第65話「サイドエピソード:愛がなければできない」
※今回の話は、グリオール視点です。
冥王城の屋上。
乾いた夜風が、静かにグリオールの髪を揺らしていた。月は高く、どこか遠い。
珍しく、物思いにふけっていた。
「……グリオール様」
背後から、控えめな声がかかる。
「早かったじゃない。もう修繕終わったの?」
振り返らず、グリオールはぽつりと呟く。
「……はい」
その答えに、また風が吹き抜けた。
「…………」
「……グリオール様」
ふたたび呼びかける。
「……なぁに?」
その声はどこか、優しいようでいて、遠かった。
「もし、ここから飛び降りろとのご命令なら……俺は喜んでこの身を……」
「……バカね」
言い終わらないうちに、グリオールは振り返り、レオンをじっと睨みつけた。
「早とちりするんじゃないわよ。誰もそんなこと言ってないでしょ」
「……でも、俺は……。出来損ないの人形で……」
自嘲ぎみにうつむくレオン。
そんな彼に、グリオールはふっと微笑む。
「さっきね、ライガちゃんとお友達になったの」
「……え……友達……?」
レオンが目を瞬かせたように見えた。
「そう。あの子がアタシに手を差し出してきたのよ、“友達になろう”って。……びっくりでしょ? この冥王が、友達作っちゃうなんて。しかも、あのライガの魂を持つ人形と、ね」
グリオールはわざと軽く笑いながらも、どこか遠くを見つめる。
「ずっと、アイツを憎んでた。忌々しくて、腹立たしくて、どうしても許せなくて……。でも……もう、分からなくなったのよ。自分の気持ちが」
レオンは黙って、その背中を見つめている気配を感じた。
「そうよね。憎んでいたはずの相手と、こうして笑って紅茶まで飲んで……友達にだってなれちゃうんだから。……そろそろアタシも変わらないといけないのかもね。あの二人を見てたら、そんな気がしてきたわ」
ふぅ……とグリオールは長く息を吐く。
月明かりがその横顔を柔らかく照らす。
「……いいわ、分かった。アタシ……いえ、私の我儘はもうおしまい」
次の瞬間、グリオールの体がゆっくりと闇に包まれ始めた。
その光景に、レオンが息を呑んだ気配が伝わってくる。
闇はゆっくりと全身に立ち昇り、形を変えていく。
闇の中から現れたのは――
漆黒のローブに身を包み、金の目を持つ蒼白の肌の存在。
青紫に染まった唇。性別すら曖昧な中性的な肢体。妖艶で、そして神秘的な美しさがあった。
冥王――本来の姿のグリオール。
それは、今や世界にただ一人、この男にしか見せたことのない、絶対不可侵の姿。
「……勇者ライガ」
低く、重く、空間を震わせるような声が響く。
「冥王グリオールは、お前を――赦すわ」
その言葉は、夜気よりも静かで、しかしどこまでも深かった。
「お前は今まで、ずっと苦しみ抜いてきた。生きても、死んで生き返っても、罪と後悔に縛られて……。だからもう、充分よ」
グリオールはそっと、ゆっくりと近づき、両腕を広げる。
「お前の罪も、罰も、不義理も、嘘も、過ちも――」
その金の瞳に、かつてないほどの慈しみが宿る。
「この冥王の名において、全て赦しましょう」
レオンの喉がかすかに震えたように見えた。
「……俺……俺、は……」
冥王は、そっと優しく語り掛けた。
「だから……お前はもう……レオンの中に溶けて、眠りなさい」
レオンは唇を震わせながら、掠れた声でぽつりと呟いたように聞こえた。
「……ア……リガ……ト……ウ」
その瞬間、力が抜けるように、レオンの体がガクッと崩れ落ちる。
グリオールはその体をしっかりと抱きとめた。
「誇りなさい。憎しみに満ちた私の心を、アンタの愛が溶かしたのだから」
そう言うと、レオンの頬を伝う涙を丁寧に指で拭う。
「……まさか、この冥王に“赦す”なんて言葉を使わせることになるとはね。有史以来、アンタが初めての男よ」
「……グリオール……さま……」
その呼びかけに、胸の奥が熱くなるのを感じた。
「……アンタのおかげで気づいたわ。誰かを赦すってことは――そこに、愛がなければ出来ないことなのね」
レオンは、まるで子供のようにしゃくりあげながら泣いているように見えた。
――きっと、長い時を孤独と絶望の中で耐えてきたのだろう。
「これは、冥王からの愛よ」
その頬に自分の額を寄せ、囁くように言った。
「レオン……これから、永遠に……アンタだけに、注いであげる」
「…………っ」
「私、とっても激しいわよ? 本気でいくから。余すことなく受け止めなさい」
「……りょ、か……。うっ……う"ぅぅぅ~~~~っ!!」
大粒の涙が、頬からこぼれ落ちている。
グリオールは、そんな彼を強く、強く抱きしめた。
そして月明かりが照らす中、二人の唇は静かに重なっていく―――。
勇者ライガ。運命に翻弄され、愛する人さえも失い、孤独と絶望に苛まれながら死んでいった。
だが彼は今、冥王の愛によって永遠の安息を得たのだった。
★次回、最終回です★
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