SCENE1 ひとくいおに
「だァから!なぜ連れてきたんだよ!」
「そんな大声出すな。近所迷惑だろうが。」
ひとりは喚き散らし、ひとりは喚く少年を静めている。真夜中3時となれば、声を張り上げるのは迷惑なのは当然のことだ。少年は少年らしく、彼の瞳を見ながら、最前とは比べ物にならない程度の声で言った。
「……クレバー。オレはおめェを賢いと思ってるから、クレバーって名前を与えたンだ……だが、なんだそのお荷物はよォ!ンなものクソ拭く紙にもなりゃしねェ!なァ!?」
「そんなこと言うなよ良智。きっと気に入るはずさ。」
彼、基、クレバーは、短く白みがある金髪を上げ、タバコに火をつけた。
やがて、お荷物と称された存在は目を覚まし、独特の雰囲気を持つ彼らを知った。
「ほら、結構可愛い女だろ?人間からみりゃ。」
少女は咄嗟に逃げようと身体を動かした。危険なモノを感じ取ったのだ。だが、彼女は気がつく。足は動かず、手もフラフラと力が入らないことに。恐る恐る胴体を見てみれば、身体はアザと生傷に塗れていることが理解出来た。胴体の部品が外れていないのが奇跡だと思えるほどに。
「…ァ…ヵ…ァ…。」
「喉が焼かれたか、千切られたか…。ま、どちらにせよ治さねェのは人道に反するよな?良智。」
良智はそれは深く長いため息を付いた。クレバーは良智の反応に満足したように、タバコを灰に変える作業を早めた。
「…分かった。病院を手配すりゃいいンだろ?クレバー、貸しひとつだぞ。」
「あいあいさ。」
クレバーは、この陰険な部屋にあるベッドへ少女を寝かせた。ガラクタとゴミが蔓延して、異臭すら漂うこの部屋で唯一綺麗なベッドに。呼吸が乱れる少女へ、クレバーは笑顔を浮かべながら語りかけた。
「よォ、死ぬンじゃねェぞ。死んだっていいことはなにもねェ。生き延びて楽しいことをしていることだけ考えろ。いいな?」
少女はクレバーの言葉に小さく頷いた。少し微笑みを見せた少女は、良智が渋々呼んだ救急車に乗ることを待つ身となった。良智はクレバーに愚痴をこぼす。
「ッたくよォ、おめェは全人類の恐怖の象徴なんだぞ?恐怖が善を為したらダメだろうが。そこら辺よォく考えろよ?な?」
「トータルでは悪人さ。オレも、お前も。もっとも…オレの場合は人間ですらねェがな?」
クレバーと良智が意味の無い会話をしていれば、救急車は速度を上げて迫ってきた。良智は危ない物質を手馴れた手付きで隠していく。クレバーはとぼけた顔でそれを見ていた。
「あの病院はオレらの息がかかっているだろ?ほら、例の院長先生の不祥事を抑えているから…。」
「念には念をだ。なに、なぜこうなったかは聞かねェだろうし聞かせねェさ。ヤツらには治療に専念してもらおう。」
救急車が一軒家の前に止まった。救急隊員が家の中に入ってきた。
黒い髪を散切りにしている十四歳程度の少年と、見ようによれば何歳にでも見える男性を救急隊員たちは見た。
良智は救急隊員たちに案内をした。
「急患だ。身体中のあらゆるところが切り裂かれている。輸血が必要かもしれない。血液型は…。」
血液型など知る由もない救急隊員たちは、良智とクレバーをジッと見つめた。
その時間は数秒とせずに終わり、クレバーは口を開いた。
「CCDeeだ。日本で一番多い血液型。」
「…名前は?」
名前を尋ねた救急隊員にクレバーは近づいた。あわや顔と顔が触れる距離まで近づいたクレバーは、脅しをかけるように呟いた。
「…ンなことは重要か?お前らがやることはこの子を助けることだ。名前なんざどうだっていい。分かったらさっさと動け。」
虹彩が赤みを帯びてきたクレバーに恐怖を覚えたのか、救急隊員はそれ以上の探りは入れなかった。担架に意識不明の少女は載せられ、救急車へ運ばれた。
「ありゃ死んでンじゃねェか?」
「大丈夫だ。あと二時間はもつ。このオレ、クレバーの計算に間違いはねェ。だろ?我が名付け親よ。」
「そりゃそうだな。その通りだ。」
クレバーは賢い。賢いからクレバーと名付けられた。賢い彼にとってみれば、少女の寿命を知ること程度は容易いことだ。
良智とクレバーはソファに座り、少女を助けたこととはまた別の話をし始めた。
「それで…例の安全保障を脅かすアホどもは全員消えてもらったか?」
「あァ、終わらせた。あまり美味くは無かったがな。ッたくよ、異能の存在を消して回れば、平和が訪れると本気で信仰してやがるヤツらには精神科が必要だぜ。血が飲みてェ。」
「そりゃ無理なお話さ。ヤツらは誰よりも臆病だ。臆病が故に刃物を振り回す。現状…おめェみてェな怪物が昔みてェに暴れ回ることなんざねェってのに。ほら。」
良智はタバコに火を入れ、綺麗に保管してあった輸血用のパックをクレバーに投げ渡した。彼はまるでジュースを飲むかのように血を啜る。良智は、血を飲み終わったクレバーに再確認の意味を込めた言葉を投げかけた。
「今日みてェな気の迷いは勘弁してくれよ。クレバー、ひとくいおによ。」
クレバーはパックを床へ投げ捨てると、良智へ笑みを浮かべながら言葉を出した。
「任せとけっての。」
人を喰うことで自らの栄光を作り上げる正真正銘の怪物、ひとくいおに。
かつて絶滅したと認定された存在は、人間の作った栄華と驕りの末に再び蘇った。
圧倒的な力と幻想的な再生能力、小手先で操れる魔術。ひとりの存在に背負わせるには多すぎて足りすぎる、あまりにも絶対的な能力。
これは、ひとりのひとくいおにが大きな成功をかけて戦う物語である。