2度目は 仲祢・明
今回はあまり長くないかもしれません。長い方が良い方にはすみません。もし気が向かれましたら、よろしくお願いいたします。
今回も過激なシーンがあるかもしれませんので、苦手な方はご注意ください。
「え?だって、明先輩こいつ嫌いって言ったじゃないですか」
血まみれの少女が、包丁を握りしめて笑った。
木口仲祢はーー僕の後輩は、僕の彼女は恋人は、こんなこと、する子じゃ、なかったはずなのに。
「褒めてください!偉いことしたねって、がんばったねって!先輩に褒められると嬉しくってお腹きゅーってなっちゃうんです!!それが私気持ち良くって……先輩?もうっ、早く褒めてくれないと、おあずけはひどいです!」
血まみれの壁。血まみれの床。血まみれの後輩。目の前の惨状を見て、僕は気を失った。
「んちゅ、んっ、れろぇろ」
口の中を、歯ブラシ以外の何かに侵食されているのが分かった。
それは舌だった。彼女が僕の口に舌をねじ込んで無理やり起こしたのだ。
なぜ起きたってーー息ができない。
「ぁむ、っぱぁ、おはようございます先輩っ」
彼女は僕に馬乗りの前傾姿勢のまま、笑顔で話した。
真面目な優等生の彼女が、なぜこんなことをーー。
「先輩先輩!喜んでください!また先輩の嫌いな人を消去してきましたよ!」
僕はゾッとした。夢だと思いたかったものが夢ではないと知らされた。
「ほら」
彼女が持ち出したのは、教師の生首だった。
「やたらと先輩をいじめる嫌な人。私にはいやらしい視線を向けてきて……せいせいしました!」
また、笑顔。そして、口づけ。
「んちゅっ、ぇろっ、れぇろれぇろ」
水音が響き渡る。
妙にキスが上手くて、このまま何も考えずに茫然自失としたい気持ちになった。
「先輩が寝てる間ずっとしてたら上手くできるようになりました!!!!はしたなくてすみません……でも先輩って、こういうのが好きなんですよね?」
そのキスは、血の味しかしなかった。他人の血というものが、こんなに気持ちの悪いものだとは思わなかったけれど。
ある日目覚めたらそこに彼女がいて、「迎えにきましたよ」なんて笑顔で言われたから嬉しくなっちゃってたらサブバッグから出された鈍器で思い切り殴られて気づいたら彼女の家に拘束されて思いきり監禁されている。
もう数えただけで2週間は経ってる。なんで警察は動かないんだろう。彼女はたくさん外に出ているのに。
僕は外に出られないのがこんなにも苦痛なのかと知って体を捩らせた。手に繋がれた絹の紐が揺れる。
「もう、やめてくれ……こんな、こんなこと!!」
「やだなぁ監禁なんてしてませんよ」
「自覚はあるんだな」
僕が皮肉じみて言った。彼女が不機嫌そうに言った。
「プレイとDVの違いが分かりますか?」
「は?」
「意識ですよ意識!先輩がこの状況を喜んでくれれば全部うまくいくんです!!」
血まみれの少女はスカートを翻しながらこちらに寄ってきて、僕の頭を「なでなで」と撫でた。
「後で一緒にお風呂入りましょうね。他人の血は気持ち悪いです。あっ先輩のは別ですよ?むしろ先輩の血液に浸かりたいです」
僕は血の気が引いた。
「いや、流石にそんなことしませんよ……あっでも、一日一日可能な範囲だけ血を抜き取って貯めていったらできるかもですね!一緒に血を混ぜてみますか?あっ……そんなことしなくても遺伝子はぐちょぐちょに混ぜられるか」
僕はどこからつっこめばいいのか、感覚が麻痺してきていた。
やがて時間が経過して、僕の興奮状態も落ち着いてくると、お盆を持った彼女がやってきた。
「先輩先輩!チャーハン作ってみました!!」
血塗れの後輩に持ってこられたごく普通のチャーハンを、僕は見るなり足で蹴飛ばした。
飛び散るチャーハン。気が晴れる。
「もう先輩ったら、足が滑ってますよ??」
伸ばした足を鷲掴みにして元の形に戻された。指が筋肉の筋に食い込む。長らく動かしていなかった足に激痛が走る。
「ぐがぁ」
悲鳴が漏れた。
「あ、ごめんなさいつい」
絶対わざとだ。
彼女の冷たい目が僕を睨む。
「苦手でしたけど頑張りました!」
もう一碗、自分用のものを僕に差し出した。足が痛くて、抵抗する気にもならないので食べることにした。
それは、彼女の触ったところに血がべっとりとついている以外は普通のチャーハンだった。
普通に美味しかった。別段世界一美味しいとかではないが、可か不可かで言うところの可程度の普通の一般家庭の美味しさだ。彼女の持つ現実感的な調理過程が想像される。
悔しい。美味しいのが不快だ。なのに食べるほど食欲が刺激されてお腹が空くから。
「私一人暮らしじゃないんですよ」
ふと、僕が撒き散らしたチャーハンを片付けながら彼女が話した。
「実は両親と住んでるはずなんですけどなんか全然帰ってこなくて。気づいたら1人でご飯作って1人でお洗濯してて、みたいな?こう言うの、なんて言うんですか?ネグレクト?まぁいいや。私寂しいなぁって思って2階から飛び降りようとしたんですそしたら」
彼女が両手を合わせて僕の眼前に顔を突き出した。
「先輩が迎えに来てくれて!!いやぁ正直その時は男の性欲って醜いなぁって思ったんですけど先輩の素直な愚直さにだんだん惹かれていってしだいにまぁこの人になら投げやりになってもいいかなって思って付き合ってみたら全然先輩そう言うこと求めなくって好きになっちゃって。」
にこにこと笑顔で僕にチャーハンを食べさせる。
「ただ実際は先輩はうぶすぎただけなのかなぁなんて思ったりもしましたけどとにかく私は先輩のそう言うお馬鹿さんなところがだぁいすきなんです」
嘲。嘲笑。下に見られている。
僕は悔し紛れに鼻で笑ってみせた。息が苦しかったからただの呼吸だったかもしれないが。
見た目だけは、可愛くて、僕の好みドンピシャで、従順を装えて、性格も完璧ーーではないけれど。おおよそ外面は大体完璧だったのに。
僕は失われた日常に想いを馳せて話した。
「君があんなことさえしなければ僕たちはもっと上手くやれてたのに」
「それって浮気してさえいれば上手くいったのにって言ってるのと同じですけどわかってます?」
無表情の笑顔で聞かれた。純粋な確認、質問のようらしい。
「だって明先輩。モテるじゃないですか。私嫌なんですよそれ」
「僕は君だけを見てたのに」
「それは嘘ですよね」
「は?」
「私以外見てたから先輩の目を潰すんじゃなくて周りの視界を潰すことにしたんです先輩の目を無くしたら私のことも見えなくなっちゃうじゃないですか。だから」
何がだからなのかさっぱりわからない。
彼女も頭をブンブンと振って、何やら自分の中の言葉の繋がりがおかしいことに気づき始めているらしい。
「あー嫌なこと思い出してきた。嫌嫌嫌嫌。先輩にくっつく女の人。転ぶふりしてお尻くっつけていやらしい」
違った。何やら思い出していたらしい。
僕はそんなことあったかなと思い返していた。
ふと、手首の痛みが消えた。僕を縛っていた意図が、緩んでいたのだ。
ーーいける。
「そうそうそれにあの教師。先輩をやたらと虐めて絶対楽しんでますよねほんっとうに腹が立つ。許せない」
彼女は虚空を見つめてぶつぶつと話している。
ーー今だ。
僕は走り去った。
彼女が気づいた時には、手首を引っ張り糸をすり抜け、全力で階段を駆け抜けた。縛られてさえいなければ普通の民家だから簡単に逃げ出せる。
「待ってください先輩!!外は危険です!!」
心配そうな声がする。
「お前の方が危険だよ!!」
僕は叫びながら逃げた。
後ろから聞こえる重い足音。何か鈍器を持っていると思われる。
僕の方が何センチも背が高いのに、なぜか彼女の方が足が速い。このままじゃ追いつかれる!!
僕は隠れる部屋を探した。
ふと前に倉庫があった。
僕は急いでドアを開けて駆け込み隠れた。
安堵。安心。気づかれないよう一息を殺す。そして一歩後ろに踏み込んだ。
その時。
ぐちゃりパキ、と。
何かを踏んだ。柔らかい物の中に硬い何かが内包されているようだ。
その倉庫の中からは、糠床とトイレを混ぜたような匂いがした。
振り向きたくなかった。
たぶんこれは腐臭だ。
「マジかよ」
僕は、二つの死体を踏んでいた。
「うわぁぁぁあああ!!」
僕は倉庫のドアから慌てて出た。そこには、1週間くらいと思われる、
死体が、2つ、2つ、2つ、あっ、た。
「ぁーあ。見られちゃいましたか。」
後ろには包丁を持った彼女がいた。
振り向く。
「おっ、おま、こ、これ!!」
実の両親じゃないのか?
僕の頭がやけに冷静に尋ねた。
「そうですよそうです父と母だったものです肉塊です気にしないでください臭くてすみません」
彼女は冷静に、包丁を振り上げた。僕が死を覚悟した。
しかし、その包丁は僕に危害を加えることはなかった。
代わりに、料理するように、掃除するように、肉塊は、どんどんバラバラにされていった。彼女が溢れた死体を倉庫に押し戻す。
「ねぇ先輩。私可哀想でしょう?可哀想って言ってくださいよじゃないと死んじゃう。この2人初めて殺したんです私が。だって仕方ないじゃないですか。私のこと家から追い出すって言うんですよ?私が本当の子供じゃないとかなんとか言って。私そんなことずっと知らされてなかったのに。正当防衛ですよせーとーぼーえー」
彼女は少し涙ぐんだ。
それを見て僕は、これが彼女の異端を産んだんだと思った。
それまで彼女がしたことが変わるわけじゃない。
血まみれの彼女。肉片のようなものが髪についている。
だけど、だけど、この結果は果たして本当に彼女のせいなのか?そう疑問に思った。
僕はおかしいのかもしれない。
どこかの何かで、犯人に捕まると心理がおかしくなって犯人を好きになると聞いた気がする。でも仕方ないそもそも僕は彼女が好きだったんだ。それは決して甘酸っぱい恋にはならなかったけれども。
「僕と一緒に出頭しよう。全部半々にすれば良い。僕がやったことにする。半分つなら同じ刑期で済むよ」
「嫌ですよ時間の無駄です。私と一緒に普通に暮らしましょうよ!」
「……まだ間に合うよ。大丈夫。僕と一緒に」
「先輩まであの先生と同じこと言わないでください!!」
彼女の叫びに僕は体をぴくりとさせた。
「あいつそう言って通報しようとしたんですよ?!教師面した悪魔ですよ!!先輩がそうじゃないのはわかってますけど同じこと言わないでください!!」
「いや……まぁ」
僕はだんだんわかってきた。彼女は駄々っ子なんだ。知識やマナーという武器を持った喚く子供。
「……」
「君がこんなことをする前に止められればよかった……」
4人……。そもそもこんな罪、2人で割っても背負いきれない、か。
こうなったのは、彼女の明るい笑顔の裏に隠れた絶望を汲み取れなかった僕の責任でもある。
僕は彼女と、ちゃんと向かい合う覚悟を決めた。
その途端。身体が動いた。すべきことへとーー。
僕は全速力で二階へと向かった。
「えっ」
驚く彼女。
それから、ワンテンポ遅れて僕に追いつく。
階段を駆け上ってくる彼女。
「っだめだめだめだめだめです先輩!!」
「もうダメだ!!これしかない!!償えないというのならーー」
せめてもの、僕の償い。これ以上彼女が罪を犯す前にーーーー。
僕は2階のベランダに出た。
「いやぁっ!!」
彼女が僕の腰を掴む。
僕は構わず、二階から飛び降りた。
叫び声とうめき声が絡まる。
頭から風を感じる。そして、一瞬で、地面に頭がぶつかり、首の骨が折れ、頭蓋骨が割れる音がして、僕は、死を感じた。そしてーー。
「せん……ば」
首が逆向きの彼女と目が合ったまま、意識が途切れた。
ーー
夢が覚めた。
全部夢だった。
僕は息を荒げてから、ようやく悪夢から目を覚ましたことを知った。
目を開けなくても、感覚でわかる、匂いでわかる。僕の部屋僕の家僕のベッド。
僕のもので埋め尽くされた部屋にこうも安心するなんて。
目が開いた。
「せーんぱいっ」
光の咲く部屋で、彼女と目が合った。
僕の起きざまに、彼女が、僕の唇にキスをした。
彼女越しにカレンダーを見る。まだ2ヶ月も前だ。ちょうど、付き合い始めた時。
あれは、全部夢だったんだ!!仮に正夢でも、まだ何も起きていないはずだ。今からなら、変えられる。
まだ悪夢の余韻が残る頭をゆっくりと起こしていく僕。
「迎えにきましたよ」
後輩らしい、彼女の優しい笑顔。ぁあ、これだ。
そうそう、この優しいーー。
僕は彼女が背中に回した腕を見て固まった.
この仕草に既視感がある。
背面で鞄を持っているのだから当然と言えば当然だがーーーー。
僕は青白く光る鋭利な最も家庭的で一般的な刃物を想起した。あるいは彼女の笑顔の裏にありそうな動機のように、重い鈍器を。
たとえば絶対彼女がそれを持っているとして。
まだ何も始まっていないのだとして。
彼女が何も始めていないのだとしたらーー。
今朝の夢が正夢なのならば、まだ全部変えられるーーーー!!!!
繰り返し考えた。
「ぼ、僕。今朝変な夢を見たんだ。君がわけわからないことを言って僕を独占するために誰かを殺してしまう夢を。意味わからないこと言ってるって思うかもしれないけれど……でもダメだ!!そんなことしちゃいけない!!僕はそうなる前に君ともっと色々上手くやれるはずなんだ!!君の辛い状況はよく知ってる!!だから、踏みとどまって」
「私誰も殺したりしてませんよ?」
彼女が言った。
僕は安堵した。馬鹿みたいだ。何を変なことを言っているんだ僕は。
彼女は、キョトンとして笑ってみせた。
「せーんぱいっ!あのですね!大丈夫です、私上手くやりますから!きっとその夢の中での私の敗因は、誰かを不用意に傷つけた結果、先輩の意識を私が罪人だという方向に持っていったことだったんですよ」
「そ、そうかも、ね?」
まぁ確かにそうだ。
「今の私ならそんなことしません」
僕は安堵した。同時に、何か違和感を覚えた。
僕、夢の内容話したっけ。寝起きで頭が混乱する。けれど、冷静な部分が異質な文脈を捉えた。
“今の私なら《・・・・・》”?
「どうすれば先輩を独占できるのか……そもそも憎しみに任せて他人にかまけていたのが間違いだったんです。真理とは愛ですね。すなわち先輩だけにかまけていればよかったんです。先輩をさらっちゃって先輩を独占しちゃえばよかったんです私は先輩とだけいられればそれで良いんですから!幸い家の方は追い出される前に役所さんに事情を提出して逆に追い出してやりましたから!先生って上手く使うと便利ですね!!」
僕は笑顔のままゆらゆらとゆらめく彼女がどんどん変異していくのを感じていた。
「また心中されては叶いませんから。だってもうちょっといちゃいちゃしたいじゃないですか。ふふっ、恥ずかしいですけどそれが私の本音ですよ先輩。もちろん最後は一緒に死にたいですけどね?不死身がいけるならそれがいいですけど。そうも言ってられないかもしれませんし。でもとにかく、もう、嫉妬したからって誰も殺したりしません」
彼女は言い切った。
安心だ。安心していいはずだ。なのに。
なのに、僕の安心が解けない。
「浮気されたからって報復しなくて良いんです!それよりも大いなる愛で埋め尽くしてあげれば!1浮気されたら100先輩と私がイチャイチャすればいいんです!」
僕は嫌な予感がしてならない。
ん?それってつまりーー。
「ちょ、ちょっとまって仲祢ちゃん。それってつまりそれだけ僕の負担が増えるということなのでは」
にこにこにこにこにこにこにこにこにこ。
彼女の嬉しそうな笑顔が止まらない。
「大丈夫今度はうまくやります。だってその夢は今朝ーー」
彼女は笑って僕に近づいた。
「私も見ましたから」
危機に逆らおうとした僕に、彼女は背面から出したそれを見せつけた。
そして。
どうやらーーーー目を閉じて開けてみても、この夢が覚めることはないらしい。
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最近更新ができてよかったです。ただ、内容のクオリティと密度が更に落ちていないかが心配です。
頑張ります。




