第03話「お仕置き」
――ドンドンドン!!
「ノクスさん! ノクスさんってば!!」
只事ではないその声色に、ノクスは何かを察したのか、急いでドアを開ける。
「どうしました!? 何事です!?」
「お、おいっ! 何だよ、どうしたんだ?」
ライガもそれに続く。
「ああ、良かった! まだ無事だったッスね? 急いで避難してください、異形の群れが迫ってるッス! 俺、ちょうどこの近くで観測用の機材を設置してたらスッゲー反応して……」
扉の前に居たのは作業着を着た青年だった。
かなり大急ぎで呼びに来たらしく、息切れしている。
「な……っ!? 結界はどうなっていますか?」
「そ、それがっ! アルフレイル全土に張った防衛結界はどれも効果が無い……というか、異形がすり抜けて侵攻してるッス。いま、西聖堂の技術班の皆と対策を練ってるんスけど……」
「防衛結界をすり抜けている!? とにかく、他の地域にも避難勧告を出しましょう」
「避難? おいノクス。その兄ちゃんは戦えねぇのか?」
後ろで二人の話を聞いていたライガが口を挟んだ。
「君は……?」
「ああ、この子は僕の守護者ですよ。なので僕のご心配は無用です。それより、早く関係各所に通達をお願いします!」
「分かったッス。では!」
そう言うと、青年は急いで走っていった。
◆◇◆◇
「ライガ、良い機会です。君が呼ばれた意味を教えましょう。ほら、あれを御覧なさい」
ノクスはそう言うと、空の向こうを指差した。
見ると、空に黒い雲が広がっている。
「おい! なんだあれ!?」
「来ますよ……!」
ノクスがゴクリと唾を飲み込んだ次の瞬間、雲からいくつもの影が飛び出してくる。
それは翼を生やした漆黒の生き物たちだった。
「こいつらが異形なのか!」
「ええ。どういう訳か奴等には僕ら天人の術が効かない。さっきの青年に避難勧告を優先させたのもそのせいです」
「へぇ? じゃ、俺の攻撃なら効くんだな?」
ライガは指をパキポキと鳴らし、黒い異形たちを睨みつけた。
「ええ、どうやらそのようです。なので今から僕が指示を出します!」
「はぁ? 奴ら、もうそこまで来てんだぞ? さっさと暴れさせろっての!」
異形の群れが迫りくる中、飛び出そうとするライガをノクスが必死に止めた。
「待ちなさい! 物事には段取りというものがあるんです!」
ノクスはライガの頭上を指さし、急いで言った。
「ライガ、空中に向かって【ステータスオープン】と叫んでみなさい! 早く!」
「……? 【ステータスオープン】!」
ライガが言葉を発すると同時に、目の前に半透明の画面が現れた。
そこには、レベルやステータスの詳細がぎっしりと表示されている。
「こ、これは……!」
「ふふふ、驚きましたか? これがウィンドウ画面です。最近、流行ってるらしいので取り入れてみました!」
自慢げに語るノクスだったが、急いで話を続けた。
「では早速、画面から武器を選んでください。アイテムもありますので――」
「よっしゃ、これを使えばいいんだな!? 任せとけぇぇ!!」
説明が終わらないうちに、ライガはウィンドウ画面の端をガシッと掴んだ。
「えっ? ちょ、何を――」
次の瞬間。
「うぉおおおりゃぁああああっ!!!」
――ベリベリベリ!!!
ライガは空中に表示された画面自体を強引に引っぺがす。
そして、目の前に迫った異形目掛けて振り回し、頭に叩きつけた。
――バッキャアァアアアン!!!
「ギャアアアアアッ!!」
「えええぇぇええ~~!! ステータスウィンドウで殴り飛ばしたぁぁっ!!????」
驚愕するノクスをよそに、ライガはさらに他のウィンドウ画面を掴んでは異形たちに投げつけていく。
「どぉりゃああああっ!!!」
――ドゴォアアン!!!
「ぐぎゃあああっ!!」
画面はバキバキに壊れながら、異形たちの悲鳴と共に次々と吹き飛んでいった。
ノクスは頭を抱えて絶句する。
「ちょ、ライガ! それ、そんな風に使うものじゃなくてですね! もっと丁寧に……」
「細けえことはいいんだよ! ぶっ飛ばせりゃなんでもいいだろ!」
ライガはさらに画面を掴み取ろうとする。
しかし、無残にも破壊されたウィンドウの残骸が空中を漂っているだけだった。
「おい、これしかねぇのかよ!?」
「だから丁寧に使えって言ったのにぃぃ!!」
「しょーがねぇな! とりあえずこの調子で殴っ……あいでっ!?」
……と、ライガは服の袖を踏んづけ、つまづいてしまった。
「ああもうっ! この服、邪魔だっ!」
不意にビリッという音がした。
振り向いたノクスが見たのは、自分の服を破り捨てるライガの姿。
「なっ!? 何してんです!?」
「動きにくいから脱いでんだよ! 見りゃ分かんだろ!」
ライガはみるみる上半身は露わになり、ボロボロになるまで服を破り捨てる。
「んなぁああ!! 何て恰好してんですか!」
「今は戦闘中だろうが! こっちのほうが動きやすいんだよ!」
あっという間にライガは下着に腰布を巻いただけの姿になり、満足げに笑みを浮かべていた。
「よしっ! これで思う存分暴れられる!」
ライガは再び「ステータスオープン!」と叫び、画面を開いた。
ウィンドウの画面には『武器一覧』の項目が表示される。
「そ、そうです! ああ、やっと理解してくれましたね? えっと、僕のお勧めの武器はですね――」
「よっしゃぁああ!!」
ライガはまたもやウィンドウを掴み、『武器一覧』を強引に引っぺがすと異形に向かって突撃していった。
「お前らまとめてぶっ飛びやがれぇぇぇ!!」
――ズガガガガガ!!! ドォオオン!!!
振り回した衝撃波が異形たちを巻き込み、次々と異形が地面に叩きつけられていく。
ベキィッ!! バリィィン!! バキバキバキ……。
衝撃波と共に『武器一覧』画面がひび割れ、派手に割れていく。
「う、嘘でしょ……。こんな戦闘方法、聞いたことない……」
ノクスは膝から崩れ落ち、遠い目をしていた。
◆◇◆◇
――そして、戦いは終わった。
異形の軍勢はいつのまにかライガの猛攻で黒い霧となって霧散し、やがて消えていった。
「ふはぁ~! 暴れられて気持ちよかったぜぇ!」
ライガは満足げに伸びをしながらこちらに歩いてくる。
一方、ノクスは肩を震わせながら立ち尽くしていた。
「んぁ、どうしたぁ~?」
「うふ……。うふふふふふふ……っ!!!」
ノクスは冷酷な笑みを浮かべ、懐からライガを操作していた人形を取り出す。
「お、おい! 何する気だ!?」
「何って? お仕置きに決まってるでしょう!? あの画面を創るのにどれだけ苦労したと思ってるんですか!?」
次の瞬間、ライガの体が硬直した。
「い"……っ!?」
そして勝手に手が動き始め、下着を脱ぐと四つん這いの状態でプリっと尻を突き出した。
「なんだこれ!? 俺の体が勝手に――」
「ほほう? これはこれは綺麗なお尻ですねぇ~? では尻叩き100回のお仕置きです!」
「はぁ!? 何でだよ! 黒い奴らは倒しただろ!?」
「……やかましいわぁっ!!」
――バッチィィィン!!!!
「いでぇぇぇぇぇえええっ!!!」
ノクスは怒りに燃えながらも、容赦なく尻を叩き続ける。
「この……っ! バカ人形がぁっ!!!」
「あだっ!? いだだだぁぁぁああっ!」
異形を倒してもなお、空にはライガの悲鳴と尻を叩く音が響き渡った。
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