第55話「サイドエピソード:狂気、錯乱、大暴走」
※今回の話は、リアナ視点です。
――中央大聖堂から外を一望できるテラスで様子を伺っていたリアナは、違和感を覚えていた。
(……何? 何か、違和感が……)
「ギィィ………」
異形の最後の一体が消滅し、瘴気となって霧散した。
「おお! 見ろ、異形が消滅したぞ!」
「空間の修復も終わったみたいだけど……。ゴホゴホッ! 何この霧……? 何だか気分悪いわ……」
気付くと、中央大聖堂を中心に、どす黒い瘴気が漂っていた。
「そういえば、リアナ様は≪浄化の術≫も使うように仰っていたな。皆、守護者達を下がらせて浄化処置をしよう」
天人達は、最前線で戦っていた守護者達に命令する。
「おお! お前たち、よくやってくれたな! これで異形達は消滅……」
「はぁー……、ハァ~……」
「…………」
「……お、おい? どうした? もう終わったんだぞ?」
「タリナイ……。コンナノ、ゼンゼン……タリ……ナイ……」
「え? な、なに……言ってる? おい、どうした??」
圧倒的な戦力で異形の大軍を蹴散らしていた守護者達だったが、その様子はおかしくなっていた。
「もっと……! もっともっと暴れさせろよぉぉぉ……っ」
「ひひひひっ! 俺は強い! 最強なんだ……っ!!」
明らかに過度に興奮し、奇声を発する者もいた。
「おっおい! お前、何してるんだ。そんな高火力の炎を使うんじゃない! 他の建物に引火し……」
「うるっっせぇぇえぇぇぇっ!!! 雑魚が俺に命令すんなぁぁぁぁ~~っ!!!」
――――ドォォォン!!!!
「ぎゃああああっ!!??」
「な……っ!? 守護者達が天人達を攻撃している!?」
リアナは、突如広場で繰り広げられる光景に驚愕する。
「あの様子……。完全に理性を失っているようでござぁますね」
アウラも同じく驚愕していた。
(もしかして……あの予言……)
聖女達の脳裏をよぎったのは、あの予言の内容。
『初めは共に歩みし者、その足音は一つに響くかに見えしも、時の流れと共に瞳に宿る光は次第に歪み、影へと変わりゆく。彼らの胸奥に眠る火は次第に燃え上がり、刃となりて、我らに迫り来るであろう』
「なるほど、あの内容はこの光景を予言していたのでござぁますね。うかつでした」
アウラは苦虫を嚙み潰したように顔をしかめた。
◆◇◆◇
真っ白な大理石の床が割れ、赤黒い亀裂が広がっていく。天井からは瓦礫が降り、悲鳴が飛び交う。
「くそっ! とにかくリンク人形で……!」
「おい! リンク人形が……真っ黒に染まっているぞ!? これじゃ魂力が注げない!」
守護者達の顔は、興奮のあまり瞳は赤く充血し、歪な笑顔を浮かべて錯乱している。
「ぎゃはははっ! ははっ、あははははは!!」
大勢の守護者達は狂ったように笑いながら暴れ回っていた。
ドォォォン!!! ゴガガガガッ!!
爆風が建物の一部を吹き飛ばし、壁の一面が火に包まれる。赤い炎が渦巻き、焼けた鉄の臭いが辺りに立ち込める。
「防御結界が……もたない! 誰か、助け……っ!!」
「ひゃははははっ! 死ねぇ!!!!!」
突如として天井が崩れ落ち、数名の天人が下敷きになる。断末魔の叫びが、炎と煙にかき消されていく。
――ガシャン!! ゴォォォオ!!!
「きゃああああっ!!?」
天人の女性が吹き飛ばされ、壁に叩きつけられた拍子に硝子の破片がその腹に突き刺さる。さらに守護者達が放った炎に包まれ黒焦げになっていく。
「ははは! やっべぇ、すっげぇ燃えてやがる! ははは……はは……はひゃえあぁぁぁ……!?」
自分の主人を殺した守護者の青年は、ゲラゲラと笑いながら人形に戻っていった。
◆◇◆◇
「酷い光景ですわぁ~……。自分の主人を殺すなんて~!」
テラスから様子を伺っていたローラの声音はいつも通りだったが、しかし驚きを隠せない様子だった。
宙に浮かぶ半透明の画面を操作していたセレスも、眉間にしわが寄っていた。
「ふむ、この魂力濃度……。異常値を検出していますね。通常、天界では浄化装置無しでも、魂の残滓はある程度は自然に浄化されます。どうやら今回は許容量を超えてしまっているようです」
彼女の口調は冷静だが、その声の底には確かな危機感が混じっていた。
画面に記された数値が、この場の空気をさらに重くする。
アウラもすぐに頷いた。そして遠くで騒ぎ立つ広場の方へ目を向ける。
「なるほど。守護者が主人に逆らえないのは、リンク人形の存在と、そして主人が死ねば自分も消滅してしまうという心理的制約によるもの。ですが、彼らは瘴気の影響で手当たり次第、お構いなしに攻撃しているようでござぁますね」
広場の向こうでは、暴走した守護者たちが民家や屋台を破壊し、避難する人々の悲鳴が絶え間なく響いている。
「こんな……こんなのって……!」
リアナはその光景を直視できず、両手で口元を覆いながら後ずさった。
倒壊していく建物の破片や瓦礫の粉塵を目にして、恐怖に震える肩が小刻みに揺れた。
「……私の権限で、今から浄化装置をフルパワーで起動できますか?」
セレスは後ろで控えていた作業着姿の青年に鋭く問いかけた。
今にも行動に移すつもりの、ためらいのない視線だ。
「それが……。発注ミスがあったとかで、まだ交換用のケーブルが届いてないんスよ」
青年は申し訳なさそうに目を逸らす。
緊迫した場面での報告に、周囲の空気が一層張り詰めた。
「はぁ……、全く! ノクスさんのような優秀な方が西聖堂にも居てくれれば、このようなミスもなかったでしょうに」
セレスが小さくため息を漏らす。その声には苛立ちというより、今の戦力不足への歯がゆさが滲んでいた。
「まぁ~! こんな時に浄化装置が使えないなんて、いけませんわぁ~!」
ローラが派手に手を広げ、ため息を吐く。だが、その仕草の裏には危機をはぐらかすための軽やかさがあった。
「……すみません、私の独断で壊していなければ……」
リアナが視線を落とし、自分を責めるように声を落とす。拳は強く握りしめられ、爪が白くなるほどだ。
「ああた、またネガティブな思考になっているでござぁますよ? 現状を嘆いて立ち止まらず、未来を考え行動する。リリシア様の教えでござぁます」
アウラの言葉は軽く響きながらも、芯には確かな励ましがあった。
「は……はいっ!」
リアナは胸に手を当て、震える息を整える。広場からは依然として破壊音と悲鳴が響くが、その瞳にはほんのわずかな決意が宿り始めていた。
Copyright(C)2025-流右京




