SCENE6 開けられた人生
やはり怖いものは怖い。希望だって人間らしさというものがある。クレバーは『怪物』だからそんなものを気にする必要は無いが、まだ十五の少女には、この状態そのものが心理的外傷なのだ。
何があっても動きそうにもない希望にクレバーは声をかけた。
「なに狼狽えてンだ?こいつらは悪党だ。悪党であり、自分の意思でここに来て、そして潰された。やるかやられるか、って言うだろ?オレたちはやった。あいつらはやられた。それが全て……じゃあねェのかな?」
結局、思考回路は理解しても感情は理解しない。希望は、立ちくらみと震えにおされて倒れた。クレバーは何事も無かったかのように、糸が切れた少女を抱き抱えた。
「ま……オレたちに人道はねェかもしんねェ。けれど、退屈なンだろ?だからオレたちに着いていこうとした。だったらこれぐらいは耐えろよ。」
「……私はあなたやあの子みたいにはなれない。」
「誰がオレや良智みてェになれって言ったンだ?あァ?」
クレバーの冷酷な語尾にも希望は出来る限り動じない。
少女はこの状況でも凛々しい表情を崩さない。まるでその表情を崩せばなにかが終わってしまうと言わんばかりに。
少女は押し黙り、やがて彼は語り始めた。
「…オレたちがなンでこの街に来たか知ってるか?ま、一日じゃ足りねェぐらいには理由はあるンだが…そのうちのひとつを教えてやるよ。良智が言ってた通り、オレらはブラッドってヤツを探している。数年前からな。野郎は怪物だ。で、なンの理由かと言えば…端的に言おう。オレと良智の縄張りを荒らしやがったからだ。『ディストピア』に越してくる前の街をな。だからぶち殺さねェと行けねェ。」
そんな話をしてなにが解決するのか。希望の暗い表情は晴れない。クレバーはそれでも言葉を繋げて会話をさせようとしていた。
「だかヤツも黙ってやられるほど酔狂な怪物じゃねェ。黙ってやられねェために、金使ってチンピラを雇い、自分の配下に置いてる怪物をチンピラ回収に当てた。全部失敗したがな。今頃、寝床が寂しくて泣いてるだろう、ハハハッ!想像したら滅茶苦茶笑えるわ。遠吠えが聞こえンぜ!」
人間は狂っているものを見た時、二通りの反応を示す。
ひとつはその状態、状況、会話から逃れようとする行動。
もうひとつはその状態、状況、会話にのめり込んでいこうとする行動。
希望はうわ言を呟いた。
「結局同じ穴のムジナなの…。」
希望はクレバーの世界に魅入られて彼に着いてきた。正気の沙汰では無いが、そんなことは遠い昔に知った話だ。
深い深呼吸を着いた希望は、クレバーに告げた。
「今日みたいなことは嫌だけど、退屈はもっと嫌だ。退屈は私を何がなんでも殺そうと追い詰めてくる。開かれない人生は今日でお終い。昨日の私を笑うために…今日の私はあなたに着いていく。」
これが正答だと希望は確信している。クレバーはその歪な答えに、心做しか喜びを覚えた。
クレバーから差し出された手を希望は固く握り締めた
「それでいい。退屈だけは絶対させねェ。約束しよう。必ずだ。必ず、必ずな。」
怠慢な生活などいらない。希望は怠惰などに喜びを見いだせない。少女は満願の夢を語る時のような笑顔で、クレバーの瞳を見た。
「それに…良智はともかく、オレはあまり人を殺さねェ。意見が違う連中をプチプチ潰しているだけだ。ぶっ殺して喧伝して回るのが全てじゃあない……何が言いたいかって?目が充血してンから眠れるように退屈な話してやってンだよ。」
希望の綺麗な目は赤々しく充血を起こしていた。大量に置いてある時計のひとつが、今の時間を決定する。今は深夜三時だ。
「一日眠らないのは寝ていない内に入らないから大丈夫。もう胃洗浄はごめんだしね。だからなにか話してよ。ひとくいおにさん。」
言葉の仰々しさから察したのだろうか。クレバーは少し考え、そして適当だと思った言葉を台詞にして言った。
「希望、ならいい話を教えてしんぜよう。お前超能力者だよな?さすがに知っていると思うが…超能力ってのは、普段の自分と超能力を使う自分を離反させることで発動する。思い込みとか、プラシーボとかの話じゃあねェ。『普段の自分』と『超能力を使った自分』は他人に等しいンだ。と、言うか他人だ。思い当たる節はあるだろ?一度ぐらいはやったことがあるはずだ。自分の能力の限界を目指して、無自覚の内につけられている制限を外したことが。」
「あるよ。記憶が飛んだことしか覚えてないけど。」
「……これがめっちゃ面白ェンだよ。本当はもう少しじっくり説明してやりてェが…もう寝ろ。寝ねェと悪ィ鬼がお前のことを食っちゃうぞ。オレみてェな悪鬼がな?」
少女の葛藤は、少なくとも本人の中では消え去った。暗くて怖い陰険な夜は過ぎようとしている。