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「ひっさーつ、ベータ・パーティ!」
自分のがなり声に安眠を妨げられて、瞼が開封されました。熱の溜まった掛け布団を腕で剥がし、寝転がったままで窓の外を見遣ります。カーテンの隙間にあるのは、光に支配されつつある空、朝ぼらけ。時刻は六時前だと予想し、腕時計で答え合わせをしました。
上のベッドから、恨みがましい視線が注がれます。
「寝言から二の腕まで大ボリュームの都さん。おはようございます」
「おはようございます。最近になって二の腕から太ももにかけての贅肉が気になり始めた盈さん。睡眠不足は脂質異常症のリスクを高めます。二度寝なさったらどうでしょう? そもそも夢だったんですよ。私の寝言も、筋張った二の腕も」
「ふんわり系の言葉やコーデで、私を誤魔化せると思わないでください。あと、まだまだ若くて余裕ですから、次それに言及したらぶち殺します」
深い山麓の奥を流れる川上の、底まで透き通った水のような美しいやり取りを経て、すっかり目が冴えてしまいました。爽やかなハーブが香る洗顔料で顔を包みます。肌に泡を乗せながら、ひょっとすると、土曜日の社会人に早起きをさせた自分にもちょっぴり過失があるのではないかと考えて、少しだけ罪悪感が湧きました。休日サービスしてやりますかと、感謝の気持ちを込めて「いつもありがとうございます」と抱きつけば、
「あっち行って。増えるから」
と素の口調で追い払われました。なんと盈さんは、必死になって、多種多様な趣向を凝らし、体重計の目盛りとバチバチの戦いを繰り広げていたのです!
敵はあなた自身なのに。
「あはっ。凡俗の悩み」
さて、土曜日ということで、二日前にした約束通り、デルタと最寄り駅の周辺をお出かけします。目的はデルタのヘアケアですが、美容院に行くだけではなく、おすすめのお店巡りや、さらに、文化祭準備を円滑にすべく、商店街にある模擬店レンタル業者への挨拶もしておこうと思っております。向こうは我々の窓口を松柄さんと認識しているはず。混乱は少なくしたい。部員に了解は取っています。
吊り革揺れるバスの中、今朝の話をすると、デルタは鼻で笑いました。やはり、記憶の十倍は太々しくなっております。時の流れは荒く激しく、まるで透き通っておりません。「積み重ねるもの、罪も脂肪も」と宣うデルタ。裁判官を思わせる厳格な表情で、膝を二回打ちました。
「体重計が示した量刑。沙汰が下った日、土曜日」
「デルタ、あなたおっさん化してますよ。罰としてほっぺたを引っ張ります」
「ちきゃらつよい、ちぎれりゅ、シャレにならにゃい」
到着を知らせる、ラッパを模した電子音。バリアフリーの意識が高いことの現れでしょう、可動式スロープの展開は素早く、快適でした。歩道に降りて少し進むと、車輪を通じて舗装用タイルの継ぎ目が感じられましたが、数秒もすれば気にならなくなります。
バスが去っていきます。車体後部の横長なパネルには、学習塾に関する簡素な広告が入っていました。正面を向くと、水道工事でも行われたのか、真新しいコンクリートの長方形が、切り崩されたタイルの道に塗り込まれていました。点字ブロックタイルの道も掘削に巻き込まれていて、無事な部分を結び付けるべく、シートタイプのものが応急処置的に並んでおります。しかし、そのうちの一枚が剥がれて、車道側にズレておりました。横の小道を出入りする車にやられたようです。運転手に悪意があったとは思えませんし、工事業者も限られた時間と予算でベストを尽くしたのでしょうが、少しやるせなくなります。
デルタが口を開きます。
「タイ料理の店、発見。ベータは行ったことある? 私、パクチー苦手」
「あれですか? 文芸部の人たちと何度か。カオマンガイが美味しいですよ。それと、あそこの料理でパクチーが使われてるのは見たことがありませんねぇ。私は大丈夫なんですが」
背後からグリップを握る感覚。デルタが車椅子を押してくれるようです。美容院の方角を示すと、景色がのんびり動き始めました。押し方には余計な力が入っていて、出会ったばかりの頃の盈さんを想起します。
横断歩道を渡ってタイ料理店側の島に行き、二つ横のコンビニと地元大学を囲う塀の間の道に入ります。左側のキャンパス敷地には、「朧煙」メイングラウンドの三倍はありそうな広い陸上競技場。一方の右側には、安さと量を売りにする中華料理店、香り豊かなナンが大きすぎるインドカリー屋、投資信託を薦める爽やかな俳優の広告が目立つ地方銀行、古びた電機屋、小さな本屋、雑多なオフィスビルが並びます。松柄さんたちとよく来て、すっかり見慣れた場所。赤青白がくるくる回るサインポールを指差しながら、デルタが問いかけてきました。
「あそこ?」
「いいえ。あの床屋のターゲットは、身だしなみに気を使わない野暮ったい連中か、暇なご老人です。可憐という概念に真摯であるべき女子高生御用達の美容院は、もう少し先」
住宅地に着きました。道路のざらつきが強まります。小粒の砂礫が鬱陶しいですが、盈さんからもらったお小遣いでの買い物で、ちまちまとした消費税しか払ってないこの身では、文句を言う資格はありません。公園の横を通ると、デルタが「あっ」と反応しました。何事かと尋ねても、「別に」という淡白な返事があっただけでした。
町の内科が見えました。ここの医院長は、「朧煙」の定期検診や、女子寮生が風邪を患った際にも保健室に飛んで来てくれる良い人です。件の美容院は医院の隣にあります。
自動ドアを潜り、受付のバイトさんに予約済の旨を伝えました。お手隙のスタイリストさんと、今月号の雑誌が一押しする着こなしなどについて議論して一時間半ほど、デルタの処置が終わります。
レイヤーボブを見せつけて、「どう?」と感想を求めてきました。
「まあ、なんて可愛らしいのでしょう! きっと天使よ、喋らなければ。永遠に黙ってなさい」
「ベータが言うな。うるささで可愛さが台無しになってるのは、ベータの方」
私が如何にうるさくないかについて懇々と説教しながら、ランチとデザートを楽しみに、文芸部行きつけのカフェへと向かいます。途中、締め切られた教会風の建物に、デルタが興味を示しました。
「あれは?」
「雰囲気の良さげな結婚式場、だったのですがね。半年前には潰れてしまっておりました。成婚数低下の余波でしょう。盈さんが嘆いてましたよ。あそこで挙式したかったと」
「相手、いるの? 体重計の上で滑稽なダンスを踊る女に」
「さあ? しかし、いないとすれば、それは私の存在が重荷になっているからでしょうね。他の追随を許さぬ私の圧倒的な愛くるしさで、行き場のない愛欲・庇護欲を多少なりとも解消出来ていればいいのですが」
「ベータはなぜ、結婚が減ってると思う?」
「若者の減少が一番の理由でしょうが、婚姻率すらも低下してるようです。少子化ならともかく、婚姻率の低さは物価高騰や低賃金とかでは説明がつきませんよね」
急に難しい質問が来ました。が、難しいからと目を逸らしてはいけない問題ではあります。ふと、ほんのついさっき、バスの親切なバリアフリー設備と剥がれた点字ブロックという、ある種正反対な代物をほぼ一緒くたに観測したことを思い出しました。類似する話として、明るく社交的な私と、捻くれ者で人が嫌いだった母親は、タイプ的にはまったく違っても、血縁的な親等については隣り合っているわけです。
降ってきたアイデアを適当に喋ります。
「こんな仮説はどうでしょう。同じ世代の少年少女には、お話が好きで自分から他者に近づいていくタイプAと、本質的にシャイで神経質なタイプBの両方がおります。彼ら彼女らは将来的に、偶然出会った異性とペアを組むか、組まないかの選択を行います。出会った二人のうち、どちらかが社交的なタイプAであれば、二人は自動的にペアの成立を選ぶとします。これらのマッチングの数が、結婚の基本数となるわけです。しかし、出会った二人がどちらもタイプBである場合、子供時代に、他者と共生するための訓練──寛容性拡大のための自己研鑽を双方ともに積んでいなければ、ペアの成立は難しいでしょう。訓練を積んでおらず、生来の形質を隠そうともしないタイプBは、自ら相手に近づこうとはせず、それでいて、プライベートスペースへの他者の侵入を許せないのですから。
今、彼らの少年少女時代に、個人主義的思考を尊重するようなメッセージが社会を席巻したとします。仮にですが、メッセージを真に受けて、共生訓練を完全に放棄してしまうタイプBが、一部でも無視出来ない数だけいたなら? 他のタイプBについても、ペアが成立しないマッチング発生確率が将来的に高まることで、どうせ結婚出来ない可能性が大きいならと、共生訓練を放棄する動機が強くなります。たとえメッセージを真に受けずとも、です。個人主義賛美が流行らなかった場合と比べて、成婚率は明らかに減少するでしょう。
日本人なる民族は、タイプBの者の方が圧倒的に多いように感じます。そして、1980年代から2010年代にかけての日本では、漫画やアニメなどの創作やマスコミの番組で、自身の満足優先を推奨する言説が広がりました。多数派のシャイ同士が出会って結婚を考えたとしても、先ほど話した理由で共生訓練を怠っていて、生活空間への他者の侵食に耐えきれず、ペアの成立を拒んでしまう。もしくは、それを見越して、出会いの場にすら赴かない。婚姻率が減るのも当然です。以上が私の考えですが、デルタは賛同しますか?」
「お腹すいた」
「意見を求めてないなら最初から聞くなや」
カフェに到着しました。味のある木造建築。デルタが扉を開けると、来訪を知らせるベルの澄んだ音が響きました。馴染みの店長さんに挨拶して、席の方に視線をやると、雄々しくファンタスティックな足の持ち主であり、かつ見知ったクラスメイトの顔があったのです。
「湯ノ原じゃないですか」
「うわ。防人さんに魂風さん」
ベータ仮説が一部なりとも的を得ているとして、うつ病などによるタイプAからタイプBへのスイッチングも無視できない数あるように見えるので、現実の問題はずっとややこしそうです。ちなみに、メッセージが流行った世代の、その次の世代がどのような影響を被るのかについては、彼女の考察の枠組みでは何も答えられず、それを扱うためには思考の土台を拡張する必要があります。




