クリスマスと雪の精
それはある冬の夜のことでした。
「マイケル」
ジョンは二段ベッドの上から、下で寝ている弟に声をかけます。
「ううーん」
それでも目を覚さないので、ジョンはベッドのはしごを降りると、マイケルの肩を揺さぶりました。
「マイケル、起きろ」
「ううー、まだ眠いよぉ。にいちゃん、なにぃ?」
「あそこに誰かいる……!」
「ええ?」
マイケルがジョンの指さす方を見ると、窓の向こう側で人影がゆらゆらと揺れているではありませんか。
マイケルの目は一気に覚めました。
「ど、どうしてカーテン閉めなかったんだよう、にいちゃん!」
「それはお前の役目だったろ? 早くカーテン閉めてくれよ!」
「やだよう、こわいよう! にいちゃんが行ってよう」
「ぼくだっていやだ!」
「ずるいよぅ」
ジョンとマイケルが言い合っていると、その人影がこんこんと窓を叩きました。
「ひ!!」
「うあああ!」
「怖がらないで」
人影から声が聞こえます。
月明かりでうっすら見えたその姿は、顔の青白い、具合の悪そうな女性でした。
「助けて、ください……」
その声はやわらかく、二人の恐怖心は一気に吹き飛んでいきます。
「女の人だ!」
「だいじょうぶ!?」
〝困っている人がいたら助けてあげましょうね〟とお母さんから言い聞かれていたジョンとマイケルは、すぐさま窓へと近づきました。
ジョンがガタガタと音を立てて窓を開けると、冷たい風がびゅおおっと部屋の中に流れ込んできます。
こんな夜更けに、女の人が外にいるのはおかしい……ということくらい、まだ幼い二人にだってわかりました。
「どうしたの、おねえさん」
ジョンが聞くと、そのおねえさんは具合の悪そうな顔を無理やり笑顔に変えます。
「ありがとう、坊やたち。ひとつお願いがあるの」
「お願い? それよりおねえさん、そんな格好で寒くないの?」
白いワンピースを一枚着ただけの姿は、誰が見ても寒そうでした。
「ぼくのマフラー、かしてあげるー!」
マイケルがさっとマフラーを取り出しましたが、おねえさんは受け取ろうとしません。
「いいえ、マフラーよりも欲しい物があるの」
「欲しい物?」
「なにー?」
「それはね、氷よ」
「……氷?」
ジョンは首を傾げました。冬に氷を欲しがる人になんて、会ったことがなかったからです。
けれど弟のマイケルは気にも留めず、任せてとばかりにうなずきました。
「まってて、すぐにもってくるー!」
マイケルはすぐに冷蔵庫に向かうと、ボウルいっぱいに氷を入れて戻ってきました。
「ありがとう、坊やたち」
「ぼく、ぼうやじゃなくてマイケルだよ」
「ぼくはジョン」
「マイケルにジョン……いい名前ね。ありがとう」
そう言っておねえさんが氷に触れた瞬間、氷はパァンと砕け散りました。
こなごなに砕け散った氷は、まるでダイヤモンドのようにキラキラと輝きながら、おねえさんの体の中に入っていきました。
「すごーーい、きれー!!」
「お、おねえさんは一体……」
喜ぶマイケルとは反対に、ジョンは少し体が震えました。
だけどおねえさんの顔は元気を取り戻していて、嬉しそうににっこりと笑っています。
「私は、雪の精。今年は暖冬で力を失くして困っていたの」
「雪の……精?」
ジョンが目をぱちくりしていると、マイケルが「だんとうってなぁに?」と首を傾げました。
暖冬とは、暖かい冬のことだとジョンが教えると、「こんなに寒いのに?」とやっぱりマイケルは首を傾げていましたが。
「まだ雪が降ってなかっただろ。いつもは、十二月に入った頃には雪が降ってるっていうのに」
「今ってなん月だっけ?」
「十二月! 明日がクリスマスイヴだって、はしゃいでたじゃないか」
「あ、うん、そうだった!」
もうすぐサンタクロースがやってくることを思い出して、マイケルは笑顔になりました。
けれどジョンはマイケルの顔を見て心を痛めます。今年はサンタクロースが来るとは思えなかったからです。
なぜなら、今年は暖冬。雪が降っていません。
雪がなければ、サンタクロースは来られないかもしれないのです。
ジョンは、もしサンタクロースが来られなかった時のためにと、マイケルにプレゼントを用意していました。
だけど、自分のお小遣いのすべてを使っても、買えたのはミニカーがひとつだけでした。
これではマイケルが喜んでくれるかどうかわかりません。
本物のサンタクロースのプレゼントではないと、バレてしまうかもしれません。
そうなってはきっと、マイケルをがっかりさせてしまうことでしょう。
「優しい子ね、ジョン」
ジョンの暗くなった顔を見て、雪の精は心を読んだかのように微笑みました。
「大丈夫。さっきくれた氷と二人の優しい心のおかげで、力を取り戻せたわ。本当にありがとう」
「よかったねー!」
マイケルが無邪気にニコニコ笑います。
ジョンはその不思議な雪の精をぼうっと見つめました。
「おやすみなさい。心優しきジョンとマイケルに、たくさんの幸せが降り注ぎますように……」
雪の精はそう言うと、キラキラと音を立てるようにして光を放ち、次の瞬間には消えていました。
「こーーらーー、いつまで寝てるの! 起きなさい!」
ジョンがハッと気づくと朝でした。
二段ベッドの上から下の段を覗くと、マイケルがくぅくぅと音を立てて寝ています。
「おい、起きろ、マイケル」
「うー、うーん……あさぁ?」
マイケルは目をゴシゴシ擦りながら目を覚ましました。
ジョンは昨夜のことを思い出しながら、マイケルにたずねます。
「なぁ、きのうの雪の精のこと、覚えてるか?」
「え……ゆきのせい? なにそれ?」
マイケルは首を傾げました。それを見て、ジョンも首を傾げます。
きのうのことは、夢だったのでしょうか。
それにしては、人影が見えたところから、ジョンはすべてを思い出すことができます。
不思議な不思議な、現実感のある夢でした。
「さぁ、今日はパーティなんだから忙しいわよ!」
おかあさんが大きな声で気合を入れていて、今日はクリスマスイヴだとマイケルが大喜びしています。
そう、今日はパーティです。明日にはサンタクロースからのプレゼントが届くはずなのです。
だけど……と、ジョンは窓から外を見つめました。
雪はまだ降っていません。サンタクロースは本当に来てくれるのでしょうか。
「にいちゃん、お部屋のかざりつけ、いっしょにしようよ! サンタさん、きっと喜んでくれるよ!」
「ああ、そうだな」
ジョンは色紙を取り出すと、一緒に部屋を飾り付けました。
風船を一生懸命ふくらまし、〝ようこそ サンタさん〟とマイケルの代わりに字を書きました。
きっとサンタクロースは忙しくて喉が渇いているだろうからと、マイケルはクリスマスツリーの下にコーラを置きました。
準備はもうバッチリです。
ただひとつ、ジョンに残された気掛かりは──
「あ、にいちゃん! 雪! 雪が降ってきたよ!」
窓に目を向けたマイケルは、外を見て叫びました。
ジョンも急いで窓に寄ると、確かにちらほらと雪が降り始めています。
「本当だ……雪だ……!」
ジョンは空を見上げて、胸がぎゅっとなりました。
これできっと、サンタクロースはやってきてくれるでしょう。
おとうさんが「昨夜から一気に寒くなったからなぁ」と言いました。
おかあさんは冷蔵庫の前で、「たくさん作ってあった氷が、どうして全部なくなっているの?」と首をひねっています。
「つもるかなぁ!」
「積もるさ」
「にいちゃん、どうしてわかるの?」
マイケルの問いに、ジョンは笑って答えます。
「マイケルが、誰よりも優しいからだよ」
ジョンがマイケルの頭をなでると、マイケルは不思議そうな顔をしながらも喜んでいました。
家族みんなでクリスマスを祝います。
楽しいパーティが終わる頃には、うっすらと雪が積もっていました。
二人はおやすみを言って、いつものように眠りにつきました。
そして朝になると、いつもねぼすけのマイケルが、ジョンよりも早く目を覚ましたのです。
「にいちゃん、起きて! サンタさんのプレゼント、あるかなぁ!!」
ジョンはしまったと思いました。
マイケルより早く起きて、先にサンタクロースのプレゼントがあるかを確認しなければと思っていたからです。
もしなければ自分の用意したプレゼントを置き、コーラも飲んでおかなければと思っていたのに、ぐっすりと眠ってしまっていました。
ジョンはミニカーのプレゼントをパジャマのポケットにさっと隠し、ドキドキしながら家のクリスマスツリーを見にいきます。
すると、ツリーの下には──
「わぁあ! プレゼントだー!!」
『親愛なるジョンへ』『親愛なるマイケルへ』とそれぞれ書かれたプレゼントがふたつ。
それに、空になったコーラの瓶がそこにはありました。
「来てくれたんだ……サンタクロース……」
ジョンはホッと息を吐きました。
外を見ると、雪がたくさん積もっています。
サンタクロースは問題なく来ることができたのでしょう。
自分の小さなプレゼントなんて出す必要はなさそうです。
だってマイケルは、大きなクマのぬいぐるみをもらって嬉しそうに笑っているんですから。
「よかったな、マイケル」
大事な弟をなでようと腰を下ろした瞬間、ジョンのポケットから小箱がかちゃんと落ちました。
「なぁに、これ」
「あ!」
ジョンが拾うよりも先に、マイケルが開けてしまいました。
「わぁ、消防車だ!!」
「ちが、それは……っ」
ジョンは焦りました。
サンタクロースのプレゼントはマイケルと同じくらいの大きさだというのに、それは手のひらサイズの小さなミニカーだったからです。
「これ、ぼくにくれるの? クリスマスプレゼント!?」
「ああ、でもサンタさんにもらったんだから、そんなのは──」
「ありがとう、にいちゃん!! ねぇねぇおかあさん!! にいちゃんにクリスマスプレゼントもらったよ!!」
ジョンはその小さな消防車を持って、おかあさんのところへと駆けていきました。
大きなクマのぬいぐるみをその場に置いたまま。
「まぁ、よかったわねぇ」というおかあさんの声が聞こえました。
その声とは別の女性の声で。
『優しい子ね、ジョン』
どこからかそんな声が聞こえた気がしました。
外はしんしんと雪が降り続いています。
真っ白なその雪を見ると、とても寒いというのに、なぜだかジョンの心はあたたかくなったような気がしました。
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