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ルナ・ベータ  作者: オッコー勝森
第三話 月占う 不覚の先

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 波打つ地面に飲み込まれかけるも、私の冴えた機転(「車椅子を足の稼働補助用()械に()じること」の略)によって、危機的状況を脱しました。飛び移った先の屋上からは、轟音に驚きつつ、好奇心から広場に近寄る人々の姿が見受けられます。警察が現れるのも時間の問題でしょう。まったく、どうして急に、地面が捲れ上がったりしたのかしら。もし私たちがあの場所にいたことを知られたら、間違いなく捜査に付き合わされます。面倒この上ありません。盈さんにも迷惑がかかるし、文化祭準備の足をも引っ張られる。

 逃げちまいましょう。

 失神したままの湯ノ原を、より安定するように持ち方を変えると、いわゆるお姫様抱っこの体勢になります。彼の魅惑的な両膝に右手をやんわりと挟まれ、緊張で汗ばんできました。心臓はバクバクで、鼻の奥から鉄の香りがします。「むふっ」と息が漏れました。なんて役得。しかしこれは、セクハラではないのです。

 七年ぶりに共有意識を発動させました。


「気絶した湯ノ原を家に送り届けます。デルタ、一人で帰れますね?」

「ん。問題ない」


 デルタと交信します。「ルナ・チルドレン」同士のリモートコミュニケーション術。久々に活用しましたが、昔取った杵柄と言いましょうか、扱いに苦はありませんでした。先抜けの了解を取った私は、ロボティクスの祝福を受けた足に力を込めて、屋根伝いに走り始めました。地上の人には目にも止まらぬだろう速さで、空の風を追い越していく。

 気持ちいい! やっぱり私は、走るのが好きです。

 湯ノ原宅にはあっという間に到着しました。我らが「朧煙」校は、創立周年が五の倍数になるごとに、校舎周辺の空中写真付き下敷きを生徒に配るのですが、彼が友人と自宅の指差し合いっこに興じているのを傍目に観察して、偶然にも住所を知ったのです。案の定、彼の部屋の窓はロックされておりませんでした。カラカラ開けて部屋に入り、湯ノ原をベッドに寝かせます。

 靴を脱がせて。これはセクハラではありません。これはセクハラではありません。

 事情を書き置きしてから帰ろうと、勉強机に向かったところ、椅子の足元に恐ろしいモノを発見しました。脱ぎっぱなしの短パンです。慌てて目を逸らしてから、左手にメモ帳を、右手に鉛筆を持って文字を書こうとしました。書けませんでした。右手に握っていたのは、鉛筆ではなく短パンだったからです。「きゃあ!」と驚愕し、短パンを放り投げる自分の姿を幻視しました。実際の私は、布地に顔を埋め、鼻を最大限に使って深く呼吸しておりました。


「あ、ぅああ、あぁ」

「防人さん?」

「ヴァっ!?」


 名前を呼ばれ、今度こそ、短パンから手を離すことに成功しました。湯ノ原の気絶は、あと数時間は目を覚まさないと推測するぐらいには深かったのですが、私の読み違えでしょうか。そう考えてから、外を見て愕然とします。太陽めっちゃ西。慌てて腕時計を確認すると、湯ノ原の部屋にお邪魔してから、三時間分も針が進んでいました。初めてのタイムスリップでした。能力制御を切らしたせいで、足の補助具は車椅子に戻り、半身不随の少女を支えています。


「俺が起きるのを待っててくれたのか?」

「そそ、そうです! 友達ですからね」

「優しいんだな。重ね重ねありがとう。あ、防人さんの超能力は、みんなには絶対に秘密にするから! 特殊な生い立ちがあるんだろうなとは前から思ってた。鉄棒曲げてたし」


 私の痴態は目撃されなかったようです。ホッと安心。もし見られていたら、口封じのため、死ぬまで監禁するところでした。


「はい、ぜひ内密に。大丈夫とは思ってましたが、目が覚めて良かったです。では、私は帰りますので。なるべく安静に過ごすよう。また明後日」

「うん、さよな……いや、ここ二階。さっきのアレを使ったら自由に動けるんだろうけど、多分、日常では封印してるんだろ? 階段降りるの手伝うよ」


 玄関まで着いてきてくださいました。扉の前には、私が膝で運んできた湯ノ原のスニーカー以外、靴はありません。ご両親の帰りが遅いと、ちょっぴり寂しそうに愚痴ってましたっけ。よしよしと、彼の頭を撫でたくなってしまいました。


「一つだけいいか?」


 背後からのリクエストに、私は頷きを返します。


「防人さんはどうやって立ち直ったんだ? 親しい先輩がいなくなって、一晩で」


 内容だけなら意地悪な質問でした。薄情に思われたのでしょうか。号泣してから幾許(いくばく)も経たないうちに、ケロリと平常運転に戻ってしまったから。しかし、彼の言葉に滲んだのは、偏に純粋な疑問のみ。「どうして防人さんの心はそんなに強いのか」という副音声すら聞こえます。

 首を小さく横に振りながら、正直に答えます。


「他ならぬ松柄さんからフォローがあったからですよ。ポケットの中の手紙で、彼女は私に祭りを託された。警察の人が教えてくれました」

「えっ?」


 困惑に満ちた声でした。


「それはまるで、自分はこれから死ぬのだと、松柄さんが知ってたみたいじゃないか」


◇◇◇


 受信シミュレーションを終え、アルファの意識が表層に回帰する。計算世界では点だった自身の存在に、現実世界での体積を持った輪郭が伴い始めて、自我がゆっくりと再形成される。「月側の入力が脆弱すぎる」と溜息を吐き、ベッドから起き上がる姿は、非常に怠そうだった。目星をつけた構造空間内を根こそぎ掻っ攫っても、情報確度の改善余地はほとんどない。もはや、既にある分で可能な進展は歩み尽くしたと言える。宇宙科学研究所が政府と共同で進めている月面無人着陸プロジェクトをジャックし、計測機器の設置を急がせなければ、受信システムに必要な効率化は叶わない。

 ベッドから起き上がる。能力で部屋の温度を上げた。時計を見やると、夕食にはちょうどいい時間を指している。引き出しの中を覗く。空だった。しかしそれは、物資が尽きたことを意味しない。六角形型の部屋で、ベッドとは反対側の辺に足を伸ばし、床の戸を開ける。出現した階段を降りて、アルファは、物置にしている下のフロアに向かった。食糧の残りはまだまだ多いが、ラインナップは非常に少ない。資材調達はイプシロン、ゼータ、イータの三人へ別々に頼んだのだが、姉思いの弟たちは面倒くさがった。示し合わせてパック飯、サバ缶、長期保存用野菜ジュースをそれぞれ一括で購入し、アルファの元に持ち寄った。言うまでもなく、彼らの頭には愛ある拳骨が振り下ろされることになった。

 上階に戻る。パックご飯をちゃぶ台に乗せて、温めた。「ルナ・チルドレン」にレンジは要らない。マイクロ波の媒介なく、水分子を直接揺らせるからだ。サバの水煮とご飯を一緒に食べる。いつも通りの素朴な味わいだった。野菜ジュースを吸い込むと、酸味と渋味で喉がイガイガする。塔の浄水機構で清めた雨水を飲んだ。ガンマの北京土産が待ち遠しい。衝立によって隔離された洗面台で歯を磨き、ユニットバスで体を洗う。イオタから教えてもらったヒットソングの旋律を、鼻歌で再現しながら。

 水気を拭いた。ウランバートルで購入した遊牧民の伝統衣装「デール」に着替え、ウールカーペットの上で読書する。月への旅行が可能になった近未来を舞台とする小説。推進系の故障によって、月の裏側(ダークサイド・ムーン)に宇宙船が不時着するところから物語はスタートする。開拓がほとんど進められていない月の裏側には補給の拠点がなく、乗員乗客の間で船内物資の奪い合いが起こりかけるものの、主人公に該当するとある大家族の次女が地下文明の跡地を発見、所有者亡き後も稼働を続けていた自動農耕システムの作物によって事なきを得る。主人公の父が中心となって帰還計画を練り、いざ実行の段階になった時、唐突に、主人公が計画の中止を主張し始める。なぜ帰還に反発するのか? 夢で、月の女神アルテミスのお告げを受けた。この地の作物を摂取した我々は、月の裏側以外で生きられなくなってしまったのだと。出鱈目を言っていると主人公は非難され、特に他の兄弟姉妹たちから、彼女は敵対されるようになり──。

 共有意識の接続が、ガンマから求められた。デルタから報告があるそうだ。もう動いたのかとアルファは感心する。拒否する理由はない。入室した途端、イータは招待していないとガンマから伝えられる。昨日の朝も、ベータの生存を発表する際、デルタは彼を回線から除外するよう要請した。賢明な判断だとアルファも思う。イータはベータに、執着と言えるほど強い恋慕の情を抱いていた。故に、そのほぼ確定的な死を最も悲嘆し、後追い自殺を試みるまで精神を追い詰められた。しかし、制御不能な月の化身(・・・・)から他の「ルナ・チルドレン」を逃がすための囮になり、脅威の排除と引き換えにはるか上空へと吹き飛ばされたベータを神格化することで、彼はようやく心の安寧を取り戻したのだ。彼女の生存を聞いた時、彼はどう反応するのか。具体的な予測は困難だが、分類すれば「暴走」になる行動を取るのは間違いないだろう。

 イオタの自主的な参加を感知する。モンゴルの現在時刻は午後八時半で、つまり日本は午後九時半だ。早寝遅起きの傾向がある彼女でも、まだ起きていられる時間帯だった。開口一番、イオタが尋ねる。


「デルタ姉、ベータ姉さまが生きてるってホント?」

「ん。でも、自前の足は動かなくなってて、車椅子生活を余儀なくされてた」

「ベータ姉さま、おいたわしい……」

「私も最初はかわいそうだと思った。でも逞しく生きてた。二の腕カチカチ。ベータは強い。で、アルファに言われた通り試した。今のベータの能力」


 無意識的に、アルファは唇を引き絞った。頭の内側をわずかに侵食していた夜の眠気が消え去る。

 知らなければ、対策は立てられない。「対策?」と、意識の一部を間借りさせている彼女の曽祖父、荒屋朔一郎が疑問符を付けた。彼女はそれを無視した。


「ベータ、車椅子と完全に同調してた。足の補助具に再構築して、入力経路を脊髄につなぎ合わせて、飛んだり跳ねたり自由自在。彼女にとって、歩けないなんて大した問題にならない。能力、錆び付かせるどころか成長させてる」

「さすがベータだ。まさか、車椅子のような複雑な作りの道具を掌握し切るとは。大雑把な俺では一生かけても無理だろう。ところでデルタよ、ベータは美人になっていたか?」

「おっ最重要事項だねえ!」


 素直な賞賛を述べたのちに余計な質問を行うゼータ、それと便乗するイプシロンに対し、デルタは短く「死ね」と答えた。しかし、容姿の共有は最低限しておくべきかと考え直したらしい。アルファのスマホが震える。見ると、デルタとベータのツーショット写真が女性グループのチャット欄に投下されていた。どこで撮ったのかとアルファが問うと、すぐに美容院と返ってくる。見れば確かに、野暮ったかったデルタの髪が、綺麗に整えられていた。

 可愛くなったデルタを褒める、仰々しい顔文字付きのメッセージ。シータからだった。「ベータの方が可愛い」と、文字だけでデルタが謙遜する。それに追随するように、イオタがベータの美しさを長文で解説し出した。手入力では難しい速さ、散見される誤字やおかしな文法から、音声入力というヤツだろうとアルファは考える。共有意識ではない、電子情報の世界で織りなされる妹分たちのやり取りを、長女はぼんやり見つめていた。


ベータは足フェチですが匂いフェチではありません。


毎日更新はここまでとさせてください。次回からは1話 (大体5節)完成するごとに更新したいと思います。

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