第04話「サイドエピソード:グリオールの戦場」
※今回の話は、グリオール視点です。
――同じ頃、別の戦場。
グリオールは、前方で戦う青年に声を掛けていた。
灰色の雲が低く垂れ込み、空を重たく覆っている。
その下、石畳の街道に埋め尽くされた異形の屍が、鼻を突く腐臭と共に徐々に霧散していく。
全身真っ黒な化け物たちは、人型のようでいて不格好なシルエットばかりで、見ているだけで気分が萎えてくる。
「アンタなら楽勝でしょ~? 早くお家に帰ってお茶したいの。ちゃっちゃと終わらせて頂戴ねぇ?」
グリオールの目の前には青年が立っていた。
「……了解」
短い返事の後、青年は両手のナイフを逆手に構え、音もなく踏み出した。
次の瞬間、目の前の異形の首が、まるで糸の切れた人形のように宙を舞う。
踏み込みも、刃の角度も、計算し尽くされた軌跡、その動きに無駄は一切なかった。
まるで舞踏のような連続動作――……。
ただし、ここは優雅な舞台じゃない。命を賭けた泥臭い戦場だ。
「あーあ、まったく! まさかお家に帰る途中で異形に出くわすなんて最悪だわぁ~! ま、アンタが駆けつけてくれるって信じてたけどね~?」
「……はい、グリオール様」
「ごめんなさいねぇ~? そんなチャチなナイフしか用意できなくて。やっぱり勇者様みたいに甲冑着て、立派な剣で戦いたかったんじゃない?」
「……いいえ。俺に勇者は似合いません」
表情も声の調子も変わらずにそう言いながら、青年は次々と異形を切り伏せていく。
刃が閃くたびに黒い霧のような残骸が舞い、彼の周囲の空気はわずかに澄んでいった。
「そうね、アタシも勇者なんて世界で一番嫌いよ? さすがアタシのお人形、意見が合うじゃない♪」
軽口を叩いても、彼は特に反応を返さない。
ただ黙々と次の敵を見据えている。
そんな中――青年が、ふいに動きを止めた。
耳を澄ませるように顔を上げ、その視線は戦場の向こうへ向けられる。
「……グリオール様。先ほどからノクス様の家の方角で、悲鳴が聞こえるのですが」
グリオールは片眉を上げた。
「ノクスの家から悲鳴? ノクスには“あの人形”がついてるんだから心配いらない筈よ?」
「……あの人形? まさかそれは……っ」
青年が聞き返した瞬間、背中にわずかな緊張が走ったように見えた。
グリオールはそれを見逃さなかったが、わざと説明は後回しにする。
その隙を突くように、異形が背後から飛びかかる。
青年は振り向きもせず、気配だけで刃を突き上げた。
喉を貫かれた異形は断末魔もなく霧散する。
独特な腐った臭いがまた強くなる。
それでも彼の表情は崩れない――ただ、その目の奥に、目の前の軍勢よりも“別の何か”を気にしている色が見えた。
「……ええ、そのまさかよ。うふふっ♪ やっと面白くなってきたわ」
グリオールは唇を吊り上げ、含みのある笑みを浮かべる。
その時、遠くから「バチン、バチン」という軽快な音が風に乗って届く。
間を置いて、少年の悲鳴が混じって聞こえてきた。
「で、本当にあっちはどういう状況なのかしらぁ?」
「さぁ……?」
グリオールと青年は顔を向けずに同じ方向を見据える。
だが、残っている異形たちが視界を塞ぐように蠢いていた。
「あら、まだまだ湧いてるじゃないの。ほら、早く全部片づけちゃって?」
「……了解」
再びナイフが構えられ、戦場に鋭い気配が満ちていく。
グリオールはその背中を見ながら、口元の笑みを深めていた。
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