策略を巡らせて 音夢・夢華
少し間が空きました。期待していた方がいらっしゃったらすみません。早くもネタが尽きかけています。
偶然、今回の話が、突発的に浮かんだので書きました。
少し下ネタが入ります。苦手な方はご注意ください。
チュンチュン、チュンチュン。僕は、鳥の鳴き声で目を覚ました。
身体には、二つの感触が。一つは、シーツと布団が直に肌に触れる感触。もう一つは、生暖かく、柔らかい感触。これもまた僕の肌に直接当たっている。
僕の左側の胸には、二つの柔らかい感触が、押し付けられている。右胸の側に華奢な腕が伸びていたため、鬱陶しく感じ、それを外そうするが、外れない。
僕は寝たままで顔だけを動かし、僕を抱きついて離さない人物の顔を見た。
「祠堂さん、起きてください。離してください」
「……」
声をかけても、長髪の彼女、祠堂夢華は起きる事なくすやすやと眠っているように見える。
僕、木沢音夢はもう一度声をかけてみる。
「祠堂さん、起きてください」
「……んぅ、音夢、くん…………」
祠堂さんは、まどろんみながら僕の名前を呼んでいるように見える。
僕が時計を見ると、電子時計は6時45分を表示している。
うん、いつも通りの時間だ。
「単刀直入に言いますね。迷惑です。祠堂さん、起きてください」
「音夢くぅん、そこは、らめらよぉ……ぁあっ、音夢、くん……」
三度の呼びかけにも関わらず、未だにまどろんでいるように見える祠堂さん。
僕は彼女に横から抱きつかれているため、起きようにも起きる事ができない。
「あーあ、女の人が隣にいるけど起きる気配がないから何もしてもらえないや。今度、綺麗なお姉さんにいい事をしてもらえるお店にでも行こうかな」
「音夢君ダメだよ性欲の処理なら私でしてよ?!私以外の女性なんて音夢君の事何もわかってないんだからダメだよ音夢君?!」
突如として目を見開き、僕をより一層強く抱きしめる祠堂さん。その表情は少し慌てているようだ。
「おはようございます。祠堂さん。もう一度言います邪魔です。起き上がれません。離れてください」
僕は、起き抜けとはとても思えないような彼女の早口に驚く事なく対応した。
「音夢君聞いてるっ?!前から言ってるけど女性に対して性的な感情を抱くのは人間として自然な事で気にする事なんてないんだよ!!私はそのあたりに理解があるから音夢君がしたい事されたい事なんでもしていいんだよ?!ぐちゃぐちゃにして欲しいって言われれば喜んでぐちゃぐちゃにするし!ぐちゃぐちゃにしたいって言うなら喜んでぐちゃぐちゃにされるよ!!だから音夢君そんなお店になんていかないでお願い」
泣きそうになりながらますます僕を強く抱きしめる祠堂さん。
「祠堂さん」
「な、何?思いとどまってくれた?」
「煩いです。朝です。頭に響きます。痛いです。身体に跡がつきます。そろそろ腕が痺れます。今日の仕事、デスクワークに影響が出かねません。やめてください」
「音夢君がいかがわしくて卑猥なお店には生涯行かないって約束してくれるまで私離さないからっ!!」
痛い。そろそろ素直に痛い。彼女が僕を抱きしめる事に痛みを感じ始めた。痛い。
「僕は綺麗なお姉さんにいい事をしてもらえるお店と言っただけで、いかがわしくて卑猥なお店に行くとは一言も言っていません」
「え、そうなの?!なら安心……じゃないよっ!!それってつまり綺麗なお姉さんにいい事をしてもらえるいかがわしくなくて卑猥でないお店に行くって事でしょ?!」
「まぁ綺麗なお姉さんのいるいかがわしくて卑猥な店には行かないとも言っていませんが」
「えっなにそれなら今のやりとりいる?!」
「……冗談です」
「音夢君てたまによくわからない冗談言うよねえ。可愛いから好き」
祠堂さんは、えへへと笑って僕を見つめた。
「そうですか。わかったので離してください」
「それはそうと!音夢君が言ってるお店って、えっちなお姉さんから性的なサービスを受けるところでしょ?!」
「そうかもしれませんしそうではないかもしれません。僕はさっきから何かを断定する事は一言も発していな」
「でもそういうお店の事を言ってるんでしょ?!」
「まぁそうですね」
「やっぱり!!」
僕は言葉を遮られた事に少し憤りを覚えた。
時計を見ると、6時50分。そろそろ力づくで彼女を離しにかかるとしよう。
「いいから音夢君は約束して!!いかがわしくて卑猥なお店には生涯行かないって約束して!!」
「生涯は無理です」
僕は即答した。
「そんななんで?!」
「仕事の付き合いで行く事があるかもしれません」
「そんなの断ればいいじゃん!!私がいるって言えばいいじゃん!!ほら、彼女がいるとか奥さんがいるとかって言えばいいんだよ!!」
「そうかもしれませんね」
「なら約束してくれる?」
僕が納得すると、安心した表情になる祠堂さん。
「でもやはり無理です」
「なんでっ?!」
一度は綻んだ表情に、再び力が入る。
「僕が行きたくなるかもしれません」
「そんなぁっそれって元も子もなくて身も蓋もないよっ?!私がいるのにっ!私がいるのにっ!!わっ、たっ、しっ、がっ!!いるのにっ!!!」
「祠堂さん」
「なに?!」
「くどいです」
「酷いよ音夢君さっきからなんかひどいよ!!」
きーきーと泣き真似をする祠堂さん。少ししょんぼりとした様子だ。
「そもそもですね」
「な、なに?この期に及んでまだ言うの?24歳の女子のライフはもうゼロだよ?!」
「僕は一度した約束を平気で破れます」
「そんなっ!!ますます身も蓋もないよっ!!音夢君はそんな酷い子じゃないよっ!!」
いや、そんな事を僕に言われましても困ります。
「約束というのは所詮口約束です。録音や録画でもしない限り、証拠は残りません。監視カメラなどから口元を見られる心配の無いところで録音録画に注意して約束をしたのであれば、あなたの記憶違いということで済ませられます」
「音夢君て結構考え方ひねてるよねでもそこが好き可愛い」
「わかりました。わかったのでそろそろ離してください。怒りますので」
「怒りますのでって……私は音夢君が怒ったところ見た事ないよ?音夢君は私に対して怒れるほど優しくないわけじゃないって私の知ってるよ?」
少し自慢げな祠堂さんに、僕は真顔で言った。
「それは、怒る事が出来ないほど呆れているのか、怒る価値すらないと思っているのかのどちらかですね」
「どっちも酷い?!酷い!酷いよ音夢君!!音夢君は私にそんな事を思っていたの?!」
「むしろそんな行動をしていてどう思われていると?」
「そんな、とは?」
寝たままの体制で首を傾げてみせる、器用な祠堂さん。
「仕事の為に家を出る時間が近づく中、お互いに裸の状況で一方的に抱きつき続けるような事です」
「ダメ?」
「今すぐにやめてください。迷惑です」
「そんなに言わなくてもいいのに……」
「時間にはきっちりしたいので」
僕がきっぱり言うと、彼女は寂しそうにしながら僕の身体に絡めていた両手の力を抜いた。
「ところで、ですが」
僕は彼女の拘束から解放され、寝たままの姿勢から起き上がった。
それに合わせて、彼女も胸に布団を抱き寄せながら、僕の隣で起き上がる。
「何?私のスリーサイズ?それはね〜えっと〜、忘れちゃったからぁ、音夢君に素手で身体計測してもらおうかなぁ」
「なぜ僕達は裸なのしょうか」
僕が聞くと、祠堂さんはとても驚いたような顔をする。
「覚えて、ないの?昨日の夜の事」
「……」
そう言われて、僕は昨日の夜の出来事を思い返してみる。
「まず、祠堂さんが僕の家に突然押し掛けてきました」
「通い妻ですからっ!」
「僕は言いました。はっきりと。迷惑です。やめてください。と」
「うぅ、2度目はつらいよぉ……」
「すると、祠堂さんはお酒を持ってきたから飲もう、と言いました」
「うんうん!それで?」
先程とは一転、話が進むにつれて少しずつ楽しげになってくる祠堂さん。
僕は訝しげな表情を作りながら話を続けた。
「僕は、いらないと言いましたが、祠堂さんが開けたお酒を無理矢理飲まされました」
「な、なんでそこを強調するの?」
「ご自分の胸に手を当てて考えたらいかがでしょうか」
「うっ」
気まずそうな顔をする祠堂さんを横目に、僕は続けた。
「お酒を口にしてからその後、僕は意識を失いました」
「ほほう?それで、朝起きると2人とも裸で!!同じベッドで寝ている朝チュン状態!!だった、と?」
わざとらしく腕を組んで頷く彼女を、僕は軽く睨んだ。
「音夢君の結論は?」
「祠堂さんの陰謀ですね」
「責任取ってね!……って、ええっ?!なんで私の陰謀なの?!これ、どっからどう見たって」
「祠堂さんの陰謀ですね」
僕は言い切った。まぁ目覚めて起きた瞬間から分かっていた事ではあるが、それでも言い切った自分を褒めてやりたい。よくやったよ、木沢音夢。
「な、なんで陰謀なの?!これはどう見ても事後じゃんっ!!証拠はあるわけ証拠は!!」
「簡単です」
「言ってみてよ!」
「そこのテーブルの上に婚姻届が」
僕はテーブルの上にある婚姻届を指差しながら言った。
「通常、このような場合では事後だったとしても婚姻届が置いてあるのは都合が良すぎるのでは?祠堂さん」
「私は〜、いつ音夢君にプロポーズされてもいいように持ち歩いているの〜〜!」
嘘ですね。……と、言いたいところではあるが。この、彼女の謎に自信ありげなところを見るからに、おそらくこれは本当の事なのだろう。
「さ、わかったら名前を書いて書いて〜!」
祠堂さんは嬉々として机の上から婚姻届を持ってくる。
裸を僕に見られることなど御構い無しだ。いや、むしろ見せつけてきているのか。あわよくば僕が自分を襲うかもしれないと、そうなれば今度こそ僕は逃げられなくなるわけだ。
「なるほど。この場合通常の成人男性は、子供ができたかできないかに関わらず、行為をしてしまった以上はケジメをつけるという意味で婚約、結婚しなければいけなくなるというわけですか。理解しました」
「うん!じゃあ名前を」
その書類は、僕が書くべき欄、必要事項記入のラインに最低限書けばいいだけになっているものだった。
僕はペンを受け取ると、枕元の明かりを置く台の上で婚姻届に文字を書き込み、彼女に返す。
「わぁっ!ありが……」
一瞬喜んだ彼女は、すぐさまその表情を変えて、上気した顔をしながら、僕を半目で見つめてくる。
「音夢君。不可、ってなに?」
「文字通りの意味です」
僕は、婚姻届に書き込まれた不可の文字を見つめながら、笑顔で言った。
「さっき、男の人ならケジメをつけるために結婚するって自分で言ってたよね?」
「そんな事は言っていません。僕が言ったのは、通常の成人男性なら、と言ったんです」
「……ッ!!それって!!!」
「残念ながら僕は通常の成人男性では無かったようです。子供ができた証明がありもしない限り結婚はしません」
もちろん、実際はそんな事はしない。ケジメくらいちゃんと取る。僕もそこまで人で無しのろくでなしではない。これが祠堂さんの作り上げた陰謀だとわかっているから取れている言動である。
まぁそもそも、そんな事態になる事は絶対にしないが。
「ぐぅっ……」
彼女は足元から地面に崩れ落ち、嘆いた。理由は簡単だ。彼女自身のそれまでの行動が、何よりも子供ができた証明が出来ないという事を証明しているから。
つまりは、もしも本当に行為をしたのであれば、おそらく彼女は嬉々としてその証拠を見せつけてくる。あるいは、妊娠の証拠を僕、僕の両親、親戚、友人、会社の同僚などの、僕の周囲の人間に見せびらかし、僕が逃げられないように外堀を固める事だろう。
それを、していない。ということは?
「少し頭がクラクラしますね。大方、風邪薬と睡眠導入剤の影響でしょうね。お酒と薬の合わせは良くないらしいんですけどね」
「うっ?!」
僕の言葉に、彼女はがっくりとうなだれた。
「まずお酒に、あらかじめ睡眠導入剤と眠気の強い風邪薬を入れておきます。あとはそれをどうにかして僕に飲ませれば、僕が自分からベッドに行かないように見張りつつ、僕の意識が朦朧とし始めたところを見計らい、身体の自由を奪い、服を脱がせ、自分も服を脱いで同じベッドで寝るだけで状況は作れます。そして、今に至るのでしょうね」
「一つ、違うよ」
「……?
僕の説明に、彼女は涙を零しながら口を出した。
「飲ませたのは、お酒じゃなくて炭酸のジュース。お酒と合わせるなんて危険な事はしてない」
「風邪でない人間に風邪薬を飲ませる事の危険性は?」
「だって音夢君、最近ずっとお仕事お仕事でお疲れ気味だったでしょ?」
「だからなんですか?」
「自分じゃ気づいてないみたいだけど、お仕事中も顔が赤い時あったし。フラフラしてたし」
「まさか、僕が風邪だったと?いや、まさかそんな事は」
「熱、測って見て」
「いや、そんなまさか。自己管理くらいできてます……」
言いながら、僕は体温計を薬箱から出した。体温計を脇に挟んで1分ほど待つ。やがて、電子音が鳴り響き、脇から取り出して体温を見てみる。
「……38度5分」
「ね?ごめんね、あの時もっと長く続くお薬にしておけば良かった。今日はさ、お仕事休もうよ。私が連絡するからさ」
僕の肩を押してベッドに誘導しながら、彼女が僕の携帯から電話をかけようとする。
「やめてください」
「なんで?」
「理由は二つ。一つは、今日も会社には行きます。休まないから連絡はいりません。もう一つは……わかってますからね?」
僕はジロリと睨みを効かせた。
「な、何がぁ?」
「同じ会社で同じ上司なんだから、祠堂さんの携帯から連絡すれば済むはずです。僕の携帯から電話をする事でただならぬ関係にあるという事を会社中に知らしめ、なおかつ自分も看病で休むと言えば今日の会社の話題になる事は間違いなし。さらに言えば、そもそも、連絡くらい自分でできますから。代わりに連絡して関係をアピールしようとしたんでしょうが」
僕は言いながら、自分の頭の働きが鈍くなっていく事に気がついた。
自分が風邪だと気づいた時から、急に身体が重くなり始めていたが、気づかないフリをした。
僕はいい加減全裸なのもどうかと思ったので下着とワイシャツを着て、ネクタイを首に巻く。そして、そのネクタイを閉めようとした、その時。
「あ、あれ?」
急に身体の平衡感覚がおかしくなり、よろける。ただ、自分が後ろに倒れていく事がわかった。
スプリングが軋む音がして、僕は背中からベッドに倒れ込んだ。
「音夢君っ!!」
それを見た祠堂さんが、顔を青くして駆けつけてくる。
「あぁやっぱり風邪なんじゃん!!あぁくうっ、裸で寝かせるんじゃ無かった!!音夢君との結婚が、結婚生活があまりにも魅力的で……ううん、今は言い訳をしてる時間はない、看病を……音夢君、ネクタイ取ってシャツ脱いで!今パジャマ持ってきてあげる!!」
ドタバタと音を響かせながら、彼女は服のダンスの方へと慌てて向かって行った。
「……」
いつもなら、天邪鬼な行動を取りたくなるのに、必死に顔を青くした彼女を見たら、そんな気が失せた。
珍しく、言うことをそのまま聞いた。ベッドに寝たまま、言われた通りにネクタイを外し、シャツを脱ぐ。
「はい音夢君これ着て……私が着せてあげるから、少し手伝ってね!」
しかし、僕が渡されたパジャマに手を伸ばす事はない。
「会社に連絡しないと……流石に、これはきつ……い、から」
僕はおぼつかない手で携帯を探す。
「少し休めば、大、丈夫だから、遅刻の連絡を」
「何言ってるの?!そんな真っ青な顔して!!」
「そう言う祠堂さんの方が、真っ、青、ですよ」
「誰のせいだと思ってるの?!」
「……誰のせいでしょう」
僕は、少し問いかけた。
「うぅ、ごめんね私が裸で寝させなければ」
「いえ、元は風邪をひいた事に気づけなかった、僕の自己管理がなっていなかったから起きた事です。癪に触りますがお気になさらず」
「まったく、一言多いんだから。そこが可愛いけど」
「……祠堂さん。祠堂さんももう準備をしないと。時間が」
「はあっ?!何言ってるのこんな時に!!」
彼女は、僕に対して血相を変えて怒った。珍しく、本気で怒っているようだった。
「私に死ねって言うの?!」
何を言っているんだこの人は。
「い、意味わからないです。そんな事は言ってないですし」
「私の全てである音夢君が風邪!!具合悪い!!もしも私が音夢君を置いていって会社に行ったら?!私は音夢君を置いていった自分が許せなくて音夢君の風邪を看病した後で自殺する!!わかった?!」
僕が腕を上に伸ばすと、そこにパジャマの袖を通してくれる祠堂さん。
あとで、面倒でもお礼をしなければ。あぁ、また結婚しろとか言われそう。
僕はその状況を想像して、少し笑った。
「意味、わかんないです」
「……それに、珍しく音夢君が弱ってるし」
「……は、い?」
少し小声で言われたその声に、僕は問いかけた。
「音夢君。人間ていう生き物は、弱っている時に優しくされたり助けられると、コロッといっちゃうの。おちちゃうの。わかる?その相手が私ならいいけど。もし、万が一」
彼女は、僕が両袖を通したパジャマの前のボタンを留めながら、冷ややかに言った。
「他の女が来ようものなら」
パジャマから、祠堂さんの手が震えているのが伝わって来た。
この手の震えは、およそ恐らく、その場面を想像して、その情景に対する怒りだ。
僕は肝を冷やしながら話を聞いた。
「私の音夢君が、私の見てない間に他の女達に誘惑されて私のものじゃなくなったちゃったら……うん、間違いないね、そうだ!」
「な、何がですか?」
「許せない。私、音夢君と関わった女皆殺しにする」
「それ、は」
「……何?」
ふと、彼女のボタンを止める手が止まり、僕と見つめ合う。
「ご自分も入っているのでは?僕と関わった女性、というのは」
僕がそう言うと、彼女はクスリと笑い、その雰囲気は和んだものに変わった。
「音夢君て人の……ううん、私の揚げ足取るの大好きだよね?」
「取れる足があれば全て取ります。楽しいので」
少し嫌味っぽく言ってみる。
「音夢君が楽しいなら私も嬉しいけどさ」
嬉しそうに言う祠堂さんは、僕に向かって話た。
「撤回する!私が殺すのは、私と音夢君以外!!」
「……僕の精神衛生を悪くしない事を条件にやって頂けますかね」
「音夢君にバレないようにやれって事?」
「そういう言動を謹んでもらえると助かりますね」
「はーい」
いい大人が、まるで子供のような返事をした。
僕にパジャマを着せ終えた彼女は、会社に連絡を入れた。僕と彼女が、会社に行けない事を伝えてもらい、溜まっていた有休を消費して休む事になり、彼女の計らいで三日間休む事にさせられた。
「今日だけでいいのに」
「だーめっ!また無理して仕事してぶり返したら休む意味ないでしょ?だからっ、私が徹底的に看病して3日で治し切ります!!」
「風邪を移したくないので看病は結構です」
「ね、音夢君っ!!私の事、心配してくれ」
「あとで誰かにねちっこく言われたくないだけです。あなたに言われそうなのは、あの時看病したから結婚しろ、みたいな」
「言わないよ〜そんな酷いこと。むしろ、一生看病してあげるからずっと一緒にいようね?結婚しようって言う!!」
「あんまり意味変わってないです」
僕は、彼女を心配した事を誤魔化すために、冗談に意識を傾けた。
ただ、祠堂さんは、そんな僕の事を全て見透かすかのように微笑んで、そして、それから、しばらく何も言わなくなった。
「ね、欲しいものとかある?」
「だから、看病はいいですから」
「看病っていいよねー!」
「そうじゃなくて!結構です遠慮します」
「迷惑です、とは言わないんだ?」
いたずらっぽく笑ったその瞳は、僕をまっすぐ見ていたものだから、照れくさくて、僕は目を逸らした。
「欲しいものは?」
「……ゼリー」
「他には?」
「お粥」
「あとは?」
「綺麗なお姉さん」
「既にいるじゃん」
「え、何処ですか?」
僕はわざとらしく視線を泳がす。
「傷つくなーもー」
拗ねる祠堂さんは、なんだか、いつもよりも可愛く見えた。
「でも、知ってるよ」
ふと、僕の耳元で優しく囁かれた言葉。
「音夢君が、私の事大好きだって事を、ね?」
「……」
自意識過剰では?と、喉の奥まで出かかった言葉を、僕は何となく飲み込んだ。
「えーっと、欲しいものは、ゼリーとお粥と、あと私で良かったかな?」
「はい。それで大丈夫です」
僕は笑って頷き、瞼を閉じた。
「?!」
きっと、さぞかし驚いた顔の彼女の顔を想像しながら、眠りにつく。
「ねっ、ねねね音夢君?!何で突っ込んでこないの?!毒舌は?!揚げ足取りは?!ちょっと?!何で寝るの?!いや、寝るのはいいんだけど今?!今なの?!」
うーん、癪に触るけれど、祠堂さんの言葉は本当だったらしい。人間ていう生き物は弱っている時に優しくされたり助けられるとコロッといっちゃうようだ。
「………」
「……寝ちゃったの?はぁ、しょうがないなぁもう。私、買い物に行ってくるね。必要なもの買ってくるから、少し寂しいかも知れないけどベッドに私の残り香があるから我慢してね!」
それだけ言うと、彼女は服を着て買い物へ向かった。
僕は1人になった事を確認してから、ため息を吐くように呟いた。
「……はぁ。一生看病されたい」
ちなみに、この時の僕、木沢音夢21歳は、まだ彼女、祠堂夢華24歳の事を知らなかった。知っている気になっていたが、実際はその半分はおろか、三分の一も見えていない。
後に、僕は彼女の掌の上で転がされている事を知る。
風邪にかかった事を本人が気づかないわけがないだろう。この時の僕は、そんな事にも気づいていなかった。彼女が、人を風邪にする薬……というか、ウイルスくらい簡単に入手できるし、なんなら作ることすら出来ることにも、気づくわけもなく。そもそも思いつかなくて。
結婚は愚か付き合ってすらいない彼女の事を、好意的に考えてしまったのが、この時の、僕の間違いだったのだろう。いや、間違いかどうかはわからないが。結婚は人生の墓場、とはよく言ったものだ。
彼女の僕に対する猛アプローチの末、後々の結婚生活で、そんな彼女の事を思い知る事を、この時の僕はまだ知らない。
いかがだったでしょうか。ヤンデレ感が少しは出たでしょうか。最近はヤンデレというものに対して感性が鈍くなってきてしまいました。感性を研ぎ澄ませられるように頑張ります。
ブックマーク、評価などなどしていただけるとありがたいです。
していただいている方は、ブックマークありがとうございます。モチベーションに繋がります。それを見て一喜一憂します。
沢山していただければいただけるほどヤンデレ感が増す事は間違いないかと思われます。投稿頻度も増すと思います。頑張ります。読んでいただきありがとうございました。