強引な彼女 礼兎・新成
お久しぶりです。間が空いてしまってすみません。決して更新をやめるつもりはありませんので、これからもたまに読んでいただけると嬉しいです。
「れい君!起きて起きて、朝だぞ〜」
優しく揺さぶられる肩。ゆっくりと目を開けると、そこには後ろで長い髪を纏めた、ポニーテールの女性がいる。
まどろんだ目で枕元の時計を見ると、時刻は午前10時3分。
「あ、あの……まだ10時ですよ…………勘弁してもらえませんか」
「もう10時、だよ!!お疲れなのはわかるけど、朝ご飯冷めちゃうし、それに、平日より3時間も遅いんだから、いい加減起きないと私怒っちゃうよ?」
腰に手を当てて僕を見下ろす彼女は、少し頰を膨らましている。
「新成さんは、怒っても怖くないです……」
「れい君にはまだ一度も本気で怒った事ないよ?」
「そうですか……なら今後もそうしていただけると助かりますね。ぜひともここは見逃してもらえると」
「はいはい起きる起きる!私は厳しいよ〜〜!奥さんはしっかりと旦那さんの生活を管理してあげないとだもんね!」
剥がされる僕の布団。
冷たい朝の空気が、肌に伝わってきて身体を震わせる。
「寒い寒い寒い寒い!!!」
慌てて近くの暖かそうなものに掴まる。
「いや、私の足に掴まられても困るんだけど……」
「マジで寒いです。ちょっと、鬼ですかあなたは?!休日ですよ?!まだ10時ですよ?!」
「昨日に、明日は色々と2人でやりたいことがあるからって言ったじゃない」
「やりたいことってなんですか?!寒いです!!あったまることよりも大切な事ですか?!僕の布団を返して!!!」
「れい君。私、れい君といちゃいちゃしたい」
「しますから!!後でいちゃいちゃしますから!!今は布団を!!布団を!!!」
僕がその場でジタバタと暴れるが、彼女は冷ややかな視線を送ってくるだけ。取り上げた布団を僕に恵む気配は皆無だ。
「ほら、いつまでふざけてるの?着替えて朝ご飯にしよ?それとも、私が着替えさせてあげようか?」
「……自分で着替えます」
彼女は本気で言っているようだったので、さすがにそろそろ起きるとする。
寝起きの身体にこの寒さは、いささかきついものがある……。
さすがに21歳にもなって、女性に着替えを手伝ってもらうのは恥ずかしいので、観念して寒さに震えながら起き上がる。
僕は部屋着に着替えてから、寒さしのぎのためのパーカーを羽織った。
「よしよし、ちゃんと起きたね。えらいえらい」
僕の頭に手を伸ばし、頭を撫でてくる新成さん。
「子供じゃないんですから」
「私からしたら子供だよ〜〜」
「……」
「嫌?」
新成さんは、まっすぐに、澄んだ目で僕を見つめた。
「嫌では、ないですけど」
思わず視線を逸らす僕に、彼女はにんまりと笑った。
「ならいいじゃん」
「恥ずかしいです」
「普通だよ普通。付き合ってるし。同棲してるし。ほぼ結婚してるようなもんだし」
「同棲してるカップルはどこも大体ほぼ結婚してるようなもんだと思いますけど?」
「茶化すんだ」
「事実です」
「それを茶化すっていうんだよ〜〜」
僕、志熊礼兎の背中を押して、リビングへと押しやる彼女、河内新成は、僕の恋人だ。
一人暮らしは慣れないだろうからお手伝いをする、という体で押し切られ、なんやかんやで同棲を始めて2ヶ月経った。
「1人の時は、好きなだけ寝れたのに……」
がっくりとうなだれて言った。
「あ〜〜、そういう事言うんだ〜〜」
目を半開きにして僕を軽く睨む新成さん。
「だって、事実僕は昼間までゆっくりと惰眠を貪る事が出来なくなってきてますし……」
リビングに入った瞬間だった。
鼻腔をくすぐるバターの匂いが、僕の身体を目覚めさせる。
目に入ったのは、テーブルの上で向かい合わせに並べられた2つのプレート皿。その上には、色とりどりのポテトサラダに、スクランブルエッグ、そしてサンドイッチがあった。
「前言撤回。1人じゃこんなご馳走にはありつけなかったです」
「別に普通だよ〜〜」
言葉とは裏腹に、あからさまにご機嫌になる彼女は、訝しげな顔をした。
「っていうか、今まで何食べてたの、本当に」
「休日は、白いご飯に、粉を入れてお茶をかけたものを三食」
「三食お茶漬け?!うそっ、ありえない!!あぁ、本当によかったぁ。やっぱりね、れい君ロクなもの食べてないと思ってたんだよ……」
「美味しいですよ?お茶漬けも」
「私のご飯と比べたら?」
席に着いた僕は、手を合わせていただきますを言うと、皿に手をつける。
サンドイッチを一口食べた後に、よく味わってから飲み込む。
「比べものに、なりませんけど」
「一応聞くけど、それは、どっちの料理が美味しいって事?」
「新成さんの、料理ですけど」
「なら良かった」
僕がサンドイッチを食べる様子を見て、ニコニコと楽しそうに笑う新成さん。
「あの、僕を見てるばっかですけど。食べないんですか?」
「れい君の幸せそうな顔だけでご飯6杯はいける」
「いや、冗談言ってないで食べましょうよ」
「冗談じゃないのに」
彼女も手を合わせていただきますと言うと、名残惜しそうに僕の顔から目を離し、食事に手をつけ始めた。
「やりたい事があるって言ってましたけど」
「うん」
「いちゃいちゃって、具体的には何をするんですか?」
「私がいちゃいちゃだと思う事を」
「あやふやですね……それだと僕にはわからないですよ。一緒に寝るとかじゃダメなんですか」
僕が言うと、彼女は少し困った顔をして言った。
「それは微妙なラインだけれど。ていうか、それはれい君が寝たいだけでしょ!」
「ええ。寝たいです。出来る事ならずっと寝ていたいです。外には出たくないです。お外怖いです」
「外には出ないから安心して。私も、外はあんまり好きじゃないから」
新成さんは僕に同調すると、小さく呟いた。
「外は女がいっぱいいるからね」
「虫、嫌いなんですか?」
女性なのだから、意外という事はないが、しかし知らない一面を知った。
「うん。特に、れい君に近づく、近づこうとする虫は大嫌い」
とりあえず僕は聞かなかった事にする。
「家にこもるって事ですけど、何するんですか?元は僕の家ですから自分で言うのもなんですけど……正直、遊べるものなんてないですよ?」
ボードゲームやすごろくは愚か、テレビゲームや携帯ゲーム機すらない。
「れい君がいればなんでも出来るから大丈夫」
「またふわふわとした答えを……具体的に言ってください」
「ポッキーゲームとか」
「あるんですか?ポッキー」
僕が聞くと、ペロリと唇を舐める新成さん。
「無いよ?」
「それって、ただのキスでは……」
「あとでしよっか?」
「……」
「嫌なの?」
それは、ひどく高圧的な声だった。
「いっ、嫌じゃ無いです。嫌では無いんですが……」
「嫌なんだ」
「は、恥ずかしいだけですから!もう勘弁してくださいよ」
僕が言うと、彼女は途端に表情を柔らかくした。
「うん、知ってた」
「……それで、他には何かあるんですか?」
「王様ゲーム」
「王様が誰か考える余地がないっ!!」
「まぁ、これは私がれい君に命令したいだけだね。れい君がしたい事があれば、なんでも言っていいよ〜〜」
「嫌ですよ!!これ、新成さんが最初に王様になったら、絶対服従しろ、とか言ってくるやつじゃ無いですか?!」
「そんな事言わないよ〜〜…………似た事は言うけど」
軽く目を逸らされた。
「……他には、まともなやつは何かあるんですか?」
「まともなやつって……全部まともだけど。まぁいいや、そうだなぁ、他には、愛してるゲーム、だっけ?」
「なんです、それ」
聞いた事がないゲームだ。どんなゲームなのだろうか。面白そうな名前に、僕は興味を引かれた。
「愛してるって言い続けて、照れた方が負け」
「僕に勝ち目ないじゃないですか」
「だね〜〜。それに、愛を囁くのはいつものことだもんね〜〜。えっと、他には……」
「僕も考えてみますね。あ、えっと。て、手押し相撲、とか?」
「あ、いいね。懐かしい。クラスの子がやってた」
「クラスの子と、じゃなくてですか?」
「私、れい君と会うまでずっと1人ぼっちだったから」
「……すいません」
「気にしないで。れい君以外みんなどうでもいいから」
「…………」
何を言えばいいかわからず、言葉に詰まる。
すると彼女が口を開いた。
「ね、れい君。そろそろ私達、付き合って4年になるよね」
「そうですね」
「れい君的には、いつ結婚してくれるの?」
どきりと、心臓を鷲掴みにされたようだった。
「冗談じゃ……」
「怒るよ?」
「ないですよね……わかってます、はい」
えっと、確か僕が17歳の時に付き合い始めたから、うわ、もう4年か。
「あ、あの、僕まだ21歳でして」
「私は24歳」
「日本の平均結婚年齢は男女ともに大体30歳前後で」
「他の人が結婚をした時期を真似して結婚するの?」
もっともな意見である。
「……」
「嫌なの?」
俯く僕の顔を覗き込むように見る彼女。鋭い眼光で僕を見つめる様から、どうやら逃してはくれないみたいだ。
「そ、そもそもですね?僕は同棲ということに関しても懐疑的でして……」
「嫌なの?」
「ど、同棲は、その、正直なところ、新成さんに押し切られた感が否めないといいますか」
「同棲、嫌なの?」
「い、嫌では、決してないんですが」
「が?」
僕は大きく息を吸った。そして、その息を全て吐き切るように、声を出し切った。
「ごめんなさい!!まだそこまでの覚悟はないです!!」
「え〜〜。私の事嫌い〜〜?」
僕の言葉に、頬杖をついて拗ねる彼女は、大人っぽい見た目とは裏腹に、どこか幼い。
「嫌いなら同棲してないですって」
「じゃあ好き?」
「ま、まぁ好きですけど」
「ふふ、ならいいや」
今回は逃がしてくれたようだが、彼女はこうして偶に結婚を迫ってくる。年齢差のためかわからないが、昔から散々、結婚結婚と言われ続けてきたのだ。
しかし、僕は未だ覚悟が決まらない。それは、彼女に不満があるわけではなく、自分が彼女にふさわしいのかどうかに対して懐疑的であるからだ。
「もっと会社での立ち位置が上がったら、考えさせてください」
「それっていつ〜〜?」
「5年後、くらいでしょうか」
「私そんなに待てるかなぁ」
「待てなかったら、僕を捨ててくださって結構です」
僕の言葉に、不満げな顔をする新成さん。
「捨てるって……あのさぁ、私は待てなかったからって別れるなんて言ってないんだけど」
「え?なら、待てなかったらどうするんですか?」
「泣きながら結婚して欲しいっておねだりする?」
「……やめてください」
ただでさえ綺麗な顔の彼女が、大粒の涙を零しながら結婚して欲しいと言ってくる。
きっと僕は、とてつもない罪悪感に苛まれるのだろう。
想像しただけでいたたまれない気持ちになる。
「あとは……」
「まだ、あるんですか?」
まあ今度は泣き寝入りよりかはマシなものが出てくるのだろう。
「既成事実をつくっちゃう?」
「……あの、お願いですからやめてください」
真顔で言い切る彼女は、どうやら本気のようだった。
泣き寝入りなら僕の意思でまだどうにかできる。だが、既成事実を作られたらもう僕に勝ち目はないし選択の余地はない。結婚一択になる。
「そんなに嫌?私との結婚」
「嫌なんじゃなくて、不安なんです」
「何が?」
「生活面や精神面で耐えられる気がしません」
「プレッシャー、みたいな?」
「ええ。結婚していない今ですら相当なプレッシャーを感じているんですから、結婚したら耐え難いものになる事は明白です」
「れい君、メンタル弱いなぁ〜〜」
「ほっといてください」
「私が癒してあげようか?」
「猫にひっかかれてできた傷を、猫に舐めてもらうようなものですね」
「嫌味?」
「いえ、ただの例えですよ。他意はありません」
「何が言いたいの?」
「結局は僕の問題なんです。申し訳ありませんが、もしよろしければもう少し待っていただけるとありがたいです」
「……もう少しってどれくらい?」
「じゅ、10年は、欲しいです」
かなり大目に見積もってみた。
「やだ。5年にして」
「あれ、思ったより長いですね。3ヶ月とか言われるかと」
「私をなんだと思ってるの?それくらいの考慮ができなかったらいい奥さんにはなれないでしょ?」
今のままでも十分いい奥さんにはなれると思うけどなぁ。
僕は、完璧に用意されきった朝食を見つめながら、心の中で呟いた。
「……でも、なんで結婚にこだわるんですか?」
「なんでだと思う?」
逆に問われて、僕は少し考えてみる。
「まぁ、普通に考えたら、女性の夢だから、とかですかね?」
「あはは、まぁ無くはないけど、私は別にそんな他人が決めたルールなんてどうでもいいと思ってるから違うかな」
「どうでもいいって……世の中の花嫁が卒倒しますよ」
他の理由を考えてみるが、何も浮かばない。
「わからない?」
「はい」
「答えはね、意外と簡単。浮気の抑止力になるから」
「僕は浮気を疑われていたんですか……」
「そういうわけじゃないけど、打てる手は打っておきたいでしょ?どうも、れい君は自覚がない節があるから」
自覚?なんの自覚だろうか。
「ほら、わかってない顔してる。夫としての…………っと、今は、彼氏としての自覚、かな?」
自覚って、何をしたらいいんだろうか。皆目見当もつかない。
「あとは、他の女にれい君が取られたら嫌だから、かな。私にとってはどうでもいいルールだけど、でも私以外の女がれい君と結婚したりでもしたら、私許せないからさ」
「ど、どっちを、ですか?」
浮気相手と僕、どっちを許せないのだろうか。
「さぁ?どっちだろうね。どっちもかも」
肝が冷える思いだった。
「で、でも、あの」
「なに?」
「結婚しても、浮気はできる気がしますけど」
「する気あるの?浮気」
言葉の割には、穏やかな口調だった。
「な、無いですよ!なに言ってるんですか!!ここで浮気するなんて答えられるほど図太く無いです!!」
「うん、知ってる」
「ならなんで聞いたんですか?!」
「念のため」
「ここで、もし浮気するって僕が答えたら、どうする気だったんですか?」
僕が尋ねると、彼女は席を立ってテーブルの周囲を歩く。
そして、僕の席のところで立ち止まり、そのまま僕の膝の上に、向かい合って座った。
新成さんは、人差し指で僕の喉元を撫でながら、笑って言った。
「どうする気、だったんだろうね?」
背中にゾクリとした寒気を感じながら、僕は両手を挙げた。
「勘弁してください」
「れい君さ、それ言えば許してもらえると思ってる節あるよね?」
「ないですないですそんなつもりじゃないですから!!」
このままでは身がもたない。彼女の機嫌を回復させなければ!!
「え、えっと、新成さんて、綺麗ですよね!」
「……露骨だね〜〜」
「可愛いし!歳上だから、リードしてくれてる感じあるし!包容力もある!!」
「……それで?」
「え、えっと、だ、大好きです!!」
「……んふ」
あ、少し笑った。
「いいよ。今回はまぁいいや。最後の大好きが良かった」
僕の膝から降りて行く彼女は、張り詰めていた気を緩めた。
明日会社なのに……なんだか気疲れした感じだ。
ふと、明日の事を考えた僕は、思い出した。
「あ、明日飲み会なんです。夕飯いりません」
「……断れないわけ?」
振り向いた彼女は、眉間にシワを寄せて、半開きの目で僕を見つめた。
うわ、あからさまに機嫌悪くなった。
「無茶言わないでくださいよ!!まだ入社して1年経ってないのに!先輩の誘い断れるわけないじゃないですか!!」
「……彼女が束縛激しいとでも言えばいいじゃない」
確かに、それなら嘘はついてない。
「いいですねそれ、今度から使います。でも、今回はもう受けた話なので断れないです。すいません」
「…………誰が来るの?」
「え、えっと、上司と同僚ですね」
「もっと詳しく」
「え、わ、わからないですよ。いつもお世話になってる人達としか……」
「そう。なら当日教えて」
「わ、わかりましたけど。なんでですか?」
「なんでだろうね?」
「え?」
「自分の胸に手を当ててよく考えてみたら?」
僕は自分の胸に手を当てて考えてみるものの、全くわからない。
結局、なにを聞いても彼女は答えてくれないまま、その日は過ぎていった。
ーーー
翌日、月曜日。僕は玄関前で彼女に見送られる。
「それじゃあ、行ってきます」
「はい、行ってらっしゃい」
「新成さんも行ってらっしゃい」
「はい、行ってきます」
僕は彼女よりも一足先に家を出た。
電車に乗り、いつも通りの通勤途中。
会社の最寄駅で降り、改札を出る。
「よっ、志熊」
すると、後ろからぽんと肩に手を置かれた。
「中瀬先輩」
丸い眼鏡をかけてニコニコと笑う彼は、同じ課の先輩、中瀬誠さんである。
「最近、嫁さんとはどうだ?」
「嫁じゃないですよ、同棲してるだけですから」
僕が少しげっそりした様子で言うと、彼は驚いた顔をする。
「嫌いなのか?嫁さんの事」
「だから嫁さんじゃ……恋人です。一人暮らしをしてたら、大変だろうって彼女が通って来るようになって、気がついたら同棲をしていました」
「うはぁ、愛されてるなぁ羨ましい。確実に外堀から埋めに来てるじゃないか。よっぽど好かれてるんだな」
ポンポンと、楽しそうに僕の肩を叩く先輩。
「好かれてはいますけど……その、プレッシャーが」
「わかるわかる!ほら、なんだ、俺も嫁にガミガミ言われてキツくなってきてたんだ。今度綺麗なお姉さんのいる店に連れてってやろうか?2人で癒されようぜ」
その言葉を聞いて、自分の顔から血の気が引くのを感じた。
「……なに言ってるんですか。そんな事して、奥さんに殺されないんですか?」
「殺されるって、お前なぁ。殺されてたらここにいないだろ」
「僕は殺されます。そんな店に行ったら、間違いなく。比喩じゃなく、間違いなく誰かが死にます」
「え、なにお前のとこの彼女そんなにこえーの?」
僕は10回ほど激しく頷き、自分の首を搔き切る仕草をした。
「今日の飲み会も、かなりグレーです」
「マジかー。まぁ、今回は女子少なめだし。気にする事無いんじゃね?」
「少ないって事はいるんですか?!」
「いや、彼女には言わなきゃいいだろ」
「誰が出席するのか教えろと言われてます」
「いやいや、それこそ言わなきゃいいんじゃ……」
先輩がそう言ったその時、僕の携帯がメッセージの着信を知らせる音を発する。
携帯を見ると、そこには河内新成(恋人・婚約者)からのメッセージだった。
…………おかしい。恋人もそうだったけれど、婚約者なんて言葉は付け足してないはずだ。
「……か、彼女からです」
「おお、こえー。なんてタイミングだよ。なんだって?差し支えなければ教えてくれよ。あれか、全部筒抜けなんだからね、みたいな?」
ケラケラと笑う先輩に、僕は震える指で持った携帯を見せた。
「あ、あの、先輩……」
「……マジかよ」
僕の携帯の画面には、今日の飲み会、思い出づくりのために写真でも撮ってきたら?私も会社の人達と一緒のれい君が見たいな〜♡との一言。
「こ、これ。たぶん文面通りじゃ無いですよね?」
「あぁ、いや、これどう見たってそうだろ?!写真撮ってきて誰がいるのか見せろって言う脅しだろ?!お前の彼女怖いな?!このタイミングって、盗聴器でも仕掛けられてるんじゃ無いか?!探せよ!」
僕は胸ポケットや襟の裏などを探そうとするが、すぐにやめる。
「あ、あの、もしこれであったら。どうなりますか?」
「そ、そりゃそんな危ない奴とは別れた方がいいような……」
「そんな危ない事をする人が別れてくれると思えますかね?」
「……悪い、どんなにポジティブに考えても無理だわ。探すのはやめとけ」
「はい……っていうか、僕の彼女はとても綺麗で可愛いですし、普通にいい奥さんになると思うので、別れる必要もその気もないんですけどね。ちょっと浮気に対して厳しいだけで」
「飲み会で写真撮ってこいって、相当だぞ?!」
「……考えないようにします」
先輩からのいたたまれない視線を感じながら、僕は飲み会へと想いを馳せるのであった。
ーーー
「あのあの、志熊さんって独身ですか?」
近づいて来る女性社員。第3ボタンまで開いたワイシャツからは胸元が見えて、僕は思わず目を背けた。
「やっぱり、彼女さんとかいるんですか?」
その言葉と同時に、ピコンという音が鳴る。メッセージが届いたようだった。既に、男女それぞれ何人いるのか、概要は伝えてあるはずなのだが。
「あ、ごめんなさいちょっと……」
放置すると後が怖いため、返事を返そうと、画面を見て凍りつく。
婚約者がいるって言ってね♡。
もはや狙ったとしか思えないタイミングだった。
盗聴器仕掛けられてるのかもしれないな……。
僕は俯いた後、女性に言った。
「彼女が、婚約者がいると言っておけ、と」
「恋人さんですか?!」
「……ええ、まぁ」
「ですよね〜〜。志熊さんくらいなら、いますよね〜〜」
「俺は?俺には聞かないの?」
少し酔っているのか、中瀬先輩は女性達に詰め寄る。
「いや、中瀬さんは……」
「ねぇ」
顔を見合わせて困った顔をする女性社員達。
「一度くらい俺だって言い寄られて、嫁がいるからって断ってみてえよおおお!!」
涙を零しながら叫ぶ中瀬さん。
僕はいたたまれなくなって、彼の背中を撫でた。
「泣かないでください。僕がいます」
「ありがとう……ありがとうなぁ、志熊……お前だけだよ、俺の心の拠り所は……」
「いえいえ」
男2人で肩を組んでいたところ、先輩がふと思いつく。
「ところで、お前写真撮らなくていいのか?」
「あ、忘れてました」
携帯を取り出すと、メッセージが101件溜まっている。
「うげ、これは……」
それは、全て同じ内容で、写真は?との一言だけ。
「怖え!!お前の彼女怖えええよ!!やべえって、絶対やべえってこれ!」
横から僕の携帯を見つめた彼は、顔を青くする。
「みんな〜〜、志熊がみんなで集合写真撮りたいって〜〜」
「あ、いいですね!」
「私志熊さんの隣〜」
ぞろぞろと僕の周りに集まる同僚や先輩達。
「先輩……すみません」
「気にすんなよ。彼女がどうのっていったら、女子が非協力的になるかもと思っただけだよ」
「先輩って、男にモテるタイプですよね」
「これでも嫁ができるくらいにはモテてるんだぞ?」
「そうでしたね。すいません」
ヒソヒソと2人で話す。
右側には中瀬先輩、左側には女子達、飲み会に参加する全ての人達に集まってもらう。
そして店員さんを呼び、ぼくの携帯で写真を撮ってもらう。
「あ、志熊君メッセで写真送ってよ〜〜。って、あれ、私達まだ連絡先交換してなかったっけ。いいかな?」
「あっ、私も私も」
「志熊さん私もいいですか〜〜?」
「はい、構いませんよ」
上目遣いで僕を見つめる女性達に、僕は苦笑いを浮かべながら頷く。
「うは、あっからさま〜〜。志熊狙われてるぞ〜〜」
「中瀬先輩うるさいですよ」
「とやかく言う男の人はモテませんよ」
「俺はもう結婚してるから。これ以上モテたら嫁に殺される」
女性達と連絡先を交換した後、僕は集合写真を新成さんに送る。
写真を送った瞬間、電話がかかってくる。
突然の着信音に、僕の隣にいた中瀬先輩が引きつった表情をする。
「おい、写真送ったんじゃないのか?」
「送ったから、電話して来たのかと」
「なんかまずい事でもあったのか……って、あ、あれか!」
着信音が響く中、中瀬先輩は集合写真を取り出す。
彼が指差したその先には、僕の右隣の女性陣。
「こ、これじゃないか?ていうか、これしかないような気がするぜ?電話、出るのか?やめとけよ、怒られるなら後で怒られて、今は楽しんだらどうだ?」
僕はうすら寒さを感じて、引きつった笑いを浮かべながら言った。
「気づかなかった着信の件で5時間正座させられて説教された事あります。ですが昨日は、本人曰く僕に対しては1度も本気で怒った事はない、と」
「お、おい、おま、それじゃ今回無視したら……」
「着信に気づいてる電話無視したら、マジで殺されます」
「出とけ!今すぐ出とけ!!」
「すいません、ありがとうございます」
僕は先輩に一礼をして、一度店から出ようとする。が、逡巡した後、人に電話の内容を聞かれる事よりも早く電話に出た方がいいと思い電話に出る。
「遅いんだけど」
とてつもなく大きな声で、とてつもなくわかりやすく不機嫌な声だった。
「ご、ごめんなさい」
後ろで、中瀬先輩が生唾を飲み込むのがわかった。
ジェスチャーで、早く行け、と店の外を指差され、僕は早足で外に出る。
「電話に出るのが遅い」
「ごめんなさい」
「写真を送るのが遅い」
「申し訳ありません」
僕はただ、平謝りする作戦に出てみる。
「左隣の女の子達はなんなわけ?」
「え、えっと、女性社員で同じ課の……」
「んな事知ってる!!」
「ひっ?!」
電話越しでも、急な怒鳴り声に、思わず悲鳴が出る。
ちょっと待って、え?知ってる……?なんで?僕、説明してないような……。
一瞬よぎった疑問も、尋ねる間も無く彼女の猛攻で打ち消される。
「あのさ、れい君さ。少しゆるいよね?」
「ゆ、ゆるい、とは」
「その子達と連絡先交換したでしょ?」
「な、なんでそれを……」
「それくらいわかりますから。あんまり私を甘く見ないで」
「わ、わかるって、なんで……」
「そんな事より、れい君少し女の子に対するガードが甘いよね?」
「そ、そうでしょうか」
平然と僕を一方的に攻める口調で、彼女は僕の悪いところを指摘してくる。
「そんなんだから胸元ちらつかせた女に言い寄られるんだよ」
「え、いや、だからなんで知って……」
「あのさ?なんで私が、れい君が飲み会を楽しんでるところにわざわざ水を差すような事を、メッセや電話してるかわかる?」
「わ、わかりません」
「……ふぅ、怒らない、怒らない、大丈夫、私はいい女、大丈夫、大丈夫、れい君は私のもの、大丈夫、大丈夫……」
小声で何やら聞こえてきた気がするが、怖くて何を言っているのか聞けない。
「あのね、れい君?」
「はい」
「私は、れい君の彼女アピールをしているの。でなければ、こんなくだらない事しないの。わかる?れい君がとられる可能性があるから、私はれい君の楽しみに水を差してるの」
水を差している自覚はあるんだ……いや、それもわかった上での行動なのか。
彼女は一体どこまで、何を考えて行動しているのかわからない。
「私ね?れい君について信じている事と信じていない事があるの」
「と、いいますと?」
「れい君の優しくてかっこいいところを信じてる」
「ど、どうもありがとうございます」
ここにきて急に褒められるとなんだか怖い。
「でも、だからこそれい君の誠実さについては信じてない。もっと言うと、れい君は放っておくと浮気をすると思ってる」
「失礼ですね。僕は浮気なんて……」
「わかってるの?!」
怒鳴られて、僕の背筋が伸びる。
「そういうところが付け込まれるって言ってるの!!」
「は、はい?」
意味がわからず、僕は首を傾げた。
「そういうかっこよくて優しくてでも誠実で……そういうところを狙われるって言ってるの!!」
「僕にどうしろと……?」
もはや褒められているのか怒られているのかわからなくなってきた。
「いい?れい君は私の前以外では、演技してでも嫌なやつ、モテなさそうな感じにならなきゃダメなの!!」
「いや、何もしなくても自分はモテなさそうな感じのつもりなんですが?言うほど僕モテてな」
「だまらっしゃい。散々他の女に口説かれといて何言ってるの?私のわかる範囲だけでも853回目だからね?口説かれるの」
「そんな口説かれてませんって。僕、自分が口説かれたって思ってるのは新成さんだけですよ」
「それはそれでアリだけど。それはいいとして、とにかくれい君は色々自覚が足りないの。わかった?」
「は、はぁ。わかりました」
それからしばらく説教をされた。
「と、いうわけで、そろそろ飲み会終わる頃だから戻ったら?」
「えっ?」
腕時計を見ると、時刻は既に午後11時。どうやら、かなり電話に時間を割かれたようだった。
「あ、あの、わざと、なんですか?というか、わざとですよね?」
「何が?」
「色々、です」
「さぁ?どうかしらね。れい君の好きように考えたら?それじゃ、私はおうちでれい君とおかえりのちゅーが出来るのを楽しみにして待ってま〜〜す」
「え、ちょっ、新成さ」
プツリと一方的に切れた通話。僕は携帯の画面を見つめながら、1つため息をついてから飲み会に戻った。
ーーー
「ただいま戻りました」
「おかえり〜〜」
僕が帰宅するなり、ニコニコと笑顔で僕を出迎えてくれる新成さん。電話の時とは大違いである。
「はい、どうぞ」
「どうぞって、何が……?」
すると、目を瞑る新成さん。
「あ、なるほど」
僕は新成さんにキスをする。
「ん……ふふ、おかえり〜〜」
にんまりと笑う彼女は、嬉しそうだ。
どうやら、ご機嫌のよう。
「なんか、ご機嫌ですね?」
「人に貸してたモノが帰ってくる時って、なんだか前よりも愛着が増すでしょ?」
「僕はモノですか……」
苦笑いをすると、彼女は僕の身体に抱きつき、笑った。
「でも、人にモノを貸すと大抵何かが傷ついていたり、無くなってたりするの」
「よかったですね。僕は傷ついてませんし、新成さんへの愛情も無くなってません」
僕は少しおどけた風にいうと、にこりと笑う。
「う〜〜ん、それはわかってる」
「え?」
結構頑張って言ったんだけど……褒められないのか。
僕の胸元に強く頬ずりをする彼女は、ぽつりと呟いた。
「嫌な臭い」
「走ったりはしてないんですけど……汗臭かったですか?すいません、今お風呂に」
「女の匂い」
「……」
「嫌だなぁ。これだから、れい君を貸すのは一瞬でも嫌なのに」
「僕にどうしろと?」
強く頬ずりをしてくる彼女は、まるでマーキングをする猫のようだった。
「一生私の管理下の元で生活して、家から出ないで欲しいな」
「無理ですね。生活が持ちません」
「そう?私1人でもれい君と2人の生活費くらい余裕しゃくしゃくで稼げるけど?私とれい君どっちが稼いでるから比べてみる?」
「入社して1年経ってないのに勘弁してくださいよ。あんまりいじめられると、れい君が家出しますよ?」
少し冗談を言ってみる。
「できるものならしてみれば?同棲始めてから、私が仕事以外でれい君を1人で外に出した事があったか考えてみてから言って欲しいけど」
「同棲を始めてまだ2ヶ月しか経ってません。別に不思議じゃないですよ」
僕にくっついて離れない新成さんを引き剥がしつつ、リビングに向かう。
「なら、よく覚えておくと良いよ。私は、仕事以外でれい君を1人で外には出さないから」
「というか、仕事の後に行方をくらませれば家出くらいできるんじゃないですかね?」
「あはは、それは無理だよ」
「なんでですか?」
僕は上着を脱いだ後、ソファに座る。
すると、僕の膝に頭を乗せる新成さん。
「だって、私はれい君がどこにいるのかわかるもん」
「どうやって?まさか、GPSでも付けてるんですか?」
そんなわけがない、と思いながら言ってみると、彼女は僕を見つめて笑うのみだった。
「う、嘘、ですよね?」
「今時彼氏の携帯の位置くらい把握してる彼女は結構いると思うけどね?」
「家出する時、携帯は置いていきます」
「一応携帯の位置も確認してはいるけれど、私、そもそもれい君の位置情報はれい君の携帯から得てるわけじゃないし」
待ってくださいよ。それってどういう事ですか?
冷や汗が頬を伝った。
「あ、あの、新成さん?そこらへん詳しく」
「嫌だよ、言ったられい君外そうとするでしょ?」
「何を、とは聞きませんが、はったりじゃないんですか?」
「なら、今から携帯を家に置いて試してみる?」
「…………やめときます。知らない方が幸せな気がする」
「そうだね。あ、れい君は私の位置情報知らなくていいの?」
「新成さんを信じてますから。変なところに行くとは思ってません」
「もしも私が無理やり連れていかれた時に携帯の位置を見て、助けに来てくれたりできないよ?」
僕は笑いながら言った。
「面白い冗談ですね」
「私本気だよ?」
「わかってますよ。僕が言ったのは、新成さんが、僕以外の人に無理やり何かされるなんて事がありえないってわかってるからです。そこまで信用してるんですよ」
「……」
「だって新成さん、もしも僕以外の人に襲われたらどうします?」
「証拠が残らないようにそいつを殺す」
「でしょう?だから、僕が介入する余地は無いんですよ」
「でも……そこまで信じられると少し複雑。女の子的には助けに来て欲しいな」
少し寂しそうな新成さんの頭を、僕は軽く撫でた。
「大丈夫ですよ、もしも新成さんに何かあった時は、いえ、何か起きる前に、僕が全力で助けに行きますから」
「れい君…………ありがと」
寝た体勢から起き上がった彼女は、僕の頰にキスをする。
「ね、身体洗ってあげよっか」
「いや、いいですよ。自分で洗えますから」
「まぁまぁそう言わずに。たまには一緒にお風呂入ろ!」
「いや、新成さんパジャマ着てるじゃないですか。お風呂入ったんじゃないんですか?」
「入ったけど〜〜、入ったけどまた入る」
僕は背中を押されるままに脱衣所に行く。そして、衣服を脱いだ後お風呂場に入った。
「……あの」
「なぁに?」
「先ほども言いましたが、自分で自分の身体くらい洗えますから」
お風呂場に響く泡が弾ける音。自分の頭皮がマッサージされるのを感じながら、僕は一応言っておく。
「ダメダメ、れい君についた臭いが落ちるまで洗わないと。本音を言うと皮を剥ぐくらいの事はしたいんだけどね」
「それは絶対にやめてください」
「あはは、冗談冗談。10分の1くらいは」
「あはは、その言葉が冗談である事を祈ります」
背中に直で当たる柔らかな膨らみを感じつつ、僕は心頭滅却する。
「別に興奮してもいいんだよ?」
むにん。
さらに胸を押し付けて来る彼女は、僕の耳元で囁いた。
「お風呂場だし。同棲してるし。恋人だし」
「いいえ、婚前交渉は絶対ダメです」
「ほんっっっとうに頑なだよね〜〜。その歳で童貞だと、早く卒業して〜〜くらい思うのが普通だと思うけど?」
「理性を失ったら、人は人で無くなります。少しでも予期せぬ事が起きないようにあらゆる思考を張り巡らさるのが人間です」
「いやいや、避妊すれば平気でしょ」
「…………ところでお聞きしますが」
「何?」
僕は鏡越しに、半目で彼女を睨んだ。
「新成さん、避妊させてくれますか?」
「う〜〜ん、どうかなぁ」
ニヤニヤと笑う彼女は、その顔を見られたくないのか、僕の頭にシャワーをかけて目を見えないようにした。
「絶対しないでしょ?!あなた事あるごとに既成事実作ろうとしますもんね?!」
「あはは、今はまだ2人の時間を大切にしたい、とか言われたらちょっと考えるけどね」
「今はまだ2人の時間を大切にしたいです」
「あ、思ってないでしょ〜〜」
「そんな事は、ないですよ?」
僕は目を逸らしつつ、彼女にされるがままなのだった。
ーーー
「じゃ、電気消すよ〜〜」
「はい」
僕が頷くと、寝室の電気が消える。
それと同時に、もぞもぞと布団が動く音がして、僕の左腕が掴まれる。
「捕まえた」
「捕まりました」
僕は目をつぶったまま、左を見る。
そこには、自分の枕だけ持ってきた、楽しそうな新成さんがいる。
「自分のベッドで寝たらどうですか?狭いんじゃないですかね?」
「私は、むしろその狭さがいいかな。くっついて寝れるし」
「暑くないですか?くっつくと」
「私達はず〜〜っとアツアツ、だよ?」
「はいはい、そうですね」
軽く流しつつ、僕は左手で彼女の右手を握った。
「ね、れい君」
「はい、なんでしょうか」
「私ね、子供は2人欲しいの」
「そうなんですか」
寝る前に子供の話とは……中々重いなぁ。
「今、重いって思った?」
「思いましたね」
「そこは嘘でも重くないよ?って言うところじゃ……まぁ、軽いよりはいっか」
彼女は僕の横で楽しそうに話し始めた。
「子供はね、男の子と女の子が欲しい」
「そうなんですか」
「男の子だけだと、私が子離れ出来なくなるでしょ?」
「そこは頑張りましょうよ」
「女の子だけだと、れい君をとられるでしょ?」
「親子ですよ?何言ってるんですか」
「でも、男の子と女の子1人ずつなら2人が相思相愛になって、うまい具合にくっつくだろうからさ、私はれい君を守りつつ女の子が私から男の子を無理やり離してくれるだろうから」
「色々歪んでたりアウトだったりしますね」
「れい君はどっちの子が欲しい?」
「僕は正直、子供は苦手ですからなんとも言えません。自分が上手く育った気がしないので、上手く育てられる自信がないです」
「上手く育てられると思ってる親よりも、上手く育てられるかどうか不安な親の方が安心して子供を託せる気がするなあ、私は」
「かも、しれませんね」
当たり前かもしれないけれど、ここでの子供は僕と彼女の子供の話。
「うっ」
「どうしたの?」
「プレッシャーで胃が痛くなってきました」
「…………子供はもう少し先かなぁ」
「そうして頂けると助かり…………あの、ところで」
「なに?」
「そもそも僕ら結婚してないですよね?」
「うん」
「なんで子供の話してるんですか?」
「…………」
「まさか結婚と子供を同時に得ようと既成事実をつくろうとしてる、とかじゃないですよね?」
「全然、そんなじゃ、ないよ?全然違うし」
「そんなに動揺しきって言われても困ります」
僕は一度ため息を吐くと、少しだけ小声で話した。
「今はまだ無理ですけどいつかは、ね」
それが聞こえたのかどうかはわからないけれど、彼女は僕の左腕にしがみついた。
「れい君、大好き」
「僕も新成さんが好きです」
「だから、れい君は一生、ううん、永遠に私のモノね」
「は、はい?」
「れい君は私のモノだから、私もれい君のモノ。ね?」
「いやいやいや。何さらっと怖いこと言ってるんですか、ね?じゃないですよ」
彼女の言葉を否定すると、左腕がつねられた。
「いだだだだだ、ちょ、痛いですよ新成さん!」
「知らないもん。れい君は永遠に私のモノだもん」
「いや、意味わかんないですから!」
「嫌?」
「え?」
僕の耳元で、囁く彼女の声は、少し涙声な気がした。
「私のモノなの、嫌?」
「……」
少しだけ考えるフリをした後、渋々答える。
「嫌では、ないですけど」
「そう、ならよかった」
「嫌って言ったらどうする気だったんですか」
「さぁ?気になるなら、今度私が聞いた時に嫌って言ってみたら?」
怖くてそれが出来ないから聞いてるのに……いや、この人はそれをわかった上で言っているのか。つくづく僕は遊ばれているわけだ。
「ね、抱きしめて」
「はい」
僕は布団の中で、彼女を抱きしめる。
「頭撫でて」
「はい」
抱きしめたまま、僕は彼女の頭を撫でる。
「大好きって、ううん、愛してるって言って」
「愛してます、新成さん」
「ふふ、ありがと」
「いいえ」
「私のお願い事、聞いてくれる?」
「いいですよ」
「結婚して?」
「それは無理ですね」
僕は即答した。
「いいって言ったのに!」
彼女はわかりやすく頬を膨らませて怒る。
「ねぇ?今の流れなら結婚してくれるでしょ普通?!」
「それとこれとは別ですから」
「なんで!なんでなんで?!結婚したいしたい結婚し〜た〜い〜!!」
ジタバタとベッドの上で暴れる新成さん。
「子供ですか……もう、いい歳してるんですからわかりやすく駄々こねないでくださいよ」
「うわ!女の子に歳のこと言うんだ?!気にしてるのに!気にしてるのにっ!!24歳ってまだ若いから!!20代前半だから!!」
「はいはい、そうですね。僕は21ですよ」
「そういうこと言うんだ!!れい君の癖にそういう事言うんだ?!」
「大丈夫ですよ、少なくとも僕は歳の差なんて気にしてません。むしろあなたはそんな事より気にするべきところが腐るほどあるでしょう」
「え、どこ?全然わかんない」
素っ頓狂な声を上げる彼女は、本当にわかっていないようだった。
いや、わかっていても直す気が無いのか。
「はぁ……まぁいいですよ。もう慣れました」
「あんまりお小言言ってると、既成事実つくっちゃうぞ〜〜」
「それはマジでやめてください」
「あはは、冗談じゃないから」
「そこは冗談だよって言っておどけるところでは?」
「嘘はつきたくないし」
「そうですか」
僕は天井を見つめた。
ふと、握る手に優しく力が入る。
「もうずっと永遠に別れてあげない。覚悟してね」
「遅いですよ、忠告が。別れたくても別れられません」
「それ、どーいう意味?」
「あなたを好きすぎて、という事ですよ。別れたいわけじゃないです」
「なぁんだ。紛らわしい言い方しちゃって」
「そろそろ1時です。寝ましょう」
「だね。おやすみなさい、れい君」
「おやすみなさい、新成さん」
瞼を閉じると、僕はゆっくりと眠りに向かっていく。
「新成さん?僕のズボンの中に手を入れないでください。何しようとしてるんですか?」
「え、えっと……マッサージ?」
「苦しい言い訳ですね」
「ある意味合ってるし!」
「くだらない事言っていないで寝なさい!」
僕は彼女の腕をズボンの中から無理やり引っ張り出し、無理やり握って動きを封じる。
新成さんは、僕の肩に寄り添うように、くっついた。
「今度こそ、おやすみなさい」
「はい。おやすみなさい」
正直まだ結婚する気はサラサラないが、別れる気もサラサラない。
なんだかんだで幸せなのだ。それだけで、今は充分なのだ。
なんとなく、もうすぐ彼女に襲われる気がしている僕である。
更新をやめる気はありませんが、全部短編のオムニバスだといつ終わらせても問題ないような気はしてしまいますよね。
今回は間が空いてしまいましたが、気を取り直してこれからも頑張ります!!よろしくお願いします!!




