23
新入生歓迎週間初日の見学者数は二十五人にも上りました。元々十八人しか所属していない部活に、です。例年よりもはるかに多い。クラス教室よりも若干小さい特別教室102ですが、食べ盛りの男子が持つ弁当の冷や飯ぐらいにまでぎゅうぎゅう詰めになったのは、私の知る限りでは初めてのことでした。「あたしの可愛さ効果かな?」と、鼻の下を擦って調子に乗る野々島さんに、「石黒さんのお陰でしょう」と釘を刺しておきます。あと、もし誰かの可愛さが集客に役立ったとするならば、私以外の貢献者はちょっと考えにくいです。
二十五人全員、文芸部の無賃労働力になってくれんかな、ぐへへ……、という薄汚い願望はおくびにも出さず、文化祭で出す同人誌用の小説について、その進捗報告という、如何にも「らしい」活動をお見せしました。部活では一番の文豪、高二の絢土先輩が発表中に語った、常識に被さる思い込みの薄皮をたった数行の文章で剥がそうとする試みの楽しさには、多くの見学者が興味を引かれたようでした。報告後には、部員二人と見学者二、三人のグループに分かれて、先輩側から推し作品をプッシュして空気を温めてから、サブカルの魅力について多様な議論を交わします。見学者たちの性癖がどれほど歪であっても、ニコニコと肯定してあげるのです。
ワレワレワ、フツウノブンゲイブ。あなたたちの新しい居場所にピッタリ。
「というわけで、今年は人数が増えそうです。やりましたよ盈さん」
「うーん。年を経るごとに悪辣さがグレードアップしていく」
午後六時ごろに寮へと戻ると、業務を終えた盈さんが先に帰ってきておりました。下っ端の駒が増えそうですと、嬉々として彼女に伝えたところ、露骨に眉を顰められました。不満を覚えます。私たちはただ、内情を知ったご新規様に裏切られぬよう布石を打っているだけですのに。退部を選ぶメリットは、すなわち地獄の文化祭運営を回避出来ること。一方のデメリットは、周りと違う浮いた自分に手を差し伸べてくれた大切な仲間を失うことです。前者が後者を下回るなら、騙された恨みはあっても辞めようとしなくなるはず。
弱点の慰撫は、報酬、正義、カリスマ性に並ぶ強い労働力調達手段です。唯一の取り柄である優しさを駆使した人心掌握は、ラブコメ主人公がよくやってますでしょう? 優しさは手札の一つなのですよ、元来の性質とかではなく。
食堂で振る舞われた夕食は、カツカレーでした。ご存知の通り高カロリー食品の代表選手です。私は気にしませんが、多くの寮生たちは往生際悪くも衣を剥がそうと試みておられました。摂取カロリーを抑える行動は、太ってはいけないという思い込みから生じますが、この思い込みが薄皮一枚で守護する常識とはなんぞや。健康であるべきだという規範的な理念か、あるいは馬鹿にされたくないという本能的な忌避反応なのか。質問したところ、同席していた盈さん、野々島さん、呉林さん、上西さんから、剥がした衣の捨て皿扱いされました。私は食い意地が張っている方ですが、肉なきカツに魅力を感じるほど悪食ではありません。典型的な嫌がらせです。外見は痩せていても、精神は贅肉ばかりな模様。絢土さんに生皮を剥がされればいいのに。食べ物を残してはいけませんから、優しさで以って処理します。油分過多。
ひとっ風呂浴びて部屋に戻ると、盈さんが話しかけてきました。
「太陽光発電システムの不具合に関する件ですが」
耳を傾けます。寮母ババアから二人まとめて喰らったペナルティ、ソーラーパネル故障の原因調査ですが、ほぼ盈さんに丸投げ状態になっています。下半身が不自由で、エレベーターが通じていない屋上に登るのは難しいこと、そもそも専門知識がまったくないことを踏まえると仕方がないというだけであって、別に私は、怠惰な無関心を拗らせているわけではありません。寮に住まう者として、そのエネルギー問題を視界から外すような責任感のない人間にはなりたくないものです。
盈さんは、自分の机の回転椅子に座りました。点灯したデスクライトが照らし出す彼女の顔は、どこか物憂げに見えます。一緒に暮らし始めて七年、相方の心の機微が、表情から読み取れるようになってきました。多分ですが、こう。都さんに話すのは気が引ける、しかし、寮母さんにはもっと話せない。
数秒ほど逡巡してから、盈さんはようやく本題に入ります。
「やはりパワーコンディショナーが逝ってました。原因は十中八九、高負荷の誘導電圧です。そう判断した証拠は、聞かないでいただけると助かります」
「? はい。どうせ聞いても分からないでしょうし」
誘導電圧。二日前、盈さんがパワコンの故障を推測に挙げた段階で、ネット検索を行ったら見かけた言葉です。ええっと、記憶は曖昧なのですが、磁場の変動で起きるんでしたっけ?
「決して私は、都さんを疑っているわけではないから。そこは理解して欲しい。一つお尋ねしたいのですが」
「身構えてしまいそうな前置きですね。続けてください」
「都さん。ここ数日、屋上付近で『能力』は使ってないですよね?」
左の肘を机に、右の肘を腿に置き、猫背気味の姿勢になって、彼女は頭を前に傾けました。私の回答を一言一句と聞き逃したくないのでしょう。回転椅子が痛そうに軋みます。茶化せる雰囲気ではありませんが。
「使ってませんよ。屋上どころか、別のどこかであっても……あっ」
「『あっ』? 『あっ』とはなんですか」
「寮の屋上で使ったわけではありません。商店街広場での騒ぎについては?」
「もちろん知ってます。地域ニュースで取り上げられてましたし」
「実はその、湯ノ原と一緒に巻き込まれましてね。謎の破壊現象から逃れるべく、能力に頼りました。言い忘れていてごめんなさい。盈さんにだけはお伝えしておくべきだったのに」
「怒りはしません。逐一の報告義務は課してませんし。物質干渉を行使しなければ、湯ノ原くんを守れなかったのでしょう? 良かったですよ、生徒が助かって。そしてその一件は、ソーラー発電の障害と直接の関係はありませんね。商店街広場とここでは、距離が開きすぎている」
頷きます。もし私の救助活動が原因だったなら、女子寮の発電機器だけでなく、朧煙一帯の様々な電子機械がダメになっていたはずです。そもそも、慣れ親しんだ車椅子から干渉域を外すようなヘマを、この私がするとでも? 「発受信体」の力をロスなく扱うことにかけては「ルナ・チルドレン」の誰よりも上手でした。商店街広場から寮屋上のパワコンへのピンポイント狙撃も多分可能です。しませんが。
なおも鬱屈とした様子で盈さんは言葉を続けます。発せられる声のトーンが一段と沈みました。
「今、この街には、『月の使者』がもう一人います」
「その呼び名は気に入りませんが、仰る通りです。……まさか、デルタを疑っておられるのですか?」
びっくりして尋ねます。風呂上がりの弛緩した思考が定まって、ようやく気がつきました。盈さんは、能力の発動が磁場含む環境に及ぼす影響を、故障の根本的要因だと見做している。落雷や電線事故が起きていない中で、機器が壊れるほどの電圧が生じたとなれば、「ルナ・チルドレン」に不信の目を向けることは極めて真っ当です。事情を知っていたらの話ですけども。
「教師が生徒を疑ったなら、同僚に相談するのも一つの手でしょうが、それが出来ないのであれば、まずは本人に問い合わせるべきです。にもかかわらず、教師は別の生徒に、最初に縋ってしまっている……」
「調査は二人で請け負った案件ですよ。寮の住民として。なので盈さんは、生徒との誠意ある対峙を避けたのではなく、仕事仲間と情報をシェアしたのです」
「そう言っていただけると助かります。……都さん。あなたは、異能に溺れる愚かな子供ではありません。人に迷惑がかかるような使い方はしないと、自信を持って保証します」
「太鼓判を押していただき恐縮です。デルタは違うと?」
返事はありませんでした。それが答えのようなものです。
デルタと共有意識を繋ぎます。すぐに反応がありました。配布されたばかりの最新型タブレット端末でお絵描きの練習をしているところだそう。私の端末はだいぶ古くなってきてるので、素直に羨ましい。都合良く、二人部屋の相方は不在。「ルナ・チルドレン」同士のテレパシーも、昨今であればハンズフリー電話との主張で簡単に誤魔化せるでしょうが、嘘を吐かないに越したことはありません。
会話が盛り上がってきたところで、日曜日の朝から夕方までに寮の屋上で粗相を働いたか聞きました。すんなり肯定されます。この地でどれほどの出力が可能なのかを実験していたと、悪びれもなく言いました。モヤッとして、豚肉から剥ぎ取られたカツの衣と同じくらい心が湿気ります。月曜日の朝、屋上の太陽電池が壊れた、だから原因を調べていると伝えましたよね? そこで教えてくれてたら、盈さんの苦労が減ったかもしれないのに。しかしまあ、「言うべき時に言ってなかった」はコミュニケーションあるあるですし、あまり詰めるのもよろしくないでしょう。
釘を刺すにとどめます。なるべく嫌味ったらしく。
「『月の使者』の力を研ぎ澄ませても、普通の人は受け入れてくれないのですよ」
「レイジも?」
おでこを机にぶつけそうになりました。耐えます。どうしてあいつの下の名前が急に飛び出してくるんですかねえ。夜道で野生動物と遭遇したドライバーの気持ちを理解します。
「あぁー、えーっと、うん、湯ノ原なら受け入れてくれますよ。私限定で!」
「ベータだけ? なぜ」「通信、切ります」
姿勢を正し、五回の深呼吸を行ってから、授業計画を練る盈さんにアイコンタクトを寄越します。さて、寮母ババア向けの報告はどうしようかしら。




