結婚争い 敬成・透透梨
お久しぶりです。例に漏れず内容はぐちゃぐちゃです。ごめんなさい。勢いに任せて書いてたらこうなりました。
自分で読み返したあと、わけがわからず足首をひねりました。
サボっていたわけではありません。忘れていたわけでもありません。書けなかったのです。
「ねぇ、もう夜だし、今日はこれで解散にしない?」
「そうだね。あんまり遅いのも良くないからね」
「だな〜」
「まぁ、もうすぐ8時だもんね」
時刻は、7時45分。
紀伊さんの一声で、休日に遊ぶためショッピングモールに集まっていた僕らは、解散をする事になった。
やがてみんな、各々の帰路につきはじめる。
なんとなくその場にいた僕。気がつけば、その場に残ったのは、紀伊さんと僕の2人だけだった。
今日、一緒に遊んだ友人達のその背中も、遠くなりかける。
僕は、これ以上ここにいても仕方がないと思い、帰路につく事にした。
そうして前に進もうとすると、腕だけが前に進まない。
その違和感から振り向くと、僕の袖を、紀伊さんが掴んでいた。
「ね、ねぇ礼童君。このあと……って、時間ある?」
顔色を伺うように、彼女は上目遣いで僕を見つめた。
「時間はあるけど、どうかした?」
要件を聞くと、紀伊さんは顔を赤らめ、躊躇うように目を泳がせる。
彼女は、数秒それを続け後、口を開いた。
「も、もう少し遊んでたいな……」
控えめに言われた言葉に、僕は動きを止めた。
「なんて。ダメ、かな?」
少し首を傾げながら、自信なさげに聞いてくる。
その言葉に、僕は少し考えるそぶりをしてから、笑って答えた。
「……そうだね!なら、もう少し遊ぼうか」
「なら……!」
「あ、でもどうせならみんなを呼んだ方がいいね!今ならまだ来れる人いるかも」
「え、いや、あの」
「どうかした?」
僕は携帯に手を伸ばし、待ち受け画面を表示する。
「え、えっと……その、できれば」
交互に、地面と僕の目を繰り返し見る彼女。
紀伊さんは、少し震えるような声で、呟くように言った。
「私と、君の、2人で」
少し気まずそうに首を傾げた彼女。
「……」
「……」
訪れる、しばらくの沈黙。
それから、目の前の少女と同じように僕も首をかしげた。
「えっと、僕と紀伊さんの2人?」
「……」
無言で頷く紀伊さん。
少し戸惑う様子を見せる僕を見ようとせず、紀伊さんは地面のみを見つめていた。
僕はまっすぐに彼女を見つめる。
「なんで?」
そう聞くと、彼女は一瞬固まってから、引きつった笑みを浮かべる。
「え、いや、なんでって……」
潤んだような瞳を見せる彼女の言葉を待たず、僕は満面の笑みで言った。
「みんなで遊んだ方が楽しいじゃん」
笑う僕は、彼女に問いかける。
「ね?」
「ッ……」
再び訪れる沈黙。
夜の賑わいを見せるショッピングモールを歩く人々の声が、雑音が、少し大きくなる。
そして、今度の沈黙を切り開くのは、彼女だった。
「うっ、うん!そう……だ、ね。だっ、だよね!みんなで遊んだ方が、たの、しいよ、ね…………ッ!」
申し訳なさそうな、残念そうな顔をした彼女は、僕から顔を背けて、何度も袖口で目をこすり始める。
僕は、そんな彼女の顔を覗き込むようにして、彼女の心配をする。
「どうしたの?目にゴミでも入った?」
「あ、あれ、なんだろ、えっと、そう……みたい」
僕は彼女を心配するが、彼女は僕から顔を背ける。
それから、帰りかけていたみんなを再び集めて、ショッピングモールを回って、遊びの続きをした。
でも、彼女だけは、紀伊さんだけは、気分が悪いとかで、先に帰ってしまった。
ほどなくして、1時間もしないうちに遊びはお開きとなり、各々は帰路に着いたのだった。
ーーー
「……このスープ、なんか変な味するな」
そう言いながらも、不味いわけではないので、そのスープを飲みきる。
そしてお盆を机の端に寄せて、作業をしやすくする。
真っ暗な暗闇の中、パソコンのモニターから放たれるブルーライト。
「く、くくっ、あはははは!!いや、それにしてもすごいね!!たかだか2人きりで遊べないだけで泣くとか、笑うんだけど!!」
部屋には、2、3時間ほど前に聞いた内容と同じ内容の音声が、繰り返し流されていた。
録音された、紀伊さんと僕とのやりとりを何度も繰り返し聞きながら、その音声ファイルをパソコン上でお気に入りのフォルダへとドラッグした。
データが移し終わった合図の音を聞きながら、僕は1人で呟く。
「傑作だよ、まったく。どうせ男子からの告白を断るばっかりで、彼氏の1つも出来たことないんだろうな〜、この女。ま、表情とお涙頂戴の演技だけは褒めてやるよ。くくっ、僕の劇団へようこそ、ってな。あぁ、盗撮用の小型カメラでも買うかな。あの顔がもう一度見れないのは心惜しい。いや、もっとも、あんなに滑稽な顔は2度と忘れないだろうが。くくっ、あはははは」
心の底からこみ上げる楽しさに身を任せて、僕はケラケラと笑った。
あまりに面白くて、愉快なものだから、椅子の背もたれに身体を預け、そのまま大きく後ろに反らせていった。
「そんなに大声で笑っては、屋敷の誰かに気づかれてしまいますよ?敬成様」
「うわぁあっ?!」
突如として真後ろから聞こえた女性の声に、思わず悲鳴が出る。
「ゔっ」
僕が驚いて後ろに倒れた勢いをそのままに、椅子は大きく傾き、僕は背中から床へと急降下していく。
景色が、急速にブレていき、地面へとぶつかる衝撃を覚悟した瞬間。
「あら」
僕の背中に、緩やかな重みがかかった。
「大丈夫ですか?敬成様」
焦りも慌てもせず、微笑みながら僕の顔を見つめる彼女は、ニコリと笑った。
「あ、ぁあ、だい、じょうぶ。問題ない。椅子…………ありが」
ヒヤリとした浮遊感が未だ体に残る中、僕は彼女の質問に答える。
「ふふ、“ありが”、どうかされました?」
僕の椅子を宙ぶらりんで浮かせたままにしながら、彼女は嬉しそうに笑う。
「……」
「あれ?続きは仰らないんですか??敬成様?」
僕の顔を覗き込む彼女。
僕は機嫌が急降下していくのを感じながら、ぶっきらぼうに言い放った。
「…………うるさい!」
「ぇえ〜、期待してましたのに!!残念です」
ガックリと肩をさげる彼女。
それに連動して、僕の姿勢の傾きがさらにきつくなり、背中がより地面へと近づく。
「お、おい!」
「あぁ……これは失礼しました。今起こして差し上げますね」
ほぼ地面に寝そべるような体制になりながら、僕はそのまま彼女が僕を引き上げるのを待つ。
「……」
「……」
待つ、が、一向に引き上げられる気配がない。
「おい、引き上げるなら早くしてくれないか」
「あら、ごめんなさい。敬成様が私の両腕の中にいると思うと、なんだか感慨深くて…………大きくなられましたね、敬成様」
まるで母親のようにしみじみと語りはじめる彼女に、僕は叫ぶ。
「うるさいんだよ!!いいから引き上げてくれ」
「はいはい。そんなに怒鳴らないでください」
すると、ようやく僕の背中が地面から離れていく。
「怒鳴っても何も解決しませんよ?何が不満なんですか?まずは落ち着いてーー」
椅子の角度が元の標準に戻った瞬間、僕は振り向いて言い放った。
「お前の存在が不満なんだよ!!」
「あら?お前とは、どなたでしょうか?」
わざとらしく、口元に手を当てながらキョロキョロと辺りを見渡す女性。
もちろん、この密室の空間には、僕と彼女しかいない。
「このアマ……!!」
僕が歯を喰いしばるように唸ると、彼女は少し訝しげな目をした。
「私は、敬成様にとって。どちらかといえば、“アマ”ではなく、“ママ”では?ほら、私って敬成様の世話役ですし」
「お前さっきからうるさいんだよ!!もう高校1年生だぞ?!馬鹿にしないでくれ!!自分の世話くらい自分でできる!!」
「と、申されましても。放っておけばカップラーメンしか食べられないではありませんか。お身体に良くありませんよ?」
「突然現れて後ろから声をかけるお前の存在の方がよっぽどお身体に良くないわ!!」
と、言いつつも、このやり取りが反抗期の息子とその母親みたいである事を心の中で認めてしまう僕。
「……」
「あら、大人しくなられましたね。どうされたんですか?やっぱりママが大好きなんでちゅかぁ?」
僕の肩に手を伸ばし、心配するかのように擦り寄ってくる彼女。
「触るな近づくなその言葉遣いはやめろ!!」
「あら、今度は亭主関白ですか?忙しい人ですね」
今度は、人差し指を立てながら、首をかしげてくる。
「あらあらあらあらあらうるさいんだよ!!いい加減にーー」
「いい加減に?」
僕は大きく息を吸い込み、盛大に叫ぶ準備をする。
が。
「はぁあああ……」
目の前で、あいも変わらず不思議そうにしているこの女性を見ると、その息も、スルスルと口から出て行ってしまう。
「透透梨。いい加減に僕を揶揄うのはやめてくれないかな?」
脱力して、若干口元が緩みながら、僕は穏やかにそう言った。
「あら、バレてました?」
「当たり前だよ、これが標準だったら、僕はこの家を出ている」
「10代の、自称婚約者達が部屋を探すとなると、あらぬ疑いをかけられて見つかるものも見つからないのではありませんか?」
「…………なんで透透梨もついてくる前提なのかな。僕は、家を出たいんじゃない、君から遠ざかりたいと言っているんだが?」
すると彼女は、僕の両手のひらを拾うように握りしめ、そのまま僕のベッドへと引っ張る。
もう怒鳴る気力もなく、僕はなされるがまま、引っ張られる方へ椅子ごと流されていく。
椅子のキャスターが転がり、乾いた音が部屋に響いた。
「そんな寂しい事言わないでくださいな」
彼女は、自分がベッドに腰掛けると、その隣を2度ほど叩く。
「僕は寂しくないしそれどころか真逆なんだからしょうがない」
彼女の隣に、彼女の示す通りに座るのはなんとなく癪なので、無視をする。
「わかりませんよ?手の届く範囲にある時はそれそのものの価値がわからなくても、手の届かないほどに遠くへ行ってしまった時、人は初めてそれの価値を理解するとよく言います」
2度でダメなら4度、4度でダメなら6度、と言う具合に、ポンポンポンポンと叩かれ続けるベッド。
「なるほど、つまり君は毎日僕の価値を噛みしめている、と」
「嫌ですわ旦那様、こんなにも近くにいるじゃあありませんか」
右手でポンポンとベッドを叩き続けながら、彼女は僕の胸元を撫でた。
「心も、身体も、ね?」
「誰が旦那様だ」
ぽんぽんぽんぽんぽんぽんぽんぽん。
「あら、本当の事ではありませんか?」
「知らないね、僕はそんな“本当”は」
ぽんぽんぽんぽんぽんぽんぽんぽん。
一定でなく叩かれ続けるため、リズムも何もない。なんとなく聞いていて気持ち悪い感じがする音。
僕は耐えかねて、椅子から立ち上がる。
「わかった!わかったよ!!座ればいいんだろう座れば!!」
そうして、重い腰を動かして彼女の横に座る僕。
「あら?どうされました?」
ふと、本当に不思議そうに首をかしげる彼女。
「え?どうされたって、何が?」
「なぜ突然私の横に……それもこんな近くに」
本当に不思議そうに呟く彼女を見て、僕は口元が引きつるのを感じた。
「あっ、わかりました!敬成様、私の横に座りたかったんですね!!」
「ちっがぁぁあああう!!!」
飛び上がるような勢いで、即座に起立する僕。
「どうされました?返り血でも浴びられたんですか?お顔が真っ赤ですよ?もう、素直じゃないんですね。否定されなくても」
なんか、“素直になれないそういう年頃の少年”なのね、可愛らしいわ。みたいな、そう言う目をしてくる透透梨。
「違うから!!そんなんじゃないから!!!」
「と、申されましても……」
「何?!なんなの?!ベッドを!隣を!ポンポンしてたじゃん!!」
「リズムを刻んでいただけですが?」
再び、自分の横をポンポンと叩き始める彼女。
「何がリズムだよ!!テンポぐちゃぐちゃだったじゃないか!!」
「それは、そういうリズムなのです」
「……」
押し黙る僕。
「あれぇ?もしかして、敬成様!私が、敬成様に!隣に座って欲しいから!ベッドをポンポンしていると思われていたんですかぁ?」
「〜〜ッ!!」
今なら、返り血で真っ赤に染まりたいとさえ思ってしまう。
僕はこの有り余った羞恥やらなにやらで、足元がおぼつかなくなる。
「ぐっ……」
四つん這いになって倒れる僕。
「“僕の完全敗北です、もう2度と透透梨ママには逆らいません。これからは子供らしくたくさん甘えまちゅ”」
ベッドの上から、僕を見下ろす彼女は、いやらしく笑みをこぼした。
「……」
「セイ?」
「言えるかぁあああ!!!平凡な男子高校生になんて事言わせようとしてるんだ!!」
「流石に冗談です。旦那をいたぶって楽しいのは、反抗されるからですから。本気で服従されちゃうと、それはそれで困……りはしませんが、路線が変わってきちゃいますので。ママではなく女王様にジョブチェンジしなければならなくなりますので」
「……」
「どうぞ私の隣に座ってください」
今度は純粋な笑みを浮かべながら、僕の隣のベッドを2度、ポンポンと叩く透透梨。
前半分は肩まで伸ばされているが、後ろは長く伸ばされ、肩のあたりから編み込まれた髪。
パジャマのボタンが取れてしまうのでは、と思うほどに大きく張った胸元。
長く伸びた両目のまつ毛。
僕の身長が176センチなのに対し、少し下を見れば互いの目を合わせられるくらいの、接するには丁度良い身長。
上半身は細く、下半身は肉付きが良い身体。
通常の男子高校生が見れば、その美しさに、戸惑いを隠せなくなってしまうのだろう。
が、それは向こうも同じである。まつ毛が長く、身長も程よくあり、筋肉もついている。そう、この僕を見れば、通常の女子高生ならば戸惑いを隠せないはずだろう。
では、なぜそんな僕達がこんな距離感で関わりを持てているのか?
なぜ、この深夜に同じ部屋にいられるのか?
答えは至極簡単だ。
「許婚とはいえ、僕らはただの遠縁だ。親戚だ。そんな相手に、普通ここまでするかね。揶揄い?冗談じゃない、これはもはや、れっきとした嫌がらせだ」
そう言いながらベッドに座る僕に向かって、彼女は笑顔で両手を伸ばしてくる。
「そう仰るのでしたら、ご自身も、“許婚とはいえ、ただの遠縁”に対する態度をとられてはいかがでしょう?」
彼女の伸ばす両手を無視していると、なにを思ったか、透透梨はそのまま僕を抱き寄せた。
「……どういう意味?別に僕は普通にしてるつまりだけど」
反応するとまた何か言われそうなので、無視を決め込む。
すると、お互い足の向く方は同じまま、僕を抱きしめる透透梨。
パジャマ越しに、彼女の胸の感触が伝わってくる。
一瞬、冷や汗が出て、鼓動が早まる。しかし、ここで反応すれば、やれ思春期だの、やれ男の子だのと言われかねない。僕は堪えることにした。
「どういう意味、と申されましても……敬成様、これでも私は18歳なのです。敬成様の2歳年上です。わかりますか?」
「年功序列って言いたいわけ?透透梨を敬えと?」
僕の左腕側から抱きついてくる彼女の声は、僕の左耳付近で、ダイレクトに聞こえてくる。
「そうではありません。いえ、まぁ遠い意味ではそうかもしれませんが、本質はそうではありません。私が言いたいのは、私に“普通”であって欲しいのであれば、敬成様も“普通”になってください、という事です」
気のせいだろうか。徐々に、胸が押し付けられる力が強くなってきている気がする。
だんだん左腕が透透梨の胸に埋もれてきているような。
っ?!というかこの感触!まさか下着を着けていな…………!!!いや、落ち着け。ここで反応したらそれこそまさしく透透梨の思う壺だ。無反応、あくまで、“お前の事になんて興味ないんだよ”、という体でいかなければならない。
「別に僕は普通だ」
「2つ上の先輩に巨乳を押し付けられて、無反応なのが、敬成様の普通なんですか?」
「…………」
思ったよりもあっさりと白状してきたな。
「あと、2つ上の先輩に敬成様が、普段敬語を使わないなんて事も無いでしょう?」
「だとしても、透透梨に払う敬意はない」
「それを言ったら、私だって敬成様に払えない愛はありません」
「いや、意味がわからないんだけど」
「愛している人を愛さないように振る舞うなど不可能、という事ですよ」
むにゅ。
脳裏で再生される擬音から思考をそらす。
が、ますます強く押し付けられる透透梨の胸。
「……わかった、ならこうしよう。もう“普通”だの何だのと言わない。単刀直入に言おう。もう少し、僕に優しくしてくれないか」
自分の首元から、冷や汗が流れ落ちるのを感じた。
「心外ですね」
不意に、耳元で囁かれた言葉。彼女の吐息が、僕の耳を撫でる。
「これでも私、敬成様にはとても優しくしているつもりなのですが…………むしろ、甘すぎるくらい」
まるで僕の緊張をほぐすかのように、彼女の左手が、僕の太ももを撫でた。
膝の近くから、だんだんと遠ざかっていくように。
「あまぁい、甘々《あまあま》で」
まるで、心臓の鼓動をコントロールされているような錯覚に陥る。
「……」
声にならない声が、息と共に肺から出ていくのがわかった。
ドクン、ドクン、ドクン、ドクン。
「ねぇ、敬成様」
「……」
もはや、僕は言葉を発する事さえ、思考をする事さえ出来なくなっていた。
ドクン、ドクン、ドクン、ドクン。
「そんなに、私の事嫌いですか?」
「…………」
「これでも、敬成様に好かれるために結構努力をしているつもりなんですけれど」
「……」
「敬成様が、いつも反抗してしまわれるから。ついつい本当の、敬成様の本心を知る機会を、いつも逃してしまいます」
口だけが、何を言うまでもなく、少し開いた。
空気が、とても乾いている。
部屋が暗い。
パソコンのモニターの光以外、1つも光がない。
「ねぇ、敬成様?茶化しませんから、嫌な事言いませんから、答えて頂けませんか?」
ふぅ、っと、優しい吐息が僕の左耳を撫でた。
「ほんとうの」
「ぼ」
「気持ちを」
「ぼく、は……」
僕の太ももを撫でる彼女の指は、膝から遠ざかり、下腹部へと向かっていく。
「ねぇ、敬成様、私、本当にあなたの事が好きなんです。愛おしくてたまらないんです」
とん。
胸を軽く押されて、僕はそれだけで後ろのベッドへと倒されてしまう。
「いつもいつも、あなたと離れると、次にあなたと会えるのが、触れ合えるのが、とても待ち遠しいんです」
ベッドに倒れた僕の上に四つん這いになる透透梨。
「だから、どんなに来るなと言われても、学校が終わったらすぐに敬成様の高校へ迎えに行ってしまう」
彼女の言葉に誘われて、いつもの日常が脳裏に浮かぶ。
「1人で帰れるだなんて言わないでください。私が一緒に帰りたいんです。敬成様がお恥ずかしいのでしたら、私が、いくらでも理由をお出しますから」
「……」
「“透透梨が買い物をするから、その荷物持ちに付き合わされる”」
僕の顎を、艶めかしく撫でる透透梨。
「“透透梨が一緒に帰れとうるさいから、仕方なく一緒に帰る”」
顎から頰をなぞり、頭を撫でられる。
僕の心臓は動いているのか、もうわからなくなっていた。
「“家が同じだから、道が同じだけ。透透梨が勝手に待っているから、同じタイミングで同じ道を通っているだけ。違う道で行くのもおかしいから、しょうがない”」
彼女は、優しく笑う。
「もちろん、“一緒に帰りたかったから”でもいいんですよ?」
「ぼく、なんか」
「何をおっしゃるんですか?私は、許婚だからあなたが好きなのではありませんよ、敬成様。私は、私が認識するあなたが好きなんです。全てを愛していますから」
「で、も」
僕は、鈍感なフリをして、僕に好意のある女子を泣かせる事を楽しむような人間だ。
「そんな事はありませんよ」
声に出していないはずなのに、僕の心の声が聞こえているかのように、彼女は僕に語りかける。
「私は知っています。敬成様は、ご友人の、そのあまりに酷い告白の断られ方を知り、その報復をしていたのでしょう?自分がフラれれば、フラれる側の気持ちもわかる、と。ご友人にそれを聞かせるために、証拠として録音をされていたのですよね?確かに、“カエルが姫に告白するのは間違っている”というのは酷い言葉だと私も思います。でもきっと、敬成様のした事によって、彼女は変われますよ」
「で、も……僕はそんな事一言も……な、んで…………」
「憎まれ口は全て、素直になれていないだけ。そうでしょう?」
「いや、普通に思った事言ってるだけ……」
「はい?何か言いましたか?」
がっしりと、顎を掴まれた。
「何か、おっしゃられましたか?」
「いや、だから……」
「なるほど敬成様は、今夜初夜を迎えたいのですねわかりましたあなたがそこまでいうのならば私も覚悟を決めましょう」
真上から僕を見下ろし、両手で僕の顔を挟み込み固定する透透梨。
「え、い、いや、ちょっと待っ」
「待ちません」
彼女の唇がゆっくりと迫ったと思った時には、僕の鼓動は早く脈を打ちすぎて、もはや脈を打っていないように感じた。
ーーー
目覚めると、僕はベッドで横になっていた。
状況を理解するのに時間がかかった。
そもそも、昨日何があったのか、途中から全く思い出せない。
「んぅ……」
聞きなれた声の方、少し下を見れば、布団の中から、少しだけ頭を覗かせる彼女は、僕の胸の上で寝ていた。
布団の感触が、やけに直接的に感じる。
それに、生温いような、温かいような、柔らかいものが僕の身体にぴったりと張り付いている。
「…………」
「すぅ……すぅ…………」
どうやら僕は、裸で布団に入っているようだ。
そしておそらく、この生温く柔らかい感触のものは、人間の身体。
改めて、昨日何があったのか全く思い出せない。
クラスメイトと遊びから帰って、パソコンに音声を取り込んだところまでは覚えている。
ただ、そこから先が虫喰いにでもあったかのように思い出せない。
「……」
「んん……けいな…………さま、これで、ふうふ、です、ね………………」
僕の身体に抱きつくようにして眠っている透透梨。
落ち着いて状況を整理しなければならないが、ベッドに置いてある電子時計には、今日は土曜日と表示されているので、時間の心配はおそらくしなくても問題はない。
とりあえず、今ひとつわかっている事がある。
「ねぇ透透梨、君は一体僕に何をしたわけ?説明してもらえるかな」
「……んぇ……ぃなひゃま……」
僕は全ての布団を、無理やり剥ぎ取ってベッドから落とす。
「ひゃむっ?!さむ、寒いです敬成様!!」
より一層、僕に身体を密着させる透透梨。
少し下を見ると、僕の身体に押し付けられて出来た胸の谷間が見えた。
「お前が起きているのはわかっていた。で?何をした」
「し、シただなんて…………それは、敬成様の方っ?!」
僕は、少し無理やり彼女の頰を掴む。
「でふぁ、ありまへんふぁ」
僕は彼女の頰をぷにぷにとさせる。
「で?何したわけ?昨夜はよくもまぁ襲ってくれたよね。記憶はないがそれくらいはわかる」
「い、いやですね……襲っただなんて、そんなはしたない真似、私がするわけないじゃありませんか!未来の、あなたの妻ですよ?」
僕は透透梨を軽く睨みながら、彼女の頰をぷにぷにと触り続ける。
「そ、そんなにぷにぷにしないでくださぃ、恥ずかしいです」
「なるほど。僕はその何倍もの辱めを受けたわけだが」
「そ、そんな!確かに、途中までは私が優勢でしたけど……襲ってきたのは、」
透透梨は、恥ずかしそうに顔を赤らめ、少し俯く。
「敬成様じゃあありませんか……」
「面白い事言うね。僕が君を襲った?ありえないね」
「そう仰られましても、事実は事実ですから……」
「“証拠”、というのは万が一それが本当だった時あまりに透透梨が可哀想だから言わないでおくけれど」
「で、ですから!万が一もなにも全て真実で……」
「なるほど。もし本当じゃなかったら許婚解消ね」
「かっ、解消?!」
「何?全て真実なんじゃないの?」
「で、ですが……」
もし嘘をついていれば許婚解消という言葉を聞き、戸惑う様子を見せる透透梨。
「でも、真実だったら……そうだね、僕が18歳になったらすぐに結婚しよう。まぁ、君が嫌でなければ、の話だけれど」
「ほ、本当ですか?!」
ぱあっ、と明るい顔を見せる透透梨。
「もちろん、透透梨の主張が真実だったら、の話だよ?」
「多少の盛りや抑えはあるかもしれませんが……」
「それくらいはいいよ、僕も君の揚げ足を取ったりはしない。大事なのは、行為があったかどうか」
「で、でしたら!ありましたよ!!ええ、ありましたとも!行為の時の記憶、覚えていらっしゃらないのですか?」
「うん。何も思い出せないんだ」
僕も彼女も上半身だけ起き上がる。
「ッ!!」
すると、鈍い頭痛が走った。
「どうかされました?」
心配そうに僕を見つめる透透梨。
「ちょっと頭痛が……」
「頭痛……?頭痛……。頭痛……!。か、風邪をひかれたのではありませんか?!」
「まぁ裸で寝てたわけだし。そうかも」
僕は少し頭に手を当てながら考え事をしていると、彼女が急かすように言う。
「そ、それにしても!思い出せないだなんて」
そして、僕の胸に両手を当てる透透梨。
「あんなに素晴らしかったのに……勿体ないですから、頑張って思い出してください」
耳まで頰を真っ赤に染め上げて、上目遣いで彼女は言った。
「その紅潮が、嘘をついている恥ずかしさからでないと良いけどね」
「ゔっ……な、なんて事言うんですか!」
頰を膨らませて怒る彼女は、僕に自身の胸を押しつけるように抱きつく。
見下ろせば、そこにあるのは胸の谷間と、彼女の紅潮した顔。
「も、もぅ……さっきから、つれない事ばかり言わないでください。そんなに仰るんでしたら、もう一度、試してみますか?」
「寝起きだけど。まだ朝5時だけど」
まだ頭痛が引く気配がない。頭痛に気を取られて、思わず適当に返事をしてしまう。
僕が少し意識をしていると、透透梨が心配そうに僕に聞いた。
「頭が、痛まれますか?」
「うん」
「……では、寝ていましょう。どちらにせよ、敬成様の頭が痛まれるのは良いことではありませんし、私の望むところでもありません。寝ていれば、多少は楽になりますか?」
「うん。まぁ。そんなに痛くないから、そこまで気にしなくていいよ」
僕はベッドに寝かされ、透透梨は床に落ちたタオルケットと布団を拾う。
「きっと、冷えてしまったのでしょう。大事にならないように、温まりましょうか」
そう言って、タオルケットと布団をかける。
そうして、ベッドで横になる僕。もちろん、同じベッドの中には、相変わらず透透梨がいる。
「……あの」
「はい?」
「なんで、僕の上にいるわけ?」
透透梨は、仰向けで寝ている僕の上に四つん這いになっている。
「あと、透透梨に持ち上げられた布団と、僕の身体の隙間から部屋の冷たい空気が入って寒いんだけど」
「言ったじゃありませんか、“温まりましょうか”って」
ニコリと、僕に笑う透透梨。
「……なら、服を着させて貰えないかな」
「カイロを使いますから、大丈夫だと思いますよ?」
「……いや、常識的にさ。寒さとか置いておいて服を着たいんだけどさ」
「……」
ニコリ、と笑う透透梨。
「大丈夫です。すぐにあったかくなりますよ。それに、副産物もあります!」
「副産物?」
僕が聞くと、彼女は僕に覆い被さった。
透透梨の胸が、僕の顔に被さるように。
「んんっ?!」
僕が慌てて動こうとするが、透透梨は艶かしい声を口に出した。
「あ、あのっ!おかしいとっ、んっ、思うんです!!」
胸に押しつぶされて何も見えない。柔らかな感触だけが、僕を包んでいた。
「お互い裸なのに、興奮しないのって、おかしくないですかっ?敬成様はっ!なんでいつも通りなんですか?!」
胸を押し付けて、僕の頭を抱き込むことで離せないようにされているらしい。
僕は動きたくても、何も見えないため動けない。ジタバタと暴れるしかない。
「暴れないでください!痛くはしませんから!!」
痛く?!なんの話だ!!
僕は心の中で叫ぶも、現実で声を出す事は叶わない。
「あったかくする時に生じる副産物についてですが……それは」
動こうとしても動けない。
この冬の季節、朝5時ならば日の出はまだ。と、なれば、今の真っ暗闇から夜目に慣れるまで時間がかかる。つまり、どちらにせよしばらく動けない。
「気持ちよくなれることです!!」
こいつ、獲りにきてる!!
僕は危機感を最大値まで感じ取り、全力で暴れ始める。
「一緒に気持ちよくなりましょう、敬成様!!」
2歳年上とはいえ、女性のものとは思えないような、男の僕をも押さえつける馬鹿力を発揮し、上半身を抑える透透梨。彼女は、自身の下半身で僕の下半身を抑えようと押さえつけてくるが、僕も必死に抵抗する。
「透透梨!こんな事しても、誰も喜ばない!!」
「敬成様と私は喜びます!!」
「本人が喜ばないって言ってるのに?!」
「最初はなんでも怖いものです!!本当のはじめての記憶がなくても大丈夫です!昨日の経験を積んだ私ならば、敬成様をリードして差し上げられます!!」
目は瞳孔が開き座っており、身体からは、お互い汗が滲んでいた。
透透梨は僕を押さえつけようとするが、僕も抵抗するため、なかなか上手くいかない。それをずっと繰り返す。ベッドはギシギシと鳴り、ベッドの上の攻防のは言っても、これは本当に、そのまま文字通りの意味である。
「タイム!待って!透透梨止まって!!」
「ここで止まったら私は一生止まる気がします!!」
「わかった!わかったよ!!透透梨の気持ちは充分すぎるくらいに伝わった!!」
「伝わるだけじゃダメなんです!!」
ギシギシと揺れるベッド。僕らは取っ組み合いの喧嘩をするかのように、にらみ合っていた。
「だ、大丈夫!!副産物はいらない!!もうお互いあったまった!!でしょ?!」
「あんなの口から出まかせ言っただけですよ!!私はヤりたいだけです!!」
もはやなりふり構っていないようで、透透梨はもの凄い剣幕で僕に迫る。
「待て待て待て待て一回落ち着け!!」
「無理です!!もう、止まれません!!」
「大丈夫、止まれる!!」
「だって、止まったら、止まっちゃったら……いいなずけじゃ、なくなっちゃう、からっ!!」
ポタリと、大粒の液体が落ちてきた。僕達はとても汗をかいていたけれど、でも、それが汗ではない事なんてすぐにわかった。
「もう、ゔっ、これしか!私には、こうするしかっ!、ぐすっ、ないんですよ!!!」
暴れる透透梨。
僕の顔に、ポタリ、ポタリ、と、大粒のそれが落ちてくる。
はじめは僕を拘束するために使われていた両腕も、次第に、まるで僕を殴るように、優しく叩く動きに変わる。
「透透梨……なんで、こんな事」
思わず、僕の口から呟かれた言葉。
「“なんで”?!」
それは彼女の激情にスイッチを入れてしまう言葉だったようで、より一層、激しく僕に泣きついてくる。
「ゔぐっ、だって、だって!!だってだってだって!!敬成様が!!」
とても大きな声で、啜り泣くように、彼女は大粒の涙をこぼす。
「愛してるって言ってるのに!!ひぐっ、敬成様は全然本気にしてくれないんだもん!!全部本気なのに!!結婚したいのに!!全然本気になってくれないんだもん!ぐずっ」
「透透梨……」
何をするわけでもなく、ただ透透梨は、僕の上で泣き喚いていた。
「いっつもいっつも!“親が決めた事だから”、“家の風習だからしょうがない”って!!私は真面目に考えてるのに!!私は敬成様が好きなのに!!ずっと昔から好きだった!!初めて会った時から!!許婚になれたって聞いた時はすごく嬉しかったのに!!」
そのあまりの荒れっぷりに、僕は自分の持っていた勢いを削がれてしまう。
「だ、だって、許婚だなんて、古い風習だし……馬鹿馬鹿しいじゃ、ないか」
「ほら!!そうやって!ぐすっ、ひっく、いっつも真面目に考えてくれない!!私は敬成様の事大好きなのに!!愛してるのに!!」
「それが理由で、こんな事を……」
「ひぐっ、だってぇ、敬成様が構ってくれないんだもん!ぅわぁああん!こんなに好きなのに!いっつも憎まれ口ばっかだし!!私の事全然好きって言ってくれないし!!ぐすっ」
「だ、だから、それは……」
僕は彼女の言葉に、思わず口ごもる。
「それ、は……?」
透透梨は、僕の言葉に興味を示したようで、続きを待っているのか、何も喋らない。
「だから、その……」
「な、に……?早く言ってよ!そういうところが」
「照れ隠しなんだよ!!全部っ!照れ隠し!」
彼女の言葉を遮って、僕は言葉を続けた。
「透透梨の事は嫌いなんかじゃない!!綺麗だと思ってるし、いつも支えてくれるし、こんな人が奥さんになってくれたらって思ってるよ!!」
理性《自分》に止められる前に、僕は、勢いに身を任せて喋り尽くす。
「ただ、自分との釣り合いが取れていない事を気にしているだけで」
「知ってるよ馬鹿ぁああ!!!」
「ええええええっ?!」
結構衝撃的な告白をしたはずなのに、“知ってる”、と返された。
「知ってるけど!わかってるけど!!でも口にして、ひぐっ、言って欲しいの!!口にしてくれなきゃっ、確信が持てないから!!」
「ご、ごめん……」
気圧されて、思わず謝る。
「もっと!!」
もの凄い形相で、真上から睨まれる。
「ご、ごめんなさい」
「ちゃんと言って!!何が悪いのか!!どうしたら良かったのか!!」
「え、えっと……照れ隠しとはいえ、透透梨様を傷つけるような事を言ってしまい、申し訳ありませんでした。正直に、思っている事を言うべきでした」
「様じゃなくていい!!いつもみたいに呼び捨てがいい!!敬語じゃなくてもいい!!」
「い、いえ、でも歳上ですし……やはり今までみたいに生意気にタメ口というわけには……」
「タメ口で話されたいの!!生意気なのが可愛いの!!なんでわかんないかなぁっ?!」
「ご、ごめんなさい……」
「ごめんでいいから!!2回も言わせないで!!」
「……ごめん」
布団の中とはいえ、お互い裸。その状況下で許婚に怒られる。
何が良くないのかすらわからなくなるくらい良くない。
「あ、あの、許して、くれまし……くれた?」
「……する事したら、許してあげる」
涙を拭いながら、彼女は言った。
「いや、いやそれは話が違う。というか、途中から話がすり替わっていると思うんだけど」
「え?」
僕の言葉に、きょとんと、目を丸くする透透梨。
「思うんだが、そもそもさっき透透梨が泣きながら言った事を伝えるにあたって、お互いが裸になる必要性は皆無だと感じる」
「か、感じるだけで、必要はあるかもしれませんよ」
「言い方が悪かったですね、すいません。必要性は皆無です」
「え、ちょ……」
僕は彼女を押しのけて立ち上がると、タンスから着替えを出して服を着始める。
「見苦しいというか、いたたまれないので服を着ろ」
「……裸で廊下に出るのは、ちょっと」
「は?なら服はどこで脱いだわけ」
「あ、え、えーっと」
「そういえば、昨夜は襲われたとか襲ったとかそんな事を言っていたね」
「…………」
「襲われる前から服を脱いでいたのはおかしいから、この部屋に来てから僕に襲われたなら服はこの部屋にあるはずだ。逆に君が僕を襲った場合も、服はこの部屋にあるはずだ。じゃないとおかしい。服を透透梨の部屋で脱いだとして、どうやってここまで来たわけ?」
僕が聞くと、彼女は目を泳がせた。
「…………え、えっと……ふ、服は、その……外に」
「外?」
「あっ、いえ!違います、外じゃなくて……昨夜は、その、敬成様が私の部屋へやって来て、無理矢理私を脱がされて、この部屋へ連れてこられたので……その時は仕方なく廊下を裸にタオルケットを巻いて来たんですが…………」
「なるほど、それじゃあとりあえずタオルケットを巻いてれば?そうやって行きに来たんなら帰れるでしょ?」
「そんなっ?!あの時は夜で、屋敷の人達も寝ていたから見つからなかっただけで、5時にはもう起きてる人は起きて……」
僕は彼女にタオルケットをきつく巻いていく。
彼女を立たせて、タオルケットを胸から下にかけてぐるぐると巻いていく。
「きゃ?!え、ちょ、そこ、胸……きゃあっ?!」
「何を今更」
「ちょ、ちょっと!敬成様?!これセクハラですよ!!私は別に良いですけど!!自分から触りにきてくれて嬉しいとか思っちゃってますけど!!」
「はぁ、セクハラ?」
「はい!セクハラですよ、これ」
「どの口がっ!言うわけッ?!」
僕はタオルケットの端と端を、簡単には解けないよう、ギュッと結ぶ。
「ぁんっ?!ひどい!扱いが酷いですよ!!敬成様!!」
「立ってるのも邪魔だし、ベッドにでも座っとけば?」
「本格的にひどいです……また泣きそうです」
僕は透透梨をベッドの上に座らせる。
「あ、あの、腕と足が拘束されちゃったんですが。これじゃ廊下どころか立ち上がる事も出来ないんですが……ぴょんぴょん飛ぶことはできるかもしれませんが」
「うん。さすがにその格好で廊下は歩かせられない。恨みがあるにしても、その報復にしても、僕もそこまで酷い事はしない。もう少し違うベクトルの酷い事をする。3ヶ月口聞かないとか、無視するとか」
「酷い!!そっちの方が廊下を裸で歩かせられるよりもよっぽど酷いですよ!!え?なら、なぜタオルケットを……」
僕は彼女の疑問に答える事なく、カーテンを開ける。
どうやらもう日が出始めているようで、まだ青白い光ではあるが、真っ暗と言うほどではない。視界は問題ない。
「服は、どちらが襲いどちらが襲われたにしても、この部屋か、透透梨の部屋にある。そうだね?」
「は、はい。でも、私を襲ったのは敬成様なので、私の部屋に服があるかと……」
また目を泳がせる透透梨に、僕は言う。
「まぁ、透透梨の部屋にあるのなら、脱いだ際、綺麗にタンスへしまわれているかもしれないね。あたかも、“脱がされた直後”みたいに、服が脱ぎ散らかされてるとは限らない。でしょ?」
「え、ええ。私が言おうとした事をなぜ……」
要は、簡単な話だ。僕に襲われて服を脱がされたならば、透透梨の来ていた服は、僕の部屋か、透透梨の部屋、もしくはその中間の廊下のどこかにあるはずだ。でも、透透梨は自分の部屋で服を脱いできたと言う。脱ぎ散らかされているならともかく、普通、襲われた際に脱がされた服を綺麗にタンスへしまうだろうか。そんな余裕があるならば、僕は襲ったりしないだろう。そもそも襲わないけど。
要するに、これは何もなかった部屋で透透梨が襲われたと言い張るための嘘なのだと、僕は推測した。
最終的な完成形は、僕と透透梨が同じベッドで、裸で目覚めるという“事後”を作り出す事。
普通に考えて、そんな嘘をつくのならば、廊下を裸で歩く必要はないのだ。
つまり、僕が寝ている部屋に入り、透透梨はこの部屋で服を脱いだ。そして、僕の服を脱がせて、自分も僕と同じベッドへ入る。
僕の服はどこにあっても、僕がその場で脱いだとすればいいので関係はない。なぜなら、僕は身勝手に襲った側だから。
「では、この部屋で脱がれた服は、どこにあるか」
「え?いやだから、私は自分の部屋で敬成様に脱がされて……」
これは、透透梨側の目的が達成させられれば、僕と透透梨が結婚をするという未来が確定すると言っても過言ではない。
つまり、それを避けたいとする僕が、時間をかければ見つかるところに隠しておくとは思えない。隠すにしても、まず見つからない場所。後から隠蔽しやすい場所。
僕はカーテンを開けたのち、窓を開ける。
冷たい風が頬を撫でた。
「け、敬成様!私裸なので寒いです!窓を閉めてください!!」
「ほら、事後なんだろ?なら換気したほうがいいんじゃないの」
「ぁ、ああ〜〜、なるほど、で、でも、私がちゃんとした服を着てからでも遅くはないような……」
「タオルケット巻いてあげたでしょ?それに、自分から脱いだんだから、文句言うな」
透透梨は、何やらもぞもぞと暴れているようだが、タオルケットがきつく結ばれているため、動けないようだ。
「で、ですから!自分からではなく、敬成様に脱がされた、と……」
冷たい風が頭を冷やしてくれて、気持ちがいい。もっとも、あんまり窓を開けて透透梨が寝込んだりしたら寝覚めが悪いので、早く済ませるとする。
「今、僕はなにも持っていない。そうだね?」
「は、はい」
透透梨は焦っているようだが、無駄である。そのためのタオルケットなのだから。
僕は窓の外に頭を出して、下を見る。
すると。
「あったあった」
下の階、ここは三階なので二階となるが、そこに、二階のベランダに、透透梨のパジャマが落ちていた。
「ダメぇえええええ!!!」
透透梨が叫ぶが、僕は無視する。
下に取りに行くときに、僕が置いてきたものを取ってくるという自作自演をさせないために、僕は透透梨の服が落ちている二階のベランダの写真を撮る。
パシャリ。その音が響いても、透透梨はまだジタバタと動いていた。
「よし、よく撮れたよ、写真。それじゃ、下の階まで、透透梨の服を取ってくるよ」
僕は窓を閉めると、写真を撮った携帯を部屋に置いて、1つ下の空き部屋まで落ちた服を取りに行った。
まだ早朝なので、人を起こさないように階段を降りる。
そして、目的の部屋に入る。ベランダでは、ご丁寧に下着からパジャマまで、一式全てが揃っていた。
これを持っているところを他の人に見られると、僕も結構まずいかもな。
そう思い、透透梨の部屋に寄ってから、そそくさと透透梨の待つ自分の部屋へと戻った。
「ただいま」
「お、おかえりなさい!」
部屋に戻ってくると、透透梨は両手だけなんとかタオルケットからだして、あとは包まれたままという奇怪な格好をしていた。
まぁ、必要にかられて包んだのは僕だけれども。
そして、透透梨の額には、大粒の汗が浮かんでいて、はぁはぁと息切れをしていた。
「長時間外に放置された服を持ち帰って、冷えた服を着せて風邪引かれるのも嫌だったから、透透梨の部屋に勝手に入った。ごめん。一応クローゼットと服以外は触ってない」
そう言うと、僕は透透梨に、彼女の部屋から取ってきた服を手渡し、タオルケットの結びを解く。
「いえ、気にしないでください。服、ありがとうございます、脱がしたのは敬成様ですが。まぁその分の責任は取ってくれたと言う事で」
「まだ減らず口をたたくわけ?懲りないね。証拠写真も撮ったのに」
「証拠写真?なんです?それ、見せてください。服も2着分持ってきていただきましたけど……どちらも私の部屋から取ってこられたんでしょう?そうして、私の主張を無かった事にしようと」
「何言ってんの、さっき写真撮ったの見てたでしょ?写真も見せたし」
「もう一度見たいんですが!」
なぜか、部屋を出る前よりも自信ありげな透透梨。
「はいはい。悪あがきをしてるのね……」
透透梨が着替えている間、僕は部屋に置いておいた携帯の写真アプリを開く。
「なっ?!」
「どうかしました?」
私服に着替え終えた透透梨は、意味深に微笑みながら、僕を見つめた。
「携帯から写真が完全に消えてる……」
僕は言葉も出ないといった様子で、透透梨にそれを伝える。
そうして透透梨は、嬉しそうに僕に擦り寄ってくる。
「でしたら、これで敬成様が18歳になった時点で私達は結婚決定ですね!」
僕の肩に両手を回し、抱きつきながら僕の胸に頭を寄せる透透梨。
「そ、そんなっ……しまった、携帯を部屋に置いておくなんて……!!油断した……!!」
僕は手を震わせながら、満足気に頬を紅潮させる彼女を見つめた。
「いくら嫌々とはいえ、名家の許婚同士が婚前交渉をしてしまったら……それはもう、結婚するしかありませんよね?」
「そうだね。結婚するしかない。多分そうなれば、僕に逃げる事はおそらくできない。それで逃げたとしても、地獄まで透透梨が追ってくるでしょ?」
「え、ええ。そうですが。そうなれば?もう、そうなっているのでは……」
僕の言い回しに違和感を感じたのか、首を傾げる透透梨。
「僕に余裕があるのが、おかしく見えるかな?」
「い、いえ、最短で結婚する事がほぼ確定したとはいえ、そもそも許婚ですし、そもそも結婚する事を喜ばない方が不自然な気もするんですが…………」
余裕があるとはいえ、別に喜んでいるわけではないんだけど……まぁ、それを言うのは可哀想か。
「……」
透透梨が、なぜか僕を睨んだ。
「えっ、僕今何も言ってないよ?!」
「考えてる事くらいわかります。許婚ですから」
「なんだそりゃ。怖いな、浮気できないじゃん」
「ぶっ殺しますよ?」
首に回されていた透透梨の両腕が、交差するように軽く締められる。
あ、やばい。これはマジで口が滑った。
「ご、ごめんなさい、今のは冗談……」
「は?」
「で言っていい言葉ではありませんでした、全面的に僕が悪いです」
本当にぶっ殺されるかと思ったので、素直に謝る。
「え、えーと、気を取り直して!」
「……」
「とり、なおして……僕が余裕がある理由を説明……」
「……早くしたらいかがですか?どうせ私の目論見を全て防いだんでしょう?窓を開ける時に、タオルケットで私を拘束するくらいの用心深さなんですから、スマホを置いていったのもわざとなんでしょう?どうせ、私にスマホのデータを消させて、ぬか喜びさせたところを楽しんでみて、あとからネット上にバックアップしてました、みたいな。違います?」
離れればいいものを、僕に抱きついたまま嫌な事を言うものだから、至近距離で攻撃を食らう羽目になった。心が痛い。
「…………はい、一言一句仰る通りです」
僕はバックアップを取っていた事を認める。
「一応ハッタリかまされると困るんで、証拠見せてもらえます?」
「わかりました」
僕はパソコンを取り出し、彼女に写真のバックアップをを見せる。
「写真をよくみたいのでパソコンを貸して頂けますか?」
「……ネットにアップしてるので、僕の持つ電子機器全てにデータがあるから、ここで消しても変わらないよ」
「……わかってますし」
僕は彼女にパソコンを渡す。
それから透透梨は、しばらく僕に見えないように写真を眺めた後、僕にパソコンを返す。
「あの、データ消えてるんだけど」
[見つかりませんでした]と表示されているパソコンを見つめ、僕は嘆く。
「ハッタリ噛ませられてると嫌ですし。消せるデータは全部消しとこうかなって。それで?もう一度データを取ってきて見せてもらえます?今の私には破壊不可能なデータだとわからないと諦めきれません」
「わかった」
こうして、しばらく同じような事を繰り返し、僕と彼女の写真を巡る戦いが繰り広げられた。
やがて透透梨は諦めて、僕のベッドの上に座った。
ポンポンと自分の隣の場所を叩く。
「……」
既視感のある光景に、僕は訝しげな目をする。
すると彼女は、なんだか少し投げやり気味に言い放った。
「けち、いいじゃないですか最後くらい。どうせあと1週間も経たないうちに許婚じゃ無くなっちゃうんですから」
「……」
彼女はきっと、自分のした事が家の人達に露見し、許婚を解消され、本家の跡取りである僕と遠ざけられると考えているのだろう。
「ここ!座って!」
「…………わかった」
そう考えて、僕は重々しく頷いた。
「はぁ。なんでこうなっちゃったのかなぁ」
「……」
僕は彼女の隣に座る。
「「……」」
重々しい沈黙。空気が、とても重い。
「膝枕」
不意に、透透梨が呟くように言った。
「え?」
「膝枕してください敬成様」
拗ねたような、諦めたような、そんな目をしていた。
「それくらい、なら」
僕の言葉を聞いた瞬間、僕の膝に倒れこむ透透梨。
そして、うつ伏せのまま、僕の身体をギュッと両手で抱きしめる。
「頬ずりしていいですか?」
顔を下に向けたまま、彼女は僕に聞いてくる。
「少しくらいなら、いいけど」
僕がそう言うと、彼女は頭を動かしながら、腕で自身の身体を引き寄せる。
「…………もっと構ってもらえばよかったです」
「無茶言わないで。あれ以上はないよ」
「確かに、敬成様の、1人の時間を減らしちゃってたことは申し訳ないとは思ってますけど。そもそも夫婦ってそういうのを共有するものだと思いますし」
「はいはい」
彼女は、そう言いながら僕の下腹部に顔を埋めて頬ずりをする。
「ちょっと……?」
「何ですか。これ以上私から何を奪うんですか」
「いや、あんたさっきからどこに頬ずりしてるの?!気のせいじゃないよね?!明らかに狙ってやってるよね?」
「ちょっとやそっとの刺激いいじゃないですか。この温もりすら奪うって言うんですか」
「いや、常識的に……」
「奪うなら処女を奪ってくださいよ!!最後の記念に!思い出に!!気持ちよくしてあげますから!!……まぁ私も初めてですけど」
「それやっちゃったら本末転倒だよ」
「……幼稚園の頃から一緒にいるのに。キスもした事ないなんて」
「……」
僕と透透梨は、しばらくそうやっていた。
ふと差し込んだ陽の光に目を細めると、目覚めの時間を知らせる電子時計の音を聞く。
時刻は、午前7時だった。
ずっとうつ伏せのまま僕に抱きつく彼女。
僕は、太ももが少し濡れ始めている事に気がついていた。
「……いや、あの。感情的なムードの中言う事じゃないんだけど」
「……」
「この件、僕が黙ってれば普通に無かった事になると思うんだよね」
僕の言葉に、ガバッと顔の向きを180度帰る透透梨。
あ、確かにそうですね。期待してダメだと辛いので期待はしませんが」
「まぁ、何と言うか…………ここまでされて突き放すのも、なんか可愛そうだし」
「ここまで来て憎まれ口叩かないでくださいよ。いつもならともかく、この状況でそんなこと言われると、さすがに辛いです。受け止めきれません」
「……ごめん」
「別に。もう慣れましたけど。それで?どうされるんですか?」
「いや、まぁ。その、だから……」
つい憎まれ口を言いそうになったけれど、彼女の目を見て思い留まる。
「僕の事が好きなだけの女性を、僕から遠ざける必要もないかな、と」
「嫌々そんな事言われても困りますが」
「べ、別に嫌々じゃ……」
「なら、本当は私の事どう思ってるんですか?」
気がつくと、彼女は僕の前に立っていた。
「…………」
「ほらほら!言ってください!」
「…………だけど」
「はいー?!ぜんっぜん聞こえませーん!!私よりも大きな声でお願いしまーす!!!!」
彼女は、騒音が少ない朝という事を考慮してもうるさくならないくらいに大きい声量で喋っていた。
「……」
「ほーら!はーやーく!」
「……きだよ」
「聞こえませんよー?“き”の前が聞こえませーん!!“す”をもっと大きな声で言ってくださーい!」
「そんな事、言おうとしてないし」
「あれあれー?じゃあ、“だいす”の部分が聞こえませんよーー!」
「そんな事も、言おうとしてないし」
僕は、ニヤリと笑った。
「…………え?」
僕の言葉に、彼女は少し不思議そうにした。
じゃあ、なんて言葉を言おうとしたのだ、と。
僕は、大きく息を吸い込んだ。
そしてーー
ーーーー
彼の部屋と違って、電気は付いている。パソコンは同じ機種。カラーリングは別々にした。これは使うためのものなので、見分けられないと困るから。もちろん、お揃い用として同じ色で同じセットアップをしたものも持っている。
私は、彼が使っているものとお揃いの録音機を取り出すと、パソコンと接続する。
そして、音声データのファイルを、お気に入りフォルダへとドラッグする。
二重三重にバックアップとデータの保存をし、複数のUSBメモリにもデータを入れておく。全てが同じデータでは、何か不具合があった時に全てのデータが消えてしまうので、録音した音声の録音もデータとして取っておく。
もしかしたら、もう2度と聞けない言葉かもしれないから、念入りに。
「いや、でも……最低もう1回は言ってもらうけどね」
ヘッドフォンで音声をループ再生したいところだけれど、もしも部屋に誰か入ってきた時に、この音声データが見つかって、彼にこのデータの事がバレたら。
それこそ、私は彼から遠ざけられてしまうかもしれない。今度は、明確な彼の意思で。
まぁ、恥ずかしいってだけで、私が悪い事してるとは思わないけどね。
だから、外の音が聞こえにくいヘッドフォンじゃなくて、泣く泣くイヤホンで聴いている。
ヘッドフォンは臨場感があるけれど、イヤホンは囁かれているかのような、いい意味で現実味のない音声がつくれると思っているから、どちらも交互に聞くけれど。
繰り返し流れる、たった一言をずっと聴いていながら、私は呟いた。
「最高傑作ね、これは。まったく、いつもこうやって素直に本心を言っていればいいのに。まぁ……ふふっ、皮肉だけれど、いつもは素直じゃないからこそ、こういう言葉に価値が出るのよね。ぁあ、違うのよ?別に、いつも言っていたら価値がないとか、そういう事は全くなくて……だから言わないでほしいとかでも全くなくて、むしろその逆で……あぁでも、もしそんなにたくさん言われ続けちゃったら、とろけて何もできなくなっちゃいそう……!あぁ、盗撮用の小型カメラ、買ってよかったわ!あの顔が何回も見れるのは、本当に嬉しい!!いえ、もっとも映像なんかなくったって、あんなに素敵な彼の顔は、2度と忘れないだろうけど。ふふっ、いけない、同じ音声の繰り返しなのに、毎回顔がにやけちゃう……これじゃあ、常にこの音声を聴きながら行動するなんて、とてもできそうにないわね。彼にバレちゃうわ」
心の底からこみ上げる楽しさに身を任せて、私はクスクスと笑った。
あまりに楽しくて、幸せなものだから、椅子の背もたれに身体を預け、そのまま大きく後ろに反らせていった。
ふと、彼が後ろにいるような気がして、私は何となく、後ろを向くのをやめた。
「……」
私は、少し考える。
昨日の夕飯のスープに混ぜたお酒が、まさかあんなに効くなんて思わなかった。200ミリリットルもいれてないのに、彼の記憶が一夜丸々飛ぶなんて思わなかったわ。
頭痛がするとも言っていたし……申し訳ない事をしてしまったわね」
風邪薬と言って、二日酔いの薬も飲ませたから、大丈夫だとは思うけれど…………。
「私が、今日のあの一言を聞くために色々やってた、って知ったら、彼、どう思うかしらね」
彼の驚く顔を想像すると、少し可愛そうだけれど、やっぱり、それ以上に愛おしくなってしまう。
「彼、気づいてたかしらね。私が許婚を解消されたり、距離を離されても、そんな事程度じゃあなたを諦めないって事。むしろ、そうなってからの方が色々と楽しそうとさえ…………いえ、いけないわね。今は許婚という防波堤があるからいいけれど、それが無くなれば、女遊びをした時の彼に、罪悪感や後ろめたさがなくなってしまうわね。やっぱり、許婚っていう地位は保っているべきね」
目標は、彼と私で永遠に2人で幸せに暮らす事。結婚は、あくまで通過点でしかない。
「でも実は…………彼も私と一言一句同じ事考えていて、私から見えない一面を引き出すために、演技をしているのかも……」
そう考えると、少し面白くなってきた。
嘘偽りで塗り固められたお互いの中で、唯一の真実は、お互いを愛しているという事。
「いいじゃない、一先ずの目標地点は、結婚。つまり、“結婚争い”って事ね」
パソコンでのデータ保存作業も終わったところで、彼に構ってもらいに行こう。
パソコンをしまい、椅子から立ち上がろうとした私はふと気づいた。
「あら……?でも、“結婚争い”って、どうしたら勝ちなのかしら?より幸せになった方?違うわね、私は、私よりも彼に幸せになってもらいたいし……いいえ、それも含めて自分の幸せなのかしら?」
私は、軽く頭を悩ませた。
「ふふっ、彼に聞いて見たら、なんて言うかしらね?」
独り言もそこそこに、私は椅子から立ち上がる。
「勝利条件はわからないけれど、僕が勝つ事は決まっているんじゃないかな?」
真後ろから聞こえてきた愛しい声に、私は笑って応えるのだった。
次頑張ります。まだとっておきがあるので。これからは月一で書けたらな、と思っています。頑張ります。
読んでいただいた方、ありがとうございました。




