捗は生み出せましたが、内側にドロドロ溜まる熱は一向に解消しません。窓の方を眺めました。起床直後は薄暗かった外が、随分と明るくなってきておりました。

 部屋の扉を開けます。風が吹けばチューバの低音を響かせそうな、青白く寂しい廊下を抜けて、寮の玄関の方へと車輪を漕ぎました。受付窓の向こうにいたのは、細かく小さな文字が躍る、灰色の新聞紙。それがバサリと閉じられた途端、ぬっと現れた寮母ババアが、サッシをカラカラ鳴らしました。


「えらく早起きだね。文化祭前でもないのに、珍しい」

「目が冴えてしまいましてね。ちょっと散策しようかと」

「ふーん。前期高齢者のババアっぽいね」

「はーん? 隔壁がなかったら、どつき回していたところです」


 出入り口のすぐ側には、寮母ババアが大切に手入れしている花壇があり、春真っ盛りの現在、たくさんのネモフィラに加えて、ゼラニウムやビオラなどが咲いています。除草剤撒いたろかなという漆黒の感情に囚われましたが、花に罪はありません。菩薩を彷彿とさせる広い懐で見逃しました。ネモフィラの花言葉は「あなたを許す」。花はきっと、私に感謝しているでしょう。

 グラウンドに到着しました。もちろん誰もいない。しかし、日曜日でも八時くらいになったら、真面目な運動部の連中がチラホラと現れ始めます。湯ノ原もその一人です。でした、と過去形にした方が正しいのですが。あいつ、今年に入ってから、駅前の大学キャンパスにある競技場を日曜にも使わせてもらえるようになったらしくて。この私がふとグラウンドに立ち寄っても、いつもの場所に居やがらないのですよ! それはまあ、広くて、設備が整っていて、しかも優秀なアドバイザーがいる大学の方が、彼の志を叶えるのに良い環境なのでしょうし、応援はしますけれど。なんかこう、ムカムカします。言葉にならない苛立ちが、脳の扁桃体辺りでたむろってます。

 湯ノ原のくせに。「ちぇっ」と舌打ちしてから、学校敷地内でなるべくグラウンドから離れた場所へと無意味に車椅子を進めたのち、七時半過ぎになって寮の部屋に戻りました。盈さんはまだ起きていません。食堂で朝食をいただくついでに、本当はルール違反ですが、ごねて彼女の分も包んでもらいます。

 デルタと交信を試みました。応答なし。奴も暁を覚えていないよう。しかし、今日という今日は問い詰めますよ。デルタの偽名、「魂風美澄」の考案主がシータだという件について。早く起床してくれないかしら。いっそ、黒板引っ掻き系ASMRを送りつけて、無理矢理覚醒させるのもありかもしれません。

 実行に移す直前のこと。


「もしもしベータ。ガンマだよ。今会えるかい?」

「──っ!?」


 突然の連絡に、危うく、用意していた不協和音で反射的に返信するところでした。イプシロンゼータイータの三馬鹿ならそれでも問題なかったのですが(過去の私からすると信じられないことなのですが、デルタがその枠に入りかけています)、誠実かつ柔和な少年だった彼を理不尽に酷い目に合わせるのは、さすがに気が引けます。馬鹿になってないことを祈るばかりです。

 尋ね返しました。


「近くにいるのですか?」

「朧煙にいるよ。ベータに会いに来たんだ。アルファ姉さんに言われてね。もちろんそれは、言われなかったら来なかったということではないよ」

「分かっていますよ。あなたの仲間(きょうだい)を思う強さは」

「ふふ。こうして声を聞くと、ベータは生きているんだなと、改めて実感する。嬉しい、本当に嬉しい。僕たちは同じ地球に生きている。だから、自己満足じゃなく、星にならないままお礼を届けられるんだ。ありがとう。急に無礼な呼び方されて怒りに満ちた月の化身(・・・・)から、僕たちを庇って助けてくれて。戦ってくれて……」


 伝わってくる思念は小刻みに震えていて、偽りなき感謝の念が込められていました。こうも純粋で温かい思いを受け取ると、めちゃくちゃ照れます。ガンマと私は、学年で分けられると同じになるのですが、私の方が誕生日は早いので、姉冥利に尽きるというものです。

 そして私も同じように、あなたが生きていてくれて嬉しい。陳腐な表現かもしれませんが、さながら、荒野と思っていた大地の隠れた場所に、可憐に咲く花の群生地を発見したような、とても晴れやかな気持ちです。


「ガンマの質問に答えます。もちろん会えますよ。デルタも呼びますか?」

「補習があるんだろう? 勉強の妨害しちゃ悪いよ」

「ちゃんとお勉強しますかねえ、今のあの子が」

「アルファ姉さんも同じ懸念を抱いていたよ。じゃあ呼ぶ?」

「まだ眠りこけてるので、強制目覚ましの術をば」

「可哀想だよ! やっぱりやめよう。僕までダメージ来るし。デルタの媒線島(ルータ)を介してベータの表層意識にアクセスしているから」


 真に迫った制止です。やられたことがあるんでしょうね、アルファ辺りに。さっき誤って喰らわせかけたと伝えたら、どんな反応をするんでしょうか。

 チャンネルを通じて流れてくる非言語的情動が、こちらを気遣うトーンに変化しました。「ルナ・チルドレン」同士の交信では、意識して制御にリソースを割かなければ、相手に感情がダダ漏れになります。慣れないうちは、最年少のイオタが抱えていた不安を発端に、集団ヒステリーが頻発しました。私を含めて、みんな幼い子供だったのです。


「車椅子、なんだよね? 僕がそちらに行けばいい?」

「学校敷地内ですから、事前申請のない部外者を入れるのは避けたいですね」


 ガンマの居場所を尋ねます。くろ煙荘。朧煙にある旅館の一つで、経営母体は石黒家。もちろん泊まったことはありませんが、松柄さんに案内してもらった先で幾度か見かけたことがあり、大体の住所も推察出来ます。


「商店街のカラオケが近いですね。そこでお願いしても?」

「分かった。どのくらい待てばいいかな」


 あれ。場所の説明をしようと思ったのに、了解のレスポンスが早い。精度の高い地図アプリでも開いて、見ながら会話しているのでしょうか。


「すぐに着きますよ」


 車椅子を足に換えれば、ひとっ飛びです。愉快な力ではありませんが、せいぜい便利に利用してやりますよ。ちなみに、補助なしで行こうとすると、途中までバスを使っても三十分はかかります。気の知れた間柄の相手となら楽しい道のりでも、一人では退屈です。


「足は、治せないのかい? 正常回帰の波動で」


 心底から不思議そうに、ガンマはそう問うてきました。月の紛い物(・・・・・)がヤケクソ気味に行った自爆に巻き込まれて、ぐちゃぐちゃのボロカスになってなお、こうしてまともに生きていられる秘訣。即死しない限りにおいて「発受信体(ラジオ)」が保証する高い自己再生能力で以って、健康な状態に復元出来ないのかと、ガンマは訝しんでいるのです。

 皮肉げに答えました。


「あいつの欠片が脊髄に残って、神経を遮断してるのですが。それが、『月の使者』的には、異常なしの判定になりやがりましてねえ」


一区切りついたら更新スタイル、やはり自分には合わなさそうなので、次回からは過去作でずっとやっていた書けたら更新スタイルに変えます。

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