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祈海(きかい)  作者: 和泉夜半
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プロローグ

 地球温暖化と騒がれていた時代が懐かしい。もう地球の平均温度は四十五度が当たり前になっている。南極や北極の氷は溶けきってしまい、そこに住んでいた動物は絶滅前に捕獲され、水族館へと連れていかれた。自然界には一匹も存在しないが、絶滅危惧種に指定されるのではないか、と騒がれている生き物がいる。

—それは人間である。

 人間の力は恐ろしいもので。5G(ファイブ・ジー)などといったものは古い。今では6G(シックス・ジー)が普及し、近年では7G(セブン・ジー)の研究が進められている。

 便利なのは良いことなのだ。しかし、それらは健康被害を及ぼすことが研究により明らかになっている。

 このヴァンという小さな国は、干潮時に床上浸水、満潮時は百十センチメートルくらいの高さまで浸水してくる。

 とうとうこの国でも、人間が住めなくなりつつあるのだ。

ここで生活する人間は十五歳のニーナ=グラシア、ただ一人。


 彼女の一日は海が満潮になると始まる。海で魚を捕まえて、家より高い木に登り、木の実を収穫して、食べる。決して健康的な食事とは言えないだろう。そのため彼女は同年代の子と比べると圧倒的に瘦せている。身長もあまり伸びず、百三十センチメートルと平均身長をはるかに下回っていた。

食事の後は歯磨きをして、海水で洗濯をする。

この環境において、電化製品などはほとんどが役に立たない。かろうじて二階は満潮でも無事だが、災害時のことを考え、彼女はそれを置かなかった。教科書や制服など、濡らしてはいけないものを二階に置いている。

 洗濯ものは陽がよく当たるベランダに干し、制服に着替えて家を出る。

 まだ周りが薄暗い時間に家を出ないと、隣の国まで通っているため間に合わない。


 学校に着くころには空は明るく、その国の生徒も登校しているのだ。


 隣国エリノアは内陸国で、海面上昇の影響を受けないで済むはずだった。だが、ヴァンの現状に危機感を抱いた国民の多くは国を去った。

理由があり国を去れない家庭の子供が、教育を受けることができる唯一の学校、シェルテル学院。

かつては幼稚園・保育園から大学まで全てを備えている、名門私立学校だった。

だが現在、全校生徒は五十人。まだこの国に子供は二十人ほどいるが、学費を無料にしてもなお、教育を受けさせる暇があるくらいなら家の手伝いをと、教育を受けさせないことを選ぶ家庭が後を絶たない。


 彼女が通う中等部には八人が在学し、クラスメイトは三人。

 彼女が教室の扉をガラガラと開けると、黒板消しが頭上から降ってきた。そしてチョークの粉まみれになった彼女をクラスメイトは嘲笑った。

「あら、そんなんじゃ授業をまともに受けられないわよね? 家に帰らないとねぇ」

ギャハハハハと彼女は笑う。

「家族にも見捨てられるくらいだもんね! この国に来てまで教育を受ける意味ある?」

「二人ともほどほどに……」

「何よ。あんたは不満じゃないの? こんな女に私らの場所と生活を、奪われようとしているのよ?」

「別に、そいつが望んでそうなった訳じゃないだろ? いつまで子供じみたことやってんだよ」

「はぁ? 子供じみたですって⁉」

「実際そうだと思わないか? だって、初等部の子たちと同じことをしているんだぞ?」


 このクラスは彼女に対する虐めが絶えない。


 ヴァンの学校は全て廃校となった。仮に存在していたとしても、住人が彼女だけという時点で、経営や環境などが原因でいずれ教育が受けられなくなる。

 それでもヴァンで生活する彼女が理解できないのだろう。

 海面上昇により住めなくなりつつあるこの国に苛立ち、クリスティーネとアロンはその原因が彼女のせいであると考えている。

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