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ルナ・ベータ  作者: オッコー勝森
第六話 昼の月 己を探して

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 第二回の文芸部見学会には、五十人以上の新入生が集まりました。一学年に所属する生徒の三分の一にもなります。「バズっちゃったか」と野々島さんが誇らしげにしておりました。あなたの手柄ではないと思います。特別教室102の収容人数目安は二十人なので、到底入りきりません。申し訳ないですが、はみ出た人たちは廊下で立ち見していただきました。「朧煙」校のオマケみたいな場所が文化祭でもないのにここまで賑わうのは通常あり得ないことです。大半は冷やかしでしょう。でも、石黒さんが入部すると保証した二十名弱に加えて、野次馬の一部でも取り込めたなら、文芸部のプレゼンスが高くなり、予算折衝や部長会議などの折々でデカい顔が出来るようになります。

 テーマはイラストで、司会とメインの話し手は私が務めました。マイクは使わず、地声で以って喋りかけます。お絵描きではまず、自分で自分を魅了しなければならないと。心の会場で自己の分身(オーディエンス)を沸き立たせるパフォーマンスに興じる、そこで恥ずかしがってはいけない。作業の成果物、あるいは作業そのものに満足感を得られて、人は初めて続けられるようになります。絵を描くプロセスから滋養の補給を受けて、それに没頭し、ある種のトランス状態に到達するのに最も手っ取り早い方法の一つは、快感の具現化に挑戦すること。とは言うものの、大概の人は、一体どういう状況で脳に電流が走るのかに無自覚で、快の形は分厚いガラスに阻まれてひどくぼんやりとしています。ガラスを透き通らせるには、何をすれば良いのでしょうか。人によって様々、なのは間違いありませんが、我々は同じ人間である以上、攻略に当たって共通の糸口があるはずなのです。自分探しの端緒として、これより相応しいものはないでしょう。すなわち、人が眩い輝きを感じる傾向にあるのは、自分に不足しているモノ。

 私を見てください! 見れば分かると思います。可愛いでしょう?


「しかし、自由に歩けないのです!」


 ここから、私が如何にして逞しい足に興味を持ち、それを描くことに喜びを見出すようになったについて、明るく陽気に、されどドラマチックに語りました。あらん限りの感情受信アンテナを立て、新入生たちの反応をつぶさに観察し、興味を持ってくれた子の目となるべく視線を合わせるようにします。当初は散漫だった注意を、段々と、防人都という一点に収束させていく。ちょうど四十分、予定通りに話を締め括った時、極限まで溜まった熱がワッと溢れ返るように、万雷の拍手が巻き起こりました。

 質問では、「快感の具現化なんかして、衆目に晒すには不適切な絵が出来たりしないのですか」と至極真っ当なことを尋ねられました。「検閲が入るので大丈夫です……っ」と悔しげに答えると、特別教室102は笑いに包まれました。

 以上が昨日のハイライト。半日と四時間ぐらい経過して、現在、土曜日の午前九時前になりました。すぐにでも、デルタの部屋に押しかけて、彼女の偽名「魂風美澄」はシータに付けてもらったと暴露した件について詳しく尋ねたかったのですが、生憎と約束があるので断念します。出かけるまでに少しでも話せないかと、デルタと共有意識を繋ごうとしたら、グースカピースカ寝てやがりました。リンクを伝って襲ってきた睡眠脳波を倍返しします。ククク、午後一時半くらいに起きて、寮のランチを食べ損ねたことに絶望するがいい。

 コンコンと、部屋の扉がノックされました。カジュアルスーツを着た若い女性を迎えます。石黒御影さんのお付きの人で、夏端(なつは)と名乗りました。彼女に連れられて、盈さんと一緒に、「朧煙」校の正門に向かいます。横長の角刈りみたいな車に乗せられて、車椅子用の固定ベルトが装着されました。福祉車両様式に改造した外国車のようです。

 左側の運転席に座ってから、淡々と申告する夏端さん。


「教習所卒業後初、四年越しの運転でして、悪しからず。事故りもまた人生」


 急発進、急停止。

 フロントガラスと学校のブロック塀がめちゃくちゃ近かったです。土曜日始まって早々のデス・チャレンジ、正面衝突寸前でした。前の二人を助けるべく、能力をスタンバイさせてましたよ。夏端さんはよくここまで無事に辿り着けたものです。

 盈さんと夏端さんがポジションをスイッチしました。賢明な判断だと思います。学校前の坂道を降りた後、夏端さんの口頭ナビゲーションに従って、盈さんはスイスイと車を進めて行きます。特に文化祭の前後など、荷物の運搬に彼女が駆り出されているのはよく見かけるので、車の操作はお手の物なのでしょう。とはいえ、普段とは席の左右が逆であるにも関わらず、軸のブレがほとんどないのはさすがです。危なげなく後ろに棚引く景色にはある種の催眠作用があって、三十分もあれば確実に寝られたと思います。

 しかし、土着の有力家系である石黒が居を構えるのは朧煙の中心市街で、学校からの道のりはさほど長くありません。商店街の西門からなら、湯ノ原に車椅子を押してもらえば、十五分くらいで着く場所です。……どうして例にあの男が出現したかは分かりませんが! とにかく、私が眠りこけるまでには目的地に到着しました。

 立派な日本屋敷です。定期的に塗り替えられているのでしょう、囲いの白い漆喰にはシミ一つありません。恥じる所はないとでも言いたげです。一方で、漆喰の下の部分は、石黒家が供給を事実上独占している、石英の稲妻が走る黒い大理石がふんだんに使われていて、日本では十分に整備されているはずの、公正取引に関する法律で規制されないのかという疑惑と不満が込み上げてきます。

 門を潜ると、人を玄関まで導く黒大理石の道の周りには、独特の世界観で型作られた庭が広がっていました。敷き詰められた黒い玉石を、白い玉石の枝が貫いている。黒大理石の隠喩に見えますが、それだけではなさそうです。私たちが進む通路から、区画の中央よりやや角沿いにある円台に向かって地面が盛り上がっていて、台の真ん中に白い玉石の溜まり場がある。黒を割る白い枝は、溜まり場から落ちていく支流なのです。ここまでの構造は、通路で隔てられた右も左も同じなのですが、白石の溜池についてのみ様相が異なっています。左側では、石の池に架かる橋の下に、銀色の円盤が置かれている。一方の右側では、橋が架かっていない代わりに苔むした石が鎮座し、その側に漆黒の円盤が据えられておりました。

 屋敷の中に入ります。夏端さんに車輪を拭われました。どうにも手つきが不器用で、金具に指を挟んだりしないかとハラハラします。ヒノキ製に見える縁甲板のフローリングは、しっとりとした滑り心地で快適でした。壁は、不思議と心が落ち着くザラザラ模様の和紙で覆われています。地震の多い日本で、かつ朧煙の冬の厳しさを踏まえれば当然ですが、さすがの石黒邸でも、居住域までは石造に出来なかったようです。

 襖が開かれます。私服姿の御影さんが、「座れば牡丹」を体現した綺麗な姿勢で、美味しそうな練り菓子と一緒に我々を待っていました。持ってきた盈さんセレクトのポテトチップスは、供されずに終わりそうです。軽い挨拶を交わしてから、まずは無難に、昨日の見学会を話題にします。


「お陰様で、大盛況でしたよ」

「それがですね。確かに、水曜日の子たちについては、ほとんどが私の呼びかけで集まってくれたのですが」


 彼女は怪訝そうな表情で、歯切れ悪く言いました。多分私も、似たような顔つきになっていると思います。


「昨日の集客は、石黒さん効果ではないのですか?」

「はい。石黒の名が効果的なのは、我々が土地を貸している商店街の関係者と、古くからこの地に住み続けている家系の人たち、あとは人間関係に特別機敏な方だけです。少なくないわけではありませんが、多いわけでもないのです。加えて私はまだ若輩者で、ここに入学して日にちも経ってませんから、あそこまでの数は動員出来ません。現に半分以上は覚えのない人たちでした」

「なら、何故あんなに人気が……、石黒さんなりの推測はあります?」

「はい。朧煙校の文芸部って、文化祭でオカルト関連の出し物にブラックレベルで注力しすぎるせいで、実質的に『オカルト研究会』みたいになっているじゃないですか」


 車椅子から落ちそうになりました。ベルトに抱き止められます。

 バレてたんかい。かくも恐ろしき情報化社会。


「そ、そういう見方もあるかもしれませんね。それが?」

「だから、なんです。都市圏では今週の初めくらいから、SNSや動画配信サイトを通じて、全国の少年少女の間に突然流行り始めたのですよ。オカルトが」


 なるほどと納得します。和菓子をパクリと食べました。上品な甘さが口一杯に広がります。水曜日に波が来ていなかったのは、ブームの浸透が遅れたからなのでしょう。この街は特段、流行の最先端という場所ではありませんし。

 ついでに、と御影さんが言葉を付け加えます。聞いた途端、私はあまりの面白くなさに、頬を引き攣らせざるを得ませんでした。


「特に、ツクヨミなど、月に関する神秘的なお話は巡りが良いそうです」


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