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プロローグ「生まれ変わっても、悪には成りきれませんでした」

 はっ?お前設定ガバガバやろ!って思った方も居るかもしれません。

 どうか、生暖かい目で見守り下さい。

 どうしてこうなったのだろうか?

 広がる血の海の中で自問する。

 既に体は死体同然で、僅かばかり動く脳をフル回転し考える。



 仲間が悪かった?

 否、仲間は友であり家族だった、彼らを悪く言うことは誰であろうと絶対に許さない。

 計画が悪かった?

 否、仲間たちと考えた最高の計画だった、失敗する確率なんて1%もないはず。



 ……じゃあ、何がダメだったの?

 自分が悪かった、そう言うしかない。

 魔王でありながら、悪であると烙印を押されながら、彼はどこまでいっても悪に……魔王に成りきれなかった。

 魔王足る素質があるにも関わらず、根本からして魔王には成れなかった。



 何の意味もない自問自答を終えて、辺りの気配を探った。

 …判る限り、辺りに仲間の死体はないようだ。

 代わりに、先程まで戦っていた敵の死体がある。



 その状況に安堵しつつ、もう一度気配を探った。

 馬に乗っているのだろうか、早いスピードでこの場から逃げていく集団がある。

 一部渋っているのか、少し遅い者達も居るようだが、何とか纏めあげて引っ張って行ってる者もいる。



 自分が死ぬことなど分かっている、だから彼は願った。



(頼む、お前達。どうか出来るだけ多くの者に伝えてくれ。魔王でも完全な悪人ではないと言うことを、英雄でも完全な善人ではないと言うことを)



 ただ願った。

 本当の家族のように温かかった彼らに、自分の願いを託そうとした。

 そして、それと同時に謝った。

 自分に着いてこさせたばかりに、命を失った者がいることを。



(叶うなら、魔王も英雄も分かり合える日が………来て……欲しい……)



 死体同然だった体は紫色の粒子に変換されて、霧散するようにどこかに消えた。

 この現象は、この世界での死を意味する。

 英雄と呼ばれる神や偉人、魔王と呼ばれる悪の根源とも言われる者達が住む世界。

 その名は「理想郷ディストピア」、最高神ゼウスの最高傑作にして……最凶傑作。



 絶対に創造してはいけなかった世界のお話。


 ──────────


 絶対悪と呼ばれた悪神……もとい魔王アンラ・マンユが打ち倒されてから、早数十年。

 理想郷ディストピアの東端に位置し、英雄達が住まう大陸。

 善英(ぜんえい)大陸の外れにある村、ドンレミには一人の英雄の娘と魔王の生まれ変わりの少年が居た。



 英雄の娘の名は、ジェンヌ・ダルク。

 フランス救国の聖女こと、ジャンヌ・ダルクの娘である。

 そして、魔王の生まれ変わりの少年の名は──ハクア・マンユ。

 言わずもがな、絶対悪の魔王アンラ・マンユの生まれ変わりだ。



 しかし、それを知るのは極一部。

 ハクアの両親や、英雄の一人であるジャンヌたち程度である。

 他にも知る者が居るとすれば、善英大陸の中央都市に居る名のある英雄達だけだ。



 何せ、こんなことが知られれば、善英大陸で生きていくことなど不可能。

 生き延びたいなら、理想郷ディストピアの西端に位置し、魔王や悪神たちが住まう大陸。

 悪魔(あくま)大陸に行くしかない。



 しかし、場所的には対極の関係にあるため、簡単には行くことなど出来ない。

 行くとしても莫大な費用が掛かる。

 そんな費用は、田舎とも言える農村で暮らすハクアの家には無理な話だ。



 本来、生まれ変わりなど起きない筈だった。

 彼は人間として普通に生きて、普通に死ぬ筈だった。

 英雄や魔王ばかりの世界には普通の人間は居る、居なければ成り立たない。

 ……至っては普通の両親から生まれた、他の人より少しだけ優しい普通の少年。



 夜空色の髪と漆黒の瞳に加えて、病的なまでに白い肌。

 身長は140cmほどで、同年代からしたら小柄。



 優しく時に厳しい父ハット・マンユと、病弱で明るい母ネモア・マンユの子としてそうなる筈だった。

 …けれど、そうはならなかった。

 どこにどう切っ掛けがあったかなど分からないが、生命として誕生した瞬間から決まっていた。



 ハットとネモアは嘆こうとはせず、ただひたすらにハクアを愛した。

 そのお陰か、彼は十二歳になるまで前世の記憶を思い出さなかった。

 そして、思い出して最初に言った言葉がこれだ。



「ありがとう。大切に育ててくれて、愛情を注いでくれて。本当にありがとう」



 言葉を紡ぐハクアの顔は淀みなどない綺麗な笑顔で、曲がらずに育ってくれた事を両親は讃えた。

 前世の記憶を取り戻してなお、少年は悪に落ちることはなく過ごす。

 結局、どこまでいっても根本から変わることなど出来ないのだ。


 ──────────


 先程の話に付け加える点があるなら、ハクアが村ぐるみの虐めを受けていたことだろう。

 お使いに出れば店で無視されるのは当たり前、物をぶつけられないだけましである。

 畑作業をしていれば邪魔をするために石を投げられ、怪我をすることなど日常茶飯事。



 このことを両親が知らない理由は一つ。

 ハクアが喋っていないからだ。

 母であるネモアは重い病気に掛かっており、父はその看病。

 畑仕事やお使いに加え家事など、手伝える範囲で彼は色々とやっている。



 貯めても貯めても、病気の薬代には届かず。

 偶に弱音を漏らす父ハットに、これ以上負担を掛けたくない。

 その一心だった。

 だから言えるのだ、記憶を取り戻しても悪に落ちることがなかったのが、奇跡ではなく必然だと。



 ……今日もまた、石を投げられた。

 酷い時は頭を狙って投げられる時もある。

 血を流しながら、それでも畑仕事は続けた。

 痛い、だからと言って止められる訳はない。

 続けなければ、大切な母が死んでしまう。



 もう、自分の無力で家族を死なせるのは嫌だと、ハクアは心から思う。

 暦上は三月の終わり、夏野菜を植える時期だ。

 これをしっかり育てて収穫出来なければ薬どころか、家族は飢え死ぬ。



(そんなの、御免だ!)



 だだっ広い畑を一人で耕す。

 今日中に種まきまで終わらせる勢いがなくては不味い。

 幸いにもコツコツやっていた分、耕す作業自体は殆ど終わっている。

 だが、種まきは一も手を付けていない。



 思わず出そうになる溜息を堪えて、作業を効率化するために集中する。

 何とか、一時間ほどで耕す作業は終わった。

 太陽はまだ上がり切っていない所を見るに、お昼にはまだ早い。



「…ちょっと、休憩しようかな」


「そんな頃だと思ってましたよ」



 どこからともなく聞こえた声。

 耳に馴染む、清流のような気持ちの良い声。

 畑を仕切る土盛りの上を、綺麗な金髪を揺らして歩く少女。

 ジェンヌ・ダルク、ハクアと同い歳であり彼の唯一の友人。



 身長は彼と変わらない位で、日焼け知らずの真っ白い肌に、人形のような整った顔立ち。

 金髪は腰まで伸ばしており、毛先で纏めている。

 碧色の瞳は真っ直ぐと彼に向けられていた。

 ……いや、()()ではなく()()()()に向けられていた。



 整った顔立ちを壊さない程度に頬を膨らませて、私は怒っていますアピールをするジェンヌに、ハクアは目を泳がせた。

 誤魔化しは聞かないが、本当のことを言ったらもっと怒られる。



 聖女の娘でありながら、彼女は先に手が出るのだ。

 ……母であるジャンヌも、稀に脳筋の様な思考が見られるが……言わぬが花である。



「えっと……手がすっぽ抜けてクワが頭に当たっちゃったんだ?」



 疑問形な答えにジェンヌは頭を抱えつつも、すぐにハクアの手を引っ張って畑を出た。



「何も言わずに、サンドイッチを口に入れてください。ミルクもありますから」


「ありがとう」



 ハクアはそう言って、藁で出来たランチボックスから、白い紙に包まれたサンドイッチを取り出した。



(ハムエッグだ!)



 自分の好物の一つがあることに歓喜して、子供らしく笑顔でサンドイッチを頬張った。

 美味しい美味しいと言葉を漏らすハクアを見て微笑んだジェンヌは、彼の傷を治すために能力を使う。



 精神を統一して、心から(キリスト)を想う。

 科学的な現象では解明できない奇跡を起こすのが能力や魔法。

 この世界に魔法はある、魔力と才能があれば子供でも使える。

 けれど、能力は英雄の子や魔王の子しか使えない。



 何故なら、その能力は親があってこそだから。

 英雄や魔王の子が十人いれば、十人違う能力を持っている。

 そして、彼女の能力は主の(God)恩恵(Blessing)

 主に祈ることで、他者や自分に加護もしくは奇跡を与える。



 説明よりかは実物を見る方が早い。

 ジェンヌが祈り終えると、先程まであった傷が光輝き、無かったかのように消える。

 ハクアも、チクチクとした痛みが無くなったことに気付きジェンヌにお礼を言う。



「ありがとう。いつも助かるよ。……父さんにこれ以上負担を掛けたくないからさ」


「やっぱり、私が今みたいに病気を──」


「それは駄目だ。…確かに、おばさんやジェンヌに力を借りれば、母さんを治すことが出来る。でも、それじゃ意味が無いんだ。人は一度楽を知ったら、楽することを止められなくなる。僕は君を友達だと思ってる、だから友達の力を借りることは悪い事じゃない。そう言えるけど……僕は自分たち家族の力で母さんを助けたい」



 力がないことなんて、ハナから分かっている。

 前世で嫌という程経験した。

 今世では、まだまだ未熟も良い所だ。

 心・技・体の内、心以外の全てがリセットされている。

 幸いな事に、魔力量は減っていないし、練習すれば元のように使えるようになるが……。



 圧倒的に、この体での経験値が足りてない。

 それでも、自分たちの力で助けたいのだ。

 大馬鹿者だと、罵られても構わない。

 大切な人を自分の力で助けたいと思って何が悪い?

 最終的にどうなるかなんて自分次第なんだ、だったら選択する権利も自分にある。



 幾つもある選択肢の中で、ハクアは自分たちの力で助ける選択肢を選んだ。

 最も険しい道、そんなの知ったことではない。

 問題は、助けるために努力をするか、努力をしないか。



 それだけだ。



「…理想論、とても良いと思います。私は、貴方のそう言う所、嫌いではありません。まぁ、出来るなら頼って欲しいのですが」


「ははっ。こうやって何時も美味しい昼食を食べさせてもらってるだけで、僕は充分だよ」



 朗らかに笑うハクア。

 釣られて笑うジェンヌ。

 二人は、傍から見ても仲の良い友達だった。



 彼らは知らない。

 その日、運命は急速に動き出すことを。


 ──────────


 日も暮れて、月が上り始めた頃。

 何とか種まきまでを終えて、家に帰ったハクアを出迎えたのはベットで寝ていた筈のネモアだった。

 ハクアは血相を変えてネモアの心配をするが、彼女は一言。



「大丈夫よ」



 と言うと、ハクアの手を引いて普段より少しだけ贅沢な料理が並ぶテーブルに、彼を案内した。

 既にハットは椅子に座っており、優しい顔でハクアを迎える。



「おかえり。畑の方はどうだった?」


「何とかなったよ。途中からジェンヌが手伝ってくれて」


「そうか……」



 その言葉を聞いて、安心したような表情を見せると、一転ハットは寂しそうな顔をして、リビングにある棚から一枚の小綺麗な手紙を取り出したてハクアに渡す。

 何気なしにその手紙を受け取ったハクアだったが、封蝋の印を見て顔色が変わる。



 彼の勘違いでなければ、その印は次世代の英雄を育成する学園都市から送られたことを意味する。

 英雄育成学園都市アイギス。

 邪悪や災厄を払う魔よけの能力を持つ盾、アイギスを名の由来として本当に邪悪や災厄を払う結界が張られている。



 手紙の封蝋を見て、ハクアはありえない……そう言いそうになったが、父であるハットの顔を見ればわかる。

 これは本物だ。

 前世と合わせても自分以上に生きているハット。



 それ以前に父親である以上、疑う道理はない。

 丁寧に手紙の中身を取り出し、読み進めていく。



 回りくどい言い回しが多用されていた為、ハクアはざっくりとした内容を読み取る。



『貴方には我が学園都市に入る資質と資格がある、どうか自身の力を高めたいのなら、入ることを勧めよう。これは推薦状だ。君の英断に期待する』



 手紙の中には、五芒星を模したバッチと付属するように小さなメモが入っている。



『それがあれば結界の中でも過ごすことが出来ます。中に入る際は必ず付けてください。入学試験合格発表後は速やかに学長室に来ること』



 どこまでも事務的な冷たさがある字で書かれている。

 書いてある内容、全てに目を通した訳ではないが、顔を上げて目の前にいるハットをハクアは見つめた。



「僕はこれ以上、父さんに迷惑を掛けたくない。看病と家の事、全部やってたら父さんが倒れちゃうよ!」


「そんな事分かってるさ。…でもな、私はお前に広い世界を見てきて欲しい。こんな田舎で、お前の人生を終わらせて欲しくない。」


「…………」


「それにな…あっちでは学園の生徒なら依頼(クエスト)を受けることが出来る。…本来、成人の儀を終えて三年経たないと受けられないようになっているが、学園の生徒なら入学当初から受けることが出来る。…危ないものもあるが、簡単なものもあるらしい。今やってる農業より、効率的にお金を稼ぐことが出来るんだ」



 勿論、危険だと思ったら止めてくれて構わない。

 そう付け加えて、ハットは言葉を濁した。

 …何となく、ネモアの先が長くないことが分かった。

 貯めた金額はまだ半分、だがハクアが依頼で効率的に稼げれば……



(少なくとも、母さんが死ぬことは無い……か)



 一瞬、ジェンヌの笑った顔が脳裏を過ぎった。

 もしかしたら、会えなくなるかもしれない。

 しかし、ジェンヌの場合はもしかしたらだ。

 ネモアの場合は確定的な未来。



(……ごめん)


「分かった。学園都市に行くよ」


「ありがとう、ハクア。…悪いんだが、出るのは明日だ」


「明日!?ちょっ!本当に急過ぎるでしょ!」


「馬を出せる金がないからな。保存食やらは持たせてやれるが、金を多く持たせられるわけじゃない。……あっ。学費とか、諸々の雑費は学園側が負担してくれるらしいから安心してくれ」


「……りょーかい。寝る前に出来るだけ準備するよ」


「悪いな」



 申し訳なさそうに言うハット。

 手紙には、しっかりと送った日付が書かれていた。

 学園都市とここの距離から逆算しても、少なくもと一週間以上猶予はあった筈だ。



(悩んでたのかな…。それだったら、少しだけ嬉しい)



 自分のことを想ってくれている両親に心の底から感謝し、最後の晩餐が始まった。

 最後と言う言葉は語弊を産むかもしれないが、少なくとも年単位で会えない可能性があるのでしようがない。



 いつもより温かい食事に、ハクアはひっそりと涙していたのは秘密だ。


 ──────────


 翌日の朝、継ぎ接ぎが所々に見える大きいバックを背負って、ハクアは家を出た。



 朝を知らせる太陽の輝きから目を背け、村を出るために歩く。

 村の住人は、彼が歩いているとヒソヒソと小さい声で悪口を言っているが、気にする必要は無い。

 十分ほど歩いて、ようやく村の出口が見えた。



 学園都市まで、歩きだと少なく見積もっても十日。

 途中に二つの村を経由する。

 試験日は、四月に入って五日後。

 これなら下手な面倒事に巻き込まなければ、何日か余裕を持って着ける。



 久しぶりの旅にウキウキ気分なハクア、その隣に同じく大きなバックを持った少女が並ぶ。

 少女は腰に剣を固定し、バックと背中の間に大きな旗を挟んでいる。

 オマケに、小綺麗な鎧も身に着けていた。



 ここまで来れば、ハクアは嫌でも分かる。

 ……いや、主張が強過ぎる旗の所為で最初から分かっていたが。



「……置いてくなんて酷い人ですね」


「魔王の生まれ変わりだからね。そりゃあ少しくらい酷いことするさ」



 軽口を少し言い合って笑う。

 予想していなかった訳ではない。

 自分に来ていたんだから、彼女に来ない訳がない。

 ウキウキ気分がさらに強くなり、ハクアはジェンヌの手を握って一歩踏み出した。



「さぁ!旅の始まりだ!」


「出発!進行ー!」



 学園に入る前の前哨戦じみた旅が始まった。

 …入学試験はまだ始まってもいないのに。


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