第63話「サイドエピソード:レオンの涙」
※今回の話は、レオン視点です。
玉座の間では、レオンが修復作業をしていた。
室内は静まり返り、時折、工具が金属に触れる乾いた音だけが響く。無心に手を動かしながらも、胸の奥には重苦しい感情が渦巻いていた。
「あ、レオン君。お疲れ様です」
声に、レオンはハッと顔を上げる。振り向くと、ノクスが柔らかい笑みを浮かべて立っていた。
「……ノクス様。何かご用命でしょうか、お茶のおかわりを……」
「いえいえ! もうお腹いっぱいですよ。とても美味しかったです」
「そうですか。あの、ライガは……」
手がわずかに止まる。
その名を口にした途端、自分の喉が詰まるような感覚がした。
「あの子もお腹が膨れて眠くなったと言いだしまして。グリオールに頼んで寝室に案内してもらいました」
「ご命令下されば、俺が……」
「いいえ、実は僕が無理にお願いしたのです。グリオールの話を聞いて、気になったので」
その言葉に、レオンはノクスをじっと見つめた。穏やかな眼差しに見えるが、何かを探っているような色も感じられた。
「そうですか。では、もう俺の正体も……?」
「ええ。ライガが君によく懐いていたのは、元は一人の人間から創られた存在だったから。だから互いに惹かれ合っていたのではないかと、グリオールも言っていました」
レオンは、ふぅ……っと深く息を吐いた。作業の手を止め、ノクスの方へ向き直る。
「そう、……俺の中には勇者ライガがいます」
言葉にした瞬間、胸の奥が締め付けられた。
「俺の中にアイツは確かにいる。でも、どうしても他人のようにしか思えてならなかった」
手を握る指に力がこもる。
「過去の記憶はあるのに、それを自分のものとして受け入れられない。その矛盾に気が狂いそうだった」
「……レオン君はずっと、その葛藤に苦しんでいたのですか?」
ノクスの声色には、静かさの奥に真剣さが混じっているように感じられた。レオンは小さく頷く。
「ライガは物心つく前に両親を失い、ずっと独りだった。でもある日、腹の足しにと教会が主催していた炊き出しへ出向いた際、業者が祭壇へ運んでいた水晶が反応したんです。そしてすぐに勇者の適性を授かっていることが分かりました」
声が震える。
「それまで見向きもされなかったのに、勇者になった途端、周りが手のひらを返した。そんな世界が急に気持ち悪く見えたんです。周囲の期待は、ライガを一人の人間ではなく、“勇者”としてしか見なくなった。アイツが求めていたのは、ただ普通に生きることだったのに」
その悲しげな表情のまま、レオンは続ける。
「そして決定的だったのは、唯一自分を愛してくれた人の死でした。その孤独を理解し、受け入れてくれた人さえ守れなかった自分を、ライガは責め続けた」
押し殺してきた感情が、溢れそうになる。
「それからライガは、亡くなった恋人を想うあまり死ぬ決意をしました。けれど、勇者に与えられる様々な加護により、肉体はますます強靭になり、毒を飲んでも解毒され、わざと罠にかかっても気づけば無傷だった。勇者である限り、終わりは訪れなくなった。今まで生きることに必死だったのに、いつしか死ぬことばかり考えていたんです」
「……だから、自分を殺せる存在に会いに冥界へ行ったと?」
「はい。冥王は唯一、勇者を殺せる存在です。そして、ライガは願いどおりに殺された。冥王に一生消えない傷を残して」
握りしめた拳に、ぎゅっと力が入る。
「勇者となったライガの人生は確かに過酷でした。恋人さえ守れなかった悲しみと絶望も理解できる。けれど、だからといって、何の関係も無い冥王を巻き込んで良い理由にはならない! そんなのはただの自己中心的なエゴだ!」
久しく忘れていた怒りという感情。レオンは全身で震えた。
「アイツはただ、孤独に耐えられず、死という安息に逃げた卑怯者なんです! そんな卑怯者が、俺の中でずっと生き続けている。俺は、ずっと自分の中の“勇者ライガ”が憎かった。だから否定し続けた」
ボロボロと涙がこぼれる。
「それでも、この肉体は勇者ライガなんです。どうあがいても、その事実には逆らえない」
滲み出る怒りと悲しみ。
ノクスはしばし口を開かず、こちらをジッと見つめていた。
「それなら、もう無理に拒絶しなくてもいいんじゃないですか?」
「……え?」
「レオン君の言う通り、どれほど否定しても、彼が君の中にいるのは変えようのない事実です」
「……それ、は」
「じゃあ、そんなに必死に全否定しなくてもいいんじゃないですか?」
言葉が、胸の奥に入り込む。
「彼がいたからこそ、今のレオン君がいる。彼がいたからこそ、君はこうして僕と話している。君の中のライガは、ただの過去じゃなくて、今の君の一部なんです」
胸の奥が熱く疼く。
「……俺の……一部……」
「ええ。勇者ライガの記憶も、悲しみも、強さも……全部、レオン君の一部なんですよ」
レオンは静かに目を閉じた。
「アイツは、今の俺の一部……か」
目を開くと、視界が少しだけ鮮明になった気がした。
「さて、僕もそろそろあの子の様子を見に行きましょうかね」
ノクスはわずかに口元を緩め、背を向ける。
「ああ、そうそう。レオン君、グリオールから伝言です。修繕が終わったら、屋上に来なさい。……だそうですよ」
「………了解」
扉が閉まるまで、その背中を見送った。
レオンはうつむき、思う。
(お前が苦しんだ過去も、絶望した記憶も、何もかもがここにある。否定しようとすればするほど、それは強くまとわりついてきた)
自分の手を見つめ、ぽつりと呟く。
「……そう、だよな。お前だって、ずっと苦しんでたんだもんな」
以前、主人に向かって“必ずライガを殺してみせる”と決意していた光景が、脳裏に蘇る。
「結局俺は、最後まで出来損ないの人形だったな」
ふぅ……っと大きくため息をつくと、再び修繕作業に取りかかった。
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