ハイリ—の過去
創作イラストにストーリーを後付け。
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長期に渡り組織で共に働いていたハイリーが組織から抜ける、と葉から聞いたメイリン。
動揺は隠せなかったが、止めるつもりはない。
ただ、組織を抜ける理由は知っておきたい、と思った。
メイリンは任務が一旦落ち着いた頃合いを見計らって、山奥にある自宅にハイリ—を呼ぶことにした。
弟のユイリンは街へ買い出しに行かせた。任務のパートナーでもあり、友人でもあるハイリ—と女二人で久しぶりにゆっくり話したいと思ったから。
「単刀直入に聞くわね」
やってきたハイリ—に早速お茶を出しながらメイリンは口を開いた。
「葉さんから、組織を抜けるって聞いたけど、ほんとなの?」
ハイリ—は口端を少し上げて笑った。
「聞いたところで止めないんでしょう?それでも聞くの?」
見透かしたような、落ち着いたセリフにメイリンは思わずたじろぐ。
「辞めた後、ラムのクラブに身を落ち着かせるとは聞いたけど…それがどうしても理由がわからなくて」
ハイリ—は再び口端を上げて静かに笑った。
「確かにハイリ—はラムにもお世話になってるとは思うけど、ハイリ—ならわざわざクーロンに留まらなくても他にもっといい場所があると思うの。香港とか、上海とか…」
「上海ねぇ…」
ハイリ—はそう言って出されたお茶を口に含んだ。
「葉さんには言い尽くせない程お世話になったけど…任務をこなしていって、今までたくさん汚い事を目にしてきたでしょう?人身売買、売春、麻薬、汚職、密猟、殺人…。そんな生活にとっくに慣れたと思っていたけど、ふと平和に学校に行く無邪気なシュエガオを見た時にどっちが現実かわからなくなってきた、といったらいいかしら」
メイリンも同意するように、深いため息を吐く。
「法で裁けない悪人を裁く。とはいえ、確かに私たちの心がボロボロになる時もあるわよね」
「何が正義で何が善か、もちろんまだ続けたい気はあるの。でも…」
「……?」
ハイリ—は穏やかな笑みを見せた。
「自分の気持ちに一区切りついた気がするの」
「過去の…こと?」
「それもあるかもしれない」
「それも…?でも、ハイリ—が気持ちに区切りがつけられたのなら、私も嬉しい。もちろん組織を抜けることも反対しないし」
メイリンはハイリ—から自身の過去の事を少し聞いたことがあった。自分は現代人ではなく過去からやってきたのだと。
でもハイリ—にはまだメイリンにも、ラムにも言っていない過去があった。隠すつもりはないけど、それは自分の中だけに留めておきたい辛い過去でもあり、想い出でもあったから。
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私の将来は、私が生まれる前から決められていた。親、祖父が勝手に決めた政略結婚。
役人だった祖父が、自分達の役職安泰のために、知人の役人と結託して互いの孫を結婚させようと計画を立てていたからだ。
こうして私は一度も顔を合わせたことのない、役人の妻となった。
生活は相手に操られ、利用され、かごの中の鳥のようなものを想像していた。
ところが実際は違った。
私の、相手に対する無関心にも意を介さず、相手は私に礼を尽くした。それどころか仕事で時間が取れない事があると謝罪することもあったほど、馬鹿がつくほど真面目な人だった。
どんなに冷めた対応をしても、機嫌が悪い振りをしても、あの人は怒ることもせずにいつも笑っていた。そして、私の好きなように暮らしてくれればいいとよく言っていた。
結婚生活も半年が過ぎた頃、世界情勢が怪しくなってきた。アヘンがそこら中に蔓延し始めてきたからだ。社会は不安定になり、治安も悪くなった。
それに伴い、役人であるあの人も忙しくなりだんだんと帰宅がままならなくなる。
不思議な事に、この頃からあの人が家に帰ってこないと不安が募るようになった。
帰宅する日があっても疲れているだろうからと、余計な気を遣わせないよう会話を控えたりした。
そんな日々の中、あの日は突然来た。
数日ぶりに帰宅したかと思ったら、今までに見たこともない程に疲労、というよりはげっそりと頬がこけ、体はやせ細り、目は虚ろで、まるで病人のような姿になっていた。
初めて会った時とはまったくの人相。
アヘンだとすぐに分かった。
馬鹿真面目なあの人の事だから、自分からアヘンをやるような人ではない。きっと、あの人は上司にアヘンをやるよう勧められたのだと思った。
本来なら取り締まる立場の人が、自分の立場を利用して金儲けのために目障りな真面目な人物を消していった、という考えが浮かぶ。
馬鹿真面目で馬鹿正直なあの人なら、アヘンを取り締まろうとやっきになっていたはず。そんな人物は袖の下の奴らからすれば邪魔でたまらなかっただろう。
なぜなら、祖父も父も役人でありながら、取り締まりには弱腰だったからだ。そのせいで今でも自宅で悠々自適な暮らしをしている。この廃人化が進んだ混乱と貧困社会の中でも。
これがあの人を見た最期。自分の腕の中で冷たくなっていった。
廃人化していても私が待っているだろうと家に帰って来たあの人の気持ちを考えると、頭がおかしくなりそうだった。
思い出すのはあの人の笑顔と優しさと自由と…全て残してもらったものばかり。
私はあの人に今まで何をしてきた?何を残してきた?
思えばあの人だって生まれる前から将来を決められていた。なのに私は自分の事ばかり考えていて…。 将来に不安を抱えていたあの人はきっと、私にはせめて不自由のない生活をと、この時になって初めてあの人の愛情がどれだけ私を支えていたかを思い知らされる。
私は今までなんて酷い事を…。
気付くと走り出していた。
行く当てもなく、胡同をとにかく走った。
途中、出会い頭に小太りの男性とぶつかって何か言われたけど、そこから後の記憶が————ない。
意識が戻ったのは見たことのない薄暗く小汚い通路の風景。
子供が現れて私を物珍しそうに見にきたかと思ったら、しばらくして保護者なのだろうか、一人の男性を連れて来た。
あ…あの顔は、まさか…?
あの人は生きてた?そんなはずがない。あの人は廃人となって、さっき死んでしまったのだから。
落ち着いて顔をよく見てみれば、どこか違う。やはり私の見間違いだった。
「名前は?」
男は私の名前を訊ねたけど、そんな気力はない。顔も涙でぐしゃぐしゃだ。私のことなど放ってどこかへ行ってしまえばいい。
その時微妙に手に力が入り、スカートにある硬い物にようやく気付く。
これは、あの人が帰って来た時に渡そうと思って買っておいた煙管。結局使ってもらうことなく、廃品になってしまった。
こんなもの……!
「おいおいおい、落ち着けって。裸足じゃねぇか。ほら」
男はそう言って、腰を下ろし私に背中を向けた。
「怪我した足で歩けねぇだろ。おぶってやる」
「ぶ、無礼者!私を背負うなど失礼な!」
「は?どこのお嬢様だよ。ここはクーロンだぜ?」
「クー…ロン?」
九龍城塞はこんな一般人も住める場所だっただろうか?そんなはずはない。清国を英国や異国から護るために作られた砦だと聞いていた。一般人はともかく子供が居るのはあり得ない。
それに、私が暮らしていた場所は上海。どうして私は今香港にいるの...?
「ここを知らないのか?底辺の奴らしかいねぇが、慣れりゃあそれなりに快適な城だよ」
そういえば妙な服装、見たこともない道具、景色…。あの小太りとぶつかった後、何があったの?
「取って食いやしねぇよ。まずは俺んとこに来て着替えたらどうだ。落ち着くまで好きにしてりゃいい」
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あの人の最期にあの人の真意を知った。だからあの人だけに生涯を費やそうと決めた。なのになぜかラムの顔が重なる。
「ハイリ—?」
メイリンにしばらく自分の名前を呼ばれていた事にようやく気付くハイリ—。
「ごめん。ちょっと…昔話を思い出してた」
「ハイリ—らしくないわね」
あの後、大人しくラムにおんぶをされてクラブに運ばれた。ラムの所に居候が決まった時、持っていた煙管は礼としてラムに渡ることになる。本人は、まさか清朝の年代物の古物だとは知らない。
pixivにてハイリ—イラスト公開してます。
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