あなたが好きなもの
夕食にありつけた?、ということで家に居る、彼女の。誘われた?、誘い込まれた?、睨まれた?、のだろうか。知り合いだが、元々の関係性は深くない。最初の晩餐で最後の晩餐?、疑問符が付く。ナイフ、フォーク、スプーン、箸等々の並べられたテーブルを前にして、手荷物は鞄の中、部屋の隅。僕は椅子に据え付けられて居る。
彼女はにこやかに訊いてきた。
「その前に。何が食べたい?、何が好き?」
彼女は何でもござれ、という口振り。料理は得意らしい。肉でも魚でも、冷蔵庫をバタンッと開け閉めする。僕を招くのに色々と用意した模様。言って欲しいというアピール。
「ええっと」
咄嗟に気の利いたメニューは思い付かなかった。でも、何か言わないと時間が保たない。昨日も食べたけど、ラーメン……。
「はい、ご注文入りました」
片手鍋がコンロに置かれる。鶏ガラスープ、醤油ベース。卵繋ぎの麺が器に移されると、キレイに切り揃えられた具材が乗せられ、瞬く間に出来上がり。
「美味しい?」
「うん」
それは本当に美味しかった。僕は椅子から離れられない。一本残らず、一滴残らず胃に納める。
「まだ足りないでしょ」
「あ、うん」
彼女は嬉しそうに訊いてくる。
「何が食べたい?、何が好き?」
彼女は再び何でもござれ、と言いたげ。自慢の腕を見せたいらしい。生ものでも、手の込んだものでも。言って言ってのアピール。
「何にしよう……」
お腹との相談。ただ浮かんでくるのは、カレーライス、唐揚げ、カツ丼……。発想の貧しさの、普段よく口にするばかりのメニュー。
「いいわよ、全部食べるわね」
にも関わらず、統一性も何もなしでも、彼女は手際よく調理していく。こなれた包丁捌き、大鍋と中鍋の使い分け。それぞれが次々と出来上がっていく。手伝いなんて不要、片付けすら。僕は依然として椅子に腰が張り付いたまま。
「さあ、召し上がって」
やはり美味しかった。吟味して咀嚼する。アピールするだけのあるところの。量も程々で、全てを余さず平らげられる。
「ご馳走様でした」
彼女は大きな目で、食べる僕のその様をずっと見つめていた。口元を弛ませながら。次は?
「何が食べたい?」
「もう食べられないよ」
十分にお腹は満ちた。これ以上は入らない。デザートは?
「何が好き?」
彼女はそれも何でも、ということらしい。無難にアイスクリームになった。手作りのバニラの。それも堪能して、今度こそ本当に満足。
スプーンをテーブルに置き、ホットコーヒーで口を温めると、彼女と目が合った。何だろう?、はない、僕もそこまで鈍感ではない。胃袋も掴まれて、最初から立ち上がれない状況。今度は彼女の番で、諦めて覚悟を決める。聞いて聞いてのアピールに、君は何が食べたい?、何が好き?
「わたしは、あなたが好き!」
飛び込んできた彼女を受け止める。受け止めた。
首筋に這わせられる口。肉に食い込む歯。
残さず食べてね、とだけ僕は思った。