第60話「現れた冥王」
「……ライガ!!」
倒れ込んだライガに駆け寄ると、こちらを見上げてニッと口角を上げた。
「お前、ワザとアイツを挑発したんだろ? 何となく、分かったぜ」
「……まったく、何の合図も無く主人の意図を組み取れるとは、さすが僕の人形です」
「お前こそ……。俺が飛び出すって、分かってたんだろ?」
「ええ。ライガならきっと、そうするだろうと信じていました」
二人はまるで長年の相棒同士のようにコツンと拳を合わせた。視線の端で、台座の下の段差辺りまで吹き飛ばされたジルミスが、歪んだ顔でこちらを見ている。
「ば……馬鹿な!? 有り得ない! 何故、そのガキは平気なんだ!?」
ジルミスは驚いた様子で声を張った。まるでライガが無事でいることが信じられないといった顔だ。
「お前も、解放の儀の影響を受けるはず! なのに、どうして動ける!?」
「……ケッ! さぁな? それよりお前、体中がボロボロ崩れてるぜ?」
ライガの言葉通り、ジルミスの体には無数のヒビが入り、殴られた顔から全身にかけて黒煙が噴き出していた。表面は形を保てず、ところどころ欠けていく。
「ひぁ……っ! ああ……っ、私の顔……顔がぁ!!」
ジルミスは顔を押さえたが、指の隙間からも破片のようなものが崩れ落ちる。
「どうやらもう、自分の姿を保つ力も残っていないようですね」
そう口にしながら状況を見極める。
「どういうことだ? アイツ、異世界人の魂力がどーとか言ってただろ?」
「解放の儀は媒介の人形から魂を強制的に引き剥がす術。今の彼は、自分の魂を体に留めるだけで精一杯で、他人の魂力を操る余裕がないのです。ただ、それも時間の問題でしょうけれど」
黒煙は意思を持つかのように、崩れた部分から絶え間なく流れ出ていく。
「ぐ……うぅ……ああ……っ」
ジルミスは体を支えきれず、冥王の椅子へと這い寄った。
「わ……わだじ……わだじの……いず……っ! わ、わだじは、だまじいの、支配者……、めい……おう……」
その様子を横目に、ライガがぼそりとつぶやく。
「なぁ……、アイツ何であそこまで冥王になりてぇんだ?」
「恐らく、異世界人の魂に触れ過ぎて、その影響を受けているのかもしれません。“1番になりたい”、“目立ちたい”……どうも異世界人はそういった自己顕示欲が強い傾向にあるそうですから。“支配者”という地位は、魅力的に映るのでしょう」
「ああ、そういやアイツも今は受肉人形なんだったな。俺も黒いモヤモヤに触った時に変な気分になったし、そういうのに影響されやすいのか」
ライガはそんなことを口にした。
「わ、わだじは、めい……おう……! じはいじゃ……」
ジルミスは椅子にしがみつき、同じ言葉を繰り返す。
その背後に影が現れた。
「レオン君! 君も無事だったのですね!?」
ノクスは思わず声を上げる。
「…………」
しかし、レオンは返事をせず、冷え切った目でジルミスを見下ろしていた。
「レオン兄ちゃん……、何か、怒ってねぇか……?」
ライガの声も届かぬまま、レオンはジルミスに向かって低く言い放つ。
「……どけ。それは冥王の椅子。お前ごときが触れて良い代物じゃない」
「う、ううぅぅうるざい!! これは……わだじの……わだ」
直後、ジルミスの体が激しい火花に包まれた。
「ひぎゃああああっ!!?」
青い炎が全身を覆い尽くし、絶叫とともに燃え尽きていく。やがて炎は鎮まり、残骸と黒焦げた布だけがそこに残った。
レオンは無言で椅子に手を伸ばし、残骸を払い落とすと、自分の服を脱いで念入りに表面を拭き取った。やがて元の状態まで磨き上げ、服を着ることなく椅子から脇に下がり、片膝を立てて跪く。
「……お待たせ致しました」
その言葉とともに、壇上の端から影が姿を現す。
「……遅いのよ、ノロマ!」
「……申し訳ございません」
靴音とともに現れたのは、見慣れた男の姿だった。
「え……? な……っ!? どうしてあんな所に」
「……よいしょっ♪」
男は自然な動きで冥王の椅子に腰を下ろした。レオンは足元へ移動し、四つん這いになる。その背に男がドシッと足を乗せ、背伸びをする。
「ふぅ~! やっぱこの椅子に座ると落ち着くわぁ~!」
こちらに目を向け、いつもの調子で声を掛けてきた。
「はぁ~い! ノクス♪ アタシを追ってわざわざこんな所まで来るなんて物好きねぇ~?」
「グリ、オール……? この状況は……?」
「あら、急展開過ぎて混乱してる? じゃ、改めて自己紹介しちゃおうかしらぁ♪」
レオンの背を踏み台に、グリオールは大きくポーズを取った。
「MEI~OH~!! グリオールちゃんどぇっすぅ! よろしくねぇ~ん?」
「え……っ、……と」
「………………」
「………………」
静まり返った空気の中、再び叫ぶ。
「ME~~~~~I~~~~~OH~~~~~~!!」
「分かった! 分かりましたからっ! とりあえずレオン君から降りてくださいっ!」
ピョンと飛び降りると、グリオールは振り返って命じた。
「レオン? 二人を歓迎するわ。お茶会の準備しておいて」
「……了解」
レオンは何事もなかったかのようにスッと立ち上がると、こちらに一礼し、無言で部屋の奥へ向かう。
その背中を、ノクスとライガは自然と目で追っていた。
Copyright(C)2025-流右京




