ついてくる人 ノ乃子・木兎
また更新できました。面白いと思って頂けると良いのですが……。頑張ります!!
尚、過激な描写があるかもしれませんので、苦手な方はご注意ください!!!!
「はあっはあっはあっっはぁぁはぁ」
低い、苦しそうな女の声がしている。
後ろから、荒い、悶えるような声が。
深夜2時、バイトからの帰り道、僕は、またいつもの相手につけられていることを認めざるを得なかった。
「っう、っはぁ、はぁっ……はぁっ、ず、くんっ」
かすかに遠くから聞こえる水音のようなものに混じる僕の名前。
明らかに僕を狙っている声に、恐怖を感じた。
怖い。怖い怖い怖い。逃げないと逃げないと、逃げないと!!
いやそれより警察、警察にーー。
僕は前頭部に激しい痛みを感じた。
後方を確認しながら歩いていたせいで、前に気づかなかった。
そこが、行き止まりだということに。
ーー誘い込まれた。
僕は戦慄した。
「はあっ、はあっ」
その女は、コートに深くマスクを被り、不審者の典型みたいな姿形をしていた。
ただ。自分のスカートの下から手を入れて、ゴソゴソと何かをしている。
怖くて考えたくなかった。
「ーーずくんっみずくんみずくんみずくんみずくんみずくんみずくん」
狂ったように僕の名前を叫ぶ。
「ひっ」
溢れる声。
追い詰められた小動物よりも弱い立場の自覚があった。こんな時、もっとガタイがよければと本気で思う。
「だいすきだいすいだぁいすきだいすきだよぉ……愛してるぅ、愛してるよぉ」
いちいちバリエーションを持たせてぶつぶつとつぶやく彼女。
僕は怖くて、相手が何を考えてるのかもわからなくて、ただただ本当に怖くて震えていた。
この歳にもなって漏らすかもと本気で思った。
「ねぇ、さっきの女の人だぁれ?殺していい?いいかないいよね?私のみずくんにちょっかい出すなんて絶対まともな感性してないもの。殺すね?うん確定」
彼女は襟の中から白く輝く何かをチラリと僕に見せた。
「ぅわぁぁあああああ!!!!」
僕は叫んだ。
「くすくすくすくす、かわいい」
彼女の低い笑い声が響く。
顔が全く見えない悪意というものが、こんなに怖いなんて。もっと何かできると思ってた。もっと空想じみた高揚があると思ってた。
非日常は、非日常だから非日常と呼ばれるんだ。その意味を心から僕は理解した。
女が一歩ずつ寄ってくる。寄ってくる。
殺される。殺される。相手が何を考えているかわからないんだからその可能性がかなりある殺される。
脈打つ心臓。ドクドクドク。
やられる前にやらなくちゃやられる前にやらなくちゃ。
「っはぁはぁぁぁぁああああ」
僕は尻餅をつきながら叫ぶ。ぴちゃぴちゅと水音をさせながらゆっくりと迫る女に叫びながら、でも叫ぶだけで何もできずにいた。
「ふふ、かわいい」
明らかに相手に嘲られた。僕の恐怖がまた増しかけた。その時、向こう側に人が見えた。
「助け!!」
口を手で塞がれた。
女性の手なのに、力が強すぎて、硬くて動かせない。
「助けて?何から?よく妄想してたよね?美少女にストーカーされたらどうしようって。ね?理想が叶ってよかったね。叶えてあげたよ嬉しい?あっごめんね顔は見せられないんだ……見せてあげたいけど見せたらきっと通報されちゃうから、だから、ね?いいよね?」
ぴちゃぴちゃぴちゃくちゅり。
女の身じろぐ動きだけが僕の体を撫でる。
背中が寒くて仕方ない。
「んっ」
奇妙な耳音だけが頭に響きそうだった。
女が震えた瞬間、力が弱まった。
ーー今だ。
不意に力が出て、僕は駆け出した。
「あっ待っ」
掴まれた背中と肩を無理矢理振り解き、僕は逃げる。逃げる。肩から下げていた鞄が落ちたが、それも無視する。
繁華街へと逃げた。振り返らずに。ずっと叫びながら。僕が不審者と思われていたことだろう。
そして、旧東海道を通り家に戻った。
「お姉ちゃんっ」
家に入るなり、ドアの鍵を閉めることも忘れて僕は駆け出した。
階段を降りてきた彼女の胸に頭ごと突っ込む。
彼女は僕を受け止めながら階段に尻餅をついたが、僕はそのまま泣きながら子供のように抱きついた。
彼女の乳房に頭を埋めるように、ぎゅうっと抱きしめる。
やがて恐怖が薄らいでいく。先程までのものは嘘だったんじゃないかと思う。
「どうかしたの?」
僕の異変に気づいた彼女が、優しく僕をあやす。高校生にもなってあやされるなんて恥ずかしいけれど、ただこの時は安らぎしか感じなかった。
落ち着いてきて、あっこれ胸に頭埋めてるじゃんとか考え始めた。
少し抱きしめる角度を変えて堪能してみる。
姉は、くすくすとくすぐったそうに笑って僕の後頭部を撫でた。
「もうっ、そんなに胸に触ってたらエッチな気分になっちゃうよ?」
やべ。バレてた。
でも苦い笑いで誤魔化して、離れない。
「はいはい。よしよし。いくらでもくっついてていいからね。私が好きなだけ甘やかしてあげるから。なんにも心配しなくていいから。全部私がしてあげるから」
優しくて甘い匂いがした。
安堵感に包まれて、ふと、僕は自分の髪を触った。後頭部が濡れている。何か、粘度のある何かで。見ると姉は、顔が好調して少し息切れしていた。
一瞬目をパチクリした彼女は、笑って答えた。
「お風呂入ってたの。ごめんね、気づかなくて」
ぁあ、だからいい匂いがするのか。いやそれはいつものことか。
なぜ彼女を見ただけで、こんなにも安心できるのだろうか。
まだ会ってたったの3ヶ月なのに。
ずっと姉が欲しかった。なんでもしてくれて、頼み事を聞いてくれて、甘やかしてくれて、優しくて、ほんのり悪戯っぽい、年上の姉が。
母に連れられた先で出会ったその女の人は、僕を見るなり舞い上がって喜んだ。僕は疑った。こんなに綺麗な人が姉になるわけがない、と。当時からストーカーらしき気配に疑心暗鬼になっていたからだ。
「弥生木兎です、よろしくお願いしま」
僕が言い切る前に、彼女、弥生ノ乃子は捲し立てた。
「かわぃいいいいい!!ねっパパ!この子私のものにしていいの?いいよねだって弟なんだから!かわいいかわいいかわいいかわいい絶対一緒にお買い物いこうねっ!!」
その女性は、義理の父となる人をかなり困らせていた。
僕の憔悴した瞳に、興味が映る。本当に綺麗でかわいい人だ。少しいたずらっぽくて。僕より歳上ーー。
「ずっと弟が欲しかったの」
その女性は、僕が思っていたこととは全く反対の、けれど、ある意味で全く相思相愛な同じことを言った。
「みずくん、一緒にお買い物いこっか。あっごめんね?みずくんていうのは私の考えたあだ名で、嫌だった?」
「い、え、学校のみんなからもそう呼ばれるので」
「それはよかった!それじゃパパ?ママ?私はこの子と遊んでくるから」
戸惑う2人に、笑って話す僕の姉、となる人。
「なぁに?仲良くしてるんだからいいじゃない。ねえっ?行きたいよね?2人だけでね?」
かなりぐいぐいと来るなぁと思ったけれど、心を開いてみれば、それは親密度の裏返しだった。
僕は暖かい手に引かれて、夜の街へと駆け出した。
正直憂鬱だったディナーの予定は、彼女がぶち壊してくれたのだ。初めて、僕に都合のいい女が現れたと心のどこかで思ってしまった。
「都合がいいって思ったでしょ」
「びっ、ば、そ、んなこと、ない……」
反応が思ってる奴の反応で誤魔化しきれなかった。
「ごめんなさい」
素直に謝った。
「これから、どんどん都合のいいことしてあげるからね。なんでもできるよ。実の姉弟じゃないから、本当に、なんでも」
彼女が艶かしく、ぺろりと舌なめずりをした。
僕はかなりどきりとして、そんなことがあるわけないと思った。からかわれているのだと思った。
「お姉ちゃんって呼んでね」
「……僕、ずっと、お姉ちゃんが、欲しかった」
「だったらよかったなぁって思ってた!私達、会う前から両思いだね?」
彼女は僕を抱きしめた。
「あ、あの、恥ずかしいです、その、当たってます」
「胸が?いくらでも触っていいんだよ?揉みしだいても吸い付いたって怒らないよ。だって」
彼女は笑った。
「お姉ちゃんだもん」
その日から、家族が増えた。
両親は共働きだから、ほとんど2人で過ごした。相談役で、お姉ちゃんで、恋人のような空気感の存在。彼女が僕の全てになった。
「いいよなぁ」
教室で、友人が言った。
「俺会ったことあるけどすっげえ美人だぜ。胸やばいし」
「そういうこと言うなよ!否定しないけど」
僕は鼻が高い気持ちになった。
「まぁみずが姉ちゃんといちゃついてるのはクラス中が知ってることだからいいとして」
「なんで?!」
「俺らがばら撒いた」
「ひどくない?!い、いや別にいいけどさ」
「話はそのストーカー女だ」
「い、いやまだストーカーと決まったわけでは」
「「はぁ?!」」
2人に怒鳴られた。
ここまでされて笑えないけれど、相手が人間だと悪意に浸れない。悪意だと決めつけたくない。何か事情があるんじゃないのかと思ってしまう。
「こンのお人好しめ!もう警察案件なんだよ!」
「でも通報しても誰も引っかかんなかったんだよなぁ、俺らが見張った時もまるでその時に合わせて来なくなる感じで」
「俺あの後家上げてもらってお姉様と会ったかんな」
「うらやまー。俺にも会わせろよ」
「お姉ちゃんがいいって言ったらね。あとあげないよ」
「「ちぇーー」」
友人たちは気軽な会話をするが、かなり気を遣ってくれているのがわかる。いや、それほどに憔悴しきっていたんだ、僕はきっと。
そんなことを思い反芻しながら、家に帰宅した。
「ただいま」
「お帰りなさい、あなた」
頬にキスをされた。
「あ、あ、あなたって!!」
「新婚さんごっこは嫌い?」
エプロン姿の姉が、お玉を持って微笑んだ。
「じゃ、ない、かもだけど……」
「なんで裸じゃないんだって思ったでしょ」
「お、思ってないよ!!」
「18じゃないからなぁ……下手に手を出すと私捕まっちゃうから」
「あ、ぁあ」
少し残念な現実の壁。僕はまだ16歳なのだ。彼女のいくつも年下。だから、本気で相手にされているのか不安になる。からかわれているだけなのかもーー。
彼女がしゃがんでから、僕の耳元で囁いた。
「でも、そう言う背徳感もだぁいすきなんだよ、お姉ちゃんは♡」
僕はくすりと噴き出して笑ってしまった。
「冗談じゃないよ?だって。実の姉弟じゃないから結婚できるし」
これは彼女の口癖だ。その度に僕は、嬉しい一方でからかわれているんじゃないかって思ってしまう。
「僕だってお姉ちゃんと結婚したいけど……どこまで本気で言ってるのかわかんないし」
目の前にお姉ちゃんの顔があった。
口付けをされていた。
ぬるり、と、柔らかい感触が唇を撫でていった。唇を舐められたらしい。
そう理解した時、僕は尻餅をついてガクガクと震えていた。
「初めてもーらいっ」
お姉ちゃんは嬉しそうに頬を赤らめて笑って、その場から去っていった。
僕はその場でへたり込んでしまった。
「ご飯できたよおいで」
強烈な記憶のせいで、僕はその日眠れなかった。
「一緒に寝よ」
気づくと姉が同じベッドにいた。
「うわぁ!!」
「眠れないんでしょ」
「え、いや」
「そうだよね?だと思ったぁ、だって私も眠れないもん。抱き枕欲しいなぁーーいいやつないかなーーあっあった」
僕はがばっと、布団の中で抱きしめられた。腕だけではなく、足も絡めとられるように。胸が胸に当たっている。パジャマ姿だからか、いつもよりも柔らかい気がした。
「でも非売品なんだよなぁ……私だけのものだよね?」
確認された。
「お姉ちゃん、だけの、?」
「うんそうでしょ」
当然と言う言い方が、少し怖かった。けれど、それだけ深い愛なのかなとも思った。会って3ヶ月とはいえ、お互いの話を聞いてきたのはもっと前からだし、お互い思いを馳せていたんだろう。きっと。
「うん、そうだよ」
僕は笑った。
「可愛い奴め♡」
頬にキスされた。
「……そういえば、唇舐めるのは法的にセーフなの?」
「うっ」
「気にしないよ。背徳感、嫌いじゃないし」
僕は笑った。きつく抱きしめられすぎて、眠れないかと思ったら、気を失ったかと思うほど安眠できた。
すっとした、ミントのようないい匂いがしていたからかもしれない。
とにかく僕とお姉ちゃんは、会った瞬間から、まるでずっと会ってたみたいに息ぴったりだったんだ。
義理の姉弟のいざこざとか、気まずさとか、本当に全然なくて、奇妙なくらいに硬く結びついた感じだったんだ。
「お姉ちゃん、やっぱり僕怖いよ」
僕は家ではあまりしない、ストーカーの話を持ち出した。
「じゃあ学校送り迎えしようか?」
「そ、れ、は、恥ずかしいよ」
「恥ずかしいって酷い……」
「ごめん、でも」
「あっ」
お姉ちゃんが僕の両頬を挟んだ。
「お姉ちゃんをとられたくないんでしょう」
「ぃっ」
まさかバレるとは思わなかった。素知らぬ態度をしてたのに。
「だ、だってこんなに早く仲良くなっちゃったんだ、他の人ともそうかもって」
「怒るよ。こんなに甘やかしてるのは、お姉ちゃんだからだよ?お姉ちゃんだから甘やかせるの。弟が大好きなだけなの。弟だからこんなに早く仲良くなれたの。わかった?」
「う、うん……」
僕は途中まで姉と話しながら歩き、途中からは1人で学校に行った。
「俺達今日見張るから」
友人2人が僕を見かねて助けてくれた。片方が一緒に帰り、片方が後方から見張る役とのこと。本当にありがたい。その気持ちだけで幾分も強くなれた気がした。
「あ、ありがとう!」
けれどその日は、やはり狙ったかのように何事もなかった。
翌日。
「俺ら昨日お前の姉ちゃんに会ったぜ。偶然。やっぱ綺麗なのなー。」
「え?なんで?そんなわけない、あのあと帰ったら家にいたけど」
「……はぁ、お前わかってないなー」
僕は不満げな声を出した。
「何が」
「あのな、お前かなり周りに心配かけてるぞ。やばいんだよお前が巻き込まれてることは。マジで。」
彼は続けた。
「要するに、お姉様も心配で密かにお前を守ってくれてたんだよ!」
「感謝しろよな、見てくれだけじゃないお姉さんでよかったな。俺らも大人いないとやっぱこえーよ。いや、お前はもっと怖いだろうけどさ」
いろんな人の想いを感じて、僕が安心して帰路についた時。
人にぶつかった。
「あっごめんなさい」
いや、横から体当たりされたのか。そう思った時、その人は言った。
「みずくんみずくんみずくんみずくんみずくんみずくんみずくんみずくんみずくんみずくんみずくんみずくんみずくんみずくんみずくんみずくんみずくんみずくんみずくんみずくんみずくんみずくんみずくんみずくん」
人通りはなく、なぜか、全くなく、僕は、裏路地に押されていった。寒天を通すように、すうっと押されてしまった。体に力が入らない。
そんな。なんで。こんな時に。
その時、ミント系のすーっとした香りがした。安心するいい匂い。
どこかで嗅いだ、いや、あの人しかいない。あの人と同じ香りが。
した。
唐突に言葉だけが思考を伴わずに脊髄反射で出てきた。
「おねぇ、ちゃん?」
僕は呟いた。
女は固まって、何も言わずにカクカクと動いた。それから。
「はぁあ」
と、ため息をついた。僕は、心臓の鼓動が高鳴る音を感じていた。
「バレちゃったか」
そしてマスクを取った。そこには、いつものお姉ちゃんがいた。
けれど、僕は怖くて動けない。
そのまま抱きしめられた。
「ドッキリ大成功〜〜!!」
されるがままに抱きしめられながら、僕は思い出すようにして違和感を感じていた。
あれだけ優しい姉が、僕のストーカーに関してはあまり敵意を示さなかったこと。変だ。友達の言っていた、姉と会ったと言う話も気になる。
「ドッキリじゃ、ないんだよね」
僕は呟いた
「え?」
「本当に、僕の、ストーカーは、お姉」
「だからなに」
顎を掴まれた。視界が上に持ち上げられる。真っ黒な姉の瞳が僕を見つめた。
「わたしはこんっっっっっっっっなに好きなんだからたまにはこういうことしたっていいじゃない」
「な、なんでこんなこと!!酷いよ!!怖かったんだよ?!」
「だって……」
姉はもじもじとしながら照れたように自分の頰に手を当てて言った。
「怖がるのが可愛くって。怖がるほど私のこと考えてくれてるって思えたから」
「ストーカーの発想だよ!!」
「ストーカーなんだよ?」
「……はぁあ、お姉ちゃんのいたずらかぁ。なんだ、それならそうと早く言ってよ。確かにいたずらっぽいのは好きだけど、僕はここまでされるなんて思わなかったよぉ」
思ってもない言葉が出る。時間稼ぎだ。頭が妙に冴える。まずい。
まずいまずいまずいまずいまずい。まずい。
絶対まともじゃない。だって、僕がストーキングされ始めたのは、2年前からなんだ。繋がる会話。雷のようによぎっていく。
脳裏に浮かぶ水音。マスク越しの、あの真っ黒な狂気の視線。
「どうかしたの?冷や汗ダラダラだよ」
このお姉ちゃんは、この人は、この女は、まともじゃない。
そういえば、母はこの姉経由で今の父に出会ったと言っていた。
僕の顔がさらに青ざめていく感じがした。
「やっと姉弟になれたんだもん。喧嘩はやめようよ」
僕は突発的に聞いた。
「やっと?やっとって、何?」
「ずぅっとまえからあなたのこと見てたんだよ。小学校の頃から。ずうっと見てた。覚えてないよね、知らないよね私のことなんて。私6年生だったもん。あんなに可愛い子見た時は気絶するかと思った。私本当に早退したんだよ?一目惚れってすごいね」
「だ、だから2年前からーー」
「2年前?」
空気が変わるのを感じた。
「10年前の間違いだよ」
「え」
「姿を見せるように、気づいてもらえるようにしたのが2年前。楽しかったなぁ。でもまぁそろそろ怖がらせるのも飽きてきたし、いや、飽きないんだけどもう直接食べちゃうのを我慢できなくって」
彼女はその場で服を脱ぎ始めた。
「ちょ、ちょっとお姉ちゃ、なにをーー」
「え?したくない?」
聞かれた。ここでしないと答えると、一生響く気がする。逆に言えば、ここで行けば、一生このままーー。
「家で、話そうよ」
僕は言った。
「誰もいないよ。明日まで帰って来ない。2人きり。逃げ場はない。私は完璧なお姉ちゃん。あなたを守るために護衛してたの。今のはほんのいたずら心。ごめんね?ストーキングしてるお姉ちゃんなんて嫌だったよね、ずっと前から一方的にぜぇーーんぶ知られてるお姉ちゃんなんて気持ち悪かったよね変だと思わなかった?好みも気持ちも何もかも筒抜けで少しはおかしいと思わなかった?いくらなんでも会ったその日からいちゃつき全開で」
僕は唖然とした。
「でもいいの勘違いしないで嫌いじゃないからむしろ大好き。楽しかったしこれからも楽しいよ。2人きりでずっと過ごせるね過ごそうね」
彼女はゆっくりと、僕の首筋を甘噛みした。
「大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大好きだよ」
ぺろりと、ねっとりとした舌が首回り、頸動脈を転がす。
「さ、ここからなら誰からも見えないね」
そこは入り組んだ路地だったから。
僕は彼女に手を引かれて、家へと帰宅した。
彼女は妙にご機嫌で、僕は何が何やらで頭が全然働かない。
「家に帰ったら何をしようか」
「」
「うん!そうだね。パパとママはしばらく帰って来ないみたいだから、2人でずっとイチャイチャしようね♡」
「え?」
僕は聞き返した。
「なんかぁ、旅行行くって。海外?しばらく帰って来ないって」
「な、なんで」
僕は急に怖くなってきた。
「チケットあげたら喜んでたよ。新婚旅行行けてなかったしね」
「私たちも新婚さんみたいだね」
家の前に着く。彼女が口を開く。
「それで」
ドアが開く。
「高校、やめちゃおっか」
思わず聞き返した。
「え?」
「うん。聞こえたよね。お姉ちゃんの言ったこと復唱してくれる?」
「高校を、辞めるって」
「うんそう!よくできました!!えらいえらい」
頭を優しく撫でられる。狂気的なのに気持ちがいいから気持ちが悪い。
「お姉ちゃんねぇ、言ってなかったけどすごく嫉妬深いの」
「そ、そんな、なんで、いや、意味わかんないんだけど」
「あっ、高校は卒業したいよね?通信高校ってわかる?うんそう!家で勉強できるのいいよねぇ。私がなんでも教えてあげるからさ。お姉ちゃんで先生。専属家庭教師なんて、エッチな響きで好きそうだよねみずくんは♡」
「な……友達、とか、いるし、ちょっと、それは」
意味わからない話すぎてついていけない。
「うん?何が?お姉ちゃんの方が大事だよね?何よりも大事だよね?なら他のもの全部切り捨てようよ」
怖い。怖い怖い怖い。僕は逃げ出したかったけれど、どこに逃げればいいのかわからなかった。逃げ場なんてあるのかもわからないと思った。
家のドアが閉められる。ドアロックが閉められる。鍵が閉められる。見ると。家の、鍵が、内側からも、鍵がなければ開かないようになっている。
「お姉ちゃんね?ずっと言ってなかったんだけど、あなたの高校だぁぁぁぁああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁああああいっっっっっ嫌いなのッッッッ!!!!」
対して大きい音じゃないはずなのに、なぜか耳がつんざけるかと思った。
「ずっとあなたを独占して次から次へと濃厚接触濃厚接触一緒にご飯食べて一緒にお話しして一緒に授業受けて一緒に帰って一緒に悪さして一緒に泣いてずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいッッッッ!!!!」
ぴちゃり。
唾が頬に飛んできた。
「私だけのみずくんでしょ?私とだけ一緒にいられればそれで十分でしょ?!なんで他の人と関わろうとするの?!ずるいよ!!ねぇ、ずるいってば!!私とだけいて?ぜんっっっっっぶしてあげる!!食事もお着替えも何もかもぜんっっっっっぶしてあげる!!どんなこともぜんっぜん嫌がらないでしてあげるみずくん私がご奉仕するの大好きでしょ?!エッチなことしたいんでしょ?!だったらいいじゃない私と一緒にいられればそれでいいじゃない!!一緒にここで暮らそう?2人で、2人だけで暮らそうよ!!それだけでいいじゃないいいよねいいに決まってる!!」
「ぼ、ぼくはーー」
マスクをしたストーカーの変態じみた行動が、どんどん姉と重なっていく。
「って言っても」
くすくすと笑う彼女。
「君もう、」
くすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくす。
取り出したのは退学届。理由は、“ストーカーとの接触を控えたく思い、外出を控えるため通信制高校への転校を希望。”とあった。
僕は戦慄した。
「逃げられないんだけどね」
何かが変わる、聞こえない音がした。
「これからずっと一緒だね、みずくんっ」
僕は押し倒された。
彼女は、僕を押し倒しながら、自分のスカートの中に手を入れて身悶えしていた。
「んっ……はぁ……」
ぱちゃくちゅくちゅぴちゃ。
水音が聞こえる。
まるで、最初からこうなることが分かっていたかのように、彼女は、僕を見た。
「幸せにっ、なろうね!!絶対に幸せだから!!幸せにするから!!私だけのものになってね!!他の女とか男とかにうつつを抜かさないでね!!殺すから!!そんなことしたら全員殺しちゃうから!!」
興奮で顔を真っ赤にしながら彼女は笑って話す。
懐から光るものーーナイフを取り出して、それを僕に向かって勢いよく刺した。
僕の真横に刺さった包丁は、びぃいいいいんと音を奏でる。
僕は、姉が、姉ではなくなったことに気づいた。いや、そもそも初めから、姉なんかじゃなかったのかもしれない。もっとずっと、おぞましくて深いーーーー。
「結婚しようね♡みぃずくうんっ」
僕の服がはだけていく。
くすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすすくすすくすくすすくすくすくすすくすくすくすくすくすくくすくすくすくすくすくす。
「ふふっ。ふふふふふふふふふ」
彼女の笑い声が響く。
「あひゃはははははははははははは!!!!」
2人だけの家に、笑い声が、ずっと響き続けた。
読んでいただきありがとうございます。
感想など書いていただけてとても嬉しいです。ありがとうございます!!!!




