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第一戦 親友とのカラオケ代対決

 そして私は究極の決断を迫られる。

 大皿に残るたこ焼きはあと二つ。片方は普通のたこ焼きだが、もう一方は悶絶ものの激辛たこ焼き。もちろん激辛を引いた方の負け、そして私は辛いものが超絶嫌いです!

 すなわち敗北イコール死。ここは地獄の一丁目。

(どうしてこうなった!?)

 ――きっかけは他愛もない事だった。

 大学終わりの帰り道。いつもの様に親友の恵美と連れだって、ゲラゲラ笑いながら行き付けのカラオケにやって来たは良いものの、財布の中身を確認してみれば漱石様が一名しかおられないという現実に気が付いた。

(いかん、このままでは恵美に借りを作る事になってしまう!)

 恵美の取り立てはマジやばい。こないだなんか小銭を切らして缶ジュース一本分借りただけで後日、学食の黄金メニュー(千五百円也)を奢らされるハメになった。

 恵美はとにかく手段を選ばない。

 断ろうとするこちらの口を封じ、最終的には必ず支払わされるところまで持って行かれる。

 これでカラオケ代など借りようものなら、一体何を要求されるか……想像するだけで恐ろしい。

(どうする!? 一体どうすれば――!)

 混乱極まりぐるぐる回り始めた視界に映ったもの。

 『当店限定スペシャルメニュー! 口に入れたら人生終了!? 殺人級激辛たこ焼きぃ!!』。

気が付けば叫んでいた。

「えみいいいいぃぃぃ!!」

「なんだあああぁぁぁしょうこおおおおお!!」

「カラオケ代を掛けてしょおぶじゃあああぁぁ!!!」

「やったらああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 ――んで、今に至る。

 テーブルを挟み対面に座る恵美は女王様よろしく脚を組み、最後の安全牌をゆぅっくりと見せつける様に口に入れ、むっしゃむっしゃと旨そうに口を動かしてから飲み込んだ。

 挙げ句、べろんと舌を垂らして挑発的な笑み。

 腹を空かせた虎よりも温厚と言われるさすがの私も、これには青筋が額に浮かぶのを堪えられない。

(こんにゃろぉ……目にものみせてくれるわ!)

 くわっと両の目を一杯に見開く。血管を浮かび上がらせた腕でつまようじを握り締めた。

 心せよ、恵美は魔女だ。魔女は退治しなければなるまい!

 この手に握られしつまようじは聖剣。たこ焼きという心臓をぶっ刺す為の刃なのだ!

(どっちだ? 考えろ……!)

 かっぴらいた目をギョロギョロと血走らせ、僅かの違和感も見逃さない。これほどまで何かを観察するのは、前カレが唐突によそよそしくなり別の女の存在を疑った時以来だ。

 ちなみにそん時はマジで浮気してやがったので「顔面の整形を手伝ってやろう」という口実のもとボッコボコにして別れてやった。後悔はしていない。

 嘘ですっほんとはちょっとだけ後悔してます! おかげで今女友達の中で独り身なの私だけなんです!!

 くぅ……たった一度男をタコ殴りにしたくらいで周囲の男連中は遠巻きにして近付かなくなるし、なんという不条理。なんという世の中か!

 おのれ神様め、縁結びの為に必死こいて銭を恵んで祈ってやった恩を返せ!

 恵美はにやにやと、家臣が狼狽する様を愉しむようにこっちを見つめている。

(そういえばこいつも彼氏持ちだったな……)

 イケメンの。そう、イケメンの。

 大事な事なので二回言いました。

 きっとあれだ、この女のアレが私の運気を吸い取っていやがる。

 こいつの胸元にたわわに実ったミルク風船。

 なんやねんあのメロン。こちとら母や妹に「人生の無駄遣い、ぷげら!」なんて笑われても血の滲む努力を重ねかろうじてレモンを維持してるっちゅうのにこの女、注射針で注入してんのかと疑いたくなる勢いで膨らみやがって。

 きっとあれは乳に見せ掛けた吸引器なんだ。

 私の運気や乳成分を掃除機の様に吸い取ってるんだ。そうに違いない!

 つまり私が今彼氏いないのも乳がレモンなのも金が無いのも全部恵美のせい!

 許すまじ!

 私の全身から立ち上る暗黒のオーラ。

 悪魔の化身じみた恵美だが己に向けられる邪念にも人一倍鋭く、これには顔を顰めていた。

「なんだか物凄く理不尽な怒りを向けられている気がするんだけど……」

 理不尽などではない。

 彼氏なしBカップ貧乏女子大生世界代表による、正当な八つ当たりだ。

 嫉妬の恐ろしさを思い知るがいいっ。

 そんでカラオケ代払えやごらぁっ!

 決意を改め、意識をたこ焼きに戻す。

 激辛たこやきという事はいくらか余計な材料が含まれているわけだ。

 つまり普通のたこ焼きよりも、ちょっとだけ大きいはず。

 それを踏まえた上で改めて観察すれば、右のたこ焼きの方がほんっの少しだが確実に大きい。

 これでも視力は両方1・5。自信はある。

 ただ、気になるのは恵美の反応。

 ちら、と様子を窺えば彼女は相変わらず不敵な笑みを湛え、こちらをじっと見つめていた。

(どういう事だ……?)

 こんな簡単な事にあの性悪魔王が気付いていないとは思えない。

 そしてまた、気付いていて何の妨害もしないとも思えなかった。

(一体何を企んで――っ!?)

 はたと気付いた。

 そして同時、勝機という光が見えた。

「ふ、ふふふふ……!」

「……何がおかしいのかしら、勝子?」

 溢れる愉悦を堪えきれず肩を震わせて笑う私に、恵美は訝しげに目を細めた。

 その眼光がほんの一瞬不安げに揺らぐのを、今の私が見逃すはずがない。

「やっぱり恵美は油断ならないね。だけど残念。今回財布の中が涼しくなるのはどうやら、アンタの方みたいだよ」

「あら、どうしてかしら?」

「私が勝つからじゃあああああぁぁぁっ!!」

 気勢により振り上げられたつまようじは、狙いを誤る事無く『右』のたこ焼きに突き刺さった。

「――くっ!?」

 ここにきてはっきりと恵美の顔色が変わる。

 余裕の笑みを浮かべていた口元は固く食い縛られ、女王のごとく見せつける様に組まれていた美脚を崩し、上体は前のめり。

 瞳孔まで見開かれた両眼で事の趨勢を窺い、息を飲んでいる。

 それもそのはず、やや小さく見えた左のたこ焼きは『人為的』な細工がされていたのだから。

 いつ気が付いたのかは分からないが、恵美は左のたこ焼きこそが激辛であると気付き一計を案じた。

 恵美がさきの安全牌を選んだ時、つまようじを貫通させ、その奥にあったたこ焼きにも穴を開けておいたのだ。

 結果、空気が抜け、たこ焼きは萎む。小さくなる。

 ――私の目なら、はっきりと違いが分かるくらいに。

(勝った!)

 勝利を確信する。

 数多の試練を乗り越え万難を排し、魔女に競り勝ったのだっ。

 その優越感を余すところなく味わいながら、突き刺したたこ焼きを口元に運ぶ――その刹那。

 見て、しまった。

 食い縛られていたはずの恵美の口元がもにょもにょと形を変えていき、やがてさっきよりはっきりとした三日月に吊り上がるのを!

 馬鹿な、まさかこいつ――っ。

(演技か!?)

 世界の時間が停滞したかのように、景色がゆっくりと流れていく。

 恵美は既に体勢を立て直しもはや悪魔そのものの表情で、魂を抜き取る寸前の生け贄を見るかのように頬杖をついている。

 対してこちらは、

(だ、ダメだっ止まれない!?)

 もはや右腕の軌道は修正不可能。

 つまようじの先端に突き刺さった勝利の美酒代わりであるはずのたこ焼きが一転、猛毒を含んだ魔界のリンゴに早変わり。

 このままでは……このままぁ――――

(負けてたまるかあああああっ!!)

 私は、たこ焼きが刺さっているつまようじを握り潰した。

「――んなぁっ!?」

 この暴挙は恵美も完全に予想外だったらしい。珍しく奇声を上げて硬直している。

 これも演技だとしたらもうさっさと女優にでもなってハリウッド行けやと言ってやるところだが、今はそんな恵美の輝かしい将来よりもたこ焼きをどうにかするのが先だ。

 慣性の法則により顔面に向かって飛来する激辛たこ焼き。口を閉じて防壁を張るのは間に合わない。

 だから私は――首を捻った。

 ボクサーが相手のパンチをいなす様にミシミシと筋肉を捻転させ、頬の皮一枚削らせるつもりでたこ焼きを躱す。

(よしっ!)

 これでたこ焼きがどっかに落ちた後、「あ、ごめ~んつい力入り過ぎちゃった! 許してぴょんご主人様?」とでもやってやればさすがの恵美も冷静さを失い、結果をうやむやにできるだろう。

 なぜなら奴はうさ耳喫茶でバイトしてるから。

 たぶん、ぶち切れるよ?

「させるかぁっ!」

「ふぐぅ!?」

 突如、首の動きをごきんっと止めるものがあった。

 往生際悪く伸ばしてきた恵美の腕だ。普段飄々としている彼女からは考えられない強引な手段。

 そこまでしてカラオケ代を払いたくないのか、なんてケチな奴だ。

 乳も彼氏も持ってんだから良いじゃん別にっ!

 そんな事を考えた瞬間。

 すぽっ。

(あ)

 バスケで綺麗にゴールが決まった時みたく軽い音と共に、たこ焼きが私の口に吸い込まれた。

 それに何かを思うより早く、口内を灼熱の奔流が満たし――



 ~~しばらくお待ちください~~



「ふげほおっ!? げほっげほげほ……!? はあ……はあ……っ」

 し、死ぬかと思った。

 殺人級とはよく言ったもので、何杯ソフトドリンクを注文したかも覚えていない。

 仮にも女子としてとても絵面にできない醜態を晒してしまった。

 今回の件は間違いなく我が人生の黒歴史の一つとして脳内で語り継がれて行くことだろう。

 うわーん!

 そんな傷心中の私の肩を、とんとん、と叩くものがあった。

 顔を上げると無慈悲な表情をした魔女がいた。

 魔女は魂の契約書のごとく伝票を差し出して、言った。

「ごち」

 その勝利宣言を、借金取りに契約書を突き付けられた心地で聞いていたが、なぜだか自然と笑みが浮かんできた。

 ――私にはまだやらなければならない事がある。

 恵美に向き直る。

 ソファーの上に正座し、三つ指突いて、頭を下げる。

「カラオケ代――貸してください」



 そして後日。

 悪魔に魂を売った代償はキッチリと支払わされるハメになるのだが、内容は割愛させていただく。

 ただ一つ言えるのは。

 最新の黒歴史は、早々と塗り替えられたのであった。


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