SCENE3 怪物と少女
それなりに優秀な生徒。それが私だ。
なにをやっても二番か三番に入れる自信がある。その自信を裏付けるように、学年末テストでは第三位に入っているし、内申点も学年で二位か三位だろう。
しかし、一番になったことは無い。どんなに必死になっても、どんなに願っても、どんなに得意なことでも……。
「…見ちまったか。しゃあねェ。一度助けた人間を消すってのも悲しいもンだが…。」
ふたつ、考えが浮かんだ。まず、この状況は危険だから早く逃げるべきだという考え。これはもっともな考えだと思う。
もうひとつ、この人は私を救済してくれるのではないかという、剣呑な考えが浮かんだ。なぜそうなったかは分からないが、この人は今まで見てきた人の中でも最高級に異常な存在だ。だからこそ、劇薬として私の抱えるどうしようもない悩みを解消してくれるのではないか。
「…待って!誰にも言わないから!」
「信用出来ねェな。言わねェって確約出来ンなら対価を示せ。その対価次第なら…黙って返そう。」
彼はこの状況を面白がっているように見えた。まるで悪魔のように。私が至らない回答をすれば、その時点で私の寿命は決定される。
一語一句を間違えられない、私の人生最大の賭けが始まった。
「…私には生き場所が無い。このディストピアにも、学校にも、家にも。だから私を一緒に連れて行って欲しい…。」
彼は意外な答えに少し驚いたようだった。これは私の本音なのだろう。スラスラと流暢に私は私の言葉で未来を決定づけた。
「ヘェ…。たかが十四か十五のガキだと侮れねェな。お前、名前は?」
「……双葉希望。十五歳の中学生。」
「いい名前じゃあないか。希望、言っておくが、オレたちはお前が思っているほど高貴な存在じゃねェぞ。むしろこの世界で最低クラスのウジ虫だ。誰かにたかってなんとか生きている弱い存在なんだよ。」
彼は瞳を逸らさず、弱々しい言葉とは裏腹に、力強い声で私に語りかける。それは彼なりの良心なのか、本当のことを言っているだけなのか、私には分からない世界だ。
「私は貴方に魅入られたのかもしれないね。そんな言葉を並べても、私の意志は変わらないよ。だから私をさらって。」
これは同級生たちが抱えている問題とは性質が違う。私は居場所が欲しい。もはや彼が何を言おうと、私は引こうとは思わないのだ。
「…自己中心的だな。お前…ロクな死に方しねェぞ?」
「結果よりも過程が大切だから…死に方なんてどうでもいいことだよ。」
怪物は結果を求め、人間は過程を求めた。彼は恐ろしい怪物で、死ぬことを知らないのだろう。死なないのなら満足がつくまで結果を決めていけばいいのだろう。だが私は人間だ。人間の寿命は有限だ。だから結果までの過程に興を見い出すしかない。
「………ま、元をたどればオレが拾った生命だ。オレがあの時見捨ててれば、こんな不毛な会話はしなくて済んだだろうしな。いいだろう。オレの名前はクレバー。ひとくいおにだ。」
人類とは違う生物は数多かれど、クレバーのように人の形をしながら人を喰らう生物はとても珍しい。まるでおとぎ話から飛び出してきた存在が、ひとくいおにであり、怪物であり、彼、クレバーなのだ。
「オレはお前を信用する。その信用を裏切るンじゃねェぞ?」
妖しく光るクレバーの瞳はとても美しい。そんな呑気なことを考えながら、私は返答を口頭で渡した。
「任せといて。」
クレバーはタバコを咥えた。
オイルライターで火をつけると、怪訝な顔つきになった私は彼を見た。
「怪物もタバコ吸うの?」
「ゲテモノ食いなのさ。だからあんまし人間も喰わねェ。」
クレバーは謎に充ちている。黙々タバコを吸うクレバーと、それを眺めている私。しばらくの間、無言の世界が広がった。
やがてクレバーはタバコを吸い終わり、ついに言葉を発した。
「…まァ、ひとくいおにという生物は人の心臓を喰い続ければ永久に生き続けられる。人間の寿命を頂いて生きるのさ。ただ…オレは不死という弱々しい存在にはなりたかァねェ。それに…。」
「それに?」
「ひとくいおには力こそ強ェが頭は弱ェ。理論上は不老不死の怪物も、ただ人間を襲うだけじゃあ長生きは出来ねェ。人間が知と努力の結晶を作り上げた頃にァ、ひとくいおには滅びた。幾多のバケモノ、怪物の中でも一番最初に滅びたンじゃねェかな。多分。」
「でも貴方はひとくいおにで、二十一世紀のこの時代にも生きている。それはつまり完全に絶滅したわけではない証拠となる。そうじゃないの?」
クレバーは足元に転がった吸殻を雑草が散らばる草むらに蹴り飛ばした。暗い空を眺め、贅沢な間をとり、彼は言った。
「……自分で言うのも手前ミソだが、オレは賢い。普通の人間程度の知能を持っている。知能はねェが力は強ェひとくいおにに人並みの思考力と判断力を与えれば……ソイツはなんとも素敵なことだと思わねェか?」
クレバーの身なりはまるきり人間だ。白人の青年のように見え、衣服も特段不思議な点はない。口を開けば流暢な日本語を話し、なによりその瞳から怪物の一面を知ることは叶わない。
「…素敵ね。」
「だろ?」
笑顔の彼から、なぜか陰鬱なものを感じた。
一日一本を目標に頑張ります。