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一話「魔法の話も程々に」

 出発してから三時間ほどが経った。

 ある程度舗装はされているが、地面はおうとつが激しく歩き難い。

 ハクアは記憶として前世の経験が残っているため、疲れない歩き方を知っているが、ジェンヌは違う。



 思いバックや旗に剣、それらを持ちながら歩く旅なんて初めてだろう。

 バックを持った経験はある、旗や剣を持った経験はある。

 だが、それら全部を持ちながら悪路にも等しい道を歩いた経験はない。



 休憩はこまめに摂っているが、疲れが出るのは必然。

 このまま行くと、今日のノルマ分までに倒れてしまう。

 それ以外にも、ジェンヌの体に負担を掛けたくないハクアは休憩を摂るために足を止めた。



「ジェンヌ、ここら辺でもう一度休憩を摂ろうか」


「だい、じょうぶです。日が昇っている内に、進める所まで進まないと…」


「だけど、そのまま行ったら倒れちゃうよ。旅慣れてないんだから、こまめに休憩は挟まないと」



 諭すようなハクアの言い分に、ジェンヌは怒られた子供のように項垂れてバックを下ろした。

 それを見たハクアもバックを下ろして、中から水筒を取り出す。

 一口だけ飲んだあとはジェンヌにそれを渡した。



「はい。喉乾いてるでしょ?」


「私は自分のが──」


「いや、ジェンヌのは良いやつでしょ?そう言うのはご飯を食べる時に飲んだ方が良いよ。水分を摂るだけだったら水でも充分さ」


「……じゃあ、いただきます」



 渡された水筒の飲み口を数秒見つめると、いきなり顔を赤くして首を横に振った。

 何の行動かサッパリ分からないハクアは、疑問符を浮かべて後の行動を見守る。

 何度か首を横に振ったジェンヌは意を決したのか、勢いよく飲み始めた。



(相当喉乾いてたのかな?もう少し早めに休憩を入れれば良かった…)



 途方もない勘違いをしているハクア。

 まだ顔は赤く、必死に隠そうとしているのか手で顔を隠している。

 ……ポーズ的に少しだけ犯罪臭がするので、ハクアは速やかに目を逸らした。



「…お水、ありがとうございます」


「いえいえ、お互い様ですから」



 戻された水筒を見て、ようやく先程からジェンヌの顔が赤い理由に気付いたが、言わぬが仏。

 そっと心に答えをしまい込んだ。



 …無言の時が流れる中、ハクアは辺りを見渡した。

 道を外れれば、そこは深い木々に囲まていた森。

 一度迷い込んだら、簡単には元の道には戻って来れないだろう。

 下手をすればモンスターと鉢合わせることになる。

 下級レベルだったら二人でもどうにかなるが、中級レベルは二人では勝ち目があまりない。



 ジェンヌもハクアも戦闘技能の訓練はやったことがあるが、それは訓練であり練習だ。

 練習していなかった技を、本番で使うのは不可能だが、幾ら練習しても無理なものは無理。

 生命(いのち)のやり取りが始まった瞬間、練習など意味をなさない。



 どれだけ本当の戦闘をしたかが、勝敗に繋がる。

 有り体に言えば、彼らが負ける理由は経験値不足だ。

 たかが練習で自分のレベルを上げられれば、普通の人間でも英雄になれるし魔王になれる。

 英雄や魔王は、数ある修羅場を超えて晴れて本物になるのだ。



 未だ未熟者の二人には、中級レベルのモンスターに出くわしただけでも死に繋がりかねなない。

 だからこそ、ハクアは休憩の合間に神経を研ぎ澄ませて、辺りの気配を探る。



(昔から、気配を探るのだけは褒められてたっけ)



 剣術の腕や武術の腕、どちらも中の上程度だったハクア。

 基本的なもの全てが中の上な彼が、唯一褒められたのが気配を察知する能力だった。

 今の彼は昔よりスペックが二回りほど良くなって、どれも上の下。



 最終的に戦うことが嫌いなハクアにとって、上の下程の技能はお飾りに過ぎないのだが……。



(……居る。モンスター…にしては気配が薄い。ただの野生動物か?)



 モンスターの方が野生動物より圧倒的に、食物連鎖で上に立つが生き残っているものも居る。

 そうでなければ狩りなどは成立しない。

 モンスターの殆どは、倒されたら魔石と言う綺麗な石になる。

 稀に希少な部位を遺す個体も居るらしいが、本当に稀だ。



 ジェンヌが立ち上がったのを見て、ハクアも気配を探るのを中断し立ち上がる。

 充分休めたのか、ジェンヌは笑顔で準備をし始めた。

 それに習うように、ハクアも旅を再開するために準備を進める。



 数分も掛からず準備は終わり、歩き始めようとしたその時……



「わん!」


「ひゃっ」


「……狼?」



 茂みの中から銀色の毛で覆われた狼が現れた。

 ジェンヌは驚いで声を上げてしまったが、狼だと分かると柔和な笑顔で近付いて頭を撫でようとした。

 普通の野生動物なら、彼女の溢れ出す神々しさに懐柔されてしまうのだが……その狼は違った。



 いや、彼らの()()()()と言う確信が見当違いだったのだ。

 少しづつ近付く手、不思議と嫌な予感がしたハクアは、一瞬たりとも狼から目を離さなかった。

 そして、彼の嫌な予感は当たってしまう。



 触れる直前、一瞬だけ狼の黒かった目が紅に変わったのだ。



「ジェンヌ!触っちゃダメだ!」


「えっ?」



 ジェンヌが驚いで手を止めると、狼擬きは痺れを切らしたのか彼女に飛かかる。

 何とか間一髪でハクアが横っ腹に蹴りを喰らわせて距離は取れたが……



 狼擬きの体が醜く変化していく。

 ハクアが蹴った横っ腹の辺りとその反対側、元々足が有った場所からも蜘蛛の足が皮膚を貫いて飛び出した。

 蜘蛛と同じく合計八本の足と紅く変化した目。



「下級モンスターの『ウルフスパイダー』…か」


「逃げる、と言う選択肢はあるのでしょうか?」


「無理だね。ウルフスパイダーの特性は目の良さと機動力の良さだ。普通の狼よりは遅いけど、こんな木々が生い茂っている場所じゃ逃げるだけ無駄だ。…それに、夜になってもあっちの目は、僕たちのことを簡単に捉えることが出来る」



 狼の体に蜘蛛の足、紅い目は暗闇でもあらゆるものを見通す。

 この世界の原初の住人達。

 戦うのは避けたいハクアだが、相手にその気はないらしい。

 ジリジリと詰め寄ってくるウルフスパイダー。



 ハクアはチラリとジェンヌが腰に固定している剣を見た。



(僕の知識に間違いがなければ…あれはフィエルボワの剣)



 聖女ジャンヌ・ダルクが持っていたとされる剣。

 彼の知識に間違いはなく、ジェンヌの持つ剣には五つの十字架が刻まれている。

 その剣に逸話がある訳では無いが、充分な武具の筈だ。

 ハクアは迷いなく、ジェンヌの腰に固定されていたフィエルボワの剣を抜いた。



「ハクア?!」


「下がって。君は加護で援護をしてくれると助かる」


「で、ですが!」


「いいから!」



 苦い顔をしながら、ジェンヌは後ろに下がる。

 それを確認したハクアはウルフスパイダーと向き合った。

 後ろでジェンヌが加護を掛けてくれているようだが、気にしている余裕はない。

 大方身体強化の加護だろう。



 徐々に体に温かいものが流れ込んでいく感覚。

 傷を治す時とは違う感覚にむず痒さがあるが、段々と力が湧いてくる。

 目の前に居るウルフスパイダーは油断すれば一も二もなく飛び掛ってくる。



 ハクアは嫌々ながらも、自分の能力を使った。

負感情操作(ふかんじょうそうさ)』、名前の通り相手の負の感情を操作する。

 相手に生命が宿っている限り使うことが可能。

 例え相手に負の感情がなかったとしても発動可能で、持続時間の制限はない。



 …いや、ないと言うと語弊が生まれるから訂正するが……ハクア自身も正確には分かっていないのだ。

 何せ、彼はこの能力を本気で使った事がない。

 能力の効果範囲や対象制限も明確には分かっていない。



 底がしれない能力であり、欠点だらけの能力でもある。

 ハクアはそれを使って何をするつもりなのか……答えは簡単だ。

 自分に対する敵意を上げたのだ。

 敵意を負の感情と類して良いのかは謎だが、ハクアが負の感情だと思えばそうなる。



 相手に敵意を向けるということは、何かしら不快な感情を抱いたか、ただの生存本能。

 あまり選択肢は多くないが、都合の良い理由をこじつけえしまえば良い。

 そうすれば、彼の中では敵意が負の感情であると定義される。



 そして、敵意が上がれば抑えは効かなくなる。

 飛び掛って来たウルフスパイダーの足を剣でいなす。

 だが、ウルフスパイダーは上手く着地して、今度は糸を吐いてきた。



(あれは喰らったら不味いやつか…粘着性もあるって言ってたし)



 記憶を頼りに戦闘を進めるハクアと、その後ろで援護しようとするジェンヌ。

 持ち前の機動力で翻弄してくるウルフスパイダーに四苦八苦しながらも、何とか戦闘は成立している。

 時たま飛んでくる糸を躱して、迎撃しようとするが如何せん軽々と躱されてしまう。



 見極めるためによく見て…よく見て…。

 ここだ!と思った瞬間に剣を水平に薙いだ。

 すると、足に掠ったのかウルフスパイダーの機動力が一時的に落ちる。

 ジェンヌは好機を感じて、掌に魔力を集中させて呪文を紡いだ。



「ファイアーバレット!」



 火属性の下級魔法、ファイアーバレットが放たれる。

 これを一段階進化させると、ファイアーボールを使えるようになれる。

 恐らく、ジェンヌはファイアーボールだと外した時に、森に燃え移る可能性を危惧したのだろう。



 ファイアーバレットは本当に銃弾と変わらない程の大きさで、正確な狙撃でもなければ使わない、超初心者魔法である。

 しかし、使う人間の魔力の質や魔力量によっては化けてしまう。



 現に、ジェンヌが放ったファイアーバレットは、ウルフスパイダーを貫いた瞬間に小爆発を起こした。

 二人の体を熱風が襲う。

 しかし、ハクアとジェンヌは特に苦しそうな様子もない。

 熱風が吹き終わると、小石サイズの魔石が落ちていた。



 ハクアはそれを拾うと、ジェンヌに投げ渡す。

 彼女も彼女で、焦りながらもしっかりとキャッチした。



「それはあげるよ。倒したのは君だしね」


「私は良いですよ。ハクアこそ、お金に困ってるじゃないですか?貰うべきです」


「いやいや、倒したのは君なんだし」


「隙を作ってくれたのは貴方です」



 この問答を数度繰り返すと、話を逸らすかのようにハクアはちょっとした授業を始めた。



「…ジェンヌは魔法使いになるには才能が必要だって知ってるよね?」


「い、いきなりなんですか?…それは、知ってますけど」


「必要な才能は二つ、魔力の質と魔力量。これが先天的に備わっていなきゃ、幾ら努力しても中級でも高度な魔法は使えなくなる」



 魔法は才能がものを言う。

 どれだけ魔力の質が良いか?

 どれだけの魔力量があるか?

 質がよければ効率よく魔法を行使できる。

 魔力量が多ければ繰り返し魔法を行使できる。



 二つが合わさると、膨大な魔力量と質のいい魔力で、大技とも言える上級魔法をポンポコリンと何度も打ててしまうのだ。

 魔法使いは英雄より希少価値がある。

 腐っても英雄、多少魔法は使えるが…あくまでも多少だ。



「僕たちの歳の子だと、良くて中級魔法が使える程度。…まぁ、才能があれば上級魔法も使えるかもしれないけどね」


「…だから、いきなりなんなんですか?」


「…君、何時魔法の練習したんだい?」



 ぎくっ!と効果音が出るほどの驚きを見せるジェンヌ。

 隠れてやってたのだろう。

 母親であるジャンヌは魔法をあまり好いていない節がある。

 だから、表向きには旗を使った槍術や棒術、剣術の訓練をしていたが……裏ではちょびちょび魔法の練習を積んでいた訳だ。



「…………」


「答えたくない気持ちもわかるけど、魔法は危険だ。今、初めて君の魔法のレベルを見たけど、あんなの暴発したら大惨事だよ」


「すいません」



 子犬のようにしょぼくれてしまったジェンヌ。

 自分の撒いた種は自分でなんとかしよう、そう決意しハクアは話を続けた。



「た、試しに、僕が魔法を見せるよ。面白くて案外便利だから、君も気に入る筈だ!」


「どんなやつなんですか!!」



 予想を上回る反応にたじろぐハクア。

 地味に上目遣いになっているのも効いている。

 ハクアは逃げるように離れると、そこら辺に落ちてる木の枝を拾って、地面に何かを描き始めた。

 直径10cm位の綺麗な円とその中に正三角形。

 中心点であろう場所に、筆記体でHと書いた。



 ジェンヌは目を輝かせながらそれを見つめる。

 一つ目を描き終えると、二つ目を近くに描き始めた。

 距離にして2mも離れていない場所だ。

 そして、二つ目も描き終えると呪文を唱えた。



「ダークホール」



 ハクアがそう言った瞬間、彼が描いた二つの紋章のようなものが黒く光り始める。

 光が収まると、二つの紋章はブラックホールのような黒い孔になっていた。

 目を輝かせたまま、ジェンヌは解説を求める。



「これって!どうなってるんですか!?」


「ええっとねぇ…。簡単に説明すると、この黒い孔同士は繋がってるんだ。物を行き来させることが出来る」


「なるほど…じゃあ、私がこの黒い孔に石を入れたら?」


「もう片方の孔から出てくる筈だよ。…やってみるといい」


「はい!」



 彼女はワクワク気分で、小石を投げ入れた。

 投げ入れたの一つ目の、彼女から見て右側にある孔。

 そして、石が出てきたのは二つ目の左側にある孔だ。

 それを見たジェンヌは感激したのか子供のように跳ねて喜んでいた。

 ……事実子供なのだが。



「注意として、原則生命(いのち)あるものをこの孔に入れることは出来ない。やろうとするとこの通り」



 ハクアは孔の中に手を入れようと近付けるが、あと少しと言う所で謎のバリアに弾かれた。



「バリア自体も魔法を使った本人が張れるから、張らなくても良いんだけど。もし、この孔の中に生命(いのち)あるものを入れると……」


「入れると……」


「グチャグチャになって、もう片方の孔から出てくる」


「ぐ、グチャグチャに……」



 想像したのか、顔を青くしたジェンヌだったがハクアが背中を摩ったお陰で何とか収まった。



「この魔法の欠点は、範囲が狭いこと。一つ目の半径10m以内じゃないと描いても効果を発揮しない。あと、魔力の燃費が悪い。持続時間に応じて相応の魔力を持ってかれる。…まぁ、空間と空間を繋げること自体凄いことだから、魔力が掛かるのはしょうがないんだけどね」


「も、もしかして、上級魔法ですか?」


「まさか。中級魔法だよ。上級魔法にはこれの完全上位互換があるからね」


「す、凄いです!」



 その日は、何とか話を逸らすことに成功したハクアだったが。

 …彼が感じていたより、ジェンヌの魔法に掛ける情熱は熱く。

 歩いてる途中も、食事中も話は続き。



 結果的には、夜が耽けるまで話は続いたとか……




 誤字報告や感想は何時でもお待ちしております。

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