第13話「ステータスオープン」
「ううう……。まだ少し頭がクラクラする……」
ようやくノクスの意識が戻る。目の前には、まだ景色がぼんやりと映り込んでいた。
「ちょっと、大丈夫? 今回はかなり長い間昇天してたわねぇ~」
「だ、大丈夫です。さすがレオン君……、まだ心臓がバクバクしてる……!」
「ノクスさん、何だか随分と明るくなられましたね?」
リアナは優しく微笑みながら話を切り出した。
「え? そ、そうですか?」
「ええ。まるで以前とは別人のようです。今の貴方のほうが私、好きですよ?」
にっこりと微笑むリアナに、ノクスは照れ笑いを浮かべた。
「あ、はは。恐れ入ります……。失礼しました、報告を続けますね」
◆◇◆◇
レオンを再び壁際に下がらせ、3人は先の件に関する問題について報告を始めた。
「しかし……結局、謎が増えただけのような気がします。お二人はどう思いますか?」
リアナは首を傾げている。
確かに、レオンからの情報が今回の件に結びつくのか、いやそもそも関係があるのかどうかすら分からない。
「ええ。転移ゲートの座標軸が乱れることは極めて稀です。通常なら離れた空間を繋ぐ接続術式の安定性が保証されていますが、外的要因によって強制的に干渉された場合、座標軸が歪む可能性はゼロではありません」
「そうねぇ? まぁ、たまたま今回の件と被っちゃっただけって可能性も否定は出来ないわねぇ」
3人は静かに思案を巡らせた。ノクスの疑問に苦悩する表情、リアナの冷静な視線。そしてグリオールの飽きたという顔、それぞれ、結びつきそうでなかなかつながらない事実を探していた。
「では一度、私の持っている情報と照らし合わせてみましょう。何か糸口が見つかるかもしれません」
リアナは隣に控えていた執事に視線を送った。
頷いた執事はすぐさま懐から紙束を取り出し、手際よくテーブルに並べていく。
全てを並べ終えると、彼女は小さく呪文を唱えながら手をかざした。
その瞬間、紙の束が一枚ずつふわりと宙に浮かび、静かに並んで舞い上がる。
「大聖女様、その資料は?」
「あの日、異形が襲来した日の時間帯に起こっていた出来事をまとめてもらいました」
そして、リアナは浮いている資料の中の1枚を指差して続けた。
「私は街の行商人の荷物に召喚用の媒体が紛れ込んでいたのではないか、と睨んでいます。あれだけの軍勢が、防衛結界をすり抜けてあんな短時間で現れるのは、どう考えても召喚術以外考えられません」
「召喚術がきっかけってのにはアタシも同意見ねぇ。でも、そんな容易く検閲を通れるかしらぁ?」
グリオールは、腕を組みながらも、その姿勢には決して安心感を見せることなく、少しだけ身を乗り出した。
「そうですね……。考えにくいことです。そもそも、目的が分からない……」
リアナは、思索にふけるようにゆっくりと答える。
その目はどこか遠くを見つめ、答えを探している様子で続けた。
「それに予言にあった“来たるべき日”は、もう少し先のはずです。せめて侵入経路だけでも突き止めておかなければ」
その冷静で理知的な口調には、何かしらの危機感があるように感じられた。
時折、手元に浮いている資料を一つ一つ確かめながら、思い浮かべた様々な可能性に頭を巡らせているようだ。
「んん……? ふぁあ……っ」
と、その時。
気絶していたライガが目を覚まし、あくびをしながら体を起こした。
そして、リアナの眼前にフワフワと光りながら飛び交う紙の資料を見て、何かを思い出したような様子で呟いた。
「あれ? なんだよ。あんたも【ステータスオープン】使えんのか?」
「……え? すてい……たす?」
その言葉に、リアナはきょとんとした顔でライガを見つめた。
「ちょ……っ! ライガ、お前はまた……っ!!」
「いえ、あのっ。待ってくださいノクスさん!」
リアナはライガを諫めようとするノクスを止める。その言葉が何か引っかかたようだ。
「あの、【ステータスオープン】というのは確か……」
「え? ええ。最近流行ってるみたいなのでライガに教えました。まぁ僕のはボロボロにされた挙句、火にくべられて、表示はさせられても機能的には使い物になりませんが」
ギロリとライガを睨むノクス。
ライガはプイッと素知らぬふりで顔を逸らす。
「ああ、そういえば流行ってますよね。私も知っています。確か“ウィンドウ画面”から武器やアイテムを取り出せる……とか――……」
――と、そこでリアナはハッとする。
「ノクスさん、その【ステータスオープン】というのは、武器やアイテムが自由に出し入れ出来るんですよね? 具体的にはどういう原理ですか?」
「え? ええと……。ステータス表示等は、使用者の状態とリンクする“リンク人形”の術式の応用です。武器やアイテムの取り出しも結構単純な原理ですよ? 空間術式で作っておいた空間に格納されている武器やアイテムをあの画面から接続術式で取り寄せてるだけ……」
ノクスの説明を聞いて、グリオールとレオンも何かを察したように目を見合わせる。
「ねぇ……ノクス? それって簡単に言うと、転移ゲートで別空間を繋げるのと同じ原理よね?」
「え、ええ。確かに、仕組みとしては同じですね。どちらも接続術式であること……に、違いは……ない……?」
そして、ノクスも何かを察したように驚愕する。
「お、おいっ! 何だよ、みんないきなり黙って、どうしたんだ??」
ライガは一人置いてけぼりにされたのが気に入らない様子だ。
「グリオール、さっき広場で貴方を刺さしたあの異形……!」
「ええ、まったく気配を感じなかったわ。まるで、いきなり“どこかから現れた”って感じだった。そういえば、最近になって格納空間の中の物が勝手に無くなったって報告が何件か上がってなかった?」
二人の会話を聞いていたリアナは、宙に浮いている報告書の一枚を確認する。
「……この報告書によると。昨日、守護者召喚を行っていた者が一人、誤って“馬”を召喚して、蹴られて入院した……と」
「あ、はい。それなら聞いています。不運な事故だと思いますけど……。って、あれ?」
「ふぅ~ん?? よくよく考えてみれば怪しさ満点ねぇ? ソイツが召喚したのって本当に“馬”だったのかしらぁ~?」
リアナは何かに気づいたようにガタっと椅子から立ち上がると、すぐに執事に命じた。
「昨日、召喚に失敗したという者に至急連絡を取ってください。早く!」
◆◇◆◇
リアナは大きなため息を何度も吐いていた。
「驚愕の事実です……。言葉もありません」
その態度を心配しながらも、同じようにノクスも落胆していた。
「ええ。まさか守護者を召喚しようとして、異形を呼び出してしまっていた……とは」
ノクスの言葉を訂正するようにレオンが口を挟んだ。
「失礼ながらノクス様、その言い方では語弊があります。先ほどの報告では、その天人の方は守護者を召喚する前に上手く“ステータス画面”の説明が出来るか心配になったと仰っていました」
レオンに続いて、暇そうにしていたライガも口を挟む。
「んで、自分で【ステータスオープン】して武器を取り出せるか確認しただけって言ってたな」
二人の言葉に、ノクスも頷く。
「ええ。そして“武器一覧”メニューから突然、大勢の異形が溢れ出したとの話です。通常なら個々人の格納空間が独立しているはずなのに、知らない異空間に繋がってしまったらしい」
グリオールも呆れたようにわざとらしい溜め息を吐く。
「で、その事実が公になるのを恐れて報告書には“馬”を召喚したと偽った……と。そりゃあ自分達の“敵”を呼び出しちゃったら、つい隠したくなる気持ちも分かるわねぇ?」
皮肉たっぷりに言いながらも、どこか本気で怒っているようには見えない。
リアナも同じく、深いため息を吐いた。頭のこめかみを指先で押さえ、厄介ごとに巻き込まれた現実をじわじわと噛みしめるように。
「ただ、これで侵入経路は分かりました。ステータス画面……というより空間自体に予め細工がされていて、ボタンを押した瞬間に各収納空間ではなく、異形達がうごめく別空間にアクセスしてしまうようです」
グリオールも不機嫌そうに口で何かを噛んでいるのか、クチャクチャと音を鳴らしながら、続いた。
「クッチャクッチャ……。はぁ、まったく! それで合点がいったわ。さっきノクスが話してたとおり、外部から無理に空間への干渉があったせいで、転移ゲートがモロに影響を受けたのねぇ」
その言葉に、ノクスはハッとして顔を上げた。
「だから、僕も自分のアイテムを収納してある格納空間を開けようとしたとき、アクセス出来なかったのですね。あ、そういえばグリオールを襲った異形はどこから……?」
「ああ、ほら。あの時ノクスが服を着替えたライガちゃんに合わせてリンク人形を同期させたでしょ? その時、一瞬だけどその別空間にチャンネルが繋がったんじゃない?」
「なるほど、しかしライガとリンク人形の接続が切れていないことを踏まえると、既に接続されている術式は無事のようですね」
「逆に、そのせいで誰も気付かなかったのね。ほら、最近は転移ゲートも常に接続しっぱなしのとこも多いし。でも今思えば、格納空間の異常報告があった時点で何か対策しておけばよかったわねぇ。まさかこんな事態につながるなんて……」
二人の会話を聞いて、リアナも結論を出す。
「言い換えるなら、これから新たに別空間への接続術式を使用するのは危険……ということですね。すぐに関係各所に通達せねば!」
天人3人の会話をあくびをしながら聞いていたライガだったが、ふと、何かに気づく。
「んん? あれ? ん~……??」
「ん? ライガ。どうしました? また何か思いついたのですか?」
「いや、思いついたっていうか、な~んか忘れてるような……?」
「忘れてる……? 何をです??」
「ほら、【ステータスオープン】がどうのこうのってさっき誰かが……。あっ、あのジジイだ!」
その言葉を聞いた瞬間、ノクスとグリオールの脳裏にジルミスの言葉がよぎる。
『いえいえ、ちょっとした雑談ですよ。私もこれから召喚の儀を執り行うので……』
ノクスはグリオールと顔を見合わせ、同時にハッとした
「――――まずいっ!!!!??」
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