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パカラな気持ち

 最近は少しずつSFをかじりだしていて、仕事の帰りに古本屋に寄ることが多くなった。しかし片っぱしから買い占めて積んでいくような浪費癖は元々ない方だから、寄っても見物ていどで終わることがほとんどだった。それが今夜は、以前から気になっていたイスラム系サイバーパンク小説をついに買うことに決め、僕は久々に趣味にお金を使ったものだから、しばらくとても満たされた気分になって帰り道を歩いていた。

 歩いていたけれども、だからといって人生とは中々好転しないものなのだ。このまま帰れば部屋には本物のユニコーンが住み着いていて、僕は数日間その対処に困っている。僕の人生が好転しないのは、今夜みたいな小出しの幸せが、部屋にユニコーンを呼び寄せやがったのだろうか。

 鳴くこともなく絨毯の上を駆け回って、その踏み込んだ足跡から優しい光が漏れるのを黙って見ていると、ユニコーンはつぶらな瞳をこちらに向けたまま動かなくなり、部屋を変な緊張感が支配する。昨日はユニコーンが勝手に出したフンがみるみる全裸の人間に変形しだした。どうやら意思を持っている様子のソイツは「恥ずいよ、そんな見んなよイヤだよ」と言って顔を覆いながら泣きだし、ベランダの窓から飛び出してそのまま下に落っこちてしまった。僕の住んでいる部屋は五階だったから心配になってマンションの外を見に行ったが、そこには地面に左右二つの足跡が残っていただけで、とっくに遠くへ逃げてしまったのか、幻みたいに消えてしまったのか行方はまだ分かっていない。

 そうだ。このまま素直に家に帰れば、僕は今夜もユニコーンからの嫌がらせを受けるだろう。痛いとか苦しいとかいうことはないけれど、決して帰りたいとは思わない。どうしても帰りたくない。それならば僕は一体どこへ行けばいいのか。

こんな夜になると僕らは、必ずコンビニを求めて歩き出してしまう生き物だった。とぼとぼ帰っていた道中に見つけたコンビニは、周りでやっている他の店と比べても一際明るく映って感情のない涙がにじんだ。

 コンビニの中にはレジ店員が一人と自分含めて客が二人、なるほどコンビニを求め彷徨う生き物が二人だ。今夜ばかりは少数派の生き物のためだけにコンビニがこの場所で開いていてくれたのだと思った。プレミアムロールケーキを手に取ってレジに向かう。

「いらっしゃいませー。」

「コーヒーのSもお願いします。」

「はい。スプーンはお付けしますか。」

「あ、お願いします。」

 まあこんな風な流れ作業だ。客と店員を演じ合うんだ。

「20円のお返しです。」

「ありがとうございます。」

「ありがとうございましたー。またお越しくださいませー。」

 自動ドアの先は3月だというのに寒かったが、僕は駐車場の横の辺りでプレミアムロールケーキとコーヒーを交互に味わった。スマホも交えながら、なるべく時間をかけて過ごしていた。あとから自動ドアの音がして、反射的にそっちを向くと、さっきのコンビニの生き物のもう一人が出てくるところだった。夜中にだけ近所を散歩する引きこもり少女、は僕の勝手に起こしたイメージだが、少なくとも着ている服とか顔つきなんかはそんな感じで、背丈も考慮すると中学生くらいだろうか。そんな色白の少女がコンビニを出てきて、ロールケーキとコーヒーを両手に頬張る僕の方へ近づくなり、

「あの、私自作で心理テスト作ってるんですけど。」と口にした。

「へー。」

 返答に悩むよりも冷たい返しが先走っていた。だが考えてみれば、プレミアムロールケーキを独りでしかも屋根のないところで食っている人間に対し、急に会話を仕掛けてきた彼女の方こそ冷酷な気がしないでもない。結論としては、少数派の生き物とはまさにこんな風なのである。

「あ、えっと。自作で心理テストを作ってまして。なので、質問いいですか?」

「ああ、質問ね。はい。」

「ロールケーキは食べてても大丈夫ですよ。」

「ああ、うん。」

 すると少女はポケットからスマホを取り出して質問を始める準備をした。

「じゃあ行きますよ。あなたは夜中眠れず、ついついスマホを手に取ってYoutubeを開きました。おすすめをスワイプし続けるうちに一つの動画が目に留まります。明らかに誰かのイラストを無断使用しているサムネで、タイトルの表記と再生時間を見て音楽の動画だと分かりました。アーティスト名や曲名は聞いたことがありません。あなたならこの音楽のジャンルは何だと思いますか。」

 「長くないか」、と言いかけたがあんまり熱心に説明されたのでマジメに考えることにした。僕は実際の経験から「電波ソング」と回答した。

「ほお電波系ですか。なるほどなるほど。」

「で、テストの結果は。」

「結果? ああ、すみません勘違いさせちゃいましたね。あのこれ、まだ作り途中のテストなんですよ。色んな人にこの質問をしてみて、どんな人が何て答えたかをここに記録しているんです。そこから数値分析とかして心理テストを作るんですが……なのでまだ結果とかはありません。」

「へー。じゃあよかったら他の人の回答教えてよ。」

「ああ、いいですよ。えっとK-pop、J-rockが多くて、カフェジャズ……」

 このあと僕らは数分ほど話し込んで、その中でもハイライトだったのは彼女のこの言葉だった。「きっと偏見を冗談で包み隠すと心理テストになるんですよね。」普段気にも留めない世界に暮らす人間の持っている哲学。それを受け取った僕の心の中で、不思議とユニコーンのいる部屋に帰る決心が着いた音が響いた。あの娘は心理テストという狭い世界に住んでいて、世界が広いのはああいった狭い世界がいくつも連なるからで、これだけ抽象的な考えが、抱えの何かしらの悩みに対する決心に繋がるなんてことこそが、夜のコンビニの魔力なのだった。

 玄関を開けて忍び足で入ると、案外ユニコーンは足を畳んでぐっすり眠りについていた。決心とは結末を知った途端に大した決心じゃなかったと思い直すなんともマヌケなものだった。僕は支度を済ませて布団に入り、いつになく大人しいユニコーンの寝顔に今日の振り返りを浮かべてみた。イスラム系サイバーパンク小説、帰りに寄ったコンビニ、僕らという少数派の生き物、心理テスト、隣で寝息をたてる本物のユニコーン。生成された思い出の羅列を俯瞰し、もしかしたらこれは夢じゃないかとも疑ったが、夢の中で生き物が寝ている場面など意外と一度も見たことがないことに気が付いた。そしていつの間にか夢すら見ない深い睡眠に入っていた。

 次の日の朝、キャスターがマイクを握る中継先の渋谷では、大型ビジョンでAkiba-popが流れていて、これも何かの心理テストかと思った。昨晩のことが思い出され、言葉も通じないのにユニコーンの無表情に顔をやると、また何か新しい生物をひり出している、変な緊張感が朝っぱらからこの部屋を支配していた。

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