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ルナ・ベータ  作者: オッコー勝森
第四話 月夜に滲む 闇

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「朧煙」高校75周年の下敷きに、教室の蛍光灯と、顔の輪郭が写ります。尤も、像というより影と表現した方が良さそうなそれに、私のキュートな目鼻立ちはほとんど反映されておりませんでした。鏡どころか、盈さんが持ってきたソーラーパネルの一部にすら、明細の度合いで圧倒的に劣っています。寮母ババアが壊れたと言うものだから、てっきりバキバキに砕け散っているものかと思いきや、ワンチャン転売出来そうなぐらいにはピカピカでした。パネル自体は無傷のようで、問題があるのは、太陽光によって生み出された電気エネルギーを電化製品向けに変換するパワーコンディショナの方ではないかと、真面目さゆえに機械の分解と簡単な配線確認までした盈さんは推測しています。太陽光発電メンテナンス技士の資格でも持ってらっしゃるのでしょうか。

 野々島さんが登校してきました。軽く手を振り合います。


「おはよサッキー。今日早いね」

「寮母ババアの頼まれごとで。早起きせざるを得ませんでした」

「うっわ。で、なんで下敷きの航空写真見てるの? 町の支配でも企み中?」

「もう。私がそんな、魔王みたいな奴に見えますか?」

「見える」

「はっきりと、澄んだ瞳で」


 私、車椅子の可憐な美少女ですよね? 自信をなくします。溜息を吐きながら、首を窓の方に向けました。四月も下旬に入り、校庭の桜はすっかり緑色になって、来年の春を志向し始めています。一瞬、文化祭を駆け抜けたばかりの文芸部みたいだと形容しかけました。残念ながら、祭り明けの私たちは、もっと死屍累々としています。風情もへったくれもない。花でパーッと盛り上げた直後、平常運転状態へと即時に移行出来る桜には感心しきりです。

 ここからだと、ハルニレの木は見えません。

 集中力を、寮母ババアの依頼に戻します。パネルの破損が故障の原因ならば話は早かったのですが。春の強風、野球ボールなどの飛来物、寮生の悪戯と、常識的かつ対処可能な範囲の解答が得られますからね。ただ、パワコンの損傷となると、素人の出る幕ではありません。専門家の調査が必要です。一応ネットで検索してみたら、経年劣化ではない故障の要因に、雷や電磁パルスが発生させた強烈な磁場変化に伴う誘導電圧なるものが紹介されていました。チンプンカンプンです。まあ、電気機械が磁場の乱れに弱そうのは、なんとなくイメージがつくのですがねえ。月の紛い物の出現とともに、磁場などの観測指数が狂った直後、能力制御用の機器群が一斉にオシャカになっていった記憶が蘇ります。気色悪さに身を捩らせました。

 肩を叩かれます。


「おはようベータ。今日もかわいいね」

「おはようございますデルタ。いきなり褒められると照れますね。背中が痒くなってしまいます。どうして机をくっつけるのですか?」

「私たち、運命共同体。勉強のお世話よろしく」


 さも当然かのように寄生されてる。宿主に利益がなさすぎます。彼女の転校初日に甘く接したのが裏目に出ているよう。編入試験を突破した程度の実力があると勘違いした私が馬鹿だったのです。いいえ、人の強かさを舐めていたと言うべきなのでしょう。個々の事情を上手く活用して、本来突破しなければいけない試練をやり過ごす者はそれなりにいるのです。私だってやり過ごしたい。特に歴史系科目のテストです。中三から事実上の世界史 (教科名は歴史Bでした)があるのはおかしいので、全部なかったことにしていただけないでしょうか。

 現実逃避をしても仕方がありません。歴史が得意でなくとも、過去の不変性は心得ているつもりです。歴史科目の成績が悪かったことも、私たちが「ルナ・チルドレン(運命共同体)」だったことも変えられない。もちろん、我らが女子寮で、エコな太陽光発電が覚束なくなった事実も。デルタも寮生、私が新入生勧誘ポスターの準備に勤しんでいた間の様相を把握しているかもしれない。

 一縷の望みを懸けて尋ねます。


「昨日の昼間、寮で何か騒ぎとかありませんでした? あるいは、近くで落雷があったりしませんでしたか?」

「? 基本的に静かだった。一日中晴れてた。どうしたの?」

「屋上の太陽電池が壊れたんですよ。私と盈さんで原因を調べてて」

「ふうん。そんなのあったんだ」


 興味なさげに言いながら、エキゾティックな幾何学模様の刺繍が施されたショルダーバックから、彼女は革製の小物入れを取り出します。職人のこだわりが感じられるとても良い品に思えるのですが、デルタの扱い方は粗雑で、芯が出しっぱなしのシャーペンと、お菓子のゴミが入っていました。頬を小物入れの上に乗せて机に突っ伏し、アホみたいな表情で虚空を眺める少女。スマホで激写すると、なかなか味のある絵が撮れました。タイトルは「盗んだ品の価値が分からない盗っ人」。

 斜め前の椅子が埋まりました。席の主、奈良見さんの持つスマホは、使い古されたシンプルなケースに包まれています。奈良見さんとは去年も同じクラスでした。だから、彼女のスマホが春休みの前に纏っていたのは、「彼氏から買ってもらった」のだという、人気歌手の曲をモチーフとしたらしいオシャレなケースだったと知っています。たとえ外見がボロボロだったとしても、中身が壊れているよりは何倍もいい。

 昼休みの後半、寮自慢のお弁当を食べた私は、野々島さんと一緒に印刷室へと赴きました。高校棟の三階、つまり私たちの教室と同じ階の職員室に隣接した、生徒たちに千の苦しみとほんの一欠片の砂金を与える授業用プリント及びテスト用紙の生産工場です。破壊衝動に襲われかけて、寸出のところで耐えました。事前の取り決め通り、A2サイズの勧誘ポスターを三枚刷り、中一の廊下に貼りに行きます。三十メートルほどの渡り廊下を通ればすぐ。階段の昇り降りをする必要はありません。


「一番乗りみたい。緊張するけど、サッキーの絵が検閲済みで良かった」

「良くないですよ。これは、唾棄すべき思想弾圧そのものです」

「多分さ。信教の自由って、宗教活動の不自由なんだよね」


 無体な理屈です。外に出てきてしまうのは、囲いの内側だけでは収めきれないからなのに。白色の固定テープが、ポスターを木の壁に磔にしました。点在する画鋲の跡が魂をチクチク傷つける。絵の空白部分には、一人の女のやるせなさが込められています。

 本を舞台にバンドが演奏しているだけの、空疎な作品。


「アルベルト・ジャコメッティの『指差す男』はご存知ですか?」


 こちらを遠巻きに見つめる新入生たちの中、唯一近づいてきた少女が、唐突に問いを投げかけてきました。左の車輪を傾けて、彼女の方に体を向けます。艶のあるストレートの黒髪。磨かれた水晶玉を彷彿とさせる、無垢にもかかわらず底知れない印象を抱かせる子でした。身長は野々島さんと一緒ぐらいですが、つい先日まで小学生だったことを裏付けるように、顔つきは明らかに幼い。しかし、新品の制服はジャストサイズで、それが気になります。普通、ある程度の成長を見越して大きめの物を買うと思うのですが、キツくなったら買い直せるお金持ち宅のご令嬢なのでしょうか。

 腕を組んだ野々島さんが、偉そうに息巻きました。


「おい後輩。第一声にしちゃ不出来だぞ。自己紹介くらいはしなよ。余人を相手にするならともかく、このお方を誰と心得る。防人都、朧煙の魔王となる女だ」

「野々島、持ってるテープを貸しなさい。あなたの口を塞ぎます」

「失礼しました、将来の魔王様。私の名前は石黒御影。以後お見知りおきを」


 両手を合わせて、背筋を伸ばし、彼女はゆったり腰を折り曲げました。

 多少なりとも朧煙の事情に通じているなら、「石黒」の家名に反応しない者はおりません。目を見開いて、彼女の美しいつむじをまじまじと眺めます。商店街南門を固める工芸品店群のオーナー。町を開拓した人々の子孫。町長の座と町議会席の過半を手中に収める大物一家です。

 呆けている場合ではありません。慌てて車輪を手繰り、野々島さんの前に出て、頭を深く下げました。90度の半分は下げた、石黒さん以上に。


「こちらの挨拶が遅れてしまったにもかかわらずご丁寧な対応、恐れ入ります。石黒御影さん、この度はご入学おめでとうございます。私の名前は防人都。この学校の高校一年生で、文芸部に所属しております。明日から仮入部期間が始まるということで、新入生勧誘用のポスターを貼らせていただいていました」

「畏まりすぎです、防人様。『石黒』など、朧煙の地を離れてしまえばたちまち神通力を失ってしまう卑小な名です。しかも、防人様は先輩で、私は後輩なのですよ。野々島様が仰られた通りに」

「え、あたしの名前。あたしを知ってるのっ?」

「はい。当然です。何せ、入ろうとしている部活の先輩なのですから」


 石黒さんはニコリと笑いました。瞳の奥は少しも笑っていません。恐ろしいですが、さすがにまだまだ発展途上の中学一年生、値札のない彫像ほどの隠蔽力はなさそうです。野々島さんには興味がない。用があるのは私。


「その絵は防人様が?」

「はい。非才の身ではありますが」

「とんでもない、とてもお上手ですよ。ですが、『画竜点睛を欠く』というか。先ほど述べた『指差す男』は、美術の教科書に取り上げられるぐらい有名な彫刻で、とても細い人の像です。極限まで削ってもなお残る、人の造形の核心部分を象った作品。防人様の絵は、その逆。ジャコメッティが残した部分だけ失われてしまったかのような、可哀想な歪さがあります」


 遺骨なき墓標へと、心底から嘆くような声音。感心してしまいました。なんだコイツ、分かってるじゃないか。石黒家は元々職人一家です。流れる血に熱い芸術魂が残っているのでしょう。さては、つまらぬ大人の手で汚された作品に同情し、お悔やみ申し上げるために近づいてきたのだなと、誤った(・・・)解答に辿り着いた矢先でした。


「それで、防人様。一つお尋ねしたいのですが」


 内緒話でもするかのように寄ってきた口元へ、私は耳を傾けました。

 囁き。


「土曜日、広場で起きた爆発から、どうやってお逃げになられたのですか?」


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