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進め!われら第6期魔法特技兵課程

昔、投稿していた作品があったので行間の調整など手直しを加えて再掲載。

__異世界に来て5歳にして魔法を使いこなした神童だともてはやされたのも今は昔のこと。


ボクは今、軍隊に居ます。


 (とある新兵の対話帳より抜粋)


◆◆◆


 私、ムラーノ=ジュー=ミンが入隊する少し前まで、エルドアの軍隊は鉄砲使いと魔法使いによる寄せ集め集団でした。

 近隣諸国との大戦に、我が国は大規模な徴兵を行って多くの若者を失いました。

 剣も振れないにわか作りの兵士を戦線に投入して敵の精兵にすりつぶされていき、数を頼みにした戦術で辛くも停戦にこぎつけたのです。


 そして数十年前、近代化政策がとられて社会は大きく変わりました。

 軍もその例に漏れず、オオムラ中将の唱えた軍の再編によって大きな変革を遂げたのであります。

 ちょうど私が入ったのもそれくらいで、まだ度重なる国境事変に翻弄される烏合の衆といった様相でした。


「縦隊、右へー、進め!」

「ひだり、ひだり、ひだり、みぎ、ひだり、みぎ!」


 白亜の隊舎の外周を行進しているのは、“第6期魔法特技兵課程”の新兵であります。

 この行進ですが、以前の軍隊のものとは違って足を合わせ手は元気に振るというものです。


 快活にして一糸乱れぬ統制のとれた行進は観閲式(かんえつしき)において各国の武官をいたく驚かせたそうで、かつての英雄にして異邦人であったオオムラ中将の出身国のものを取り入れた教範(きょうはん)はエルドア陸軍の特徴となりました。


 現在までの状況説明終わり。


「縦隊、止まれ! 右向け、右!」


 戦闘訓練場にたどり着き、引率する私の前で3列横隊が止まる。


「報告!」

「番号、はじめ!」


 最右翼の学生から順に番号を数え、列数と掛けることで人員の数を掌握できるこの便利な方法は近代化政策の前のエルドアには無かったのだ。

 教育小隊を纏める訓練係の学生が3歩出てきて、右拳を左肩に当てる敬礼を行う。


「報告します、1小隊35名、事故なし現在員35名、集合終わり!」

「よろしい、訓練係は列中へ! その場に座れ」


 回れ右をして列中に戻ったことを確認すると、私は今日の教育を始める。


「これより戦闘訓練を始める。課目、戦闘訓練、教官、ミン軍曹」


 学生たちが、戦闘訓練という言葉に息を飲む。


細目(さいもく)、火力と運動。目的、第6期魔法特技兵学生に対し射撃下の運動を()()()()習得させる」


 このように訓練の目的を明示して教育の内容を理解させることも新しい教範になってからだ。

 兵士として必要な事だけを纏めて一定の教育を施すのは新時代の教育方法だと私は思う。

 

 私が入隊した時は教官役の古参兵が怒鳴り散らし、訳も分からぬまま剣を振ったりと苦しい思いをしたものである。

 部隊ごとに教える内容がまちまちで、ある部隊の新兵は古兵へ仕える方法しか教わっておらず幾度目かの国境沿いの戦闘でほとんどが最初の晩までに戦死したと聞く。

 部隊の古兵がひたすら怒鳴って育てた者より、教育軍曹が道理を示して褒めて育てた者のほうが長生きするということが新しい“教育隊制度”ではっきりしたのだ。


「まず、君達にとって魔法とは何か?」

「ハイ!」

「ザップ学生」

「ハイ! ザップ学生! 魔法は我々の友であり技術です!」

「ずいぶんと抽象的だな、だが良いだろう、次」


 複数の手が上がる。

 私は後ろにいたもっとも身長の低い学生を指名した。


「ハイ! チュー学生! 空気中の力素(りきそ)を操り様々な現象を発生させる、我々が使える能力です」

「座ってよろしい、チューが言ったように我々が使える能力だ、ゆえに半年の教育期間だ」


 魔法と呼ばれる能力が使えないものは歩兵学生として軍に入隊し、銃の訓練を中心にやる事となる。

 ここにいる魔法特技兵達は銃に加え、自身の持つ能力をどう活かすかの訓練があるのだ。

 歩兵学生たちが3カ月で各兵科に送られていくのに対し、ここでは魔法の訓練でさらに3カ月訓練を積む。


「ここにいる君たちは何かしらの能力を持っている。戦闘向きではないかもしれない」


 何人かがびくりと反応する。魔法は使えても派手な物や威力が出るものではないのだろう。


「だが、火の弾を飛ばして爆発させるだけが使い方ではない。すべてはどう応用するかにあるのだ」


 私は、手の表面に熱気を発生させて見せる。戦闘には使えそうもない地味な能力だ。


「私は手の表面に熱気を纏わせることで、この通り、軍服のシワを取って折り目正しく仕上げることが出来る」


 端正な服装は軍人の基本である。


 学生の一部は「豆炭コテ要らずかいいなあ」と言っているが、こうした使い方をするのはおそらく軍隊かしわ取りの服屋くらいであろう。


「私の同期では水流を作り出す能力の持ち主がいて、皆の洗濯物を桶に入れてよく回してもらったものだ。手洗いよりも早く綺麗になったな」


 桶の水がゴオッと渦を巻いてへばりついた泥を落とし、とても早く洗濯が終わることから彼はよく部隊の洗濯当番をしていた。


「皆、何かしらには応用が利くのだ。だが、発達した銃器の前には発揮できぬまま倒れて行くことが多い」


 風の障壁を作り出す能力で武装農民の骨董品のような前装銃の弾を弾いていた彼も、隣国の正規軍の新型銃の前には多勢に無勢、どこからか狙撃を受けてあっという間に死んでしまった。


「現代の銃は威力も強く射程も長いので身を晒して防げない、棒立ちならわけもわからぬうちに死が約束されている」


 学生は息を飲んだ。

 少し前に見せた歩兵の射撃訓練を思い出したのだろう。

 ボルトアクションの27年式歩兵銃は乾いた音を立てて、数百離れた標的の鎧を容易く撃ち抜くのである。


「魔法特技兵は銃歩兵より回避を軽視する傾向がある、特に何らかの障壁を張れるような者は過信しがちだ」


 私が手を3度打つと、訓練場脇の茂みから草木で擬装ぎそうを施して顔に泥と木炭を塗り込んだ教官が現れる。

 草木がばさりと動き、黒々として人相のわからない彼に学生たちは目を丸くして驚いている。


「こういう擬装を施し、姿勢を低く取らないんじゃ射撃場の的だからな」

「ヌー軍曹のような擬装と、今から教える“匍匐ほふく”がお前たちの身を守る最後の盾と思え」


 ヌー軍曹は、銃のボルトを引いて斜め上に突き上げて薬室を見るところから始める。


「薬室よし」

「戻せ」

「安全装置、安全よし」

「その場に伏せ、1、2!」


 ヌー軍曹は1で左足を折って手をつき腰、上体と順に地面について倒れ込み、2で銃口を左手の上に乗せてうつ伏せになる。


「これが基本姿勢だ、ここから速い匍匐(ほふく)、敵が近い時の匍匐、最も静かで見つかりにくい匍匐に移行する」


 このような体系化された地面を素早く這いずる動きも新しい教範で始めて登場したものだ。

 それまでの度胸試しのような棒立ち射撃とは異なる概念であり、我が軍の死者を大幅に減らすことになった。

 私とヌー軍曹が模範動作を見せ、飲み込むまで何度もやらせるのが教育の基本だ。

 「俺を見ろ、俺に続け」という“教育軍曹の心得”を私たちは教官を始める前に何度も暗唱させられた。


「今日の狙いはこの匍匐が考えずに出来るようになることだ、それから地形と合わせる、いいね?」

「ハイ!」

「その場で立て! 体操のできる距離間隔に開け!」


 両腕を水平にし指先から隣の指先まで3歩の距離を取って、前後には6歩の間隔を取る。

 こうした極めて細かい内容まで規定しているのが近代型の軍隊なのだろう。


「その場に伏せ! 1、2!」


□□□


 私達は一日中演習場を這いまわり、泥で汚れた。

 訓練が終われば、ふんどし一つになり電動ポンプの付いた自動井戸の水で軍服の泥を落とすのだ。

 洗濯に夕食、入浴が終わると新兵たちは隊舎の掃除、その後点呼を行う。

 大型の発電機が登場して電力事情が良くなるまではどこもかしこもロウソクと行燈で、暗い中、点呼まで丁稚の様な事をさせられたものだ。

 地方の部隊はどうかわからないが、教育隊の隊舎はガス燈と一部電燈でとても明るい。

 電気、ガスの節約の為に消灯時間以降はこれまで同様、ロウソクの明かりで教育計画や報告書を作る。

 それが終われば、自分の受け持ちの班員たちとの対話帳の返事を書く。

 対話帳とはザラ紙を麻紐で綴ったもので、班員との交換日記の様なものだ。

 木を原料にした安い粗紙や鉛筆が手に入るようになったのは良いことである。



「ミン班長、わたしはこれで」

「お疲れ様でした、テュー軍曹」


 一人、また一人と仕事を終えて教官室から自室へと戻って行く。

 私は当直なので、今夜は当直室で仮眠をとって衛兵が起床ラッパを吹奏する前に起きるのだ。


「異世界か……軍隊は外とは違うから、さもありなん。()()もここでは()()の一人にすぎんな」


 今日の記入者はコウ=シュジンか。

 アイツはたまによく分からない事を言うが成績は優秀だし、まあ指導することもないか。

 私はインクを付けたペンで返事を書くと戸棚に仕舞い、不寝番が来るのを待つ。

 ランプと警棒を持った戦闘服姿の不寝番(ふしんばん)がこつんこつんと廊下から近づいてくる。


「ゴォン学生、入ります」

「入室要領省略、異常はないか?」

「異常ありません」

「うん、お疲れ。交代後、戻って良いぞ」

「はい」


 脱走や規律違反者、賊の侵入を見つける不寝番は消灯後から数時間おきに一人立ち、明け方まで巡回するのである。

 亡霊や軍隊怪談はまだいい方で、不運な者は脱走者を見たり自殺者を発見してしまう。

 とくに脱走者が出ると夜中に叩き起こされて、駐屯地内に潜んでいないかと一斉捜索が始まるのだ。

 幸いにも私は自殺者を見なかったが、いつぞの戦闘で死んだ者が部屋に帰って来るのを見た事がある。

 この事を当直士官へ報告こそしなかったものの、やはり彼は戻って来たかったのかなと思った。



 日付が変わり第2直の不寝番の交替を見届けると、ようやく一日が終わった。

 ああ、今日も疲れたなあ。

 私は起床後の小隊点呼に備え、当直室の寝台に横になった。


◆◆◆



  俺はいわゆる、前世の記憶持ちだ。

 ここにきた当初は魔法に喜び、どういう仕組みか考えたものだ。

 意識して指先で空気をかき混ぜるだけで空中に鬼火おにびを生むのは分かるが、何かよく分からず、木の棒を突き込んだら普通に引火したので発火能力ということにした。

 普通の燃焼と同じことが起こると分かればちょっとした知識を使えると頑張った。

 幼いながら炎色反応の変化やら蒸留やらをして見せたら、中流階級の両親は「神童」だと褒め称えたし、村という狭い世界での評判に、俺は調子に乗って魔法使いとして生きて行こうと考えた。

 ところが魔法があるからと言って個人差の大きい不安定な力に頼り切って技術の発展が止まるわけもなく、飛行機こそないものの戦車が走るような世界であった。

 大道芸のような魔法で食べて行けるわけもなく、村でちやほやされて得意になってる自分がバカらしく思えて、俺は特技で試験を受けた。

 合格が決まって周囲に反対されたが特にやりたい事も無かったし、いつまでも親のすねを齧りたくなかったし、何より“軍隊に入れば3食食べられる”と決めたのだ。

 中等学校を出ようかとするとき、エルドアの東の国境の村を巡って紛争が始まった。

 幼馴染や爺さんから止められたりしたものの俺は軍隊に行く気満々だった。

 そうして中学校卒業後、俺は街の第1教育連隊の魔法特技兵教育隊に入ることになった。


 生まれ育ったテミン村からドンモイにある兵営まで半日かけて行き、着いたときにはもう夕方だった。

 荷札のような木の名札が掛けられた150cmくらいのベッドにワラ布団が俺達の夢の床で、10人近くが一部屋に所狭しと詰め込まれている。

 裸電球が部屋の真ん中に1つだけ吊るされ、薄暗い中着替えの入ったトランクを寝台の下に納め、入営初日の晩は自己紹介をしたものだ。

 アジア系に近い小柄なエルド人のほかに、耳が長く色白のユグー人なんかもおり異世界だなと実感する。

 海兵隊を描いた映画のように人格否定から始まる罵倒大会が始まるのかと不安になっていたが、そういう事も無かった。

 文字が読めない者もいるので宣誓文を教育隊長が読み、サインが終わると印象付けるため急に厳しくなるが最初の1週間で馴れた。

 教官たちは怖いし、ときに理不尽だと思うような事を言うがすべて理由があるのだと知って納得した。

 ミスによる重大な事故を防ぎ、一人一人が仲間や国民の命を背負っているのだから。


 外の世界の人々はよく精神論を唱えるが、ここの教育隊は少し毛色が違う。



「こらえろ、ここで耐えたら完走だ、あと少しで終わる」

「1小隊は昼飯までに、ここから隊舎玄関までの草むしりを実施する、かかれ」


 などと期限や目的がはっきりしていてやりやすい。

 村の爺さんの言っていたような、“意味不明な号令に鬼の古兵”とは別の何かだ。

 特に我が3班のミン軍曹は話の分かる人で、あんまり怒らない。


 「怒鳴って上手くなるなら教育隊の意味がない、無駄な事はしない」が彼の口癖だ。


 砲兵隊出身のテュー軍曹や、斥候隊出身のヌー軍曹が叱り役で、よく駆け足を命じられたり腕立て伏せを命じられたりもしたものだが、不思議と殴られることは少なかった。

 魔法の強弱は体力や感覚によって決まるため、普通の歩兵以上に体や感覚を鍛えなければならず、倒れるほど走ったり目隠しをした状態で腕に水滴を垂らして何粒落ちたか数える訓練をやった。

  そんな第6期魔法特技兵課程もあっという間で、気付けばもう修了が近い。


 6ヵ月の間、寝食を共にしてきた班員や教官、教育小隊の仲間と別れて各部隊へと散って行く。

 俺がいた世界なら携帯電話やパソコンでやり取りが出来たのだろうが、あるわけもなく今生の別れになるかもしれないのだ。

 配属先から軍事郵便を使っての文通しかないけどハガキや便箋は高いし、新兵の給与ではやたらめったら出せない。

 配属と言えば、ある日の座学の前にこんなやり取りがあった。


「シュジンは希望どこにした?」


 同じ班のショー=キタンが希望する兵科について話しかけてきた。

 キタンはここの成人の平均身長よりも高い、175cmほどある大男だ。

 地方の農家の三男坊で、兵隊に出されたのだ。


「俺は、花形の騎兵科かな、次が歩兵科」


 エルドア陸軍の騎兵科は他国に先駆けて戦車が配備されているのだ、志願しないわけがない。

 歩兵より車に乗れるぶん楽そうだし。


「騎兵科は来年から()()()に変わるてサ」

「そういうキタンはどこだよ」

「ワシはシュジンみたいに頭よくないからシチョウ科かネ」

輜重(しちょう)、補給の軽視は負け戦ってね。弾や食い物がなかったら戦えないよ」

「でも、馬車馬と変わらネが。兵隊のやるこたネェ」


 太平洋戦争で手ひどい負けを経験した戦後日本は“補給や輸送の軽視”が叫ばれ、外地の兵隊だけでなく本土の兄妹が物資不足からくる飢えで死ぬ話を聞かされて育った。


 北、東、西の三方を国境に囲まれた大陸国のわが国では防衛戦争が数年に一度起こり、主な戦場が自国の領土ということもあってか歩兵・騎兵・砲兵・工兵以外は兵隊にあらずという風潮が強い。

 唯一の例外が電話中隊だがそれはともかく、教官たちでさえ「輜重輸卒しちょうゆそつは荷役の人夫の仕事」と言ってはばからない。

 輜重兵は戦闘職と違い昇進の機会も少なく、成績の劣った者などが多く回される兵科でもあった。

 俺はいち兵士でありこれに口を出すこともない。自分の本分をわきまえているのだ。

 生きている間に補給の限界を超えた外征戦争が起こらない事を願っている。


□□□




  今日行われる「魔法特技戦闘検定」は戦闘服を着て敵陣地に飛び込んでゆく歩兵の教育と違い、自分の持つ能力をどう応用するかが見られるのだ。

 筋力を一時的に強化する強化型の奴は普通の歩兵の数倍の力やありえない跳躍力を見せる。


 次に流体使役型、風や水、炎や熱と言った現象を使う能力がこれにあたる。

 風を使役するものが手榴弾を風に乗せて敵陣に運び、発火の魔法使いが火を放つ。

 土を手のひらの微細な振動で液状化させる特技を持った奴が土をほぐして塹壕掘りを助ける。

 水を体に纏って使う奴はどうして海軍に入らなかったのか気になったが、川を渡る時に使えるのだろう。

 飛んだり跳ねたりビックリ人間コンテストの1班と違い、流体使役型が集められた第3班の課題は射撃陣地の構築である。

 俺は土を液状化させたやつが出した泥を固めて、弾が抜けづらい胸壁きょうへきを作るのだ。


 歩兵の教育隊と違い、ウチは部隊朝礼で魔法安全五訓を唱和する。

 今日は2班の聴力強化型で長い笹型の耳を持つユグー人のベンサムが前で唱和を行うようだ。


「魔法安全五訓、実施します!」

「実施!」


一つ、術は生物(ナマモノ)、目を離すな


一つ、使用前に四方(よも)の確認、注意喚起


一つ、出力範囲は低・狭(てい・きょう)から


一つ、見栄と過信は事故のもと


一つ、危ないと思ったら術を止めよ


 この5つを前に出て唱和するのである。

 これらは制御された力として魔法を“安全”に使う上で欠かせないことで、外の世界ではここまで徹底されない。

 シャバでは派手な物が好まれ、能力以上の事をして高い威力で広い範囲に被害をまき散らして自爆する魔法使いが一定数いるのだ。



「唱和、終わります!」

「講評、声が出ていて大変よろしい!」

「ありがとうございます!」


 ベンサムが列中に戻ると勲章をいくつも付けた教育隊長が観閲台に上がり、気を付けが掛かる。


「部隊、不動の姿勢を取れ」

「休め、……諸君らはいよいよ魔法特技兵教育の最終段階にやってきた」


 魔法特技戦闘の検定が終われば、配属先の発表と修了式だけである。


「今日の検定の結果が部隊配属の参考になるので、心してあたるように。 終わり」

「教育隊長降壇、部隊、不動の姿勢を取れ、敬礼」


 “勇者は左腕に槍を持つ”というエルドアの故事から、ザッと右拳を左肩に当てる。

 教育隊長が去ってゆくと小隊長が観閲台に上がり、状況の設定と検定の方法を告げる。


「わが第一教育連隊はダナシュ方向より侵攻してきた、あか軍を迎え撃つことになった」


 シナリオは戦闘訓練場にて戦車含む一個歩兵小隊との対決だ。


「命令を伝える。第一教育小隊はこれより防御陣地を構築し、敵一個小隊を捕捉撃破せよ」

「了解!」


 命令に力いっぱい返事をする。

 ここで声が小さいと、“戦闘精神に欠ける”としてその時点で不合格になるのだ。

 不合格になったという話こそ聞かないが、教官たちは戦闘訓練の度に口を酸っぱくして言う。


 命令下達が終わると、武器庫から木と鉄で出来た27年式歩兵銃を出して戦闘訓練場まで駆けてゆく。

 訓練係と呼ばれる当番が32名を引率していく。

 残念ながら2人ほど辞めてしまったけれど、我が3班からは誰一人として脱落者が出ずにみんなで修了を迎えられそうだ。


「ひだり、ひだり、ひだり、みぎ!」

「そーれ!」

「ひだり、ひだり、ひだり、みぎ!」

「そーれ!」


 訓練場にたどり着くと白い灰で描かれた陣地と、敵戦車の絵が現れる。

 俺達は白い灰の通りに陣地を作り、強化型の奴らは敵兵や敵戦車のいる方向に突っ込むのだ。

 教育隊の検定官が訓練場を取り囲み、受験者の様子を見ている。


「第2種の試験の制限時間は2時間、実施!」


 検定官の声に俺達は走って陣地につくと折り畳みシャベルで掘りはじめる。

 液状化能力を持ったシルト=ゴォンが手を打ちならし地面に当てる。


「ここからここまで、溶かすぞ!」

「やってくれ!」

「右よし、左よし! 溶けろ!」


 クマバチの羽音のような低い音が響き、次第に大雨でも降ったかのように泥水が噴き出してくる。

 シャベルの刃先が入らなかった硬い地面がまるで溶けたチョコレートアイスのように変わり、俺達は一心不乱に掘る。

 その間、風使いは細かい砂の竜巻を作り敵の銃火から陣地作成チームを隠す。


「煙幕薄いぞ! 煙頼む!」


 風使いのホン=バン=チューが叫び、俺はチューの竜巻の近くの草を燃やすことにした。


「あそこの草を燃やす! 右よし、左よし! 燃えよ!」


 左右の確認動作を検定官に見えるようにオーバーにする。

 安全確認なしも減点項目に入るのだ。

 勢いをつけて手を振り、手から抜けた炎の弾は草に当たり黒煙を巻き上げ……。


「うわあ! 火災旋風になった!」


 周囲の空気を取り込み、ごうごうと天高く上がる4mほどの炎の柱。


「山火事になんねエか! これはまずぐねえが?」

「炎の竜巻とかシャレにならんぞ! 検定中止とかならないよな!」


 火を放っておいてそんなことを叫ぶ俺。

 検定官たちの顔も引きつっている。場合によっちゃ危険行為で検定中止になるかもしれない。


「まだ御せる範囲だ、いざとなったら土の量増やして消すからお前らは掘り続けろ!」


 炎の竜巻に正対し、火の粉が飛んで延焼しないように抑えているチューが叫ぶ。


「お、おう!」


 戦闘帽のつばがちりりと焦げそうなチューの後ろ姿に、俺とキタンは掘った壕から泥を掻き出す作業に戻る。


「よし、縦穴は掘れたぞ、ゴォン横穴を頼む。泥水の処理は俺に任せな!」


 スコップで縦穴を掘っていた“水の鎧”フジオ=キドが塹壕ざんごうの底に溜まった泥水を捨てる。

 茶褐色の泥水が無重力空間のように球となって浮かび上がり、キドは右手で掴むと力いっぱい炎の竜巻に投げつける。

 すると火勢が少し弱まり、炎の向こうに強化型の学生たちの高機動戦闘が見えた。


「あっちはあっちで人間やめてるなあ」


 木に飛び乗って樹上から射撃したあとにバックステップで離脱したり、重い模擬手榴弾が野球のボールのように水平に飛んでいる。

 この世界ではグレネードランチャーがなくても手榴弾を強化型が投げるか、使役型が飛ばせばいいのだ。


「検定終了!」


 検定官の声に作業をやめる。

 炎の竜巻は黒々とした燃えカスと熱気を残して消え、俺達の陣地は青々とした擬装材に包まれていた。


「よし、寸法はあってる、擬装の徹底はまあいいだろう」


 数人の検定官が立射壕(りっしゃごう)に入って寸法通りかと、壕としての機能が備わっているかと確かめる。


「敵火からの防護は……遠方から目立ち過ぎだ」


 高い火柱は遠くから目立ち、動かないとあれば敵砲兵にとっては格好の標的だ。

 もし敵が砲撃支援を呼んだなら、間違いなく火柱を目印にするだろう。

 そうなると威力の高い野砲弾が俺達の頭の上に降って来て、土と共に耕されてしまう。


「あちゃー、失敗だったか」


 煤で真っ黒になっているチューがぽつりとこぼす。


「うん、思ったより燃え過ぎたもんな」

「よく山火事になんなガったもんだー」


 掻いた汗もすぐ乾く熱気に枯草色の戦闘服には塩が吹き、背中は真っ白だ。


「お前たちまだ終わってないぞ、シャンとせい!」


「ハイ! すみません!」


 ミン軍曹に怒られ、背筋を伸ばし採点終了を待つ。

 検定官たちは何事かを話し合うと、隊舎へと帰っていった。

 どうやら、採点が終わったようだ。


「今から、隊舎に向けて前進する。3列縦隊短間隔に集まれ!」


 訓練係ではなく、班長が引率することに不安を覚えつつもサッと並ぶ。

 小隊旗を持った旗手が列の先頭に出る。


「駆け足、進め!」


 銃を胸の前で保持する控え銃の状態で走り出す俺達。


「1、1、1、2!」

「そーれ!」

「連続歩調れんぞくほちょう、ちょー、ちょー、数え!」


 連続歩調と言って足を合わせるための掛け声が始まる。

 ……海兵隊の映画のパロディでもよく行われるアレだ。

 この時は俺達の間に教官が掛け声を入れるのだ。


「1!」「そーれ!」

「2!」「そーれ!」

「3!」「そーれ!」

「4!」「そーれ!」

「1、2、3、4、2、2、3、4!」

「ちょー、ちょー、ちょー、もういっちょう!」


 これを2回繰り返した頃、隊舎の前にやってきた。

 しかし止まらない。

 それどころか班長の後に続いてコールが始まってしまった。

 隊舎の周りを延々と走り続けるパターンだ。


「兵隊さんはかなしいねー」「兵隊さんはかなしいねー」

「ラッパで起きて走り出す」「ラッパで起きて走り出す」

「そんな俺達、1小隊」「そんな俺達、1小隊」

「精強」「精強」

「精鋭」「精鋭」

「1小隊!」「1小隊!」

「ひだり、ひだり、ひだり、みぎ!」「そーれ!」


「大声出せぇ!」


 こうして声が枯れるほど叫び、連続歩調を掛けながら走り続ける。

 ようやくゴールかと思いきや「回れ進め」の号令がかかり列の前後が逆転する。


「まわれー、進め!」


 隊舎裏の長い直線で何度も行ったり来たりを繰り返す。

 もう何度目だろうか、茶色い革の戦闘靴せんとうかの先から感覚がなくなり、声も枯れ果てた。

 いっそ倒れ込めば楽になるだろうか?


「声が!」「声が!」

「出てない」「出てる!」

「だったら」「だったら」

「出せよ!」「出すよ!」


 また、「回れ進め」が掛かるのか。

 脇腹が痛い、ふらふらする、ひざ下の感覚がおかしい。

 諦めの境地に入った時、別の号令が掛かった。


「縦隊右へ、進め!」


 縦隊は隊舎の脇を抜けてグラウンドに入る。

 花道の両脇にはこの駐屯地の人たちがずらりと並んでいる。

 直接会った事の無い人も、部隊こそ違えど食堂や風呂で会う人もいる。


「おめでとう!」

「おつかれ!」

「よう頑張った!」


 集まった人々の激励の中を33名の第6期魔法特技兵課程学生は走り抜ける。


「右向け、止まれ!」


 そして、観閲台の前でようやく縦隊は足を止めた。


「教育隊長登壇、不動の姿勢を取れ」

「なおれ」

「第6期魔法特技過程学生、魔法特技戦闘検定の結果を発表する」


 みな、息を飲む。


「33名全員、合格。続いて講評に移る」


 とりあえず、ほっと一息。

 不合格じゃ泣くに泣けない。


「良かった点、各々の特色を生かし効率よく陣地を作成、あるいは襲撃を行えた事」


 教育隊長はにこやかに言う。

 改善点は、どう考えても炎の竜巻だろうな。


「改善すべき点、陽動および目隠しの火勢が強すぎて、遠方から視認されやすいこと」


 思った通りのポイントを突いてきた。


「制御こそしていたものの、暴走や砲撃などで一つ間違えば部隊全滅の危険性をはらんでいることも忘れないでほしい。講評終わり」


 疲れた体を押して食堂に行くと、ここに来て初めてのステーキが出てきた。

 あまりの御馳走に俺達は涙を流して食べた。

 もう記憶も薄れた日本では容易く食べることが出来てさして感動もなかったが、肉自体ぜいたく品で野菜スープと雑穀ご飯のような物ばかり食べていた俺達には雲の上の食事なのだ。


 そう思うと懐かしさも相まって涙が出てくる。


「お、おい、キタン、喉に詰まらせるなよ」

「ゲホッゲホッ……ワシ、こんなうめえ物はじめて食ったよ」

「チューが美味さのあまり気をやってら」

「はっ、ここは天国か」

「残念、地獄の兵舎だよ。褌汚すなよ」

「ばかいえ、それよりシュジンが泣いてるぞ」


 はじめて肉を食べた農村出身者を中心に、大きな衝撃と感動を与えたのだった。

 明日死ぬんじゃないかと思うほどに。


□□□


  最高の夕食から数日が経ち、いよいよ修了式がやってきた。

 主席で修了した俺は、チホーの騎兵学校へと配属になって新時代の兵器を担う一員となる。

 夏用の一種軍装に身を包み、木で出来た西洋風の講堂に入る。


「ただいまより、第6期魔法特技兵課程の修了式を執り行います」


 式進行の声が白く塗られた講堂に響く。

 木で出来た長椅子に立ったり座ったりするたびに床板がギイギイ鳴る。

 その音がどこか心地よい。


 ここで入隊式を経験し、みんな父母との別れに泣いた春。

 初めての銃に泣かされ、何度も連帯責任で苦しんだこと。

 基本教練が上手く出来ず、廊下の姿見の前でずっと歩き回っていたこと。

 歩兵課程が終わり、魔法の能力を高めるために厳しい体力錬成をしたこと。

 引率外出でシャバの空気を楽しみ、ミン軍曹のおごりで班員みんなで甘味を食べたこと。

 戦闘訓練で泥だらけの服を、魔法で洗濯したこと。


 入隊から今までの事が走馬灯のように頭を駆け抜けて行く。


「課程修了章授与、呼ばれたものより前へ」


 一人一人呼ばれ、教育小隊長より魔法特技兵であることを示す徽章きしょうを受け取るのだ。

 予行演習で何度やっても、いざ本番となると緊張する。


「コウ=シュジン」

「ハイ!」


 床板を踏み割らんばかりに音を立て、勢いよく長椅子から立ち上がる。

 前に出て、緋色のリボンがついた特技徽章を受け取る。


「よくやった、おめでとう」

「ありがとうございます!」


 式が終わるといよいよ異動だ。

 トランク二つに制服と私物品を入れて持ち出せば部屋は空っぽだ。

 駅で汽車が来るまで同期生や教官たちと最後の別れを惜しむのである。


「ミン軍曹、半年の間、ありがとうございました」

「うん、貴様は騎兵学校だったな、あそこには知り合いがいるのでよろしくと伝えておいてくれ。達者でな」

「はい、ミン軍曹もお達者で」


 感極まり、鼻声になる。

 数か月も共に暮らすと、教育隊は疑似家族になる。

 教育小隊長は親父で、班長は兄の様なものだ。


「こら、男が泣くんじゃない」

「はい、はい……」

「まったく、私の班は涙もろい者ばかりか」


 鼻を手で擦り、ふと隣を見るとキタンもやはり涙を浮かべている。


「貴様は歩兵科に行けてよかったな」

「はい、ミン軍曹のおかげでアリマス」

「相変わらず訛りが強いな、でありますは軍隊言葉だから外では使わぬようにな」

「はい!」


 ミン軍曹とキタンは固く握手を交わす。


 チューはというと知らせを受け郷里からやってきていた親兄弟に囲まれている。

 彼は砲兵隊付きの野外電話班に配属が決まった。有線電話を引いて砲兵と観測手を繋ぐ仕事だ。

 こうした部隊付通信隊は“世は文明の科学戦”と軍歌に歌われる新しい兵科の一つでもあった。


 少し離れたところでヌー軍曹にもみくちゃにされているのがゴォンだ。

 彼は液状化能力が工兵科の目に留まり、「ぜひうちに」と指名を受けたのだ。

 硬い土も彼にかかればよく解された軟弱地になり、掘削作業の効率が上がることだろう。


 向こうで恋人からアンズを貰って齧っているキドはヌー軍曹の居た斥候隊に配属されることが決まった。


 べつに、うらやましくなんか……。

 可愛いなあ、俺にもあんな彼女出来ないかなあ。


 汽笛が聞こえ、汽車がやってくる。


「ありがとうございました、お達者で!」


 最後に俺達は窓から身を乗り出し、教官たちが見えなくなるまで帽子を振った。


◆◆◆



  ついに教え子たちが教育隊という守られた世界から、厳しい嵐の中へと巣立っていった。


 私は、がらんと生活痕の消えた居室に入る。

 寝台と寝台の間に置いてある棚の上の鉛筆を回収するためだ。

 ここを出るときには無かったはずの対話帳がぽつんと置かれていた。


 ページを開くと半年間の出来事が綴られている。

 雨の日も、風の日も、冷えが厳しい春先も、真夏の暑い日も班員の誰かが書き記した軌跡だ。


「最初、キタンの報告の修正から始めたんだな、結局報告以外は治らなかったのだがな」


 訛りがきつくてなんと報告しているのかわからなかったのを、あります口調に直して何とか聞けるようにしたのだ。


「チューが親兄弟恋しさに夜中、泣いていたこともあったな」


 すすり泣きが聞こえるという不寝番の知らせに、行ったら寝台で泣いてたんだな。

 あの後、教え子たちに郷里への絵葉書を書かせたんだ。


「ゴォンは劣等感から、辞めようとしたんだった。あれは大変だった」


 銃の扱いが下手で部品を落とすたびに、よく連帯責任で腕立てを命じたものだ。

 その結果、自分は軍隊に向いていないのではないかと思い悩み辞めようとしたのを面談で聞いたのだった。

 あいつの兵士としての強さは銃ではなく、土を溶かす固有の魔法にあったわけだが。


「キドは優秀だったが、風呂場の湯を使って悪ふざけをしていたところを指導したことがあったな」


 湯船の湯を体表に纏い、水の膜を作ることで水中はもちろん陸上でも滑るように動けるというよく分からない能力で遊んでいたんだったな。

 水の膜に包まれた者が道を凄い速さで滑って行く様なんて初めて見たぞ。


「シュジンは、優秀だが少し私たちと見方が違う。それがもとでいらぬ摩擦を起こさないか心配だ」


 思えば、我が3班はあの5人をはじめとして変わり者が多かったのだな。

 ページをめくるたびに教え子たちの成長が窺える。

 文字が書けなかった農民の8男が最後のほうには拙いながらも自分の力で文章が書けているのだ。


 だんだん、ページの残りが少なくなる。

 内容は特技戦闘検定のことになり、その日の記事は検定が3分に夕食が7分という割合だった。

 そして、いよいよ修了式の前夜となった。

 もう記さなくてもよいと告げ、この日で対話帳は終わっているはずだった。


「うん、まだ続きがあるのか?」


 ページをめくると第一小隊全員の寄せ書きと、鉛筆で描かれた緻密な似顔絵が現れた。


「チューが書いたのか、絵葉書を書いていただけあって、上手いじゃないか」


 不意に、こみ上げるものがあった。

 ここを巣立っていった彼らは暗雲立ちこめる世情の中、砦として矢面に立つのだ。

 あるものは散兵線の花と散るかもしれない、それは名誉なことだ。


 だが、ここで教えたことによって少しでも長く生きて戦えたのならば、それに勝るうれしいことはない。

 教育軍曹が手助けしてやれることはもうないのだ。


「ありがとう、こちらこそ武運長久を祈る」



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