SCENE2 ディストピア
総人口500万人を数える大都市、ディストピア。
東京大都市圏から分離されて作られた『ディストピア』には、他の街や都市とは違う特色がある。
人類が核兵器や兵隊に並ぶ抑止力として渇望した強い人間、超能力者。
今や世界中に羽ばたいている超能力者たちは、この街を中心に生み出されている。
「一番潜りやすい都市だ。この街なら誰もおめェを怪物だと認識しねェさ。普遍的な超能力者として精算される。裏路地で生きンなら十二分だ。」
良智はいつでも献身的にクレバーを補佐している。この都市、『ディストピア』を紹介したのだって良智なのた。彼のような現実主義者が誰かに尽くすということは、それに見返りがあるからだ。
「近未来的だな。工場は汚染物質を垂れ流して、排気ガスは酷ェし、空気は不味い。堕落と独善の末にたどり着いたと思えばソイツァ素晴らしいことじゃあないか。良智、隠れ家は決まってンのか?」
「まァな。汚ェ一軒家だが、すぐに気に入るだろうさ。」
クレバーらしい嫌味がこもった語り口に良智はいつも通り反応せず、彼らは『ディストピア』を歩いた。
「そこのお兄さん方、タバコを一本恵んでくれないか?」
「ねェよ。他当たれ。」
「我々が生き延びる方法はただひとつ!大先生に祈誓することだ!」
「神ってのは頭の弱ェヤツらが作った虚像だ。分かったら失せろ。」
治安は良くない街だ。日本だというのに、警察と強盗が決死の銃撃戦を繰り広げている光景をクレバーは五回は見た。意地汚い乞食にタバコを無心されたことと、世界の終幕を説く新興宗教への勧誘。クレバーが辟易し切ったところで、これ以上ないほどに老朽化が進んでいる隠れ家へ到着した。
「完璧だ。」
感嘆の声をクレバーは漏らした。片付いている家なんていくらでもあるのに、綺麗な家を買う程度の金は持っているのに、クレバーはそれを拒んだ。良智はクレバーの奇妙な意思を尊重したのだ。扉を開ければ、当然の如く部屋一帯は散らかっている。唯一小綺麗なベッドにクレバーは座った。
「あんな失敗は繰り返さねェ。オレとしたことが迂闊で慢心していた。」
「マジでそうして欲しいもンだな。だがまァ…慢性的な金欠は解消されるだろう。この街には多量の裏がある。だから早速だが仕事だ、クレバー。」
良智は自分の携帯をクレバーへ見せた。クレバーは内容を理解すると、タバコを咥え、最終確認を行った。
「この場所である薬物取引が行われる。全員バラして薬を持ってくる。その危ねェお薬をお前が誰かに売り飛ばす。最終報酬は低く見積って十億円程度。超大型取引だな。」
「推定開始時刻は午前の二時。それまでこの街で遊んでろ。オレはやらなきゃいけねェことで忙しいンだ。」
時刻は夕方を回ったばかりだ。クレバーは小さくため息をついた。
赤いワイシャツをパンツにしまわず、グレーの艶があるスーツに着替えたクレバーは、まるで人間のように髪型を整髪剤で整えた。最後にサングラスを着けると、クレバーは外に出た。
「…おっと。」
扉の向こう側には複数人の警察が立っていた。軽機関銃を構えながら。クレバーは狂気めいた笑顔を浮かべながら、嬉々として彼らの前に立った。
「クレバーだな。この世で犯した犯罪の重複で逮捕する。」
クレバーは震えた。警察たちは、さしもの彼でもこの状況からは逃れられないことを知ったと思い、少し離れていた距離を縮めた。
だが、警察たちは異変に勘づいた。クレバーは恐怖や動転に震えているのではない。
彼は……。
ドゥン…ドゥン…
「ハァハッハッハッハッハッハッ!」
猛り狂った笑い声を上げたクレバーは、背中から金色の翼のような物質を出した。警察たちが持つ軽機関銃は玩具であると告げるかのように。
「地獄に行くまで暇だろうからクイズを出してやるよ。問題、このオレ、クレバーは一体何者でしょうか?」
神々しく舞う翼は、警察たちを絶望の末に追いやった。神か、天使か、悪魔か、死神か。
「グゴォッ!」
やがて、ひとりの警察は金色の翼に突き刺される形で絶命した。クレバーの口角はより上がった。
「……バケモノ…なのか?」
クレバーは背中に広がる金色の翼を動かすと、クイズの答えを間違えた彼の胴体と喉を引きちぎった。当然のように即死だ。
「違ェな。ま、ほとんど正解だけどな?褒美として即死出来るように調整してやった。で?君らはどうなんだ?」
残った三人は抜けた腰を戻すことに必死だった。その動作がクレバーの加虐心を強めさせた。人間は生きることを諦めた瞬間、死が始まる。
クレバーは絶対的な法則に則り、彼らを粉砕した。
「正解は…怪物でした。ひとくいおにの末裔。それがオレ。オレみてェな怪物に殺されたヤツらってのは、輪廻転生も出来ねェンだと。ま、あの世かどこかの世でさ迷うンだな。どこまで行っても甘ちゃんなテメェらにはお似合いだ。」
良心が欠如しているわけでは無い。自分が生き残るために他人を犠牲にする、それはクレバーの中では当然のことであり、人間の世界でも同様のことだ。
「え……?」
少女の知る彼は彼の一面であり、彼は多数の面を持っている。運命的な再開を果たし、しかし悲惨な殺戮に絶句した少女は、狂気の世界へ誘われていく。