第62話「語られた過去」
※今回の話は、グリオール視点です。
「さて、どこから話しましょうかねぇ?」
グリオールは紅茶を一口飲み、ゆったりと続けた。
「まず、アタシは冥王。この冥界ヘルフレイルにおいて天人達の魂を管理する者。その辺の説明はもういいかしらぁ?」
ノクスは、驚きと戸惑いを隠しきれなかった。
今まで友人だと思っていた存在の正体が冥王だったなんて。
「ど、どうして……言ってくれなかったんですか!?」
しかし、グリオールは茶目っ気たっぷりに笑みを返す。
「あら、言ったところで信じなかったんじゃない? アンタ、勇者ライガの記念碑を見た時も全力で否定してたし」
「う……っ、それは……っ。あ、そうだ! ライガですよ!」
ノクスは話題を変えるように、身を乗り出す。
「確か、勇者ライガは冥王を討伐しに単独でヘルフレイルに向かったと……」
「ええ、そうよ? 今から二百年くらい前だったかしら。ライガは来たわ。アタシに戦いを挑むために。“勇者”は地上世界で唯一、アタシに対抗できる存在だからね」
紅茶の湯気の向こうで、グリオールは当時を振り返りながら目を細めて続けた。
「そして対峙したアタシ達は、一晩中、熱い夜を戦い抜いた。初めて本気でヤれる男に出会えたと思ったわ。今まで何の感情も湧かなかった毎日を忘れるくらい、興奮して、ときめいたの。そして、ついに決着は着いた」
自然と口元が引き締まる。
冥王と勇者の戦いを淡々と語られてはいるが、それは恐らく壮絶な戦いだったのであろうことは容易に想像できた。
「アタシは、からくもギリギリでライガを殺すことに成功した。でもね、気付いたの。勇者は実はアタシに殺されることを望んでいたんだって」
グリオールのカップを持つ指先が、わずかに震えるのが見えた。
「あの男、死の間際に笑ってたのよ。これでやっと終われるって」
「つまり、勇者の目的は自殺……? でも、どうして貴方に戦いを挑んできたのでしょう?」
「ねぇ、アンタ。突然見知らぬ男が訪ねてきて『死にたいから自殺するの手伝ってくれ』って言われて、快諾できると思う?」
「それは……っ、確かに。絶対お断りですね」
「そう、アタシは本気で戦ってたのに。実は手加減されてて、舐めプされた挙句、お膳立てされて、勝ちを譲られてたのよ! 屈辱だったわ。冥王としてのプライドがズタズタに切り裂かれた」
グリオールの顔が一瞬、怒りの表情に変わる。
当然だろう、真剣勝負だと思っている相手にとって失礼極まりない行為だ。
しかし、すぐに自分を諫めたのかグリオールは大きなため息を吐くと、カップの縁をそっとなぞりながら続ける。
「そして残った事実はひとつ。勇者ライガは、地上世界で初めてアタシを余裕で倒せる存在だったってこと」
ノクスの拳に思わず力が入る。
自分が想像していた品行方正な勇者像とはあまりにもかけ離れていた。
「異世界から召喚されたアホどもなんて、いくら規格外な能力があっても、その召喚者を殺せば消滅するんだもの、恐れるに足りないわ。けど地上世界の人間は別。勇者の死体は手元に残ったけど、その魂の行く末が気になったの」
グリオールは真剣な表情のまま、続ける。
「だからね、勇者の魂が浄化装置に送られてくるのを待つことにしたの。しばらくはヘルフレイルから監視してたけど、ついに我慢できなくなって、ちょうど十年前に直接アルフレイルに潜入することにした」
「……潜入!? どうやって?」
「当時の大聖女だったリリシアちゃんに取引を持ちかけたの」
「え……っ!? リリシア様って……リアナ様の母君じゃないですか!」
「ええ。あの子は寿命が尽きかけてた。だからアタシの力で寿命を引き延ばす代わりに、書類を改ざんしてもらって大聖堂の職員として潜り込んだのよ」
ノクスは黙り込み、視線を泳がせてしまう。
次々と明かされる真実をにわかには受け止めきれない。
「転生して逃げ得なんて、誰がさせるもんですか。アタシにあんな恥をかかせておいて、自分だけ全部チャラになんて、許さないわ」
グリオールの声からは憎しみというより、もはや執念のような感情が伝わってくる。
「けれど、いくら待てどもライガの魂は来なかった。そこでね、暇つぶしに“ある素体”を使って作ってみたのよ」
「ある素体……?」
「受肉人形よ。守護者召喚のとき、媒介人形を使うでしょ? 魂の入れ物ってやつ。なら、媒介となるのは別に人形じゃなくてもいいんじゃない?」
「ま、まさか……っ!?」
ノクスは思わず息を詰めた。
「そうよぉ。保管していた勇者ライガの死体を、人形の代わりに使ったの」
その言葉に、顔が固まってしまう。
一瞬脳裏によぎった想像を、グリオールの言葉によって肯定されてしまった。
「その際、魂は呼ばず、肉体の情報だけで受肉人形を作った。そしたら、魂もないのに勇者の体が生き返ったのよ」
「生き返った……!?」
「アタシも最初はびっくりしたわ。ただの暇つぶしだったのに。でもしばらく観察して気付いたの。これは“人間もどき”だって」
「人間もどき……?」
「人間と同じ機能・肉体を持つ生きた存在。でも主人の魂力に強く縛られる人形の性質も併せ持つ稀有な存在。非正規の方法で、しかも勇者の肉体という器を使ったことで偶然生まれたイレギュラーよ。そして、その肉体には勇者時代の記憶を持った人格が宿っていた。それがレオンよ」
グリオールの言葉からは慈しみも優しさも感じられなかった。
ただ淡々と、事実が告げられていく。
「別人なんかじゃないわ。確かにあの子はライガだった。でも魂が抜け落ちたせいで、勇者だった頃とは距離を置いた存在になってた。記憶喪失の人が過去の自分を他人のように感じるみたいにね」
彼は椅子にもたれながら、レオンが用意したカップケーキを一口かじった。
「主従になるとき、条件を出された。ライガの魂には手を出さない。その代わり、この肉体を好きにしていいとね。面白かったわ。アタシのプライドをズタズタにした男が、今度は隷属するなんて」
にやりと笑い、紅茶を一口啜る姿は優雅さの中にどこか言い表せない存在感がある。
これが冥王としての貫禄というものなのだろうか?
「生きた人間なのに、どれだけ壊してもアタシの魂力があれば元通り。楽しかったわぁ。暇つぶしにはもってこいでしょ?」
「じゃあ、それまでの200年間……ずっと?」
「刺して、切って、燃やして……壊しては直す毎日。今じゃレオンの体で遊ぶのが日課になっちゃったくらい」
ノクスの口元が引きつる。
「では、あれほど厳しかったのは報復だったから、ということですか?」
「あの子ね? そのうち『レオン』としてアタシを愛することで『勇者ライガ』を否定しようとしてたの。でもアタシは冥王。誰かを愛したことも、愛されたこともない。世界で一番、愛から遠い存在なの。あの子の愛なんて、とてもじゃないけど信じられなかった」
グリオールはまた紅茶を一口啜ると、続けた。
「まぁでも、元は勇者だしね。相手を惹きつける魅力というか……そういうのは本人も隠しきれなかったみたいだけど?」
「そ、そうですね……レオン君はこう……包容力が凄くって……」
「うん、レオン兄ちゃんになら安心して全部預けたくなっちまうんだよな~……」
二人がうっとりと名前を口にするのを見て、グリオールは深いため息を吐く。
「アタシから見れば、ただのド天然のタラシ野郎なんだけどねぇ~……?」
◆◇◆◇
「……そっか。レオン兄ちゃんは冥王を討伐できる勇者だったんだな!」
「討伐されてま~せ~ん~!」
「なるほど、それで合点が行きました。レオン君の時折見せるあの常人離れした力もそうですが、塔の一件で僕に飲ませたという血のおかげで聖水の効能が跳ね上がったのも元勇者だったから、という訳ですね」
「……まぁね。一度死んだことで勇者に与えられた様々な加護の力は激減してたけど、それでも薬の効果を上げる程度には充分だったんでしょうね。ただ、肉体は人間のままだから“錬金の窯”の役割だけは出来なかったって訳」
ノクスは納得したように頷いた。
「実際、レオンはよく働いてくれたわ。アタシの正体を知ったうえで、200年の間、サポートに徹してくれたんだから。そのおかげで今日まで隠し通せたの」
「しかし、死んだ地上人の魂は一旦、安置空間に格納される筈。どうして僕が勇者ライガの魂を召喚出来たのでしょう?」
「アタシも後で知ったことだけど、地上人の魂が安置空間に行くのはあくまで地上世界で死んだ場合の話だったの。勇者ライガはこの冥界で死んだから、ずっとアタシに隠れてそこらを彷徨ってたのかもね?」
チラリと、お菓子を頬張るライガに視線を送った。
「でもまさか、ノクスの元に勇者ライガの魂が転生してくるなんて予想外だったわ。もしかしたら、アタシの髪を使った影響かしら? アンタがあまりにも自信なさげだったから気まぐれに提供しただけだったんだけど。まぁぶっちゃけ召喚事故の影響って線が濃いわね」
「いやあの、逆に冥王の髪なんて使ったから召喚事故が起きたのでは……?」
「あっは♪ そうかもねぇ~? まぁでも、おかげでライガちゃんが解放の儀に耐えきったんだし、結果オーライじゃない。あ、レオンはそもそも魂が無いから効果の対象外よ。でもさすがに予想外の事態だったから動揺しちゃってね。最初見たとき思わず“大物だ”って口が滑っちゃったわぁ~」
クスクスと、グリオールはあの日の光景を思い出したように笑いを浮かべながら続けた。
「けれど、肝心のライガの魂は事故の影響か少年の姿になって、しかも名前以外吹っ飛んでた。ただ、浄化処理を受けてない魂は何かのきっかけで前世の記憶を思い出す可能性もあるからね。わざと元の肉体であるレオンをライガちゃんの傍に置いたりして試してたの」
「そういえば俺、夢で過去の映像みたいなの見てたな。あれは勇者の記憶だったのか」
ライガはそう言ってポンと手を叩いた。その表情は、何か納得したようにも見える。
「さて、アタシの話はこれでおしまい。どう? ご満足頂けたかしら?」
「そう、ですね。色々まだ頭の整理が追い付きませんが……。ライガが勇者の魂を持っていることは最初から気付いていたということですよね? レオン君との約束があるとはいえ、手を出さなかったのは何故です?」
「……アタシね。アンタ達二人を見てて、何だか憎しみに燃えてた自分が段々馬鹿らしくなってきちゃったの。本当よ?」
そう言って、グリオールは紅茶を一口のみ、続けた。
「本当はもう、憎むのにも疲れちゃったのかもしれないわね。だって、アンタ達のコント見て笑ってるほうが万倍楽しいんだもん」
ライガはグイっと紅茶を飲み干すと、こちらを見て言った。
「なぁ、グリオール。俺たち、友達になれるか?」
「え……? 友達?」
「お前が言ってたんだぞ? 一緒におしゃべりして、紅茶飲んだだろ!」
「だからさ、俺、冥王とも友達になりてぇんだ!」
そう言うと、ライガはグリオールの隣まで近づき、手を差し出してきた。
「俺はライガ。ノクスの守護者だ。よろしくな!」
しばらくその手を見つめていたが、思わずぷっと吹き出し、握り返す。
「……改めてまして、冥王グリオールよ。よろしくね? ライガちゃん」
ライガはニカッと笑い、勢いよく言った。
「んじゃ、これで俺たち友達だな! へへっ!」
(……本当、敵わないな。この子には)
ノクスも、そのやり取りを見てクスッと笑みを浮かべた。
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